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2023年度(月) 
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力丸嗣夫師 リビングライフ LINE
          (新改訳聖書2017)
    

北九州シオン教会

 使徒の働き 5:17~42

5:17 そこで、大祭司とその仲間たち、すなわちサドカイ派の者たちはみな、ねたみに燃えて立ち上がり、
5:18 使徒たちに手をかけて捕らえ、彼らを公の留置場に入れた。
5:19 ところが、夜、主の使いが牢の戸を開け、彼らを連れ出し、
5:20 「行って宮の中に立ち、人々にこのいのちのことばをすべて語りなさい」と言った。
5:21 彼らはこれを聞くと、夜明けごろ宮に入って教え始めた。一方、大祭司とその仲間たちは集まって、最高法院、すなわちイスラエルの子らの全長老会を召集し、使徒たちを引き出して来させるために、人を牢獄に遣わした。
5:22 ところが、下役たちが行ってみると、牢の中に彼らはいなかった。それで引き返して、こう報告した。
5:23 「牢獄は完全に鍵がかかっていて、番人たちが戸口に立っていました。しかし、開けてみると、中にはだれもいませんでした。」
5:24 宮の守衛長や祭司長たちは、このことばを聞くと、いったいどうなることかと、使徒たちのことで当惑した。
5:25 そこへ、ある人がやって来て、「ご覧ください。あなたがたが牢に入れた者たちが、宮の中に立って人々を教えています」と告げた。
5:26 そこで、宮の守衛長は下役たちと一緒に出て行き、使徒たちを連れて来たが、手荒なことはしなかった。人々に石で打たれるのを恐れたのである。
5:27 彼らが使徒たちを連れて来て最高法院の中に立たせると、大祭司は使徒たちを尋問した。
5:28 「あの名によって教えてはならないと厳しく命じておいたではないか。それなのに、何ということだ。おまえたちはエルサレム中に自分たちの教えを広めてしまった。そして、あの人の血の責任をわれわれに負わせようとしている。」
5:29 しかし、ペテロと使徒たちは答えた。「人に従うより、神に従うべきです。
5:30 私たちの父祖の神は、あなたがたが木にかけて殺したイエスを、よみがえらせました。
5:31 神は、イスラエルを悔い改めさせ、罪の赦しを与えるために、このイエスを導き手、また救い主として、ご自分の右に上げられました。
5:32 私たちはこれらのことの証人です。神がご自分に従う者たちにお与えになった聖霊も証人です。」
5:33 これを聞いて、彼らは怒り狂い、使徒たちを殺そうと考えた。
5:34 ところが、民全体に尊敬されている律法の教師で、ガマリエルというパリサイ人が議場に立ち、使徒たちをしばらく外に出すように命じ、
5:35 それから議員たちに向かってこう言った。「イスラエルの皆さん、この者たちをどう扱うか、よく気をつけてください。
5:36 先ごろテウダが立ち上がって、自分を何か偉い者のように言い、彼に従った男の数が四百人ほどになりました。しかし彼は殺され、従った者たちはみな散らされて、跡形もなくなりました。
5:37 彼の後、住民登録の時に、ガリラヤ人のユダが立ち上がり、民をそそのかして反乱を起こしましたが、彼も滅び、彼に従った者たちもみな散らされてしまいました。
5:38 そこで今、私はあなたがたに申し上げたい。この者たちから手を引き、放っておきなさい。もしその計画や行動が人間から出たものなら、自滅するでしょう。
5:39 しかし、もしそれが神から出たものなら、彼らを滅ぼすことはできないでしょう。もしかすると、あなたがたは神に敵対する者になってしまいます。」議員たちは彼の意見に従い、
5:40 使徒たちを呼び入れて、むちで打ち、イエスの名によって語ってはならないと命じたうえで、釈放した。
5:41 使徒たちは、御名のために辱められるに値する者とされたことを喜びながら、最高法院から出て行った。
5:42 そして毎日、宮や家々でイエスがキリストであると教え、宣べ伝えることをやめなかった。
 2023年6月30日(金)リビングライフQT

更に聖霊は、絶大な主権(神の権威)をもって、御業を展開されました‼️
大祭司始め、サンヒドリンの議員達、祭司・律法学者・・・皆、主の弟子達の大胆な宣教の働きに、頭を悩まし、彼らを捕らえて地下牢に幽閉しました。
ところが・・・なんと‼️御霊の神は、御使いを遣わして彼らを牢から解放し、宮の中で、福音を語るように・・
と導いたのです。
人の想像を絶する業‼️誰が想像するでしょう‼️🎵
それとは知らず、議会は彼らを呼び出して、尋問しようと、人を遣わしたら、もぬけの殻でビックリ👀。後はテキストを御読みの通りです。
議会に呼び出された弟子達は、淀みなく大胆に語るばかりか、議員達・指導者達に対して、恐れる様子もなく、『人に従うより神に従うべきです…』と
彼らの間違いをただしたのです。
これには、33節「彼らは怒り狂い、使徒達を殺そうと考えた‼️」
彼等は自らを義とするばかりで、全く霊の目が閉ざされていたのです。
私たちがクリスチャンとして、福音に生きるとき、周りが阻害したり、虐められたり、国を挙げて迫害したり・・御霊により生きるとき、この様な事態が起こることは、宣教の歴史の伝えるところです。そしてその原点は、使徒の働きなのです。
同時に、御霊なる神は、宣教の働きが妨げられながら、主の弟子達(クリスチャン達)が、福音を語るための道筋を、開かれるのです‼️🎶
それが、律法の最高権威者で全ての指導者達から信頼と尊敬を受けている、《ガマリエル》の意見が、皆の憤りを鎮め、主の弟子達は解き放たれたのです‼️
彼の言葉は神の知恵でした。
『もしこの計画や行動が人間から出たものなら、自滅するでしょう。
しかし、もしそれが神から出たものなら、彼らを滅ぼすことはできないでしょう。もしかすると、あなた方は神に敵対するものとなってしまいます。』
イエス様と共に生きる・・・と言うことは、このような嵐の中を、進む様なものです。
41節 : 使徒たちは、御名のために辱しめられるのに値する者とされたことを喜びながら・・・
これがイエス様と共に生きることなのです。そして、その生涯は聖霊なる神が、導いてくださるのです。ハレルヤ‼️🎶
 使徒の働き 5:1~16

5:1 ところが、アナニアという人は、妻のサッピラとともに土地を売り、
5:2 妻も承知のうえで、代金の一部を自分のために取っておき、一部だけを持って来て、使徒たちの足もとに置いた。
5:3 すると、ペテロは言った。「アナニア。なぜあなたはサタンに心を奪われて聖霊を欺き、地所の代金の一部を自分のために取っておいたのか。
5:4 売らないでおけば、あなたのものであり、売った後でも、あなたの自由になったではないか。どうして、このようなことを企んだのか。あなたは人を欺いたのではなく、神を欺いたのだ。」
5:5 このことばを聞くと、アナニアは倒れて息が絶えた。これを聞いたすべての人たちに、大きな恐れが生じた。
5:6 若者たちは立ち上がって彼のからだを包み、運び出して葬った。
5:7 さて、三時間ほどたって、アナニアの妻がこの出来事を知らずに入って来た。
5:8 ペテロは彼女に言った。「あなたがたは地所をこの値段で売ったのか。私に言いなさい。」彼女は「はい、その値段です」と言った。
5:9 そこでペテロは彼女に言った。「なぜあなたがたは、心を合わせて主の御霊を試みたのか。見なさい。あなたの夫を葬った人たちの足が戸口まで来ている。彼らがあなたを運び出すことになる。」
5:10 すると、即座に彼女はペテロの足もとに倒れて、息絶えた。入って来た若者たちは、彼女が死んでいるのを見て運び出し、夫のそばに葬った。
5:11 そして、教会全体と、このことを聞いたすべての人たちに、大きな恐れが生じた。
5:12 さて、使徒たちの手により、多くのしるしと不思議が人々の間で行われた。皆は心を一つにしてソロモンの回廊にいた。
5:13 ほかの人たちはだれもあえて彼らの仲間に加わろうとはしなかったが、民は彼らを尊敬していた。
5:14 そして、主を信じる者たちはますます増え、男も女も大勢になった。
5:15 そしてついには、病人を大通りへ運び出し、寝台や寝床の上に寝かせて、ペテロが通りかかるときには、せめてその影だけでも、病人のだれかにかかるようにするほどになった。
5:16 また、エルサレム付近の町々から大勢の人が、病人や、汚れた霊に苦しめられている人々を連れて集まって来た。その人々はみな癒やされた。
 2023年6月29日(木)リビングライフQT

何と、悲しい出来事でしょう。一見、思いきった、主なる神への、奉仕への決断だったのです。
心から、主に向かって、資産を捧げよう‼️と、思い立ったのでしょう。”少し、将来のために残しておこう🎵“と考えたことは、何も責められるものではなかったはずです。
何故、全額(全部)です❗と、アナニアは言ったのでしょう(はてな)
悲しいことですね。
解説しなくても、このような揺らぐ気持ちは❗誰でも理解出来るでしょう。
日常的人との関係では、ごくあり勝ちな言葉の端です。
しかし、神の前ではもっとも忌まわしい関係の崩壊に繋がる、言葉なのです。
言い換えると、神に対して、誤魔化しを図ったのです。
決定的な神への冒涜となるのです。
アナニヤの妻サッピラの場合、質問に対して、過ちを撤回する機会が与えられていましたが、彼女も又、神の前に、偽りを通したのです。
聖霊(神の御霊)が働かれる(神の主権が支配する)中、神の義が輝き亘っている中で、どうして・・・❓
罪💢💢 それは、神の主権への反抗(反逆)なのです。
今朝、新たに考えることは、私達の信仰は、何時も・どんな時も、主の前にありのまま出る・・・と言うことです。
祈りは、自分を飾らず、ありのまま主に訴え、悔い改め、己を捧げ尽くすことです‼️
エルサレムの中で、人々は、主の弟子達(クリスチャン)に対しては、人としての理想の姿だと、驚きの評価はしたが、自らこの群れに加わろうとはしなかった。
即ち、彼らは、主なる神の前に裸(霊的心の在り方として)にはなれな(なるほど)かった‼️偽りながら自分のからに閉じこもっていたのです。
言い換えると、神に対して罪あるものとして、自分を自分で認めたくなかったのです。
一人一人のクリスチャンが、輝き、主に清められ、愛に満ちた群れとして集まった中に・聖霊は顕著に働いて、次々御業が現され、愛に満ちた人々の群れが広がっていったのです。
今私達の教会は、クリスチャンの交わりは、伝道者の在り方は、お互いの交わりに、聖霊なる神の臨在が、充ちているでしょうか⁉️
一人一人が御霊の前に歩みましょう。リバイバルの火が、私達の中に燃え上がるために‼️
🎵ハレルヤ
 使徒の働き 4:23 ~37

4:23 さて、釈放された二人は仲間のところに行き、祭司長たちや長老たちが彼らに言ったことを残らず報告した。
4:24 これを聞いた人々は心を一つにして、神に向かって声をあげた。「主よ。あなたは天と地と海、またそれらの中のすべてのものを造られた方です。
4:25 あなたは聖霊によって、あなたのしもべであり私たちの父であるダビデの口を通して、こう言われました。『なぜ、異邦人たちは騒ぎ立ち、もろもろの国民はむなしいことを企むのか。
4:26 地の王たちは立ち構え、君主たちは相ともに集まるのか、主と、主に油注がれた者に対して。』
4:27 事実、ヘロデとポンティオ・ピラトは、異邦人たちやイスラエルの民とともに、あなたが油を注がれた、あなたの聖なるしもべイエスに逆らってこの都に集まり、
4:28 あなたの御手とご計画によって、起こるように前もって定められていたことすべてを行いました。
4:29 主よ。今、彼らの脅かしをご覧になって、しもべたちにあなたのみことばを大胆に語らせてください。
4:30 また、御手を伸ばし、あなたの聖なるしもべイエスの名によって、癒やしとしるしと不思議を行わせてください。」
4:31 彼らが祈り終えると、集まっていた場所が揺れ動き、一同は聖霊に満たされ、神のことばを大胆に語り出した。
4:32 さて、信じた大勢の人々は心と思いを一つにして、だれ一人自分が所有しているものを自分のものと言わず、すべてを共有していた。
4:33 使徒たちは、主イエスの復活を大きな力をもって証しし、大きな恵みが彼ら全員の上にあった。
4:34 彼らの中には、一人も乏しい者がいなかった。地所や家を所有している者はみな、それを売り、その代金を持って来て、
4:35 使徒たちの足もとに置いた。その金が、必要に応じてそれぞれに分け与えられたのであった。
4:36 キプロス生まれのレビ人で、使徒たちにバルナバ(訳すと、慰めの子)と呼ばれていたヨセフも、
4:37 所有していた畑を売り、その代金を持って来て、使徒たちの足もとに置いた。

 2023年6月28日(水)リビングライフQT

24節~これを聴いた人々は心を一つにして、神に向かって声をあげた『・・・略』
迫害に対して、怒りに近い叫び(真実な福音に対して、開かれた心と聖書の予言を本当に理解するなら、このような虚には出ないはずの祭司やサンヒドリンの議員や、律法学者に対する怒り💢)を、挙げたのです。
29節~主よ。今、彼らの脅かしをご覧になって、しもべたちにあなたのみことばを大胆に語らせてください。
 彼らの願いは、迫害を止めさせてください・・・ではなく、みことばを大胆に語らせてください。・・なのですね‼️
妨げの排除ではなく、自らの内に潜む、恐れや不安を破って、御言葉を伝える御霊の力をもとめているのです‼️
なんと言う信仰‼️
殉教への道です。

31節~彼等が祈り終えると、集まっていた場所が揺れ動き一同は聖霊に満たされ、神の言葉を大胆に語り出した❗
ハレルヤ❗アーメン‼️
集まった人々は、ひとつ家族のように共同(❓)生活をし、祈りと信仰の共同体として、力強く歩みだしたのです。

今、福岡からボリビアに宣教報告に帰国し、諸教会を巡回している、グレンダ・カマチョ宣教師と、その御主人の松尾先生(福岡キリスト教会牧師)から、送られてくる、報告の中に・・・
或ご婦人が、朝早く起きて、ボリビア風のパンを沢山焼いて、路上で販売し、それをカマチョ宣教師の働きのために、捧げていらっしゃる‼️🎶
この報告のエピソードを聞いて、正に今の時代にも、初代教会のいのちの息吹が受け継がれているのだなぁ‼️🎶と、深い感動を味わいました。
今日の教会は確かに制度化されています。
私がかかわった宣教の働きの中でもゼロからの開拓を進める中
数名になり🎵 更に加えられ、又その方々が、祈って捧げられ、養われながら、宣教の働きが進められて来ました。
祈りでひとつとなり、教会が家族のように繋がり、各々の立場で福音宣教に携わりながら、福音は全世界に拡がって来たのですね。ハレルヤ‼️
今も聖霊の満たしの有るところ、主の御業は休む事なく、拡がり続けるのです。
主はあなたを用いられます‼️🎶
 使徒の働き 4:13~22

4:13 彼らはペテロとヨハネとの大胆さを見、またふたりが無学な、普通の人であるのを知って驚いたが、ふたりがイエスとともにいたのだ、ということがわかって来た。
4:14 そればかりでなく、いやされた人がふたりといっしょに立っているのを見ては、返すことばもなかった。
4:15 彼らはふたりに議会から退場するように命じ、そして互いに協議した。
4:16 彼らは言った。「あの人たちをどうしよう。あの人たちによって著しいしるしが行われたことは、エルサレムの住民全部に知れ渡っているから、われわれはそれを否定できない。
4:17 しかし、これ以上民の間に広がらないために、今後だれにもこの名によって語ってはならないと、彼らをきびしく戒めよう。」
4:18 そこで彼らを呼んで、いっさいイエスの名によって語ったり教えたりしてはならない、と命じた。
4:19 ペテロとヨハネは彼らに答えて言った。「神に聞き従うより、あなたがたに聞き従うほうが、神の前に正しいかどうか、判断してください。
4:20 私たちは、自分の見たこと、また聞いたことを、話さないわけにはいきません。」
4:21 そこで、彼らはふたりをさらにおどしたうえで、釈放した。それはみなの者が、この出来事のゆえに神をあがめていたので、人々の手前、ふたりを罰するすべがなかったからである。
4:22 この奇蹟によっていやされた男は四十歳余りであった。

 2023年6月27日(火)リビングライフQT

昨日のテキストに続いて、今日の流れを読みながら、時代や、状況から、ここに起こった、神の御業は、説明や解説など必用のない、事実として、多くの人々の前に開かれたのですから、無視も撤回も無用のこととして、祭司や議員たちでさえ、対応が出来ずに、ただ二人の弟子達を、語ることを禁じたり、脅したりして、釈放したのです。
実は、私の父も、戦時中、このような扱いを受け、福音の鍬を最初に下ろした下関の警察署に連行され、罵倒され、脅され、宣教活動の禁止を言い渡されたのです。
父は、殴られて顔を腫らしてはいましたが、意気揚々と笑顔で、凱旋将軍のように夕方帰ってきました。
そして、家族全員で主なる神に、感謝の祈りをしたのです。
私の5歳の時でした。父が連行された時の姿、その後に兄弟姉妹皆で、父の無事を祈り、又、伝道の働きが、妨げられようと福音の火を絶やさないように・・・と祈ったこと、78年過ぎた今も、忘れられません。
それが今の私の原点なのです‼️
*13節:二人が無学の普通の人であるのを知って驚いた。
*19節:あなた方に聞き従うほうが、神の前に正しいかどうか、判断してください。
*20節:私達は、自分達が見たことや聞いたことを話さないわけにはいきません。
ごくごく当然なことなのですが、一度神に敵対する勢力が支配すると、真理の福音は、国の悪とされるのです。
いつの時代にも、福音を阻害するサタンの力に対して、神の国は、この嵐を貫いて、勝利の道に光を注がれてきたのです‼️
私はこの真理を、幼い時に見聞きした者として、使徒の働きを読むたびに、胸が高鳴り、新たに聖霊の新しい御力を、主に求めるのです。
あなたも、御霊の戦士として、新しい力に武装させて頂きましょう🎵
 使徒の働き 4:1~12

4:1 ペテロとヨハネが民に話していると、祭司たち、宮の守衛長、サドカイ人たちが二人のところにやって来た。
4:2 彼らは、二人が民を教え、イエスを例にあげて死者の中からの復活を宣べ伝えていることに苛立ち、
4:3 二人に手をかけて捕らえた。そして、翌日まで留置することにした。すでに夕方だったからである。
4:4 しかし、話を聞いた人々のうち大勢が信じ、男の数が五千人ほどになった。
4:5 翌日、民の指導者たち、長老たち、律法学者たちは、エルサレムに集まった。
4:6 大祭司アンナス、カヤパ、ヨハネ、アレクサンドロと、大祭司の一族もみな出席した。
4:7 彼らは二人を真ん中に立たせて、「おまえたちは何の権威によって、また、だれの名によってあのようなことをしたのか」と尋問した。
4:8 そのとき、ペテロは聖霊に満たされて、彼らに言った。「民の指導者たち、ならびに長老の方々。
4:9 私たちが今日取り調べを受けているのが、一人の病人に対する良いわざと、その人が何によって癒やされたのかということのためなら、
4:10 皆さんも、またイスラエルのすべての民も、知っていただきたい。この人が治ってあなたがたの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけ、神が死者の中からよみがえらせたナザレ人イエス・キリストの名によることです。
4:11 『あなたがた家を建てる者たちに捨てられた石、それが要の石となった』というのは、この方のことです。
4:12 この方以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人間に与えられていないからです。」

 2023年6月26日(月)リビングライフQT

聖霊の働かれる時、人(神に敵対する)は、何と無力なことでしょう。胸のすくような事態が拓かれて行きますね。
エルサレムで最強の権威(祭司達の自称“神の権威”)を持って、ぺテロとヨハネを、捕らえて、牢に収監しました。
重要人物を拘束はしたが、一方では、
祭司達の手に負えない事が起こっていました。
ぺテロとヨハネの説教を聴いた人々 5,000 人が、主イエスによる罪の救いを信じたのです。
祭司達の目には、5000人は、単なる群衆にしか見えなかったのです。今、エルサレムが一大リバイバルの渦中にあることに気付かなかったのです。
騒ぎの中心人物を押さえて、厳重注意‼️を越える、脅迫を持って、語ることを禁じたのです。が・・・
《この方以外には、誰によっても救いはありません・・・》
弟子達の言葉の、何と切れ味の良いこと‼️🎵
この言葉は、論述の素晴らしさではなく、その言葉が聖霊の火で精練されているからなのです。
聖霊の力に包まれた言葉には、切り返す人の言葉や権威は、無力なのです。
この様な、言葉によって、多くのクリスチャンが、キリシタンが、殉教に追いやられました。
けれども迫害者はクリスチャンのその言葉と態度に心刺されて、悔い改めた‼️と言うケースがどれだけ多くあったことでしょう。
これが教会の歴史を支えてきたのです。
(実話):戦時中、ホーリネス教会に向けられた、激しい迫害の中で、ある警察署に拘束された牧師を、何時間にも亘って、追求し脅迫し、ついには拷問までして、イエスの名を語ることを禁じようとしたが、ついに屈しなかった牧師に、更なる拷問を加えて、瀕死の状態で、家族にに引き渡した。間もなくその牧師は主の御前に帰られた(召天)。
終戦後、この拷問を課して、死に追いやった刑事は、ずっとこの牧師の最後まで輝いた姿か眼(マナコ)から消えず、心苦しくなって、教会を訪ね、罪を告白してクリスチャンになった。・・・
いつの時代にも、聖霊は働き続けておられるのです。
あなたの家族の中にも、職場にも、友人にも・・・あなたが聖霊に満たされ、従うとき、大な御業を見るでしょう。
ハレルヤ✨✨
 使徒の働き 3:11~26

3:11 この人がペテロとヨハネにつきまとっているうちに、非常に驚いた人々がみな、「ソロモンの回廊」と呼ばれる場所にいた彼らのところに、一斉に駆け寄って来た。
3:12 これを見たペテロは、人々に向かって言った。「イスラエルの皆さん、どうしてこのことに驚いているのですか。どうして、私たちが自分の力や敬虔さによって彼を歩かせたかのように、私たちを見つめるのですか。
3:13 アブラハム、イサク、ヤコブの神、すなわち私たちの父祖たちの神は、そのしもべイエスに栄光をお与えになりました。あなたがたはこの方を引き渡し、ピラトが釈放すると決めたのに、その面前でこの方を拒みました。
3:14 あなたがたは、この聖なる正しい方を拒んで、人殺しの男を赦免するように要求し、
3:15 いのちの君を殺したのです。しかし、神はこのイエスを死者の中からよみがえらせました。私たちはそのことの証人です。
3:16 このイエスの名が、その名を信じる信仰のゆえに、あなたがたが今見て知っているこの人を強くしました。イエスによって与えられる信仰が、この人を皆さんの前で、このとおり完全なからだにしたのです。
3:17 さて兄弟たち。あなたがたが、自分たちの指導者たちと同様に、無知のためにあのような行いをしたことを、私は知っています。
3:18 しかし神は、すべての預言者たちの口を通してあらかじめ告げておられたこと、すなわち、キリストの受難をこのように実現されました。
3:19 ですから、悔い改めて神に立ち返りなさい。そうすれば、あなたがたの罪はぬぐい去られます。
3:20 そうして、主の御前から回復の時が来て、あなたがたのためにあらかじめキリストとして定められていたイエスを、主は遣わしてくださいます。
3:21 このイエスは、神が昔からその聖なる預言者たちの口を通して語られた、万物が改まる時まで、天にとどまっていなければなりません。
3:22 モーセはこう言いました。『あなたがたの神、主は、あなたがたの同胞の中から、私のような一人の預言者をあなたがたのために起こされる。彼があなたがたに告げることすべてに聞き従わなければならない。
3:23 その預言者に聞き従わない者はだれでも、自分の民から断ち切られる。』
3:24 また、サムエルをはじめ、彼に続いて語った預言者たちもみな、今の時について告げ知らせました。
3:25 あなたがたは預言者たちの子であり、契約の子です。この契約は、神がアブラハムに『あなたの子孫によって、地のすべての民族は祝福を受けるようになる』と言って、あなたがたの父祖たちと結ばれたものです。
3:26 神はまず、そのしもべを立てて、あなたがたに遣わされました。その方が、あなたがた一人ひとりを悪から立ち返らせて、祝福にあずからせてくださるのです。」
 2023年6月25日(日)リビングライフQT

ぺテロの、力強い説教‼️🎵
エルサレムの中で押し出されるように、流れるように語られたのです‼️
イスラエルの民は、律法には忠実ですから、異邦人のような、反道徳的罪や、明らかに神に敵対する、不信仰を指摘しても、通じません。ですから、聖書の予言とそれに伴う神の御計画を解いて、神が予言者を通して語り送られた、イエスを、邪悪なローマの総督でさえ、無罪だ‼️と、宣言したこの“イエス”を、殺した💢と、断罪したのみか、このイエスを、神(イスラエルが絶対者として崇める)は、死者の中から甦らせられた‼️そして、私たちはその証人だ‼️と宣言したのです。
イスラエルにとって、神の御計画に逆らう💢💢💨と言うことは、どんなに恐ろしい罪か💢一番良く知っているのです。更に、彼等がこの十字架につけて殺した、
長い歴代の予言者によって、語られた実現として顕れたイエスを、神は甦らせられた‼️これに反対することが如何に恐ろしい罪となるかを、語りながらも、神の愛による赦しと回復を語るのです。
かつてのぺテロからは到底想像もできない、知恵と、大胆と、論理性は、正に聖霊のなさる働きです。
御霊は、あなたの信仰と聖霊による潔さによって、あなたの信仰の知識と経験(内に住まれるイエス様との日々)と、満たしによる力とを結集して、福音を語らせて下さるのです。
聖書に聴いてください。神からの語りかけに耳を傾けてください。礼拝メッセージを通して、魂を養ってください。
祈りの生活の積み重ねによって、多くの霊的経験を積んでください。
御霊なる神(聖霊)は、そのあなたを用いてくださいます。
更に明日に続く、ぺテロの説教とその実を見たいですね🎵
 使徒の働き 3:1~10

3:1 ペテロとヨハネは、午後三時の祈りの時間に宮に上って行った。
3:2 すると、生まれつき足の不自由な人が運ばれて来た。この人は、宮に入る人たちから施しを求めるために、毎日「美しの門」と呼ばれる宮の門に置いてもらっていた。
3:3 彼は、ペテロとヨハネが宮に入ろうとするのを見て、施しを求めた。
3:4 ペテロは、ヨハネとともにその人を見つめて、「私たちを見なさい」と言った。
3:5 彼は何かもらえると期待して、二人に目を注いだ。
3:6 すると、ペテロは言った。「金銀は私にはない。しかし、私にあるものをあげよう。ナザレのイエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」
3:7 そして彼の右手を取って立たせた。するとたちまち、彼の足とくるぶしが強くなり、
3:8 躍り上がって立ち、歩き出した。そして、歩いたり飛び跳ねたりしながら、神を賛美しつつ二人と一緒に宮に入って行った。
3:9 人々はみな、彼が歩きながら神を賛美しているのを見た。
3:10 そしてそれが、宮の美しの門のところで施しを求めて座っていた人だと分かると、彼の身に起こったことに、ものも言えないほど驚いた。
 2023年6月24日(土)リビングライフQT

3000人のリバイバルから、今日の記事は、一人の人のリバイバル‼️🎵
固定した人生に釘付けとなった一人の人のリバイバル‼️
この一人の、足の萎えた人は、不幸なことに、足が不自由なばかりでなく、古代社会のなかで生きるには、 働くことも、家庭で養われることもできない、天涯孤独、人の哀れみにすがり、それによって糧を得ていたのです。
朝、人に担がれて道端に物の様に置かれ、途中雨が降れば誰も対応しないまま雨に濡れる事もあったでしょう。自分の意思は最早働かされない😖💦
そんな人生って、考えたことありますか(はてな)
文字通り、体は生きながら、人格としては、死の毎日となっていた人でした。
パウロの叫びの中に・・『私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からたから、私を救いだしてくれるのでしょうか。』(ローマ人への手紙7:24)
と、叫んでいます。
正に、この足の不自由な男の、魂の中には、この叫びが渦巻いていたでしょう。しかし、誰にも訴えられない😵
しかし、神は、聴いていて下さった❗
ペテロと、ヨハネをそこに使わされたのです。たまたま通りかかったのでしょうか⁉️
いいえ。そうではありません。一人の人の魂を再生(リバイブ)されるのは、神の創造の御業です。
”施しを求めた”・・、
ただの人なら、無視するか、レプタ一枚施すか、それで、人と彼との関係は終わるのです。
しかし、これこそ、叫びであり、この叫びをペテロとヨハネは、聞き捨てにはしなかった。この二人の中にこの男の叫びを届けられたのです‼️
記された通りです。
手を取って立たせた‼️
生まれつき立ったことのなかった足です。筋肉もついていない足です。普通なら治っても、リハビリに数ヵ月かかるのです。その彼が歩き出したのです。
『ひとびとはみな、彼が歩きながら神を賛美しているのを見た‼️』
と記しています。今やこの男は、足が治った以上に、彼の魂が、神の創造の御手により、永遠の命(神との交わり・そして神の命)に繋がれた、リバイバルとなったのです。
神の命のみ業は、こうして拡がり続けるのです。
あなたの中に、神の命のリバイブは、更に脈打っていますか。
この出来事は、更にエルサレム中に拡がり、この男を見た人々は、あの物乞いの男だと知って、驚いた👀
*驚いた・・・は、リバイバルではないが、次のみ業への人々の心が開かれようとする、要因となったのです。
今の教会に必要なのは、
*人々の心の叫びを、聞く(御霊なる神がそれを繋ぐために備えられた)魂があるか
*それを聞いた(気付いて)そちらへ遣わされる。
*大胆に語る(伝え、宣言、祈る)
その様な、通り良き管となる、クリスチャン
・教会が求められるのです‼️
主よ🎶、私がここに居ります‼️私を遣わしてください。🤲
と祈り、新たな献身が求められます。
 使徒の働き 2:37~47

2:37 人々はこれを聞いて心を刺され、ペテロとほかの使徒たちに、「兄弟たち、私たちはどうしたらよいでしょうか」と言った。
2:38 そこで、ペテロは彼らに言った。「それぞれ罪を赦していただくために、悔い改めて、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。
2:39 この約束は、あなたがたに、あなたがたの子どもたちに、そして遠くにいるすべての人々に、すなわち、私たちの神である主が召される人ならだれにでも、与えられているのです。」
2:40 ペテロは、ほかにも多くのことばをもって証しをし、「この曲がった時代から救われなさい」と言って、彼らに勧めた。
2:41 彼のことばを受け入れた人々はバプテスマを受けた。その日、三千人ほどが仲間に加えられた。
2:42 彼らはいつも、使徒たちの教えを守り、交わりを持ち、パンを裂き、祈りをしていた。
2:43 すべての人に恐れが生じ、使徒たちによって多くの不思議としるしが行われていた。
2:44 信者となった人々はみな一つになって、一切の物を共有し、
2:45 財産や所有物を売っては、それぞれの必要に応じて、皆に分配していた。
2:46 そして、毎日心を一つにして宮に集まり、家々でパンを裂き、喜びと真心をもって食事をともにし、
2:47 神を賛美し、民全体から好意を持たれていた。主は毎日、救われる人々を加えて一つにしてくださった。
 2023年6月23日(金)リビングライフQT

これこそリバイバルの始まりです。
ただ、一気に3000人が弟子の群れに加えられたから、リバイバルなのではないのです。
一人でも、リバイバルなのです‼️🎶
即ち、サタンに囚われて、神に敵対して歩んで、霊的に死んでいた(永遠の命を失くしていた)罪人が、一転して神の前に罪赦されて、永遠の命に甦ったのです‼️🎶
これがリバイバルです。
今、あなたが主と共に生きていること・・そこにリバイバルの原点があるのです。
この日(ペンテコステ=五旬節)この様に、リバイバル(リバイブ)した人が、ぺテロの御霊による説教で、一気に3000人がリバイブされたのです。
リバイブされた人達は、心を一つにし、貧しい人々と分かち合って、主の家族のような、交わりで、祈り合い、支え合って福音を生きていたのです。
これを発想にして、”共産主義“が、生まれたのですが、《主義》は、リバイブの結果ではなく、人の善意の結集による、《制度》と化したので、主義の元で社会・国が造られたので、世界が混乱に落ちたのです。
リバイバルは、やがて、整えられて、世界中に拡がる神の国のサンプルなる《教会》となって、リバイバルは、全世界に、全民族に拡がり、今日あるのです。
あなたの教会は、リバイバルの子で、更にそこから家庭に職場に拡がり続けるのです。
リバイバルの結果の《実》は・・・
*心を一つにし
*宮に集まり(神を共に礼拝し)
*人々から好意を持たれる主の証人として・・
*迫害されながらも、輝いて生きる姿
こうしてリバイバルは、21世紀の今日まで、続いているのです。
教会は・あなたは・・・このリバイバルの火を消してはなりません。ハレルヤ‼️
 使徒の働き 2:22~36

2:22 イスラエルの皆さん、これらのことばを聞いてください。神はナザレ人イエスによって、あなたがたの間で力あるわざと不思議としるしを行い、それによって、あなたがたにこの方を証しされました。それは、あなたがた自身がご承知のことです。
2:23 神が定めた計画と神の予知によって引き渡されたこのイエスを、あなたがたは律法を持たない人々の手によって十字架につけて殺したのです。
2:24 しかし神は、イエスを死の苦しみから解き放って、よみがえらせました。この方が死につながれていることなど、あり得なかったからです。
2:25 ダビデは、この方について次のように言っています。『私はいつも、主を前にしています。主が私の右におられるので、私は揺るがされることはありません。
2:26 それゆえ、私の心は喜び、私の舌は喜びにあふれます。私の身も、望みの中に住まいます。
2:27 あなたは、私のたましいをよみに捨て置かず、あなたにある敬虔な者に滅びをお見せにならないからです。
2:28 あなたは私に、いのちの道を知らせてくださいます。あなたの御前で、私を喜びで満たしてくださいます。』
2:29 兄弟たち。父祖ダビデについては、あなたがたに確信をもって言うことができます。彼は死んで葬られ、その墓は今日に至るまで私たちの間にあります。
2:30 彼は預言者でしたから、自分の子孫の一人を自分の王座に就かせると、神が誓われたことを知っていました。
2:31 それで、後のことを予見し、キリストの復活について、『彼はよみに捨て置かれず、そのからだは朽ちて滅びることがない』と語ったのです。
2:32 このイエスを、神はよみがえらせました。私たちはみな、そのことの証人です。
2:33 ですから、神の右に上げられたイエスが、約束された聖霊を御父から受けて、今あなたがたが目にし、耳にしている聖霊を注いでくださったのです。
2:34 ダビデが天に上ったのではありません。彼自身こう言っています。『主は、私の主に言われた。あなたは、わたしの右の座に着いていなさい。
2:35 わたしがあなたの敵をあなたの足台とするまで。』
2:36 ですから、イスラエルの全家は、このことをはっきりと知らなければなりません。神が今や主ともキリストともされたこのイエスを、あなたがたは十字架につけたのです。」
 2023年6月22日(木)リビングライフQT

*昨日はテキストの箇所が 21節までを31節と間違っていました。読まれたかたは、今日の箇所と、重なる部分がありますが御赦し
下さい。

《改めて》
ぺテロの説教の、何と力強い事でしょう‼️
読んでいて、その声が2000年の時空を越えて、響いてくるような実感が致します。
また、その説教のなかで引用された、詩篇16篇8節~11節の何と力強い響きでしょう。
この詩篇16篇は、ぺテロよりさらに、1000年遡る時代の、ダビデの作です。今からすると、3000年前になります。
その様な事を思うと、聖書(神の言葉)の、何と命に溢れ、歴史の時空を超えて、今、私たちを神の手の中にあることを実感させ、読む人に働く命の言葉なんですね🎵。
ぺテロは1000年前のダビデの神への賛歌と告白が、そのまま、エルサレムの住民・又、全世界から集まったイスラエルの離散の民が、ダビデの予言の成就を、目の当たりにしている・・と、迫ったのです。鳥肌がたつほどの、現実を見聞きしてきた人々は、
その神秘性に揺さぶられ、又、それ以上に、終末の間近なことを肌で感じながら、神の御子イエスを十字架に掛けた自らの罪(直接関わらなくとも、単なる事出来事として見過ごした)を、深く探られ始めたのです。
ぺテロのその様なメッセージを聴いたエルサレムの人々に、最後の締め括りに、《あなた方の罪が、イエス・キリスト様を、十字架につけたのです👀‼️と迫ったのです。
これが、あのピラトの裁きの庭で、『わたしはあの男(イエス・キリスト)を知らない』と、三度も、無関係を装った
ぺテロ自身が、イエス・キリスト様を、十字架に付けた張本人だ💢と、告白しているのです。
私達は、“罪”を、どの様に認識するでしょう。
*祈らなかった 
*信仰が欠けていた 
*人を赦せなかった
*礼拝を怠けた・・等々
しかし、ここでぺテロは、“神が今や主ともキリストともされたこのイエスを、あなた方が十字架に付けたのです”と…
今朝、新たに深く、主の十字架を仰ぎ自らの罪のために掛けられたイエス様を仰ぎ見ましょう。‼️
  ハレルヤ‼️🎶
 使徒の働き 2:14~31

【新改訳2017】
使
2:14 ペテロは十一人とともに立って、声を張り上げ、人々に語りかけた。「ユダヤの皆さん、ならびにエルサレムに住むすべての皆さん、あなたがたにこのことを知っていただきたい。私のことばに耳を傾けていただきたい。
2:15 今は朝の九時ですから、この人たちは、あなたがたが思っているように酔っているのではありません。
2:16 これは、預言者ヨエルによって語られたことです。
2:17 『神は言われる。終わりの日に、わたしはすべての人にわたしの霊を注ぐ。あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。
2:18 その日わたしは、わたしのしもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。すると彼らは預言する。
2:19 また、わたしは上は天に不思議を、下は地にしるしを現れさせる。それは血と火と立ち上る煙。
2:20 主の大いなる輝かしい日が来る前に、太陽は闇に、月は血に変わる。
2:21 しかし、主の御名を呼び求める者はみな救われる。』
2:22 イスラエルの皆さん、これらのことばを聞いてください。神はナザレ人イエスによって、あなたがたの間で力あるわざと不思議としるしを行い、それによって、あなたがたにこの方を証しされました。それは、あなたがた自身がご承知のことです。
2:23 神が定めた計画と神の予知によって引き渡されたこのイエスを、あなたがたは律法を持たない人々の手によって十字架につけて殺したのです。
2:24 しかし神は、イエスを死の苦しみから解き放って、よみがえらせました。この方が死につながれていることなど、あり得なかったからです。
2:25 ダビデは、この方について次のように言っています。『私はいつも、主を前にしています。主が私の右におられるので、私は揺るがされることはありません。
2:26 それゆえ、私の心は喜び、私の舌は喜びにあふれます。私の身も、望みの中に住まいます。
2:27 あなたは、私のたましいをよみに捨て置かず、あなたにある敬虔な者に滅びをお見せにならないからです。
2:28 あなたは私に、いのちの道を知らせてくださいます。あなたの御前で、私を喜びで満たしてくださいます。』
2:29 兄弟たち。父祖ダビデについては、あなたがたに確信をもって言うことができます。彼は死んで葬られ、その墓は今日に至るまで私たちの間にあります。
2:30 彼は預言者でしたから、自分の子孫の一人を自分の王座に就かせると、神が誓われたことを知っていました。
2:31 それで、後のことを予見し、キリストの復活について、『彼はよみに捨て置かれず、そのからだは朽ちて滅びることがない』と語ったのです。
 2023年6月21日(水)リビングライフQT

今や、聖霊に満たされた弟子達は、御霊に励まされて、立ち上がって大胆に民に向かって語り始めました。
弟子達の回りには、過ぎ越しの祭り以来、十字架の残酷な処刑と言う出来事に続く、悲しい葬り・・・大変な騒ぎは、イエス・キリスト様の葬りで鎮静し、安息日の静けさで全てが収まったように見えたのです。
ところが主が甦られた‼️・・に始まる、40日間の甦られたイエス様の顕現。
甦りに接した、世界中から5旬節を守る為に聖地に来ていたイスラエルの民は、この一大事に帰国せずに、エルサレムに残っていたのです。
彼らが今、ぺテロの聖霊に満たされたメッセージを、聞いたのです。
(5旬節は過越しの祭りから50日目、イエス様が昇天されてから10日後です)
今、ぺテロのメッセージの締めくくりが、予言者ヨエルの、終末予言だったのです。
それは神のご計画の教義に明るい、彼らにしてみれば、恐ろしい緊迫感が迫る、厳しい言葉なのです。しかし、どんな厳しい神のご計画も、滅ぼすためではない‼️と受け止め、ヨエルの力強い励ましの言葉で、締め括るのです。
もう一度読んでみましょう‼️
《主の御名を呼び求める者は、皆救われる》
これは、福音の真髄です。
私たちの信仰は、この
御言葉に尽きます✨
 使徒の働き 2章1節~13節

2:1 五旬節の日になって、皆が同じ場所に集まっていた。
2:2 すると天から突然、激しい風が吹いて来たような響きが起こり、彼らが座っていた家全体に響き渡った。
2:3 また、炎のような舌が分かれて現れ、一人ひとりの上にとどまった。
2:4 すると皆が聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、他国のいろいろなことばで話し始めた。
2:5 さて、エルサレムには、敬虔なユダヤ人たちが、天下のあらゆる国々から来て住んでいたが、
2:6 この物音がしたため、大勢の人々が集まって来た。彼らは、それぞれ自分の国のことばで弟子たちが話すのを聞いて、呆気にとられてしまった。
2:7 彼らは驚き、不思議に思って言った。「見なさい。話しているこの人たちはみな、ガリラヤの人ではないか。
2:8 それなのに、私たちそれぞれが生まれた国のことばで話を聞くとは、いったいどうしたことか。
2:9 私たちは、パルティア人、メディア人、エラム人、またメソポタミア、ユダヤ、カパドキア、ポントスとアジア、
2:10 フリュギアとパンフィリア、エジプト、クレネに近いリビア地方などに住む者、また滞在中のローマ人で、
2:11 ユダヤ人もいれば改宗者もいる。またクレタ人とアラビア人もいる。それなのに、あの人たちが、私たちのことばで神の大きなみわざを語るのを聞くとは。」
2:12 人々はみな驚き当惑して、「いったい、これはどうしたことか」と言い合った。
2:13 だが、「彼らは新しいぶどう酒に酔っているのだ」と言って、嘲る者たちもいた。
 2023年6月20日(火)リビングライフQT

聖霊の降臨と、新しい時代の始まり‼️
その始まりは、単なる区切りではなく、神の人類救済のご計画が、最後の段階へと、動き始めたのが、此の出来事なのです。
現象にばかり捕らわれず、また、その現象を固定化(将来的にも、此のような現象が起こる‼️・その様な固定概念、これからの聖霊の働きや現象を、標準的サンプルとする‼️)
するものであってはならない。
大切なのは、一人一人の中に興る御霊による力強い御業であって、現象ではないのです。

異言の賜物を、絶対化したり一般化したりする意味で述べたのではありません。

最初の聖霊降臨の時、120名の者は、それぞれ聖霊の導きのままに与えられた、異国の言葉(異言)で語るのを、当時、9節~11節に記録されている国言葉を現地からエルサレムに来ていた、離散ユダヤ人(イスラエル人)達が理解できたのです
こうしてペンテコステの日に、彼らの言葉で福音(イエス・キリストの十字架の購いの印から始まる真理)が明らかにされたのです。
イエス様の御受難の日は、過越の大祭(イスラエルの出エジプトを記念)の日でした。此のときは、世界中か様々な歴史の狭間で散らされたイスラエルの民が、年に一度エルサレムに上って来ていたのです。
メシヤと目されたお方の十字架の不条理な死・葬り・三年に及ぶメシヤ騒ぎの終焉と見られた・・・
しかし、三日目に甦られた‼️エルサレムにセンセーションが走った‼️
これからどうなるの・・・?
各地から上ってきていた人々は、事の次第を良く見つめながら、国に帰って伝える為の情報集めに、エルサレムに残留するのです。
これらの人々に最初に十字架の福音が、聖霊によって開示されたのです。
この事は、爆発的な拡がりを見せ、そうした各地へパウロがヨハネが、更に他の弟子達が遣わされて出て行ったのです。
主なる神の為さることは何とくすしい御業でしょう。
今私達もその後陣に預かり、主があなたを求めておられるのです。福音のために何ができるのでしょう。
それは能力ではなく
如何に純粋な福音を運ぶか・・・が、求められているのです。
 使徒の働き 1章12節~26節

1:12 そこで、使徒たちはオリーブという山からエルサレムに帰った。この山はエルサレムに近く、安息日に歩くことが許される道のりのところにあった。
1:13 彼らは町に入ると、泊まっている屋上の部屋に上がった。この人たちは、ペテロとヨハネとヤコブとアンデレ、ピリポとトマス、バルトロマイとマタイ、アルパヨの子ヤコブと熱心党員シモンとヤコブの子ユダであった。
1:14 彼らはみな、女たちとイエスの母マリア、およびイエスの兄弟たちとともに、いつも心を一つにして祈っていた。
1:15 そのころ、百二十人ほどの人々が一つになって集まっていたが、ペテロがこれらの兄弟たちの中に立って、こう言った。
1:16 「兄弟たち。イエスを捕らえた者たちを手引きしたユダについては、聖霊がダビデの口を通して前もって語った聖書のことばが、成就しなければなりませんでした。
1:17 ユダは私たちの仲間として数えられていて、その務めを割り当てられていました。
1:18 (このユダは、不義の報酬で地所を手に入れたが、真っ逆さまに落ちて、からだが真っ二つに裂け、はらわたがすべて飛び出してしまった。
1:19 このことは、エルサレムの全住民に知れ渡り、その地所は彼らの国のことばでアケルダマ、すなわち『血の地所』と呼ばれるようになっていた。)
1:20 詩篇にはこう書いてあります。『彼の宿営が荒れ果て、そこから住む者が絶えますように。』また、『彼の務めは、ほかの人が取るように。』
1:21 ですから、主イエスが私たちと一緒に生活しておられた間、
1:22 すなわち、ヨハネのバプテスマから始まって、私たちを離れて天に上げられた日までの間、いつも私たちと行動をともにした人たちの中から、だれか一人が、私たちとともにイエスの復活の証人とならなければなりません。」
1:23 そこで彼らは、バルサバと呼ばれ、別名をユストというヨセフと、マッティアの二人を立てた。
1:24 そしてこう祈った。「すべての人の心をご存じである主よ。この二人のうち、あなたがお選びになった一人をお示しください。
1:25 ユダが自分の場所へ行くために離れてしまった、この奉仕の場、使徒職に就くためです。」
1:26 そして、二人のためにくじを引くと、くじはマッティアに当たったので、彼が十一人の使徒たちの仲間に加えられた。
 2023年6月19日(月)リビングライフQT

主イエス・キリスト様が、死から甦られた‼️想像もしなかった出来事から、弟子達は40日間、甦られた主と行動を共にし、夢のような時を過ごしましたが、遂に、主とお別れ(⁉️)しなければならない時が来ました。
主が天にあげられる姿を見上げながら、お別れと言うより、これから何が起こるのか‼️不思議な感動に揺さぶられながら、エルサレムに帰ってきた。
マルコの住む広い家は、主がエルサレムに来られる度に、滞在される所でした。弟子達はここに集まり、冷めやらぬ感動と共に、これからの事を話し合い、主が御命じになられた、《祈りの時》へと、導かれたのです。
そうしたときに、弟子達が先ず心にかかったのは、主の弟子として12名の者が、共に歩んできたのに、今や11名になり、ユダの反逆による大きな穴は、彼らの新しい出発に、重い障害となっていたのです。
主なる神のご計画は、三位一体の神であられる御方、第二位のイエス・キリスト様が弟子達とずっとご同行されてきましたが、
今や新しい主の時、聖霊の臨在の時へと、移行するに当たって、
彼らに祈る事を命じられたのです。
彼らは、祈りにはいる前に、大きな罪の空洞があることを知っていたので、此の穴(イスカリオテのユダ)を埋める今一人の弟子(使徒)を、選び出す必要を感じたのです。
言うならば、彼らは、今一度主の命に服する、使徒として、他の弟子達は、此の12名の使徒達に命じられて、福音に仕えようと、集まってきたのですから、これは11名の直弟子たちだけの問題ではなく、全ての弟子たちの問題でした。
そこで彼らは祈って、欠けた一人を、主に従ってきた人の中から、二人を選んで、更にその中から皆の選考を経て、マッテヤが選ばれたのです。
此の経緯に秘められたメッセージは・・・
新しい時代の弟子(教会)に、主なる神は、御子イエス・キリスト様が、12弟子と共に歩まれた様に、新しい弟子(教会)に同じ様に、更に主なる神が歩まれるために使わされた第三位のお方、即ち、“聖霊”なる神を、遣わされるに当たり、罪の空白を埋める、言い換えると! 罪を徹底して取り除く必要を求められるのです。
マッテヤが選ばれ、全ての弟子達が心を整えて、祈りについたのです。
聖霊を求める・・・と言うことは、何か特別な主からの賜物(力・能力・経験・現象・・❓)を、頂く・・・と、考えてはなりません。
かつて、弟子達がイエス様と歩んだ様に、目に見えない神(第三位の聖霊なる神)が、日常的に、私たちと共に歩まれるようになる‼️ということを意味しています。
弟子達が経験したように、私が、あなたが、聖霊なる神と共に歩むということなの
です。
聖なる神が、あなたを介して・・・です。
終わりの時代に主なる神が私たちと共に、家庭に、学校に、職場に、地域に、歩まれるのです。
それが私たちクリスチャンの存在意義であり、使命です。祈り始めましょう‼️
使徒の働き 1章1節~11節

1:1 テオフィロ様。私は前の書で、イエスが行い始め、また教え始められたすべてのことについて書き記しました。
1:2 それは、お選びになった使徒たちに聖霊によって命じた後、天に上げられた日までのことでした。
1:3 イエスは苦しみを受けた後、数多くの確かな証拠をもって、ご自分が生きていることを使徒たちに示された。四十日にわたって彼らに現れ、神の国のことを語られた。
1:4 使徒たちと一緒にいるとき、イエスは彼らにこう命じられた。「エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。
1:5 ヨハネは水でバプテスマを授けましたが、あなたがたは間もなく、聖霊によるバプテスマを授けられるからです。」
1:6 そこで使徒たちは、一緒に集まったとき、イエスに尋ねた。「主よ。イスラエルのために国を再興してくださるのは、この時なのですか。」
1:7 イエスは彼らに言われた。「いつとか、どんな時とかいうことは、あなたがたの知るところではありません。それは、父がご自分の権威をもって定めておられることです。
1:8 しかし、聖霊があなたがたの上に臨むとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリアの全土、さらに地の果てまで、わたしの証人となります。」
1:9 こう言ってから、イエスは使徒たちが見ている間に上げられた。そして雲がイエスを包み、彼らの目には見えなくなった。
1:10 イエスが上って行かれるとき、使徒たちは天を見つめていた。すると見よ、白い衣を着た二人の人が、彼らのそばに立っていた。
1:11 そしてこう言った。「ガリラヤの人たち、どうして天を見上げて立っているのですか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行くのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになります。」

 
 2023年6月18日(日)リビングライフQT

神の創造の歴史の新たなページが、開かれる“聖霊の時代”の展開する、《使徒の働き》に、入ってきました。
私達はここに始まる、聖霊の時代の延長線上に、今、生かされています。
この教会時代にある、自らのことを重ね合わせながら、学んで参りましょう‼️
主は、十字架の購いの死より、甦られて、弟子達には、夢のような40日間があっという間に過ぎ去りました‼️
主の甦りによって、彼らは眼が覚める様な幸せな日々が過ぎましたが、別れ❓の時がやって来たのです。
その時、主イエス・キリストが、弟子達に残されたお言葉が、今日の鍵となるのです。
いや、新しい意味での、週末時代に船出する、全てのクリスチャンに残された(遺された)大切なメッセージなのです。
今朝の私たちに直接、語られたに等しい、時代を越えた、全ての主にあるクリスチャンに語られた、約束なのです。
ここに、再録しましょう
④“エルサレムから離れないで” わたしから聞いた、父の約束を待ちなさい。ヨハネは水でバプテスマを授けましたが、あなた方はまもなく、聖霊によるバプテスマを授けられるからです。
⑧『聖霊があなた方の上に臨む時、あなた方は力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地の果てまで、わたしの証人となります。』
この約束は、当時の弟子達への慰めと励ましのメッセージではなく、新しく展開する時代(歴史)の、全ての弟子達個々への、確かな・重い約束なのです。
今朝、テキストを読まれた《あなた》への、重大な約束なのです。
御子なる、《イエス・キリスト様》が、見える姿でこの世にご自身を著される時が、過ぎ去り、今や、三位一体の第三位のお方、《聖霊なる神》が新たに、私たちの内に、宿って下さる‼️・・・と言う約束なのです。ハレルヤ‼️
聖霊があなたの内に宿る・・・と言う経験は、一度だけ❗ではないのです。
御霊なる神があなたの、私の内に宿られるためには、内なるもの(あなたの魂)が、主のものとなっていなければならないのです。その為に主の前に正しく生き、しばしばその(聖霊に住まっていただく)為に、祈り聖霊に満たされたことを、実感(証し)する者として、歩ゆむのです。
それは、あなたを通して、主なる神が世に証されるためなのです🎶ハレルヤ‼️
  哀歌(旧約) 5章15節~22節

5:15 私たちの心から喜びが消え、踊りは喪に変わりました。
5:16 冠も頭から落ちました。私たちは、ああ、罪ある者となりました。
5:17 このために、私たちの心は病みました。これらのために、目は暗くなりました。
5:18 荒れ果てたシオンの山の上を、そこを狐が歩き回っています。
5:19 【主】よ。あなたはとこしえに御座に着かれ、あなたの王座は代々に続きます。
5:20 なぜ、いつまでも私たちをお忘れになるのですか。私たちを長い間、捨てておかれるのですか。
5:21 【主】よ、あなたのみもとに帰らせてください。そうすれば、私たちは帰ります。昔のように、私たちの日々を新しくしてください。
5:22 あなたが本当に、私たちを退け、極みまで私たちを怒っておられるのでなければ。
 2023年6月17日(土)リビングライフQT

主なる神の恵みに生かされていた、古き良き時代の追憶が、余りにも踏みにじられる毎日の痛みの中から、エルサレムの繁栄の輝きの時を思いだし、神の厳粛な臨在と、律法の制約の中からではあっても、そこには。平和と安定と、喜びが充ちていた‼️

今の瓦礫の山と化したエルサレムの片隅で、昔の繁栄を思い見ながら、残された民と共に、彼らの祈りを代弁するかのような、エレミヤの叫びのような祈り‼️🎵

昭和24年(私の9才の時)終戦後4年目に、父は私を連れて、ホーリネスの戦後の再建の、大聖会のために上京しました。
蒸気機関車に36時間揺られ、戦後最初のホーリネス全国大会(聖会)に参加しました。
新宿駅(高架)のホームに降り立ったとき、焼け野原になり、まだまだ瓦礫の一面に残る、東京は、新宿から皇居の森、お茶の水のニコライ堂(米軍が、皇居を中心に爆撃を避けた結果、皇居、銀座、東京駅、丸の内、神田方面は焼けずに残っていたのです)が遥かに見渡せる、今から考えたら不思議な光景でした。
この光景を見せながら、父が『嗣夫❗よーく見ておきなさい‼️ここに見た日本の傲慢な結果の姿が、悔い改めによって、栄光の日本になるために、これからホーリネスの、大会の祈りが捧げられるのだよ。』
忘れられません。その後16年後に、伝道者を目指して、上京したあの日、東京駅で感慨深く、見渡しましたが、あの瓦礫は何一つ見られなかったのです。しかし、そこには、世俗に満ちた町の極みで賑わっており、💧が出るほど、胸が締め付けられる時でした。
日本のエルサレムの復興のために、58年歩んできましたが、今、エレミヤと同じ思いで、
主よ⁉️何時までなのですか(?)と、呻くような思いで祈る朝です💧
 哀歌(旧約) 5章1節~14節

5:1 【主】よ。私たちに起こったことを心に留め、私たちの汚名に目を留めて、よく見てください。
5:2 私たちのゆずりの地は他国人の手に、私たちの家は異国の民の手に渡りました。
5:3 私たちは父のいないみなしごとなり、母はやもめのようになりました。
5:4 私たちは自分の水を、金を払って飲みます。薪も、代価を払って手に入れます。
5:5 私たちはくびきを負って、追い立てられ、疲れ果てても憩いを与えられません。
5:6 私たちは十分な食物を得ようと、エジプトやアッシリアに手を伸ばしました。
5:7 私たちの先祖は罪を犯し、今はもういません。彼らの咎は私たちが負いました。
5:8 奴隷たちが私たちを支配し、彼らの手から解き放ってくれる者はいません。
5:9 荒野には剣があり、私たちは、いのちがけで食物を得ています。
5:10 私たちの皮膚は、飢饉の激しい熱で、かまどのように熱くなりました。
5:11 女たちはシオンで、おとめたちはユダの町々で、辱められました。
5:12 首長たちは彼らの手で木につるされ、長老たちは尊ばれませんでした。
5:13 若い男たちはひき臼をひかされ、幼い者たちは薪を背負ってよろめきました。
5:14 長老たちは、城門のところに集まることを、若い男たちは、楽器を鳴らすことをやめました。
 2023年6月16日(金)リビングライフQT

崩壊したエルサレム、捕囚の民から外れた貧しいエルサレムの住民達。
指導者達は、木に架けられ、晒し者となり、尊ばれてきた年寄り達は、侵入してきた異邦人達に、凌辱され、かつての奴隷達は、今は逆転して、イスラエルの残された民の上に立って、命令支配する😭
家畜のように粉引きの石臼を一日中引く労働に明け暮れる😢💦
エレミヤは、今や過ぎ去った歴史の前後(民の神への反逆)の感覚さえも、判らなくなっている今、憂いと、悲しみと、絶望の中で、呻き苦しむ民の思いを代弁しているのです。
主なる神への訴えは、確かに、主に向かって頭が向き、正しい訴えとなりますが、
大切なことは、何故こうなったのか(?)・・仮令、世代が交代したとしても、ただ、今の現状の回復だけを、願い求めても、それは神への誠実な祈りとしては届かないでしょう。
祈りは、何時も、全存在・全時間・過去の経過・今の自らの魂の有り様・・・それらを全てさらけ出しての、訴えであり、その時点で、祈る者の魂は、主なる神の御手の中に、帰っている、握られている・・
そこから、この様な絞り出すような祈りがほとばしり出るのです‼️🎶
主なる神に求める時、あなたは神の手に握られ包まれた、中にありますか⁉️
祈りの鍵はここにあります‼️🎶
 哀歌(旧約) 4章11節~22節

4:11 【主】は憤りを出し尽くし、燃える怒りを注ぎ出された。主はシオンに火を放ち、火はその礎を焼き尽くした。
4:12 地の王たちは信じていなかった。世界に住むすべての者も。仇や敵がエルサレムの門に入って来るとは。
4:13 これはその預言者たちの罪、祭司たちの咎のためである。彼らは、その町のただ中で、正しい人たちの血を流した。
4:14 彼らは血で汚れ、目の見えない人のように街頭をさまよい、だれも彼らの衣に触れることはできなかった。
4:15 「向こうへ行け。汚れた者」と人々は彼らに叫ぶ。「向こうへ行け。向こうへ行け。さわるな。」彼らは、立ち去って、なおもさまよい歩く。国々の中で人々は言う。「彼らは二度とここに寄留してはならない」と。
4:16 【主】ご自身が彼らを散らされた。もう彼らに目を留められることはない。祭司たちは尊ばれず、長老たちは敬われなかった。
4:17 そのうえ、私たちの目は衰えていき、助けを求めたが、空しかった。私たちは、救いをもたらさない国に期待をかけ、見張り場で見張りをしたのだ。
4:18 私たちの歩みはつけ狙われて、広場を歩くこともできなかった。私たちの終わりは近づいた。私たちの日は満ちた。私たちの終わりが来たのだ。
4:19 私たちを追う者たちは、大空の鷲よりも速かった。山々の上まで追い迫り、荒野で私たちを待ち伏せした。
4:20 私たちの鼻の息、【主】に油注がれた者が、彼らの落とし穴で捕らえられた。私たちは「この方の陰なら、国々の中でも生き延びられる」と思っていた。
4:21 ウツの地に住む娘エドムよ、楽しみ喜べ。だが、あなたにも杯は巡って来る。あなたは酔って自分の裸をさらす。
4:22 娘シオンよ、あなたへの刑罰は果たされた。主はもう、あなたを捕らえ移すことはなさらない。だが、娘エドムよ、主はあなたの咎を罰し、あなたの罪を暴かれる。
 2023年6月15日(木)リビングライフQT

神の都エルサレムの、徹底した滅亡ぶりが、さらけ出されている。
12節~地の王たちは信じていなかった。
世界に住むすべての者も、仇や敵がエルサレムの門に入って来るとは…
何と言う描写でしょう。難攻不落❗と言うのではなく、ヤーウェの神の都だから、誰も、どの国も、民も・・・この都は、その様な神秘性(保護された)に満ちた、神の御座だったのです。
しかし、この都の堅固さは、神の守護の下に有るからではなく、
神の聖所(臨在=御座)のある都、故に、民は神の前に真実と聖(キヨ)さと、主なる神への、愛と信仰に生きる、国だったから、神自ら主権と愛と真実をもって、サマリヤ(北イスラエル王国の滅亡)陥落後も、エルサレムはアッシリヤから、バビロンからも、暫くは完全に守られたのです。
しかし、彼らの中から信仰の指導者(祭司・預言者・・等々)から、信仰と儀式の解離や、マンネリから来る、魂の入らない、形式だけの祭礼、憶測や習慣的な予言、民を安心させるための、慰めと銘打ったメッセージ(神からの言葉の取り次ぎ・・・)
17節には、「助けを求めたが、虚しかった」😖💧と、告白している。
私たちも、しばしば、信仰の本筋を、自ら問うこともなく、ただ求めることだけを、祈る(病・傷み・試練からの解放・貧しさからの解放・・・・)
いつの間にか、主の僕が、ご利益中心の祈りに低迷していたら、
エルサレムの滅亡に似た、苦悩を味わう危険があるのではないだろうか。
*21節「ウヅ」の地に住む・・・とありますが、これは、繁栄と栄光を極めた“ヨブ”のことを指しており、同じような祝福の頂点にあったイスラエルに協力し、選びの民の仲間に入ったような安心の中にある、先住民のエドム人のこと。
状況に流される安心、安全は、祝福の実ではない(はてな)・~という警告なのです。
エルサレムの娘→選ばれた民の事、彼等に赦しと解放の時が来る‼️
しかし、エドムの娘たち、彼らは、神を知らず真似事として、イスラエルに追随してきただけ💢彼等には赦しと解放はない。
私たちは、今朝新たに、信仰から信仰へ‼️
主との交わりと祈りによる結び付き、平安に繋がる新しい、思い(決意)を、主に捧げながら歩み始めましょう‼️🎵
 哀歌(旧約) 4章1節~10節

4:1 ああ、金は黒ずみ、美しい黄金は色あせ、聖なる石は、道端のいたるところに投げ捨てられている。
4:2 高価であり、純金で値踏みされるシオンの子らが、ああ、土の壺、陶器師の手のわざと見なされている。
4:3 ジャッカルさえも乳房をふくませて、その子に乳を飲ませる。しかし、娘である私の民は、荒野のだちょうのように無慈悲となった。
4:4 乳飲み子の舌は渇いて上あごにへばり付き、幼子たちがパンを求めても、割いてやる者もいない。
4:5 ごちそうを食べていた者たちは街頭で痩せ衰え、緋色の衣で育てられた者たちは堆肥をかき集めるようになった。
4:6 娘である私の民の咎はソドムの罪よりも大きかった。人の手によらずに、一瞬で崩壊したソドムより。
4:7 その聖別された者たちは雪よりも清く、乳よりも白かった。そのからだは珊瑚よりも赤く、容姿はサファイアのようであった。
4:8 しかし、彼らの顔はすすより黒くなり、街頭でもそれと分からない。彼らの皮膚は干からびて骨に付き、乾いて木のようになった。
4:9 剣で殺される人は、飢えで殺される者たちより幸せであった。その者たちは、畑の実りがないために、痩せ衰えて死んでいった。
4:10 あわれみ深い女たちが、自分の手で自分の子を煮た。娘である私の民が破滅したとき、それが彼女たちの食物となった。
 2023年6月14日(水)リビングライフQT
哀歌(旧約)
4章1節~10節

エレミヤは見た😖💦
その悲惨な現実の描写、地獄のような姿を、今の私たちに伝えている。胸が傷み、魂が削られるような、エルサレムの姿💢10節の描写は、今ここで、再録するのには余りにも、悲惨すぎます。
6節の《娘である私の民の咎(トガ)は、ソドムの罪より大きかった。
人の手によらずに
一瞬で崩壊したソドムより》
全ての輝きに満ちたもの、
祝福された人々、
幸せと、豊かさに包まれた生活、
それら全てが、跡形もなく、思い出すことも出来ない程に😵
信仰は、趣味や、好奇心や、人生観や、将来計画のための、材料(手立て)ではないのです。
信仰は、神によって造られた人の基盤であり、この基盤を離れて、自らの知識や、繁栄による財や、人(自ら)が造り上げた《文化》や築き上げた財等は、エレミヤの言葉のように、消え失せるのみか、無限の悲しみと悲惨な姿と、人としてあり得ない姿にまで、落ちるのです😖💦
今新たに、私たちは何を望みとして、日々を生かされているのか❓
今新たに魂に問いかけましょう。何時も、その問いの前に立って、
生かして下さる、主の前に歩み続けましょう。
今私はこの聖書の言葉を思い出します‼️
詩篇16篇8節
私はいつも、私の前に主を置いた。
主が私の右におられるので、
私はゆるぐことがない。 ハレルヤ‼️🎶
これが私たちの信仰生活なのです。
何時も、何処でも、私の側に主の臨在がある‼️🎶
*エルサレムは、これを失ったのです😖
“臨在”・・それは宗教的神秘性を帯びた、経験ではないのです。
ごく日常的、主との交わりの中で、毎日触れて下さる恵みと祝福と平安が、その証なのです‼️
あなたの・私のエルサレムを、守りましょう
 哀歌(旧約) 3章55節~66節

3:55 「【主】よ、私は御名を呼びました。穴の深みから。
3:56 あなたは私の声を聞かれました。私のうめき声に、私の叫びに、耳を閉ざさないでください。
3:57 私があなたを呼び求めると、あなたは近づき、『恐れるな』と言われました。
3:58 主よ。あなたは私のたましいの訴えを取り上げ、私のいのちを贖ってくださいました。
3:59 【主】よ。あなたは、私が虐げられるのをご覧になりました。どうか、私の訴えを正しくさばいてください。
3:60 あなたは、私に対する彼らの復讐を、彼らの企みのすべてをご覧になりました。
3:61 【主】よ。あなたは、私に対する彼らのそしりを、彼らの企みのすべてを聞かれました。
3:62 私に向かい立つ者たちの唇と嘲りが、一日中、私に向けられています。
3:63 彼らの起き伏しに目を留めてください。私は彼らのからかいの歌となっています。
3:64 【主】よ。彼らの手のわざに応じて、彼らに報復し、
3:65 彼らの心に覆いをかけ、彼らに、あなたののろいを下してください。
3:66 御怒りをもって彼らを追い、【主】の天の下から根絶やしにしてください。」
 2023年6月13日(火)リビングライフQT

遂に出ました‼️エレミヤの真骨頂の、祈りが‼️🎶
何と❗力強い祈りでしょう‼️🎶
エレミヤの魂は、ただ主なる神への、全幅の信頼が覆っていたのです。
ですから、先のあからさまな、直談判のような、祈りと叫びを主に向かって、叫ぶことができたのです。
57節~私があなたを呼び求めると、あなたは近付き『恐れるな』と言われました。
私はこのお言葉の箇所を読んだ瞬間‼️身体中に新しい血が流れるような、感覚を覚えました。
と言うのは、私も、このような神のお言葉の迫りを、聴いた・・❓経験があったからです。
断食し、徹夜して祈ったとき、悲しみと絶望のどん底で、声も出せずにひれ伏したとき❗
あの時の感動は忘れられません🎵(*^。^*)
59節~主よ、あなたは、私が虐げられるのをご覧になりました。
どうか、私の訴えを正しくされてください。
何と、確信に満ちた訴えでしょう‼️🎶
60節~66節・・・確信に満ちた一言一言のなかには、
主なる神と、対等(❓)に渡り合う(言葉による訴え)姿を見ます。
弱さの中で絞るような声で訴え、叫ぶエレミヤも、今主なる神の前にたち、裁判官に訴える(告訴する)検察官のような、強い言葉で審判者なる神に訴える、エレミヤも、同じエレミヤの姿なのです。
これが執り成しの祈りの本当の姿なのです。
主なる神も、この様な祈りを求められるのです‼️
これが主なる神との交わりであり、その本質は、神が創造された世界に生きる全ての民が、サタンの策略で、傷付けられる姿を、苦悩と憤りをもって、訴える祈りの姿を、神は傷みながら聞き、お心を向けて下さるのです‼️🎶
私たちの祈りがこの様な次元にまで引き上げられるとき、家族が、回りの人々のなから、主に立ち返る者が与えられるでしょう。執り成しの祈りは、奪われた魂の奪還を求める祈りなのです。
完全に、私事ではなく、創造された神の民の奪還の執り成しなのです。
それが教会の使命なのです‼️🎶
主よ❗終わりの時代に、私たちの教会を、エレミヤのような祈りの群れとして下さい。アーメン‼️
 哀歌(旧約) 3章40節~54節

3:40 自分たちの道を尋ね調べて、【主】のみもとに立ち返ろう。
3:41 自分たちの心を、両手とともに、天におられる神に向けて上げよう。
3:42 「私たちは背き、逆らいました。あなたは赦してくださいませんでした。
3:43 あなたは、怒りを身にまとい、私たちを追い、容赦なく殺されました。
3:44 あなたは雲を身にまとい、私たちの祈りをさえぎり、
3:45 私たちを諸国の民の間で、ごみ屑とされました。」
3:46 私たちの敵はみな、私たちに向かって口を大きく開け、
3:47 恐れと落とし穴、荒廃と破滅が私たちに臨んだ。
3:48 娘である私の民の破滅のために、私の目から涙が川のように流れる。
3:49 私の目は絶えず涙を流して、やむことなく、
3:50 【主】が天から見下ろして、顧みられるときまで続く。
3:51 私の目は、都のすべての娘たちを見て、この心を苦しめる。
3:52 私の敵たちは、わけもなく、鳥を狙うように、私をつけ狙った。
3:53 私を穴に落として、いのちを滅ぼそうとし、私に石を投げつけた。
3:54 水は私の頭の上にあふれ、私は「断ち切られた」と言った。
 2023年6月12日(月)リビングライフQT

『自分達の道を尋ね調べて、主のもとに立ち返ろう。』
これは素晴らしい呼び掛けです‼️
“道を尋ね調べて・・”
自らの歩んだ道を振り返り、主なる神の御心・主が私に求められいた御思いの中に、歩んできたか・・・❓を、振り返る(反省する)事によって、今までの歩みを止めて、
その方向を、主の求められる方向に立ち返えろう‼️
この呼び掛けは、新しい時への始まりとなるのです。
42節~45節・・・主なる神の、容赦ない怒りの結果は、神の民としての、尊厳も、愛されてきた麗しさもなく、チリ灰のように、打ち捨てられた😖💦・・とエレミヤは悲しみの告白を語ります。
今、まさにエレミヤの言葉の端々には、神の民(最早そう言えない姿となった)を代弁するように、切々たる訴えを、語るのです。
預言者エレミヤの立場は、今や、神の裁きの中に立ち尽くした筆頭のように、民の悲しみと、悔い改めを代弁して、神の前に立ち尽くしていたのです。
正に、これが“執り成し”の、真骨頂(シンコッチョウ=本当の姿)なのです。即ち、自らは正しい道に歩んできたものですが、民(罪人)に代わって、神の叱責と裁きの前に立ちはだかり、苦しみを伴に受けながら、その中から神に叫び祈るのです。
これは正に、主の十字架上の『父よ❗彼等をお赦し下さい。彼らは何をしているのか、分からないのです💧‼️』
執り成し・・は、購いでもあるのです‼️
昨日も書きましたが、ホーリネスの聖書学院の神学生(修養生)か、我が事のように、教会の堕落(❓世俗化)や、献身の不徹底‥等の罪の攻めを、自らの罪として神に悔い改めの祈りをささげた。
あのリバイバルの祈りの様です‼️
ただ課題を挙げて、祈るだけではなかったのです。
これからの教会(私達)の使命は、エレミヤの様な祈りではないでしょうか。文字通りの、終末が近い今、教会の祈りが、どんなに大切なものかを、新たに感じます。
 哀歌(旧約) 3章19節~39節

3:19 私の苦しみとさすらいの思い出は、苦よもぎと苦味だけ。
3:20 私のたましいは、ただこれを思い出しては沈む。
3:21 私はこれを心に思い返す。それゆえ、私は言う。「私は待ち望む。
3:22 【主】の恵みを。」実に、私たちは滅び失せなかった。主のあわれみが尽きないからだ。
3:23 それは朝ごとに新しい。「あなたの真実は偉大です。
3:24 【主】こそ、私への割り当てです」と私のたましいは言う。それゆえ、私は主を待ち望む。
3:25 【主】はいつくしみ深い。主に望みを置く者、主を求めるたましいに。
3:26 【主】の救いを静まって待ち望むのは良い。
3:27 人が、若いときに、くびきを負うのは良い。
3:28 それを負わされたなら、ひとり静まって座っていよ。
3:29 口を土のちりにつけよ。もしかすると希望があるかもしれない。
3:30 自分を打つ者には頬を向け、十分に恥辱を受けよ。
3:31 主は、いつまでも見放してはおられない。
3:32 主は、たとえ悲しみを与えたとしても、その豊かな恵みによって、人をあわれまれる。
3:33 主が人の子らを、意味もなく、苦しめ悩ませることはない。
3:34 地上の捕らわれ人をみな足の下に踏みにじり、
3:35 人の権利を、いと高き方の前で曲げ、
3:36 訴訟で人を不当に扱うのを、主は見ておられないだろうか。
3:37 主が命じられたのでなければ、だれが語って、このようなことが起きたのか。
3:38 わざわいも幸いも、いと高き方の御口から出るのではないか。
3:39 生きている人間は、なぜ不平を言い続けるのか。自分自身の罪のゆえにか。
 2023年6月11日(日)リビングライフQT

甦った様な、エレミヤの主なる神への確信に満ちた、言葉の数々❗
あの絶望的言葉の数々を、吹き飛ばすような、力と確信に満ちた言葉‼️
21節~22節
 『私は待ち望む。主の恵みを。』
24節 『主こそ、私への割り当てです。・・・それゆえ、私は主を待ち望む』
31節~主は、いつまでも見放してはおられない。
38節~わざわいも幸いも、いと高き方の御口から出るのではないか。
19節~20節 には、前日の苦悩と、背いたイスラエルの民への、激しい怒りと絶望から、うってかわって、光が見えて来るような、希望のメッセージへと、一気に変わりました。
希望の光が射し込むと、暗闇が一気に、輝く光明へと変化するのです。
それは、納得や理解ではなく、信じる信仰だからです。信仰により、目を上げて光を見ると、絶望が光へと変わるのです。挫折が、勝利へと変わるのです‼️
エレミヤが、エルサレムの荒廃した姿に目を奪われている間、一筋の光さえも望むべくもなかったのに、主なる神の約束と御心を思い出すと、事態は変わらないのに、希望が甦って来るのです。
今、失望していませんか?
勝利を見失っていませんか?
勝手に自らを卑下するのはやめましょう。
エレミヤと一緒に、真実の神に目を注ぎましょう✨✨アーメン‼️

今朝の礼拝に祝福あれ‼️🎶(*^。^*)
 哀歌(旧約) 3章1節~18節

3:1 私は、主の激しい怒りのむちを受けて苦しみにあった者。
3:2 主は、私を連れ去り、光のない闇を歩ませ、
3:3 御手をもって一日中、繰り返し私を攻められた。
3:4 主は、私の肉と皮をすり減らし、私の骨を砕き、
3:5 私に対して陣を敷き、苦味と苦難で私を取り巻き、
3:6 私を暗い所に住まわせられた。はるか昔に死んだ者のように。
3:7 主は私を囲いに入れて出られなくし、私の青銅の足かせを重くされた。
3:8 私が助けを求めて叫んでも、主は私の祈りを聞き入れず、
3:9 私の道を切り石で囲み、私の通り道をねじ曲げられた。
3:10 主は、私には待ち伏せる熊、隠れたところにいる獅子。
3:11 主は私を道から外れさせ、私を引き裂き、無残な姿にされた。
3:12 弓を引き絞り、私を矢の的のようにして、
3:13 矢筒の矢を、私の腎臓に射込まれた。
3:14 私は一日中、民全体の笑いもの、彼らの嘲りの歌となった。
3:15 主は私を苦菜で満腹にし、苦よもぎで酔わせ、
3:16 私の歯を砂利で砕き、灰の中で私を踏みつけられた。
3:17 私のたましいは平安から見放され、私は幸せを忘れてしまった。
3:18 私は言った。「私の誉れと、【主】から受けた望みは消え失せた」と。
 2023年6月10日(土)リビングライフQT

エレミヤはこれから、エルサレムに臨んだ災難(神の裁き)が、エレミヤ自身に下った、神の裁きのように受け止め、その激しい試練、恐ろしいばかりの、神の裁きの現実を神への訴えの祈りへと、進むのです。
課題としてあげる祈りではない。
私達の祈りの多くは、課題をあげて、客観的な訴えとして祈ることが殆どですね。
“執り成し”とも言いますね🎵
しかし、エレミヤの祈りは、確かに“執り成し”ではありますが、自らが神に背き、神の怒りを買って、尋常でない神の裁きを全身に受けているような、苦悩を味わいながらの祈りなのです。
つくづく、この度、この様な執り成しを、どれ程してきただろうか❓と、考えさせられました。
良く‼️リバイバルの陰では、この様な祈りが積まれてきた‼️・・・と、父から、聴かされたのが・・・昭和5年のホーリネスの神学校(聖書学院)で、神学生が120名もいた時代、教会の世俗化や、マンネリ化した教会の礼拝など、いわゆる、霊的低下に心傷めた神学生たちが、誰ともなく、夜寝静まると、広い構内のあちこちに、二・三人が祈るために集まり、密かに祈り始めた。全国の教会の姿を憂い、日本の国の傲慢を痛み、自らの何もできない弱さを告白しては、夜が白むまで祈る、うねりが広がった。
二週間ほどした、その年のペンテコステの前の日の、朝の食事前の礼拝に、聖霊の爆発的注ぎがあり、リバイバルが始まったのです。その霊のうねりは、三年ほど続き、ホーリネスばかりてはなく、あらゆる教派に波及したのです。
その時の祈りが、エレミヤの祈りだった‼️と、父は良く話してくださいました。
その様な祈り(時代・国・家族の・社会・教会・地域・・・)の悲しみ、憂い、苦悩・・・を、我が身に受け止めて、密かな祈りの座が、今の時代に、教会に必要なのではないだろうか・・・と、今朝強く思いました‼️🎶
 哀歌(旧約) 2章18節~22節

2:18 彼らは主に向かって心の底から叫んだ。娘シオンの城壁よ、昼も夜も、川のように涙を流せ。自分に休みを与えるな。あなたの瞳を休ませてはならない。
2:19 夜、見張りの始まりに、立って大声で叫べ。あなたの心を主の前に、水のように注ぎ出せ。あなたの幼子たちのいのちのために、主に向かって両手を上げよ。彼らは街頭のいたるところで、飢えのために衰えきっている。
2:20 「【主】よ、よくご覧ください。だれにこのような仕打ちをなさったのかを。女たちが、自分の胎の実を、養い育てた幼子を食べてよいでしょうか。祭司や預言者が、主の聖所で虐殺されてよいでしょうか。
2:21 幼い者も年寄りも道端で地に横たわり、若い女たちも若い男たちも剣に倒れました。あなたは御怒りの日に虐殺し、屠り、容赦されませんでした。
2:22 あなたは、例祭の日のように、私の恐怖を、四方から呼び集めました。そのため【主】の御怒りの日には、生き残る者も逃れる者もいませんでした。私が養い育てた者たちを、私の敵は滅ぼし尽くしました。」
 2023年6月9日(金)リビングライフQT

既に、エルサレムは破壊され、この中で、想像を絶する虐殺と蹂躙が神の民に対して、欲しいままに振る舞われた。誰も止められないまま、神の聖地は血にまみれ、命の気配すらない中で、
預言者エレミヤは、廃墟と化した、エルサレムの城壁に向かって、涙の語りかけをするのです。
まるで、城壁がその町の中で起こった全てを見ていたかのように…
あの悲惨な光景に涙して、(神に)エレミヤは、涙を流せ・・‼️
と、訴えるのです。
エレミヤは知っていました。神の哀れみを❗神のもたらす赦しと回復を ・・・
ですから、決定的な“絶望”の中からでも、祈り・叫び・訴えるのです。
預言者の祈りは、
かしこまった私達の祈り(祈祷)とは全く違った、神ににじり寄るような、切々たる聖なる感情が溢れ出る、叫びとも言える祈りですね🎵
正にこれは、エレミヤと、主なる神との対話のやり取りそのものですね。
私達主の僕として、この様な主とのやり取りを重ねられたら、どんなに素晴らしいでしょう。教会が、家庭が、地域が変わり始めるでしょうね‼️
私達の内に教会に祈りの革命がもたらされます様に祈りましょう。
 哀歌(旧約) 2章11節~17節

2:11 私の目は涙でかすみ、はらわたはかき回され、肝は地に注ぎ出された。私の民の娘の破滅のために。幼子や乳飲み子が都の広場で衰え果てている。
2:12 彼らは母親に言い続ける。穀物とぶどう酒はどこにあるのかと。町の広場で負傷した者のように衰え果てたときに、母親の懐で息絶えそうなときに。
2:13 娘エルサレムよ。あなたのことをどう証言し、何になぞらえよう。おとめ、娘シオンよ。あなたを何に比べて、あなたを慰めよう。実に、あなたの傷は海のように大きい。だれがあなたを癒やすことができよう。
2:14 あなたの預言者たちは、あなたについて、むなしい、ごまかしの幻を見た。あなたの咎を暴いて、あなたを元どおりにしようとはせず、あなたについて、むなしい宣告と、惑わすことばの幻を見た。
2:15 道行く人はみな、あなたに向かって手を打ち鳴らし、娘エルサレムを嘲って頭を振り、「これが、美の極み、全地の喜びと言われた都か」と言う。
2:16 あなたの敵はみな、あなたに向かって大きく口を開け、口笛を吹き、歯をむき出しにして言う。「われわれがこれを?み込んだ。ああ、これこそ待ち望んでいた日。これに巡り会い、じかに見た」と。
2:17 【主】は計画したことを行い、昔から命じていた自らのことばを成し遂げられた。滅ぼして、容赦せず、あなたのことで敵を喜ばせ、逆らう者の角を高く上げられた。
 2023年6月8日(木)リビングライフQT

 神の都エルサレム‼️ただそれだけで、民は安心し、民も、祭司も、貴族たちも、此の母なる都エルサレムを、更に繁栄させるために、着飾り、偽りの予言をもって、永久の都・・・‼️と、過大評価し、繁栄と安定と輝きが、主なる神の保証であるかのように、信じ安住し、徐々に内部が崩壊へと腐食しつつある現実を、意に留めなかったのです💢
繁栄と安定が、主の祝福と勘違いし、彼らの神への祈りも礼拝も、きらびやかな形式に流れていたのです。
13節に、腐敗の極みに達した、娘(神の愛された)エルサレムへの、悲しみに満ちた、現実を、エレミヤは呻きをもって語っています。17節には、エレミヤは、神よりの厳しい叱責(懲罰)を、現実の姿をもって、民に指し示したのです。
祈り語り続けてきた、エレミヤには、此のメッセージは、どんなに辛い告白だったでしょう😵
私達の今の信仰生活は、偽りや、形式化や、御言葉への安易な安住はないだろうか❓
イエス様の御からだとしての教会は、潔いイエス様の御からだとして、守られているだろうか。
教会が社会化や企業化的な、方向へと歩んではいないだろうか(はてな)
かつて、世界的な流行として、《教会成長》が叫ばれ、巨大教会が次々生まれ、企業のような拡大が、リバイバルだ‼️と、多くの牧師や信徒が、韓国へ、アメリカへ、中南米へ、南アジアへと、その実態を学びに行った時代がありましたが、やがて、それらの教会の多くは、道徳的に敗退し、消えて行きました。
まるで、哀歌のエルサレムのように😵
イエス様がいのちをもって働き、私たち一人一人が、御霊によって生き生きと輝く、キリストの身体なる教会として、“いのち溢れる”教会として、生き続けたいですね🎵
 哀歌(旧約) 2:章1節~10節

2:1 ああ、主は娘シオンを御怒りの雲でおおい、イスラエルの栄えを天から地に投げ落とし、御怒りの日に、ご自分の足台を思い出されなかった。
2:2 ヤコブのすべての住まいを主は?み込み、容赦なさらなかった。憤って娘ユダの要塞を打ち壊し、地に打ち倒して、王国とその首長たちを汚された。
2:3 燃える怒りをもって、イスラエルのすべての角を折り、敵の前で右の手を引き戻し、あたりを焼き尽くす炎のように、ヤコブを焼かれた。
2:4 主は敵のようにして、弓を引き絞り、はむかう者のようにして、右の手でしっかり構え、いとしい者たちをみな虐殺した。主は娘シオンの天幕に、火のように憤りを注がれた。
2:5 主は、敵のようになって、イスラエルを?み込まれた。そのすべての宮殿を?み込み、その要塞を破壊し、娘ユダにうめきと嘆きを増し加えられた。
2:6 主は、園にするように、ご自分の幕屋を荒らし、例祭の場所を滅ぼされた。【主】はシオンでの例祭と安息日を忘れさせ、激しい憤りをもって、王と祭司を退けられた。
2:7 主は、その祭壇を拒み、聖所を退け、その宮殿の城壁を敵の手に引き渡された。例祭の日のように、彼らは【主】の宮で声をあげた。
2:8 【主】は、娘シオンの城壁を打ち壊そうと決め、測り縄でこれを測り、滅ぼすことから手を引かれなかった。塁と城壁は悲しみ嘆き、ともに崩れ落ちた。
2:9 彼女の城門は地に沈み込み、主はそのかんぬきを打ち壊して砕かれた。その王も首長たちも異邦の民の中にあり、もはや律法はなく、預言者たちも、【主】からの幻を見出さなかった。
2:10 娘シオンの長老たちは、地に座して黙し、頭にちりをかぶり、身に粗布をまとった。エルサレムのおとめたちは、頭を地に付くほど垂れた。
 2023年6月7日(水)リビングライフQT

更に、哀歌の嘆きの詩がうたわれています。
一貫してシオンを、イスラエルを、祭壇を、聖所を、娘シオンの城壁を、長老達の、その嘆願と苦悩の叫びと悲しみとを、ことごとく退けられた。
神が選び立てられたイスラエル・エルサレム・・・
神に敵対する、強大な支配者の前に、奇跡的勝利と支配を許された神が、何故今、このような荒廃を、エルサレムに、シオンに、神殿の上に許されたのでしょう。
イスラエルの民の、霊的な基盤が脆弱だったからでしょうか(はてな)
神は、シオンが・イスラエルが、御自身の御怒りを引き起こすような、反逆を予測されなかったのでしょうか(はてな)
主なる神が人を創造された時、彼等が神のお言葉に背く・・という事態が起こることを、予測されなかったのでしょうか。
あの💢エバのそむきは、主なる神は予測されなかったのでしょうか。
このような疑問は、主なる神と人との関係の中で、常に疑問として沸き上がる問題ではないでしょうか。
今、私達はこの最も基本的な疑問に、遭遇しているのです。この嘆きの歌を呻くように歌い上げたと言われる、”預言者エレミヤ”が、叫んでいるのです。
神の矛盾なのでしょうか(はてな)
神の優しさなのでしょうか(?)
創造(選ばれた)された人間の宿命なのでしょうか(はてな)
しかし、今私達は、御子イエス・キリストの購いによって、永遠の回復を与えられていることを思うと・・・・
この哀歌は、他人事ではなく、今の私たちと主なる神との関係に対する、大切なメッセージとして響いてくるのです。
神は滅ぼす方ではないのです。しかし、人の感性の中にある、中途半端な寛容さに収めてはならないのです。
改めて、恵みの主をもっと深くもっと広く、此の哀歌を通して学んで参りましょう。
聖なる神は、選んだ者を、此のような厳しい目をもって観られる御方でもあることを、深く知る者となりましょう。
神との敵対関係を修復する道は、
心から悔い改めて神に立ち返ることだけです。

 哀歌(旧約) 1章18節~22節

1:18 【主】は正しい方である。しかし、私は主の命令に逆らった。すべての国々の民よ、聞け。私の苦痛を見よ。若い女たちも、若い男たちも、捕らわれの身となって行った。
1:19 私は、私を愛する者たちを呼んだが、彼らは私を欺いた。私の祭司も長老たちも、都の中で息絶えた。気力を取り戻そうとして、食物を探していたときに。
1:20 「【主】よ、ご覧ください。私は苦しみの中にあり、はらわたはかき回され、私の心は私のうちで打ちのめされています。私が逆らい続けたからです。外では剣が子を奪い、家の中は死のようです。
1:21 私のうめきを聞いても、慰めてくれる者はだれもいません。敵はみな、私のわざわいを聞いて喜びました。あなたがそうなさったからです。あなたが告げられた日を来させてください。彼らも私と同じようになるために。
1:22 彼らの悪のすべてが、御前に出されますように。そして彼らに報いてください。あなたが、私のすべての背きに対して報いを返されたように。私のうめきは大きく、私の心は弱っています。」
 2023年6月6日(火)リビングライフQT

《私》と告白されているのは、《エルサレム》を指しています。
まるで、エルサレムが一人の人物であるかのように、神の名を置いた街、エルサレム‼️
その街の中で行われた、罪の数々・・・
祭司もそこに住み、民の指導者たちも、この街を愛し、守ってきたはずなのに、平和と強い影響力と、実績のゆえに、神に従うことをせずに、逆らい続けた💢💢💨
そのあからさまな民の逆らいながらの歩みの故に、選びの民“ユダ”の敵は、その禍の故に、喜んだ😖💦
なんと言う、悲しむべき現実でしょう。
エルサレムこそ、神の栄光の証しだったはずですのに😵なんと言う堕落ぶりでしょう😵
21節~敵はみな、私(エルサレム)のわざわいを聞いて喜びました。
あなたがそうなさったからです。
主なる神は、選ばれたからこそ、懲らしめ、
罵り嘲笑されるも、選んだものを涙の中から顧みられるのです。
神の裁きは、深い悲しみ・絶望をもたらします。しかし、その道には、回復への道が用意されているのです。
それゆえ、背きの罪から立ち帰り、うめき、苦しみ悲しみを、神に訴えましょう。その中から、主の御手を仰いで参りましょう。
 哀歌(旧約) 1章12節~17節

1:12 あなたがたには関係がないのか。道行くすべての人よ、よく見よ。このような苦痛がほかにあるか。私が被り、【主】の燃える怒りの日に主が私を悩ませたような苦痛が。
1:13 主はいと高き所から私の骨の中に火を送り込まれた。私の足もとに網を張り、私が背を向けるようにされた。私を荒れすさんだ女、終日、病んでいる女とされた。
1:14 私の背きのくびきは重く、主の手で、私に結びつけられ、私の首の上に載せられた。主は私の力をくじき、私を渡された。私が立ち向かえない者の手に。
1:15 主は、私のうちの強者たちをみな追い払われた。私を標的として「例祭」を呼びかけ、私の若い男たちを滅ぼされた。主は、ぶどう踏みをするように、おとめ、娘ユダを踏みつぶされた。
1:16 これらのことで、私は泣いている。私の目、この目から涙があふれる。元気づけ、慰めてくれる者が、私から遠く離れたからだ。敵に圧倒されて、私の子らは?然とする。
1:17 シオンが両手を差し出しても、これを慰める者はいない。【主】は、ヤコブの周囲の者たちが彼の敵となるように命じられた。エルサレムは彼らの間で汚らわしいものとなった。
 2023年6月5日(月)リビングライフQT

神によって聖別され、繁栄してきたエルサレムが、今病み衰えて、
見るに耐えない姿になった・・・
酒蔵でブドウが踏み潰されるように、
華やかだった娘(ユダ)は、屈辱に晒されている😖💦
12節の冒頭に「あなたがたには関係がないのか。道行くすべての人よ、よく見よ。」
私はこのくだりを読んで、直感時に、今‼️終末に差し掛かってきた。主の教会が、世俗化の道に流れ、主を尋ねる者の少なくなる・・殊に、この数年、世界的パンデミックで、主の福音の働きは、激しい世俗化の波に翻弄される現実を見ています。
この箇所は、教会の姿を見つめ直して、今新たに、心痛み、涙をもって神のエルサレム・私たちの教会(イエス・キリスト御身体)の痛みと悲しみとを、我が身において、霊の哀歌を、捧げつつ、主のなさろうとされる、真の恵みの時《リバイバル》を、祈らねばならないと…
この地上のエルサレム(主の教会)の復興を、祈り求めましょう‼️🎶
主よ🎵祈りの復興に、再献身いたします。
手を挙げて祈る私たちに、霊の火を注いでください‼️アーメン(!!)
 哀歌(旧約) 1章1節~11節

1:1 ああ、ひとり寂しく座っている。人で満ちていた都が。彼女はやもめのようになった。国々の間で力に満ちていた者、もろもろの州の女王が、苦役に服することになった。
1:2 彼女は泣きながら夜を過ごす。涙が頬を伝っている。彼女が愛する者たちの中には、慰める者はだれもいない。その友もみな裏切り、彼女の敵となってしまった。
1:3 悩みと多くの労役の後に、ユダは捕らえ移された。彼女は諸国の中に住み、憩いを見出すことがない。追い迫る者たちはみな追いついた。彼女が苦しみのただ中にあるときに。
1:4 シオンへの道は喪に服し、例祭に行く者はだれもいない。その門はみな荒れ果て、その祭司たちはうめく。おとめたちは憂いに沈む。シオンが苦しんでいるのだ。
1:5 彼女に逆らう者がかしらとなり、彼女の敵が栄えている。彼女の多くの背きのゆえに、【主】が憂いを与えられたのだ。幼子たちも、捕らわれの身となり、逆らう者の前に出て行った。
1:6 娘シオンから、そのすべての輝きが去った。彼女の首長たちは、青草を見出せない鹿のようになり、追い迫る者の前をただ力無く歩んで行った。
1:7 エルサレムは思い出す。苦しみとさすらいの日々にあって、昔から持っていた自分のすべての宝を。その民が敵の手に倒れ、だれも助ける者がいないとき、敵はその破滅を見て、あざ笑う。
1:8 エルサレムは罪に罪を重ねた。そのため、汚らわしいものとなった。彼女を尊んだ者たちはみな、その裸を見て、これを卑しめる。彼女もうめいて、その背を向ける。
1:9 彼女の汚れは裾に付いている。彼女は自分の末路を考えない。それで、驚くほど落ちぶれて、だれも彼女を慰めない。「【主】よ、私の苦しみを顧みてください。敵が勝ち誇っています。」
1:10 敵は、彼女が宝としているものすべてにその手を伸ばした。諸国の民がその聖所に入るのを彼女は見た。あなたの集いに加わってはならないと、あなたが命じた者たちが。
1:11 彼女の民はみなうめき、食べ物を探している。気力を取り戻そうとして、自分の宝を食物に換えている。「【主】よ、よく見てください。私は卑しい女になりました。」
 2023年6月4日(日)リビングライフQT

*哀歌は、歴史の中で絶頂期を歩んだユダとエルサレムが、神の御警告を聴かずに背き、
BC586年エルサレムは徹底的に破壊され、ユダの民は、バビロンに捕囚となって、国は崩壊しました。
著者は、この様な憂き目にあったエルサレムの荒廃を詠ったのです。
ダビデにより統一された12氏族は、更に次のソロモンの時代に、アジア・ヨーロッパ・エジプトにまたがって、強大な王国となり、富み栄えました。
しかし、ソロモンの後、王国は分裂し、神に背き、北イスラエルと、南ユダの二つに別れました。
北イスラエルは200年後に
アッシリアに侵略され崩壊、預言者は、南ユダに対して、同じ道を歩まないように・・・との厳しい警告を語り続けましたが、ユダもまた偶像に走り、遂に
136年後に、パビロンによって滅ぼされたのです。
エルサレムの、神の臨在の象徴だった神殿は、略奪され、蹂躙され、民はバラバラになって散らされたのです。
かつて、神の民が経験したことのない、屈辱を受けたのです。
8節~エルサレムは罪に罪を重ねた。
10節~敵は、彼女(エルサレム)が宝としているすべてにその手を伸ばした。
11節~彼女の民はみなうめき・・・自分の宝を食物に換えている。
誇りのかけらも無くなったエルサレムの姿を、著者は、隠す事なくあらわにしている。
不変だ‼️と、考えていたエルサレムが、この様な姿になると、誰が予測しただろうか❓
私たちの信仰生活のエルサレムも、その平安と祝福は、一人一人の、一瞬一瞬の積み重ねが、それを確かなものとするのです。
この哀歌は、終始呻きと、反省と、悔いと嘆きの歌ですが、
5章に至るまで、学びながら、信仰生活の戦いの現実と、葛藤の実感を感じつつ、勝利の信仰生活の!堅固な道筋を❗整えて参りましょう‼️
  テトスへの手紙 3章1節~15節

3:1 あなたは人々に注意を与えて、その人々が、支配者たちと権威者たちに服し、従い、すべての良いわざを進んでする者となるようにしなさい。
3:2 また、だれも中傷せず、争わず、柔和で、すべての人にあくまで礼儀正しい者となるようにしなさい。
3:3 私たちも以前は、愚かで、不従順で、迷っていた者であり、いろいろな欲望と快楽の奴隷になり、悪意とねたみのうちに生活し、人から憎まれ、互いに憎み合う者でした。
3:4 しかし、私たちの救い主である神のいつくしみと人に対する愛が現れたとき、
3:5 神は、私たちが行った義のわざによってではなく、ご自分のあわれみによって、聖霊による再生と刷新の洗いをもって、私たちを救ってくださいました。
3:6 神はこの聖霊を、私たちの救い主イエス・キリストによって、私たちに豊かに注いでくださったのです。
3:7 それは、私たちがキリストの恵みによって義と認められ、永遠のいのちの望みを抱く相続人となるためでした。
3:8 このことばは真実です。私は、あなたがこれらのことを、確信をもって語るように願っています。神を信じるようになった人々が、良いわざに励むことを心がけるようになるためです。これらのことは良いことであり、人々に有益です。
3:9 一方、愚かな議論、系図、争い、律法についての論争は避けなさい。それらは無益で、むなしいものです。
3:10 分派を作る者は、一、二度訓戒した後、除名しなさい。
3:11 あなたも知っているとおり、このような人はゆがんでいて、自分で悪いと知りながら罪を犯しているのです。
3:12 私がアルテマスかティキコをあなたのもとに送ったら、あなたは何とかして、ニコポリスにいる私のところに来てください。私はそこで冬を過ごすことにしています。
3:13 律法学者ゼナスとアポロが何も不足することがないように、その旅立ちをしっかりと支えてあげてください。
3:14 私たちの仲間も、実を結ばない者にならないように、差し迫った必要に備えて、良いわざに励むように教えられなければなりません。
3:15 私と一緒にいる者たちがみな、あなたによろしくと言っています。信仰を同じくし、私たちを愛してくださっている人たちに、よろしく伝えてください。恵みがあなたがたすべてとともにありますように。
 2023年6月3日(土)リビングライフQT

テトスは何と素晴らしいパウロという指導者に、導かれていることでしょう🎵
この手紙を読みながら、今の時代の教会の姿との違いの大きさに、驚きを感じます。
パウロ先生の、テトスに対する指導のあり方は・・・
教会を立てあげる‼️と言う働きが、伝道所か・どの教理に属する教派か、自給教会か、会堂の有無・・・等と言った、組織や、社会性への指導ではなく、又、
如何に効率の良い伝道の仕方・・等の、テクニックではないのです。
繰返し、繰返し語られているのは、

4節~私たちが救い主である神のいつくしみと人に対する愛が現れる・・・
8節~神を信じるようになった人々が、良いわざに励むことを心がけるようになる・・
7節~それは、私たちがキリストの恵みによって義と認められ、永遠のいのちの望みを抱く相続人となるため、
それは
5節~神は、私たちが行った義の業によってではなく、ご自分(キリスト)のあわれみによって、聖霊による再生と刷新の洗いをもって、私たちを救ってくださいました。

2000年前の主の教会、現在の制度化された教会も、地域に遣わされたキリストの身体です。
救われた私達、即ち主の僕の日々の姿を見て、復活されたイエス・キリスト様が今も、私たちの地域の中を歩まれている・・との、事実を、
《主が❗ここに居られる‼️》と、実感して主に立ち返る(救われる)、姿を望みながら、皆さんで福音に仕えて参りました。これからも、その様なリバイバル(霊の甦り)の、顕れることを願いながら、主に仕え、主と伴に歩んで参りましょう。

 テトスへの手紙 2章1節~15節

2:1 しかし、あなたは健全な教えにふさわしいことを語りなさい。
2:2 年配の男の人には、自分を制し、品位を保ち、慎み深く、信仰と愛と忍耐において健全であるように。
2:3 同じように、年配の女の人には、神に仕えている者にふさわしくふるまい、人を中傷せず、大酒のとりこにならず、良いことを教える者であるように。
2:4 そうすれば、彼女たちは若い女の人に、夫を愛し、子どもを愛し、
2:5 慎み深く、貞潔で、家事に励み、善良で、自分の夫に従順であるように諭すことができます。神のことばが悪く言われることのないようにするためです。
2:6 同じように、若い人には、あらゆる点で思慮深くあるように勧めなさい。
2:7 また、あなた自身、良いわざの模範となりなさい。人を教えることにおいて偽りがなく、品位を保ち、
2:8 非難する余地がない健全なことばを用いなさい。そうすれば、敵対する者も、私たちについて何も悪いことが言えずに、恥じ入ることになるでしょう。
2:9 奴隷には、あらゆる点で自分の主人に従って、喜ばれる者となるようにし、口答えせず、
2:10 盗んだりせず、いつも善良で信頼できることを示すように勧めなさい。それは、彼らがあらゆる点で、私たちの救い主である神の教えを飾るようになるためです。
2:11 実に、すべての人に救いをもたらす神の恵みが現れたのです。
2:12 その恵みは、私たちが不敬虔とこの世の欲を捨て、今の世にあって、慎み深く、正しく、敬虔に生活し、
2:13 祝福に満ちた望み、すなわち、大いなる神であり私たちの救い主であるイエス・キリストの、栄光ある現れを待ち望むように教えています。
2:14 キリストは、私たちをすべての不法から贖い出し、良いわざに熱心な選びの民をご自分のものとしてきよめるため、私たちのためにご自分を献げられたのです。
2:15 あなたは、これらのことを十分な権威をもって語り、勧め、戒めなさい。だれにも軽んじられてはいけません。
 2023年6月2日(金)リビングライフQT

大変細かく、詳しく、キリスト者の在るべき姿を、述べています。
これを読みながら、逆に、当時の教会が直面している、様々な問題点が、少しながら浮き彫りにされている感じがしませんか?
同時に、当時の・・・特にクレタ島の人々の、日常的姿が見えるような気がします。
パウロ先生は・・・
年配の男性・年配の女性・既婚の人々・若い人・奴隷・・・それぞれの社会的位置での、品位・言葉・生活・立場に相応しい存在感を、保つ事・・・を、勧めているのです。
何か、宗教的な特別な姿勢なのでしょうか❓❓❓
それは堅苦しい、宗教的キリスト教的世界観を作るため・・・ではないのです。何の目的で・・❓
その理由・目的は⁉️
14節~キリストは、私たちをすべての不法から救い出し、良いわざに熱心な選びの民をご自分のものとしてきよめるために、ご自分を献げられたのです。
即ち、イエス・キリスト様が、命を懸けて私たちを神の国の民として、購って(命の代価を払って買い取る)下さったからなのです。

放火・殺人・詐欺・暴力・喧嘩・侵略・対立・戦争・・・人類の零落した現実💢
その様な中で普通の人々が、正しい‼️と言う基準が分からなくなるほど、腐敗しているのです。このテトスへのメッセージは、今の教会・クリスチャンに、力強く迫って来ます。
*《奴隷》について・・か私たち日本人が奴隷と聞くと、200年前のアメリカの黒人奴隷のイメージを強く持ちますが、
当時(新約聖書時代)の奴隷とは、貧しくて生きていけない者が裕福な家庭に終身買い取られて、その家に仕える・・・といった事が多かった。
又、戦勝国が敗戦国の労働力を奪取して、家に仕える奴隷とする❗
その後は家の主人の考えによる扱いとなっていましたが人間としての扱いは受けていたようです。

神から離れた人の世界は、いつの時代も、神に背き、人の罪を土台に、文化としてその中から、神から離れた世界観を、築いて来たので、昔も、今も、将来も、サタンの支配の中の文化は、変わることなく、神無しの世界観なのです。
そこに、キリストがその尊い命で購った教会と言う、全く新しい世界を、立ち上げて来たのです。
そのような使命と想いに、祈りをもって主に仕えてまいりましょう。
  あーめん
 テトスへの手紙 1章1節~16節

1:1 神のしもべ、イエス・キリストの使徒パウロから。──私が使徒とされたのは、神に選ばれた人々が信仰に進み、敬虔にふさわしい、真理の知識を得るためで、
1:2 それは、偽ることのない神が永遠の昔から約束してくださった、永遠のいのちの望みに基づくものです。
1:3 神は、定められた時に、みことばを宣教によって明らかにされました。私はこの宣教を、私たちの救い主である神の命令によって委ねられたのです──
1:4 同じ信仰による、真のわが子テトスへ。父なる神と、私たちの救い主キリスト・イエスから、恵みと平安がありますように。
1:5 私があなたをクレタに残したのは、残っている仕事の整理をし、私が命じたとおりに町ごとに長老たちを任命するためでした。
1:6 長老は、非難されるところがなく、一人の妻の夫であり、子どもたちも信者で、放蕩を責められたり、反抗的であったりしないことが条件です。
1:7 監督は神の家を管理する者として、非難されるところのない者であるべきです。わがままでなく、短気でなく、酒飲みでなく、乱暴でなく、不正な利を求めず、
1:8 むしろ、人をよくもてなし、善を愛し、慎み深く、正しく、敬虔で、自制心があり、
1:9 教えにかなった信頼すべきみことばを、しっかりと守っていなければなりません。健全な教えをもって励ましたり、反対する人たちを戒めたりすることができるようになるためです。
1:10 実は、反抗的な者、無益な話をする者、人を惑わす者が多くいます。特に、割礼を受けている人々の中に多くいます。
1:11 そのような者たちの口は封じなければなりません。彼らは、恥ずべき利益を得るために、教えてはならないことを教え、いくつかの家庭をことごとく破壊しています。
1:12 クレタ人のうちの一人、彼ら自身の預言者が言いました。「クレタ人はいつも?つき、悪い獣、怠け者の大食漢。」
1:13 この証言は本当です。ですから、彼らを厳しく戒めて、その信仰を健全にし、
1:14 ユダヤ人の作り話や、真理に背を向けている人たちの戒めに、心を奪われないようにさせなさい。
1:15 きよい人たちには、すべてのものがきよいのです。しかし、汚れた不信仰な人たちには、何一つきよいものはなく、その知性も良心も汚れています。
1:16 彼らは、神を知っていると公言しますが、行いでは否定しています。彼らは忌まわしく、不従順で、どんな良いわざにも不適格です。
 2023年6月1日(木)リビングライフQT

パウロは弟子のテトスをクレタ島に残し(派遣)、テトスを通して更に、全島に福音を正しく根付かせる、大切な働きをするための、宣教の手引き書として、書き送ったものです。
また、テトスにとっては、指導書として、孤立しがちな、離島(とは言うものの、日本の四国より少し小さいくらいの地中海の中の島)での働きに、力強い学びと励ましの書簡となったのです。
町ごとに長老を任命して、堅固な神の教会を建て上げることが、パウロの切なる願いだったのです。
いつの時代もそうですが、正しい神の恵みの群れが生まれると、必ず違った教えが入り込んできて、教会を切り崩してくるのです。
一つには、クレタの人々の世俗性、一方、福音のベースであった、ユダヤ教徒の、十字架信仰の抜けたユダヤ教のえ・・・
パウロ先生は、この二つの偽りに注意しながら、選ばれた教会の指導者たちは、福音を生きる者として、
福音が教えとしてではなく、生きた生活として証しされることを、強く勧めていますね。
現在の私たちの教会・クリスチャンの在り方も又、清さと品位と、真実な愛に根差した、輝きあってこその“福音”なのです。
私達はテトスとなって、今日も世に遣わされて参りましょう。