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 箴言 31章10節~31節

31:10 しっかりした妻をだれが見つけられるだろう。彼女の値打ちは真珠よりもはるかに尊い。
31:11 夫の心は彼女を信頼し、彼は収益に欠けることがない。
31:12 彼女はその一生の間、夫に良いことをし、悪いことをしない。
31:13 羊毛や亜麻を手に入れ、喜んで自分の手でそれを仕上げる。
31:14 商人の船のように、遠い所から食糧を運んで来る。
31:15 夜明け前に起きて、家の者に食事を整え、召使いの女たちに用事を言いつける。
31:16 よく調べて畑を手に入れ、自分の稼ぎでぶどう畑を作り、
31:17 腰に力強く帯を締め、腕に力を入れる。
31:18 収入が良いのを味わい、そのともしびは夜になっても消えない。
31:19 糸取り棒に手を伸ばし、手に糸巻きをつかむ。
31:20 苦しむ人に手を差し出し、貧しい人に手を差し伸べる。
31:21 家の者のために雪を恐れることはない。家の者はみな、紅の衣服で身を包んでいるから。
31:22 自分のための敷き物を作り、衣服は亜麻布と紫の撚り糸でできている。
31:23 夫は町囲みの中で人々によく知られ、土地の長老たちとともに座に着く。
31:24 彼女は亜麻布の衣服を作って売り、また、帯を作って商人に渡す。
31:25 力と気品をまとい、ほほえみながら後の日を待つ。
31:26 知恵をもって口を開き、その舌には恵みのおしえがある。
31:27 家の者の様子をよく見守り、怠惰のパンを食べない。
31:28 その子たちは立ち上がって彼女をたたえ、夫も彼女をほめたたえて言う。
31:29 「力ある働きをする女は多いが、あなたは、そのすべてにまさっている」と。
31:30 麗しさは偽り。美しさは空しい。しかし、【主】を恐れる女はほめたたえられる。
31:31 彼女の手が稼いだ実を彼女に与え、そのわざを町囲みの中でほめたたえよ。
 2023年12月31日(日)リビングライフQT

今日の箴言最後のテキスト、同時に “主の御聖誕歴2023年” 最後の日のテキストは、妻としての女性を基準にして、女性像を謳(ウタ)い上げています。

この記事は、正に神が人を創造されたときに遡り、”男”から“女”を創られたその意味を、明らかにした、すばらしい論述です。
ここに展開された、一家庭の妻としての女性の存在感は、実は、全ての女性に当てはまり、共通の意味付けをもって読まれるものと理解します。
神はアダムを最初に創造され、その後に、“助け手”として、女性を男から創られました。それは、“男は単独では存在出来ない者”として、創られたからです。
同時に、“女”もまた、単独で、創造されたものではなく、“男”の一部から創られた、互いに共存的存在なのです。
それは、”男“も”女“も単独で誇る者とならないためです。
男女の存在の摂理は、確かに結婚することにその最大の道が、与えられたのですが、様々な事情
もありますが、結婚としての対の存在ばかりではなく、独身としての、“女”の存在もまた、神の摂理に与り男女共に、愛と赦しによって、“男”は“女”に支えられ、“女”は“男”に守られて、歴史は積み上げられて来ました。
この様な創造原理に立って、改めて、今日のテキストを読み込み、新たな想いで、主の御創造計画の、深い摂理に立って、新しい年を、主の恵みの年として、家庭に、社会に、あらゆる人との関係の中に、編み込まれた主なる神の、摂理の御手に生かされる事を期待し祈り、進んで参りましょう。

今日まで守られ
 来たりし我が身
  露だに憂えじ
   行く末などは
 如何なる折りにも
  愛なる神は‼️
 全ての事をば
  良きにしたまわん
今年一年も、忠実に学び祈り続けられたことに、感謝申し上げます‼️また、私のためにも御加祈頂いたこと深く感謝いたします。
来年(明日から)も宜しく祈り導いて下さいね 
 箴言 31章1節~9節

31:1 マサの王レムエルが母から受けた戒めのことば。
31:2 私の子よ、何を語ろうか。私の胎の子よ、何を語ろうか。私の誓願の子よ、何を語ろうか。
31:3 あなたの力を、女たちに費やしてはいけない。王を滅ぼす者たちに、歩みを委ねてはいけない。
31:4 レムエルよ、これは王がすることではない。ぶどう酒を飲むのは王がすることではない。強い酒を飲むのは君主がすることではない。
31:5 酒を飲んで、定められたことを忘れ、苦しむ者みなへのさばきを曲げるといけないから。
31:6 強い酒は滅びようとしている者に、ぶどう酒は心の痛んでいる者に与えなさい。
31:7 その人は飲んで自分の貧しさを忘れ、もう自分の労苦を思い出すことはない。
31:8 口のきけない人のために、口を開きなさい。すべての不幸な人の訴えのために。
31:9 口を開いて、正しくさばき、苦しむ人や貧しい人のためにさばきを行いなさい。

 2023年12月30日(土)リビングライフQT

箴言最後のメッセージは異性への誘惑とお酒に対する警告です。
聖書には旧約・新約を問わず、異性に関する警告の教えが語られています。
どちらかと言うと、こう言った男女関係に関しては、どちらにも問題はありますが、敢えて言えば、男性の側に問題がある場合が強いでしょう。
前にも述べた事が有りますが、聖書の時代背景は、絶対的に、男尊女卑の社会制度の下で語られ、教えられているので、聖書で《女》と言われるのは、未婚の女性や、家庭を持つ母親・主婦を指して語られているのではない。ここには明らに、神の秩序を乱して生きる女性(女)の存在に、男性が心と思いを向ける誘惑への戒めが、非常に強く語られるのです。古代も現代も、この乱脈は社会を家庭を乱し、社会の秩序と個人の信仰に、多大な影響を及ぼして来たのです。
かといって、自分には他人事としてこの警告は、軽く見たり、脇に置き去ったりしてはならない。人間の弱さを知り、自らの内を常に
聖霊の清さの中に、保つ信仰を心しなければなりません。

更に、お酒(当時の酒はぶどう酒です)についての、諸注意です。酒のもたらす問題は、
*正しい判断を狂わす
*大切なことを忘れる
*裁き(正義)を曲げる
しかし、一方、
*適度のぶどう酒は、
心痛む者の痛みを癒し
*激しい労苦を癒す

更に・私たちの口の言葉を、痛む人々の代弁者として語れ。
正しい判断と裁きを、語るのに口を閉ざしてはならない。
私達の口を大胆に開き、イエス様の愛を語るものとして、世に遣わされましょう。
あなたの存在は、主なる神を知らない人々には、この世の光、正しい道しるべ、この世界の腐敗を止める地の塩として、用いられます、
主よ‼️わたしを使って・語らせ、あなたへと繋がらせてください。 
 箴言 30章15節~33節

30:15 蛭には二人の娘がいて、「くれ、くれ」と言う。飽くことを知らないものが三つある。いや、四つあって、「もう十分だ」と言わない。
30:16 よみ、不妊の胎、水に飽くことを知らない地、「もう十分だ」と言わない火。
30:17 自分の父を嘲り、母への従順を蔑む目は、谷の烏にえぐり取られ、鷲の子に食われる。
30:18 私にとって不思議なことが三つある。いや、四つあって、私はそれを知らない。
30:19 天にある鷲の道、岩の上にある蛇の道、海の真ん中にある船の道、おとめへの男の道。
30:20 姦淫する女の道もそのとおり。彼女は食べて口をぬぐい、「私は不法を行わなかった」と言う。
30:21 地は三つのことによって震える。いや、四つのことに耐えられない。
30:22 奴隷が王となり、愚か者がパンに満ち足り、
30:23 嫌われた女が夫を得、女奴隷が女主人の代わりとなることだ。
30:24 この地上には小さいものが四つある。それは知恵者中の知恵者だ。
30:25 蟻は力のないものたちだが、夏のうちに食糧を確保する。
30:26 岩だぬきは強くないものたちだが、その巣を岩間に設ける。
30:27 いなごには王はいないが、みな隊を組んで出陣する。
30:28 ヤモリは手で捕まえられるが、王の宮殿にいる。
30:29 歩きぶりの堂々としたものが三つある。いや、堂々と歩くものが四つある。
30:30 獣の中で最も強く、何からも逃げない雄獅子、
30:31 誇らしげに歩くおんどりと雄やぎ、軍隊を引き連れた王。
30:32 もし、あなたが高ぶって、愚かなことをしたり、企んだりしたら、手を口に当てよ。
30:33 乳をかき回すと凝乳ができる。鼻をねじると血が出る。怒りをかき回すと争いが起こる。
 2023年12月29日(金)リビングライフQT

人間の欲 →それがこのテキストの主題です。 
*“飽く”事を知らない人の心(欲望)
人の欲望は、何故この様に際限なく、深まり、深化するのでしょう⁉️ それは神に背き、離れた為に、自らの所属意識が失われたからなのです。
ですから、自分の座標(所属意識・評価のベース)を自分で定めなければならなくなったからではないでしょうか❓
神から離れた自分を、見失ったことが、罪なのです。だからその現実をカバーしようとして、神に代わる・・・
『三つイヤ、四つある‼️』と言う言葉の手法で、次々と、現実の社会の中にある、全く愚かな醜い姿を示して、その罪を暴いている。(22節)
しかし、アグルは、自然界の中に、驚くほど顕著に、神の創造の秩序で、自然界に君臨(❓)する、小さな存在を例証するのです。
《蟻=集団となって組織化され、ひとつになって行動する》《岩狸=難攻不落の城のような岩穴を棲みかとして家族を守る》《イナゴ=一つ集団となって一糸乱れず豊かな草原へと移動する》《ヤモリ=豊かな家や宮殿にすみかを作る》
更に・神が選びその様に置かれた・・・
自然界の中から、神の秩序に生きる、素晴らしい勝利者を、示すのです。
更に、神が創られたもので、威厳ある存在として、他の動物たちが恐れる、百獣の王と呼ばれる、ライオン。
長じて堂々と辺りを威圧するように歩く雄鶏、神に選ばれて多くの従者を従わせて先頭に立つ《王》
最後に、これらの事を知り、謙り(へりくだり)神の前に立つ時・・・・
あなたの心に、不従順と、高ぶりが内に有るのに気付いたら、、言葉で罪と反抗が形作られることのないように、
手を口に当てて、言葉を押さえ、ヘリくだって服する者となりなさい‼️
言葉は、一度出ると、混乱へと撹乱するからです。
今日新たに、『私は、神に創造され、今なお、このお方に導かれ、神の国の民として、訓練を受けている者だから、更に励んで、神が創造された御想いに沿った、僕として、今日も歩みましょう‼️ アーメン 
 箴言 30章1節~14節

30:1 マサの人ヤケの子アグルのことば。イティエルに告げ、イティエルとウカルに告げたことば。
30:2 まことに、私は粗野で、人ではない。私には人間としての分別がない。
30:3 私はまだ知恵も学ばず、聖なる方の知識も持っていない。
30:4 だれが天に上り、また降りて来たのか。だれが風を両手のひらに集めたのか。だれが水を衣のうちに包んだのか。だれが地のすべての限界を堅く定めたのか。その名は何か、その子の名は何か。あなたは確かに知っている。
30:5 神のことばは、すべて精錬されている。神は、ご自分に身を避ける者の盾。
30:6 神のことばに付け足しをしてはならない。神があなたを責めて、あなたが偽り者とされないために。
30:7 二つのことをあなたにお願いします。私が死なないうちに、それをかなえてください。
30:8 むなしいことと偽りのことばを、私から遠ざけてください。貧しさも富も私に与えず、ただ、私に定められた分の食物で、私を養ってください。
30:9 私が満腹してあなたを否み、「【主】とはだれだ」と言わないように。また、私が貧しくなって盗みをし、私の神の御名を汚すことのないように。
30:10 しもべのことを、その主人に中傷してはならない。そうでないと、彼はあなたをののしり、あなたは罰を受けることになる。
30:11 自分の父をののしり、自分の母をたたえない世代。
30:12 自分をきよいと見るが、汚物を洗い落とさない世代。
30:13 なんとも、その目が高ぶり、まぶたが上がっている世代。
30:14 歯が剣のようで、牙が刀のような世代。彼らは、地の苦しむ者を、人々の中の貧しい者を食い尽くす。
 2023年12月28日(木)リビングライフQT

アグルの告白‼️
主なる神の前に、自らを告白するその内容に、初めは、少しオーバーなのではないのかな・・・(言ってる意味が分からない。)と、思って読みましたが、次第に、そうではない。
自分が少しは知っている。信じている‼️
そんな思いでいる自分が、“アグル”の言葉の前に、頭を殴られるような、ショックを感じながら読みました。
*5節~神は、ご自分に身を避ける者の盾。
“身を避ける”・・・私は、主なる神を信じる‼️と、良く魂(心)で思い、そう信じている。所がその思い(心)は、気を付けないと、そのように”考えたり・思っていたり”と言う、ところ(気持ち・概念)に、止まっていることはないだろうか⁉️
と言うのは、しばしば、信仰に立っている‼️と思って来た方が、脆(もろ)くも試練に崩れさって、パッタリ交わりから消えてしまうことがあるのです
心に傷みがある方に、祈りながらお尋ねすると、『祈っても聴かれないし、何だか学んでいても、身に入ってこないので・・・』
幾度このような姿に、胸刺されたことでしょう。本当に辛い時です。
それは、*期待していたことが崩れたからなのだろうか❓
*自分のみ導きが足りなかったからだろうか❓
様々な反省を迫られることがあったのです。
今朝の5節の『神は、ご自分に身を避ける者の盾』のお言葉に、はっとさせられるのです。
信仰は、
*概念ではないのです
*信仰は知識でもないのです。
*信仰は理解でもありません。
☆信仰は《行動》なのです。
(あ)(ぐ)(る)は、言ってます。神は、ご自分に身を避ける者の盾。
《身を避ける》これは、考えている姿ではなく、神の側に身を避けて来ている姿なのです。
身を避ける→①自分の弱さを知った者の行動  ②主なる神こそ、我が巌(イワ)・我が避け処・・だと知っているから‼️
これこそ信仰者のいのち溢れる姿なのです。
學びや知識にたけ、完璧なほどに理解しても、主の下に避ける(隠れる)事のない信仰は、一挙に崩壊します。
(あ)(ぐ)(る)は更に・・・
次の事を主なる神に求めています。
①空しい事と、偽りの言葉から遠ざけて下さい。
この二つの事は、日常生活で、常に直面し、魂を揺さぶられる誘惑の種となるのです。
②貧しさも富も、私に与えず・・・
どれ程多くの人が、貧しさに心折れ、富に心奪われて、純粋に聖い神への信頼と謙虚さを失ってきたか。
今朝新たに、この事を深く思う時となりました。
後半は、世に勝利者のように歩いているなかに、不遜で、高ぶりの姿、憐れみのない強者への、厳しい糾弾となっている。
この世での強者・強弁な人、上にあって指導的立場にある人の言葉と、主張には、気を付け、へりくだった僕として、主なる神に従い、神の側に立つ日々を積み重ねて参りましょう
 箴言 29章15節~27節

29:15 むちと叱責は知恵を与える。放っておかれた子は母に恥を見させる。
29:16 悪しき者が増えると、背きも増す。しかし、正しい人は彼らの滅びを見る。
29:17 あなたの子を戒めよ。そうすれば、彼はあなたを安らかにし、あなたの心に喜びを与える。
29:18 幻がなければ、民は好き勝手にふるまう。しかし、みおしえを守る者は幸いである。
29:19 しもべは、ことばだけで戒めることはできない。それが分かっても、反応しない。
29:20 軽率に話をする人を見たか。彼よりも愚かな者のほうが、まだ望みがある。
29:21 自分のしもべを幼い時から甘やかすと、ついには手に負えない者になる。
29:22 怒る者は争いを引き起こす。憤る者には多くの背きがある。
29:23 人の高ぶりはその人を低くし、へりくだった人は誉れをつかむ。
29:24 盗人にくみする者は自分自身を憎む者。その人はのろいを聞いても何も言わない。
29:25 人を恐れると罠にかかる。しかし、【主】に信頼する者は高い所にかくまわれる。
29:26 支配者の顔色をうかがう者は多い。しかし、人をさばくのは【主】である。
29:27 不正を行う者は正しい人に忌み嫌われ、行いの真っ直ぐな人は悪しき者に忌み嫌われる。
 2023年12月27日(水)リビングライフQT

一節・一節に展開する(語られる)言葉をじっくり考えると、箴言が書かれた(語られた)、時代から3000年以上隔てた現代にも、そのまま通じるものばかりですね。人間の魂は❗最初に神に背いて以来、
地を這うように、生きて来た。
最初に、神に従わずに、自分の判断(神に従う=創り主なる神に従うことを判断の最優先に置く事をせずに)を、自己判断を最優先させた(神から離反した)事から、神に創られた人間の人生は、自己中心的判断と決断によって、展開されて来たのです。
最早、創造主なる神の存在すら、抽象時な概念だ‼️と、打ち捨てるほどにまで、堕落しているのです。
仲畑流万能川柳の12月25日の選に
《訳もなく
  ときどきワッと
     叫びたく》
と、言うのがありました
現代の人々の気持ちを代表しているようです。
あなたが、もしこの思いに、同感したなら‼️
お気をつけくださいね。
それは正に、道を見失い、戸惑い、神を仰ぐゆとりも、道筋も無くしてしまった時、行き詰まりの中から叫ぶのではないでしょうか⁉️
創り主・命の源である愛の神を見失った時の、究極の姿なのです。
最近ニュースで人の心に、氷のような感情を・・・人を殺めた犯人が、「人を殺したくなった」・「殺してみたかった」と言う、恐ろしい((((;゜Д゜)))言葉が、飛び出すのを見聞きしながら、霊までも寒くなるのです。*火をつける *殺す *誘惑する *刹那的快楽のために数百・数千万円を惜しむことなく、手放す?
心の闇に光を求めての決断(はてな)なのでしょうが
今日の箴言のテキストの一節一節は、その様な人の魂の弱さ(主なる神の愛から遠ざかった)を、表しています。
魂を再点検して、もう一度今日のテキストを読み直してみましょう。
主なる神から来る道を、心に留めましょう‼️
*15節~無知と叱責は、知恵を与える
*16節~・・正しい人は彼らの滅びを見る。
*17節~あなたの子を戒めよ。そうすれば、彼はあなたを安らかにし、あなたの心に喜びを与える。
*23節~・・へりくだった人は誉れをつかむ。
*25節~・・主に信頼する者は高い所にかくまわれる。
*26節~・・人をさばくのは主である。
*27節~・・行いの真っ直ぐな人は悪しき者に忌み嫌われる。
全てを見ておられるお方に信頼し、そのお方に従う時、その人の魂は平安であり、平安と祝福の場へと導かれ護られる‼️

恐れるな❗わたしはあなたと共にいる。たじろぐな‼️わたしがあなたの神だから。
 イザヤ書41章10節 
 箴言 29章1節~14節

29:1 叱責されても、なお、うなじを固くする者は、突然打ち砕かれて、癒やされることがない。
29:2 正しい人が増えると、民は喜び、悪しき者が治めると、民はうめく。
29:3 知恵を愛する人は、その父を喜ばせ、遊女と交わる者は、財産を滅ぼす。
29:4 正義によって王は国を建てる。重税を取る者は国を壊す。
29:5 隣人にへつらう者は、自分の足もとに網を張る。
29:6 悪人は背きを犯して自分に罠をかける。正しい人は声をあげて喜び歌う。
29:7 正しい人は弱い者のためのさばきを知っている。悪しき者はそのような知識をわきまえない。
29:8 嘲る者たちは町を騒がし、知恵のある人たちは怒りを鎮める。
29:9 知恵のある人が愚か者を訴えて争うと、愚か者は怒ってあざ笑い、安まることがない。
29:10 血に飢えた者たちは誠実な人を憎み、心の直ぐな人のいのちを狙う。
29:11 愚かな者は感情のすべてをぶちまけ、知恵のある人はそれを内に収める。
29:12 支配者が偽りのことばに聞き入るなら、従者たちもみな悪しき者になる。
29:13 貧しい者と抑圧する者は出会う。【主】は、この両者の目に光を与えられる。
29:14 真実をもって弱い者をさばく王、その王座はとこしえまでも堅く立つ。
 2023年12月26日(火)リビングライフQT

今日の“箴言”のテキストを通して、ソロモンはどんなに、神が支配する国・神に委ねられた王権が、栄光に富んだものであるか‼️
深く心に留めながら、神の国イスラエルを、導いてきたかを、伺い知る事が出来る。
*4節~正義によって王は国を建てる。
*7節~正しい人は弱い者のためのさばきを知っている。・・・
☆ソロモンはこの事実の前に謙虚に心開き耳を傾ける事を再確認するかのように・・・伝わる。
*13節~貧しい者と抑圧する者は出会う。
主はその両者の目に光を与えられる。
☆ソロモンの目がそのお方の光を、求めようと、想いを熱く向ける姿を思う‼️
*14節~真実をもって弱い者をさばく王。
その王座はとこしえまでも堅く保つ。
☆これは歴史上の王政の絶対の条件だったのです。
しかし、王権は、自分と、次の継承者への利権に走り、すべて崩壊してしまったのです。
この様な完全理想の王権が、確立・完成する時が、来るのです‼️
其れがイスラエル王権のダビデ王朝の再生・復活・完成者である、ダビデの末なる、
イエス・キリストの王国、“神の国”なのです‼️
私達はそれを待ち望み、今日を明日に向かって、進んでいます。お互い祈りあい支えあって、主の日の完成を待ち望みましょう‼️ハレルヤ 
 ルカ福音書 2章25節~38節

2:25 そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい、敬虔な人で、イスラエルが慰められるのを待ち望んでいた。また、聖霊が彼の上におられた。
2:26 そして、主のキリストを見るまでは決して死を見ることはないと、聖霊によって告げられていた。
2:27 シメオンが御霊に導かれて宮に入ると、律法の慣習を守るために、両親が幼子イエスを連れて入って来た。
2:28 シメオンは幼子を腕に抱き、神をほめたたえて言った。
2:29 「主よ。今こそあなたは、おことばどおり、しもべを安らかに去らせてくださいます。
2:30 私の目があなたの御救いを見たからです。
2:31 あなたが万民の前に備えられた救いを。
2:32 異邦人を照らす啓示の光、御民イスラエルの栄光を。」
2:33 父と母は、幼子について語られる様々なことに驚いた。
2:34 シメオンは両親を祝福し、母マリアに言った。「ご覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人が倒れたり立ち上がったりするために定められ、また、人々の反対にあうしるしとして定められています。
2:35 あなた自身の心さえも、剣が刺し貫くことになります。それは多くの人の心のうちの思いが、あらわになるためです。」
2:36 また、アシェル族のペヌエルの娘で、アンナという女預言者がいた。この人は非常に年をとっていた。処女の時代の後、七年間夫とともに暮らしたが、
2:37 やもめとなり、八十四歳になっていた。彼女は宮を離れず、断食と祈りをもって、夜も昼も神に仕えていた。
2:38 ちょうどそのとき彼女も近寄って来て、神に感謝をささげ、エルサレムの贖いを待ち望んでいたすべての人に、この幼子のことを語った。
 2023年12月25日(月)リビングライフQT

主イエス様の御降誕から、今日の記事まで、40日の日が経過しています。
この記事の直前に、『モーセの律法による、きよめの期間が満ちた時、両親は幼子を主にささげるために、エルサレムに連れて行った。』
きよめの期間とは、男の子の場合は(40日)と定められていました。幼子を抱いて、マリヤとヨセフは、エルサレムの神殿に行きました。ベツレヘムから、大変急な坂道を、約4km登るのです。
この時、主なる神は、“シメオン”と女予言者“アンナ”とに、この貧しいヨセフとマリヤに抱かれた赤子が、《メシヤ》であることを、示されたのです、宮の中で、彼らを祝福し、この子が多くの苦難を受けた後、人々の救いとなる‼️事を予言します。叉、ハンナも、イエスを祝福し、エルサレムの人々に、赤子のイエスを《メシヤ》として語り伝えました。
不思議な出会いと、この出来事は、このまま多くの人々の心の中に、眠り続けるのです。
実は、この後、もはや家畜小屋ではなく(人口調査でベツレヘムに来ていた人々は、登録を終えて帰ったので宿屋の部屋は空き、日や住まいで産後の休息をとっていた)
宮もうでの期間が来たのでエルサレムに上った後、ナザレに帰ろうといていたある晩に、
東の国の博士たちが、やって来た・・・と言う、マタイ福音書2章の博士達の礼拝へと続くのです。(東の国の博士達の礼拝は
主の御降誕の夜ではないのです)
そして、その夜博士たちに夢でヘロデのもとに帰るな❗とのお告げが‼️
叉、マリヤとヨセフには『エジプトに逃れるように』との御告げで、聖家族は、密かに、エジプトに逃れ、ヘロデの死が告げられるまで、エジプトに滞在されました。
その後故郷のナザレに帰り、30歳になられるまで、すべての人と同じ日常生活を過ごされたのです。
そして、30歳の時、バプテスマのヨハネの所に顕れて、パプテスマを受けられて、そこから福音書の様々な記録が為されたのです。
今日のエルサレム神殿での出来事は、
この人々の心の中に封印され、30年の間、開かれることもなく、
主イエス様の、福音の語られるまで、しまっておかれたのです‼️
やがて、主が立ち上がられた時、
人々の中に眠っていた、あのシメオン・アンナの言葉が目覚めさせられ、一挙に、多くの人々に知られ慕われ、うねりの様に、新しい時代が拓かれたのです。
主なる神の時を支配される、驚くべき、恵みの業に、改めてひれ伏す者です。
私達の人生も、この様に、知られない中で、一つ一つ完成へと導かれて来たのではないでしょうか。
私の様な者に永遠のご計画を持っておられるとは‼️ 
 ルカの福音書 2章1節~14節

2:1 そのころ、全世界の住民登録をせよという勅令が、皇帝アウグストゥスから出た。
2:2 これは、キリニウスがシリアの総督であったときの、最初の住民登録であった。
2:3 人々はみな登録のために、それぞれ自分の町に帰って行った。
2:4 ヨセフも、ダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。
2:5 身重になっていた、いいなずけの妻マリアとともに登録するためであった。
2:6 ところが、彼らがそこにいる間に、マリアは月が満ちて、
2:7 男子の初子を産んだ。そして、その子を布にくるんで飼葉桶に寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからである。
2:8 さて、その地方で、羊飼いたちが野宿をしながら、羊の群れの夜番をしていた。
2:9 すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。
2:10 御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。見なさい。私は、この民全体に与えられる、大きな喜びを告げ知らせます。
2:11 今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。
2:12 あなたがたは、布にくるまって飼葉桶に寝ているみどりごを見つけます。それが、あなたがたのためのしるしです。」
2:13 すると突然、その御使いと一緒におびただしい数の天の軍勢が現れて、神を賛美した。
2:14 「いと高き所で、栄光が神にあるように。地の上で、平和がみこころにかなう人々にあるように。」
 2023年12月24日(日)リビングライフQT

毎年、毎年、読みなれたシーン、思い巡らす、その時の現実の状況への、想像‼️
時には、文中の状況に感情移入し過ぎるほど重ねては、したり、戸惑う二人(マリヤとヨセフ)に、自分を重ねては、胸を痛める・・・毎年、その様な悲喜こもごもしながら、様々なことを学んできました。
今朝のこの聖誕にまつわる、時の流れは、
マリヤとヨセフの存在は、クリスマスの欠く事の出来ない、必須の配剤なのだと、改めて、この二人の存在と二人に対して為された、神の御手の業に、身を捧げた(献身)姿に、言葉に尽くせない感動を覚え、自らの生き様に、深く同調を表したいと改めて痛感しているのです。
7節~・・・宿屋には彼等のいる場所がなかったからである。
主イエス様がお生まれになられたのは、家畜小屋(そこは、岩を掘り抜いた、洞窟だった⁉️)聖地旅行で案内されるのはその様な所なのです。人類の(罪人=神に背いた人=私達)救い(罪の赦しと・永遠の命へと繋ぐ救い)の為に来られたのに、当時のベツレヘムは、ただの一間さえも、この若い臨月のマリヤの為に、場所を開いてくれる人がいなかった
人間は、究極のところ、自分が第一(自己中心)なのです。
☆暖かいお話で締め括りましょう。
いつの事でしたか。クリスマスの聖誕劇を、ある幼稚園で観ました、一生懸命練習をしたのでしょう。ところが、マリヤとヨセフがベツレヘムの宿屋を一軒づつ・・トントントン『一晩泊めて下さいな』「お泊めできません❗一杯です」何軒も訪ねて、どこも泊めて貰えなかった時、次の宿屋に来た時に、その宿屋の主人を演じた子は、少し障がいのある児童だったので、みんなは間違わずに出来るかな⁉️と固唾を呑んで見ていました。
役がらの言葉は前の何人かが言ったのと同じ
『うちはいっぱいです、お泊めできません』
バタンと扉を閉める、ただそれだけだったのですけれど…
ところがその子は、トントントン『泊めて下さいな。赤ちゃんが産まれそうなのです。』同じ繰り返しの台詞のあと、
宿屋の主人のその子は、戸を開けて外に出て来て、『それは大変でしょう。どうぞ中にお入り下さい‼️』・・・・・
一瞬、会場はシーンとした後、拍手喝采パチパチパチ・・・・
胸が熱くなり、目に感動のか溢れました‼️忘れられません。
神の御子が、世に降られた時、人は誰一人神の慈しみと救いに、心開かなかったのですが、この子のなかには、憐れみと悲しみ、痛みを知る心がいっぱいだったのです。
何と、透明感のある心でしょう。
今、あなたの魂は、神の御子を心の内に喜んでお迎えされますか⁉️
(め)(り)(ー)(く)(り)(す)(ま)(す)
栄光主にあれ‼️ 
 ヨハネの手紙第一 4章7節~15節

4:7 愛する者たち。私たちは互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛がある者はみな神から生まれ、神を知っています。
4:8 愛のない者は神を知りません。神は愛だからです。
4:9 神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちにいのちを得させてくださいました。それによって神の愛が私たちに示されたのです。
4:10 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、宥めのささげ物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。
4:11 愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた、互いに愛し合うべきです。
4:12 いまだかつて神を見た者はいません。私たちが互いに愛し合うなら、神は私たちのうちにとどまり、神の愛が私たちのうちに全うされるのです。
4:13 神が私たちに御霊を与えてくださったことによって、私たちが神のうちにとどまり、神も私たちのうちにとどまっておられることが分かります。
4:14 私たちは、御父が御子を世の救い主として遣わされたのを見て、その証しをしています。
4:15 だれでも、イエスが神の御子であると告白するなら、神はその人のうちにとどまり、その人も神のうちにとどまっています。
 2023年12月23日(土)リビングライフQT

なんと素晴らしい御言葉の数々でしょう。
様々な心の迷いや沈みそうな思いや、赦せない心の内に、勝利がない状態の中を、吹き抜ける一陣の風のように、神の愛の満ち溢れた風が、氷を溶かす春の風のように、
私たちの魂の、冷たい心を溶かすように、静かに確実に、吹き込んできますね
これこそ、私たちに委ねられた福音の、エッセンスですね。
この愛の感動に心溶かされると、語らずに、伝えずにおられましょうか‼️
何度も何度も今日の箇所を読みながら、主なる神の愛に包まれて生かされて来た日々が、どんなに素晴らしい日々であったか、改めて深く主の愛に心溶かされる者です。
もう一度福音の中心となる二節を再録してみます‼️
☆ :9節~10節:
神はそのひとり子を世に遣わし、
その方によって
わたしたちにいのちを得させてくださいました。
それによって
神の愛がわたしたちに示されたのです。
私たちが神を愛したのではなく、
神が私たちを愛し
私たちのために、
宥めのささげ物として御子を遣わされました。
《ここに愛があるのです》

古今東西、様々な宗教があらゆる方法をもって成長をとげようと、
輝かしい奇跡をもって、人々の心を魅惑しようと、
この聖書の御言葉に優る力があるでしょうか‼️
この御言葉は、聖霊によって霊感された、人類の言葉の中で、最も輝き‼️重く迫り❗聴く“読む”も含めて、触れるものを感動させる生きた命の言葉として、世界の人々の魂に響き伝わって来たのでしょう‼️
*神は私達の内にとどまり、神の愛が私たちに全うされたのです。
*だれでも、“イエスが神の御子であると告白するなら、”神はその人の内にとどまり、その人も神の内にとどまります。
もう一度テキスト全体(ヨハネの手紙第一 4章7節~15節)を読み、アドベント最後の日を、充実した日として頂きましょう‼️ 
 箴言 28章15節~28節

28:15 貧しい民を治める悪しき支配者は、うなる雄獅子、襲いかかる熊のようだ。
28:16 英知を欠く君主は、多くの物を強奪する。不正な利得を憎む者は、齢を延ばす。
28:17 流血の咎に苦しむ者は、墓まで逃げる。だれも彼を助けてはならない。
28:18 誠実に歩む者は救われ、その道が曲がっている者はただちに倒れる。
28:19 自分の土地を耕す者は食糧に満ち足り、空しいものを追い求める者は貧しさに満ち足りる。
28:20 忠実な人は多くの祝福を得る。しかし、富を得ようと急ぐ者は罰を免れない。
28:21 人を偏り見るのは良くない。人は一切れのパンで背く。
28:22 貪欲な人は財産を得ようと焦り、欠乏が自分に来るのを知らない。
28:23 人を叱責する者は、後になって、舌でへつらう者よりも恵みを得る。
28:24 父母の物をかすめていながら、「背いていない」と言う者は、滅びをもたらす者の仲間。
28:25 欲の深い人は争いを引き起こす。しかし、【主】に拠り頼む人は豊かにされる。
28:26 自分の心に頼る者は愚かな者、知恵をもって歩む者は救われる。
28:27 貧しい者に施す者は不足することがなく、目をそらす者は多くののろいを受ける。
28:28 悪しき者が勢いを増すと、人は身を隠し、彼らが滅びると、正しい人が増える。
 2023年12月22日(金)リビングライフQT

王の権力の方向が、搾取(自らの財と権力の拡大のために)と、暴虐をもって確立しようとする時、その結果は惨めに終わる。
これを助ける事はしてはならない。
神の裁きを妨げるな‼️
フランス革命のマリーアントワネット、をご存じでしょう。
神は歴史の裁きを、こうして顕されることもある。歴史上、幾度この様な事態を見てきただろう。20世紀にも、思い出しても、胸の痛むシーンを忘れられない。
☆18節~20節
*誠実に歩む→救われる *勤勉(土地を耕す)→満ち足りる 
*誠実な人→祝福される。 
*道を曲げる者→倒れる *虚しいものを追い求め    る者 →倒れる 
*富を得ようと急ぐ者
  →罰せられる。
この様に、人の営みに対する原則は、古今東西、変わる事なく、厳しくも、免れる道はない

人は、自ら特別に意図しなくても、何か優れたものを得ようと、様々な努力を積み重ね、少しでも優れた道を極めたいとの”向上心“と言う、競争原理に追われるように、走ります。
その様な中で、人の心は、気付かないうちに、自己中心に包まれ、自分を守ろうと、回りへの配慮が欠け落ち、遂には、相手にたいして攻撃的になったり、弱くなって、自己卑下の谷間に落ち、さ迷い、自らに与えられた、神からの恵みの賜物を、見失うのです。
あとは、自分の力だけが頼りとなって、神の恵みの豊かさを見失うのです。
それが、今日のテキストに出てくる、様々な神の恵みに反する、行動、考えが心のすさみとなって表れるのです。
主の慈しみと憐れみと赦しの暖かい懐(ふところ)のなかに憩いましょう。
その中から毎朝、歩き始めましょう‼️
  箴言 28章1節~14節

28:1 悪しき者は、追う者もいないのに逃げるが、正しい人は若獅子のように頼もしい。
28:2 国に背きがあるときは、首長が多くなるが、判断力と知識のある一人の人により、安定は続く。
28:3 弱い者を虐げる貧しい者は、押し流して食物を残さない豪雨のようだ。
28:4 おしえを捨てる者は悪しき者をほめる。おしえを守る者は彼らに敵対する。
28:5 悪人はさばきをわきまえない。【主】を尋ね求める者はすべてのことをわきまえる。
28:6 貧しくて、誠実に歩む者は、富んでいて、曲がった道を歩む者にまさる。
28:7 分別のある子はおしえを大切にする。放蕩する者と交わる者は、父に恥をかかせる。
28:8 利息や高利によって財産を増やす者は、貧しい者たちに恵む者のためにそれを蓄える。
28:9 耳を背けておしえを聞かない者は、その祈りさえ忌み嫌われる。
28:10 直ぐな人を悪い道に迷わす者は、自分の掘った穴に陥る。しかし、誠実な人たちは幸せを受け継ぐ。
28:11 富む者には自分が知恵のある者に見える。しかし、分別のある貧しい者は、彼を調べる。
28:12 正しい人が喜ぶと、大いなる栄えがあり、悪しき者が立ち上がると、人は身を潜める。
28:13 自分の背きを隠す者は成功しない。告白して捨てる者はあわれみを受ける。
28:14 幸いなことよ、いつも恐れる心を持つ人は。しかし、心を頑なにする者はわざわいに陥る。
 2023年12月21日(木)リビングライフQT

今日のテキストは、正しい人(道)を、主題として、その道に歩む幸い・強さ・祝福が、詠われていますね
☆正しい人とは⁉️ 
 その道は・・⁉️
 その結果(行方)は⁉️
  見てみましょう
*1節~若獅子の様
*2節~国の安定
*4節~教え(真理)を捨てる者は悪しき者をほめる。教えを守る者は彼らにに敵対する
*5節~主を尋ね求めて全ての事をわきまえる
*貧しくとも、誠実に歩むものは、富んでも曲がった道に歩む者に”まさる‼️”
*7節~分別のある者
*10節~誠実な人
*11節~分別ある人・・富む人がしばしば強く正しいと見られるが、富・貧しさは、評価の対象外。
*12節~正しい人の喜びは、栄光の輝き‼️
*13節~常に背きを告白する者は、憐れまれる❗
*14節~“恐れる心を持つ”
☆恐れる心→この訳は・・
*文語訳・・畏れる
*中国語訳・・敬畏
*英訳・・feers  THE  Lord(主を畏れる)で、御解りの様に、“畏”と言う字の方で、理解した方がよいと思われます。
今一つ、日本語の訳では理解しにくいのが・・・・
*8節~利息や高利によって財産を増やすものは、貧しい者たちに恵む者のためにそれを蓄える。・・・(困る)(はてな)
この文章だけでは、何を指しているのか(何)と、様々な憶測が飛ぶのですが、
端的に、この意味を文にすると。どんなに財を蓄えあるいは不正の蓄えをしても、それは結果的に、人々の手によって、貧しい人々へ与えられる‼️と言う意味なのです。
分かち合う喜び、人の生きる喜びの姿は、
見る人を元気にするでしょうに
何を生き甲斐にするのか❓改めて、問われますね
あなたの喜びは⁉️
  箴言 27章13節~27節

27:13 他人の保証人となるときは、その者の服を取れ。見知らぬ女のためにも、服を抵当に取れ。
27:14 朝早くから、大声で隣人を祝福すると、かえって呪いと見なされる。
27:15 長雨の日に滴り続ける雨漏りは、争い好きな女に似ている。
27:16 その女を制する者は、風を制し、右手に油をつかむことができる。
27:17 鉄は鉄によって研がれ、人はその友によって研がれる。
27:18 いちじくの木の番人はその実を食う。主人の身を守る者は誉れを得る。
27:19 顔が、水に映る顔と同じであるように、人の心は、その人に映る。
27:20 よみと滅びの地は飽くことがなく、人の目も飽くことがない。
27:21 銀にはるつぼ、金には炉があるように、人は他人の称賛によって試される。
27:22 愚か者を臼に入れ、きねでこれを麦と一緒についても、その愚かさは彼から離れない。
27:23 あなたの羊の様子をよく知り、群れを心に留めておけ。
27:24 富は永久に続くものではなく、王冠も代々に続かないからだ。
27:25 草が刈り取られ、若草が現れ、山々の青草も集められると、
27:26 子羊はあなたに服を着させ、やぎは畑の代価となる。
27:27 やぎの乳は十分あって、あなたの食物、あなたの家の者たちの食物となり、あなたの召使いの女たちを養う。
 2023年12月20日(水)リビングライフQT

様々なコメント・教えが、散りばめられているので、各節毎に、コメントをして見ましょう⁉️

(そのためにも、聖書テキストを読みながら、黙想し、心を探って頂きましょう)
*13節~保証人に関する教えは、何度か出て きましたが、昔(三千年)も今も、保証人となることで、受けるトラブルは、大きな問題ですね。私自身、聖書の教えは充分に分かりながら、避けられない事態があることもまた事実ですね
軽々しく、義理や、善意で受けないように、気を付けねばならない大切な忠告として、心に留めましょう。
*14節“祝福”は、誠実な心で伝えましょう‼️
*15・16節~箴言には“女”と称して(名指しで)、しばしば厳しいコメントが登場しますが、三千年前の男性優位社会事情の中で、指摘される状態は、
抑圧された中から果敢に生きようとする、女性の強さに、圧倒されている、男性の戸惑いが見られる。と同時に、女性の弱い性格の一面への警鐘とも言えますでしょうか(はてな)
*17節~鉄は鉄によって研がれ、人はその友によって研がれる。
アーメン‼️友からの苦言・友から信頼されない、自らの弱さ・・・等々。その状態の中から抜け出して、友を変えてはならない時もある。友からの指摘や、批評・反論は、将来に非常に重要な宝を秘めている。
*18節~人に仕えることは、その仕える人から、誉れ(評価)をいただく。それは、正に祝福の報酬である。
*19節~ここで《顔》と書かれているのは、その人の内面の(人格)を指しているのです。
(19節の転載)
顔が水面に映る顔と同じであるように、人の心は、その人に映る。
*20節~“よみ=黄泉”は、飽くことなく、罪人を飲み込み続けている同じ様に、人の欲望は、飽くことがない。心しましょう。
*21節~“銀にはるつぼ、金には炉があるように、人は他人の称賛によって、試される。”
耳に、心に痛く響く忠告ですね。自らの魂にも、しっかりと刻んでおきたい銘です‼️
人は、称賛された時に、どの様な反応(その場で・心の中で・それ以降の行動で・・)を示すか?
その自己評価が、自慢と出るか?謙虚と出るか・・❗
*22節~(愚か者)しばしば出てくる、箴言独特の言葉です。すでに学んだように、それは無教養者・・を指しているのではない。自らを知者だと自認し、神をも恐れない、傲慢さを指している。
そうすると、この22節は、良くわかりますね。
人の指導者として立つ者は、何よりも、委ねられた群れ、一人一人を、しっかり見守れ❗
上に立つ者は、その底辺までも知らずしては、群れを統率することはできない。
私は、牧師・伝道者として58年勤めて来ましたが、この事は痛感して参りました‼️
*24節・・・富・地位・立場は、時々刻々と変化し入れ替わるもの。それに固執することは、愚かだ。
*25節~27節・・・
“富=財産”それは、常に新しく生み出され、蓄えられ、人を生かし、豊かにし、常に新しくする。
  箴言 27章1節~12節

27:1 明日のことを誇るな。一日のうちに何が起こるか、あなたは知らないのだから。
27:2 自分の口でではなく、ほかの者にあなたをほめさせよ。自分の唇でではなく、よその人によって。
27:3 石は重く、砂にも重みがある。しかし、愚か者の苛立ちはどちらよりも重い。
27:4 憤りは残忍で、怒りはあふれ出る。しかし、ねたみの前には、だれが立ちはだかることができるだろうか。
27:5 あからさまに責めるのは、ひそかに愛するより良い。
27:6 愛する者が傷つけるのは誠実による。憎む者は多くの口づけでもてなす。
27:7 満ち足りている者は蜂の巣の蜜も踏みつけ、飢えている者には苦い物もみな甘い。
27:8 自分の巣を離れてさまよう鳥のように、人は自分の家を離れてさまよう。
27:9 香油も香も心を喜ばせる。友の慰めは自分の考えにまさる。
27:10 あなたの友、あなたの父の友を捨てるな。あなたが災難にあうとき、兄弟の家に行くな。近くにいる隣人は、遠くにいる兄弟にまさる。
27:11 わが子よ、知恵を得よ。私の心を喜ばせよ。そうすれば、私をそしる者に、私は言い返すことができるだろう。
27:12 賢い人はわざわいを見て身を隠し、浅はかな者は入って行って痛い目にあう。
 2023年12月19日(火)リビングライフQT

今日も、一句一句の言葉に、強く心刺されます

*明日の身も分からないままに誇るな、
*自慢するな
人をして賛辞を受けよ。
*自制のない苛立ち、妬み、憤り・・これに立ちはだかる術はない
*人(友)の過ちを糺すのに、摩擦や反発を避ける様な優しさやテクニックを誠実とは言えない。(☆あからさまに責める事・愛するが故に傷付ける忠告は、誠実さから出る)
5節・あからさまに責めるのは
ひそかに愛するのにまさる。
*9節~10節・・
友の慰めはたましいを力づける。
本当の“友”とは、
いのちを共有する仲間、と言えないだろうか。
イエス様は、正に、私の、あなたの、“友”と、なられましたし、今も友として居てくださいますね‼️
*“智恵を得よ‼️”これは、箴言の最大のテーマなのです‼️
そして“智恵”は、神が私達に下さった。“いのち”であり、創造主と繋がる、いのちの絆です。ハレルヤ✨
  箴言 26章13節~28節

26:13 怠け者は「道に獅子がいる。広場に雄獅子がいる」と言う。
26:14 戸はちょうつがいで向きを変える。怠け者は寝床の上で。
26:15 怠け者は皿に手を伸ばしても、その手を口に持って行くのを面倒がる。
26:16 怠け者は、良識ある答えをする七人の者よりも、自分を知恵のある者と思う。
26:17 自分に関係のない争いにいきり立つ者は、通りすがりの犬の耳をつかむ者のようだ。
26:18 気がふれた者は、燃え木を死の矢として投げるが、
26:19 隣人をだましながら、「ただ、戯れただけではないか」と言う者も、それと同じ。
26:20 薪がなければ火が消えるように、陰口をたたく者がいなければ争いはやむ。
26:21 炭火に炭を、火に薪をくべるように、口論好きな人は争いをかき立てる。
26:22 陰口をたたく者のことばは、おいしい食べ物のよう。腹の奥に下って行く。
26:23 燃える唇も、心が悪いなら、質の悪い銀を塗った土の器。
26:24 憎んでいる者は、唇で身を装うが、心のうちに欺きを潜めている。
26:25 声を和らげて語りかけてきても、信じるな。その心には七つの忌み嫌われるものがある。
26:26 憎しみはうまくごまかし隠せても、彼の悪は集いの中で現れる。
26:27 穴を掘る者は、自分がその穴に陥り、石を転がす者は、自分の上にそれを転がす。
26:28 偽りの舌は、虐げられている者を憎み、滑らかな口は滅びを招く。
 2023年12月18日(月)リビングライフQT

13節~26節までの、一節、一節は、今までの人生で、身に覚えのあるものばかり

*その様な現実の事態に遭遇した事もおありでしょう。
*自らも、その様な、愚かな行動をしたことがある
*未だ、その様な行動に走った事はないが、その様な愚かな感性に支配されることへの、危惧を感じさせられる。
*人の心は、よくもこの様な歪んだ姿になったものですね
神が人をお創りになった時、誰がこの様な姿になることを予測できたでしょう。
改めて、今朝のテキストを読むとき、自らの魂が歪み、汚れ、周りが見えなくなっており、創造主から頂いた心の清さを表に現せないほど、歪んだ心に、気付かなくなってしまっているのです
今朝改めて、主の御血の浄めと赦しを頂き、日々主に倣い、導かれ、生かされることを、祈り求めて参りましょう(*^。^*) 
 箴言 26章1節~12節

26:1 夏の雪、刈り入れ時の雨のように、誉れは愚かな者にふさわしくない。
26:2 逃げる雀のように、飛び去る燕のように、理由なしに、のろいが来ることはない。
26:3 馬にはむち。ろばにはくつわ。愚かな者の背中にはむち。
26:4 愚かな者には、その愚かさに合わせて答えるな。あなたも彼と同じようにならないためだ。
26:5 愚かな者には、その愚かさに合わせて答えよ。そうすれば彼は、自分を知恵のある者と思わないだろう。
26:6 愚かな者に託して言い送る者は、両足を切られ、暴行を受ける。
26:7 愚かな者が口にする箴言は、足の萎えた者の垂れ下がった足。
26:8 愚かな者に誉れを与えるのは、石投げ器に石を結わえ付けるようなもの。
26:9 愚かな者が口にする箴言は、酔った人が手に取り上げる茨。
26:10 愚かな者や通りすがりの者を雇う者は、だれかれかまわず射抜く射手のよう。
26:11 犬が自分の吐いた物に戻って来るように、愚かな者は自分の愚かさを繰り返す。
26:12 自分を知恵のある者と思っている人を見たか。彼よりも、愚かな者のほうが、まだ望みがある。
 2023年12月17日(日)リビングライフQT

神ご自身がお造りになられた人の、罪に沈む世界に心悼めて、愛の総力を燃え立たせて、御子をこの罪に満ちた世界に、お贈り下さいました。
その愛の輝きが実現された、(く)(り)(す)(ま)(す)を記念する日の一週間前、アドベント第三週です。
アドベントとは⁉️
『到来』『来臨』と言う意味です。
今私たちが、《アドベント》として、飾りを凝らし、クリスマスソングを流し、25日未明に来られた、赤子のイエス様(神の御子)の御降誕を、待ち望むのですが、クリスマスを此のように、用意周到に待ち望むことを“ふと”思い巡らす時、世の終わりの緊急性が高まる中、どれ程の人々が、指折り数えるような、切迫感と、期待感とを交えながら、再び主なる神《イエス・キリスト様》が、来られるのを、待ち望んでいるだろうか(はてな)
アドベントの中で、この様な問いかけを、自らに向けながら、さらに定例のテキストを学んでみましょう‼️

今日と明日にかけて、テキストは《愚かさ・愚か者》について、目覚めを促し、主の僕が陥らないようにと、警告しています。

“愚かな者”それは、学歴がない・知識が無い・知恵に欠けている・人に蔑まれている・・・と言った者を指しているのではないのです。
“愚かさ”とは、神を知りながら、神として崇めることもなく、別の世界の存在として抽象化し、自らの”生=存在“を、最高の権威として、生きる者を指すのです‼️
正に甚だしい”愚か者“なのです。
普通の私達の中に、政治家に、資産家に、教育者に、主を礼拝することから離れた自称クリスチャンに、普通の廻りの人々に・・・・
悲しいかな、人は創り主から離れたら、それが”愚か“となるのです。人は神の”いのち”に生かされた者です。ですから、その命に生かされる以外、神の知恵の源である“いのち”に生かされていない時は、愚かなのです。
イエス様の“いのち”に与った今は、主の“いのち”と知恵に生かされているのです。

(注意)7節~愚かなものが口にする箴言は、《足の萎えた者の垂れ下がった足》
この一句は、今の差別用語(意識を含む)現代においては、ドキッとさせられる文章です。私ならずとも、もっと他の表現はないものか(はてな)と、思われるでしょう。
しかし、この文書が記されたのは、今を遡ること3000年にもなる、人類の古代の歴史のなかで書かれたものを❗今風に意訳して、聖書となったのではないのです。
時代背景や、文化や、言語・・等から記録された、古代文書ですから、時代に合わせた変更は、最早、歴史的価値や普遍性や、価値を喪失させる事になるのです。
ましてや、“聖書”は、永遠の真理なのですから、部分的な意訳や変更はしないで、引き継がれて来ているのです。
むしろ、解説することによって、理解を深めるものです。
因みに私も、右足が自分でコントロール出来ない障害に悩まされる日々に在るので、この表現がよくわかります。
12節~自分を知恵ある者と思っている人を見たか。
彼よりも、愚か者の方が、まだ望みがある。
傲慢は、神を認めず、神の上に自らを置く、最も“愚か者”です。(上) 
 箴言 25章14節~28節

25:14 贈りもしない贈り物を自慢する者は、雨を降らせない雲や風のようだ。
25:15 忍耐強く説けば、首領も納得する。柔らかな舌は骨を砕く。
25:16 蜜を見つけたら、必要なだけ食べよ。食べ過ぎて吐き出すことのないように。
25:17 隣人の家にあまり足を運ぶな。その人がうんざりして、あなたを憎まないように。
25:18 隣人について偽りの証言をする人は、こん棒、剣、また鋭い矢のようだ。
25:19 苦難の日に、裏切り者に拠り頼むのは、悪い歯やよろける足を頼みとするようなもの。
25:20 心配している人の前で歌を歌うのは、寒い日に服を脱ぐようなもの、ソーダの上に酢を注ぐようなものだ。
25:21 あなたを憎む者が飢えているなら、パンを食べさせ、渇いているなら、水を飲ませよ。
25:22 なぜなら、あなたは彼の頭上に燃える炭火を積むことになり、【主】があなたに報いてくださるからだ。
25:23 北風は大雨を起こし、陰口をたたく舌は怒り顔を生む。
25:24 争い好きな女と一緒に家にいるよりは、屋上の片隅に住むほうがよい。
25:25 遠い国からの良い消息は、疲れたたましいへの冷たい水。
25:26 正しい人が悪しき者の前に屈服するのは、汚された泉、荒らされた井戸のようなもの。
25:27 蜜を食べ過ぎるのは良いことではない。自分の誉れを探るのは、誉れあることではない。
25:28 自分の霊を制することができない人は、城壁のない、打ち破られた町。
 2023年12月16日(土)リビングライフQT

今日の一節・一節の言葉(教え)は実に単純明快で、コメントする必要が無い様に思います。すれば蛇足になり、反って“強い説得力”が、削がれるような気が致します。
何時も気になるのですが・・・
聖書の本文テキストを読まないで、
私のコメントだけでは、充分な理解には、いたらないのです。
箴言のみならず、
是非、聖書テキストあるいは、リビングライフ冊子のその日のページを開いて、聖書テキストを読み、そして少し黙想し、自らの思いを心に刻んでから、私のメモ(メッセージ)を、読んで参考にしてみてください。

☆14節~20節・・個別の内容へのコメントは省きます。
しかし、この各節に教えられていることは、日常的に、意識しながら、隣人との関わりに心繋ぐのでないと、人間関係(お付き合い)は、成立しない。むしろ悪意にさえ受け止められかねないことに気を付けねばならない  
*善意の人が、相手の心を掻き乱していることに気付かない事があるのです。その上、“その善意”が、反って人の心を傷付けることに、気付かない場合が多いのです、
相手の立場になって考え、行動し、主なる神からの知恵と、導きと、何よりも、《愛》に、動機付けられた真実な意識からの行動となるとき、それが愛の管となって、相手に確実に、届くでしょう

☆21節~28節
一節一節が、短いながら完結性の高い、警鐘となっています。

☆21節~22節
悪をもって悪に報いず
善をもって悪に報いよ(新約聖書:第一テサロニケ5章15節)と、パウロが教えていますね。
良く分かっちゃいるけれど心が体がついて行かない
これが人間の本性でしょう
この最も身近で、最も好ましい行動が、なぜ人には(自分には)とれないのでしょう⁉️
悲しい現実です。
この様な、現実との狭間で生きて行かねばならないのが、私たちの人生です。
今日のテキストの締め括りには・・・
《自分の霊を制することができない人は、城壁の無い、打ち破られた町》
改めて自らの弱さを実感することは、何と惨めな姿でしょう。
この最後の締めに来るまでの一節一節は、何れも、矛盾に満ちた人生の姿を、映し出していますね。
そんな矛盾した中で、私たちは何を求めたら良いのでしょう‼️
これら全ての矛盾に道を開いたのが、新訳聖書のイエス・キリストの物語ではないでしょうか。
こうした箴言の一言一言は、福音に包まれるとき、理想が実現されるのです。私の中で、あなたの中で‼️ 
 箴言 25章1節~13節

25:1 次もソロモンの箴言であり、ユダの王ヒゼキヤのもとにある人々が書き写したものである。
25:2 事を隠すのは神の誉れ。事を探るのは王たちの誉れ。
25:3 天が高く、地が深いように、王の心は測り知れない。
25:4 銀から金かすを除け。そうすれば細工人に、良い器ができあがる。
25:5 王の前から悪しき者を除け。そうすれば、王座は義によって堅く据えられる。
25:6 王の前で横柄にふるまってはならない。身分の高い人のいる所に立ってはならない。
25:7 高貴な人の前で下に下げられるよりは、「ここに上って来なさい」と言われるほうがよいからだ。あなたがその目で見たことを
25:8 急いで訴え出るな。さもないと、後になって隣人があなたに恥ずかしい思いをさせたとき、あなたはどうしようというのか。
25:9 あなたは隣人と争っても、ほかの人の秘密を漏らしてはならない。
25:10 そうでないと、聞く者があなたを侮辱し、あなたの悪いうわさは取り返しがつかなくなる。
25:11 時宜にかなって語られることばは、銀の彫り物にはめられた金のりんご。
25:12 知恵をもって叱責する者は、聞く者の耳にとって金の耳輪、黄金の飾り。
25:13 忠実な使者は、これを遣わす者にとって、刈り入れ時の冷たい雪のよう。その人は主人の心を生き返らせる。
 2023年12月15日(金)リビングライフQT

深い知恵と、積み重なった叡知(えいち)から出る、一言一言が、胸を刺し、心を目覚めさせますね
なんと言う、叡知(えいち)に富んだソロモン王でしょう。
確かに王は、豪放磊落(ごうほうらいらく)
な人生を送ったのでありましょうが、彼の内に在る知恵と真理は、確かに、主なる神に帰順した中から生まれた真理を示している。
☆2節~*主なる神は人の悪を覆う(赦す)
*”王”は、正しく導くために、事を明らかにする。
☆3~4節・・純度が高ければ高いほど、銀の器は、輝きが強く現れるように、
純度の高い王座(王国)は、義によって輝きわたる。
私たちの魂の純度も、主の霊によって、整えられよう‼️
☆6節~8節・・
“へりくだる”心と意識の道には、何時も平安とその人を引き上げる、恵みの御手が備えられている。
☆9節~10節・・人の悪を暴くな
傲慢と、過信は、熟慮を忘れて、“禁”を犯しやすい❗
☆11節~12節
*”言葉“それは、伝聞の言語ではなく、伝える人(伝える言葉を送った人)の心と性格です。自らを、周りの人々の魂までも、光に照らし輝かす‼️
☆13節~忠実な使者の言葉は、伝えられた主人の心を吹きわたる、涼風となる‼️

今日のテキストは、“言葉”に関することが長く多く伝えられていますが、改めて、自らが言葉の人となりたいと、思わせられました‼️
 箴言 24章23節~34節

24:23 これらも、知恵のある者たちによる。さばくときに、人を偏り見るのは良くない。
24:24 悪者に向かって「あなたは正しい」と言う者を、人々はののしり、国々の民は呪う。
24:25 しかし、悪者を叱責する者たちは喜ばれ、すばらしい祝福が臨む。
24:26 率直な答えをする者は、その唇に口づけされる。
24:27 外であなたの仕事を確かなものとし、あなたの畑を整え、その後で、あなたは家を建てよ。
24:28 あなたは、あなたの隣人に対し、根拠を持たない証人となってはならない。あなたのその唇で惑わそうとするのか。
24:29 「彼が私にしたように、私も彼にしよう。彼の行いに応じて、仕返しをしよう」と言ってはならない。
24:30 私は怠け者の畑のそばを、良識のない者のぶどう畑のそばを通った。
24:31 見よ。茨が一面に生え、いらくさが地面をおおい、その石垣は壊れていた。
24:32 私はこれを見て心に留め、これを見て戒めを受けた。
24:33 少し眠り、少しまどろみ、少し腕を組んで横になる。
24:34 すると、付きまとう者のように貧しさが、武装した者のように乏しさがやって来る。
 2023年12月14日(木)リビングライフQT

偏見(自分の利害によって良し悪しを判断する)・偽証(自分の利害や立場の擁護のために、悪しき者をも良しとする)・・・この様な者は、呪われる。
義に生きる事を捨ててはならない。
☆25節~26節
悪を叱責する正しい勇気と、率直に答える者は、喜ばれ、愛される。
☆27節~最初に、自分の力と富を持って、自らを表現する(知らしめる・評価されようと自分を表す)のは、本末転倒。先ず、社会の中に自らの証(力を示す)を表せ。
☆28節~頼まれ証人となるな。証言者は、公正と厳格性を失わないように。
*普段の、親しみから結ばれる人間関係は、不確かな事がしばしば関係の中に紛れ込みやすい。人を評したり、証言・推薦する時は、特に気を付けねばならないのです。
☆29節~復讐は、あたかも正当な手段と考えやすいが、神の人に与えられた祝福の道からは、遠い道なのです。そればかりではなく、その感情は、人の命の道を滅ぼすものです。
☆30節~34節
乏しさ、貧しさ・・それは、決して、人生の定めではない。
人の日々の生き方の積み重ねなのです。主なる神は決して、故(理由)無くして、貧しさに置かれることはない‼️
勤勉は、貧しさの、最大の敵なのです‼️
今日の一日、勤勉に主なる神の前に、確かな時を刻みましょう。
 箴言 24章1節~22節

24:1 悪い者たちを羨んではならない。彼らとともにいることを望んではならない。
24:2 彼らの心は暴行を企み、唇は邪悪を語るからだ。
24:3 家は知恵によって建てられ、英知によって堅くされる。
24:4 部屋は知識によって、尊く好ましいあらゆる宝物で満たされる。
24:5 知恵のある男は力強い。知識のある人は力を増す。
24:6 あなたはすぐれた指揮のもとに戦いを交え、多くの助言者によって勝利を得る。
24:7 愚か者には知恵は珊瑚のよう。彼は町の門で、口を開くことができない。
24:8 悪事を働こうと企む者は、陰謀家と呼ばれる。
24:9 愚かなはかりごとは罪。嘲る者は人に忌み嫌われる。
24:10 もしあなたが苦難の日に気落ちしたら、あなたの力は弱い。
24:11 死に渡されるために捕らえられた者を救い出し、殺されようとしてよろめき歩く者を助け出せ。
24:12 あなたが「そのことを知らなかった」と言っても、人の心を評価する方は、それを見抜いておられないだろうか。あなたのたましいを見守る方は、それをご存じないだろうか。人の行いに応じて、報いをされないだろうか。
24:13 わが子よ、蜜を食べよ。それはおいしい。蜂の巣の蜜はあなたの口に甘い。
24:14 知恵もあなたのたましいには同じだと知れ。それを見つけるなら、あなたには将来があり、あなたの望みが断たれることはない。
24:15 悪しき者よ、正しい人の住まいを狙うな。彼の伏す所を荒らすな。
24:16 正しい人は七度倒れても、また起き上がり、悪しき者はわざわいでつまずくからだ。
24:17 あなたの敵が倒れるとき、喜んではならない。彼がつまずくとき、心躍らせてはならない。
24:18 【主】がそれを見て心を痛め、彼への怒りをやめられるといけない。
24:19 悪を行う者に対して腹を立てるな。悪しき者を羨むな。
24:20 悪者には将来がなく、悪しき者のともしびは消えるからだ。
24:21 わが子よ、【主】と王を恐れよ。そうしない者たちと交わってはならない。
24:22 彼らには、突然終局が訪れるからだ。主と王から来るわざわいをだれが知るだろうか。
  2023年12月13日(水)リビングライフQT

*1節~2節
悪者にくみする事では、祝福の人生はない

*3節~4節
知恵と知識は、その人の人生総てを飾り、それを見る人にまで、喜びと生きる道を示す‼️
何と素晴らしい‼️

*5節~6節
人生の闘いは、知恵により、優れた道へと導かれ、共に助け手を得て、勝利へと歩む。

*7節
愚か者(自らを誇り、
他に心を開かないもの)は、人生の中で恥じ入る。
改めて、謙虚であることの、大切さを学ばせられますね。
謙虚こそ❗知恵の泉‼️

*8節~9節
悪い者が、幅を効かせているように観える世の中。だが、やがて嘲られて消える運命にあることも知らず。

*10節
人生頑張ったからと言っても、所詮一人の力は小さなもの。砕かれたからと、気落ちするのは、傲慢の他何物でもない(>_<)

*11節~12節
主の慈しみと憐れみに生かされている事を知る者は、自分だけ勝利の人生に満足してはならない。傷みを負って死に渡されようとしている者に、又、弱り果てて希望もなく、さ迷い歩く人に、手をさしのべ、救い出せ。
主なる神はあなたに注がれた愛にどの様に応えるかを、観ておられる。主からの命に生かされまよう‼️

*13節~14節
“蜜”それは探して見つける宝です。そして見つけると、それは命の湧く泉となりましょう‼️それは“知恵”そのものです。その“知恵”は、あなたを生かす命の源となりましょう。☆サムソン☆が、野蜜を見つけて、力が湧き、敵を打ち負かした・・・と言う歴史を思い出しました。

*15節~17節
主は悪い者から、正しい者を護られる。彼に手を下す(自ら裁く)ことは、みずからに裁きを招くことになる。
しかし、同時に、悪しき者が裁かれて倒れ躓く時、それを喜ぶな。
裁きは神のなさること、厳粛に受け止めよ‼️
*18節~19節
決して、決して、悪しき者と交わっては(利害関係を持つ事)ならない。
神の裁きは彼の上に何時も、置かれており、神のの時は、誰にも予測出来ないから‼️

人生の経過、流れのなか、自分の判断では、正しい見通しや、時や、結果の予測は、出来ないのだから。
ただ真っ直ぐに、あなたの“創り主” ”永遠の神” “救い主なるイエス様”にのみ、心開き、委ね、従いましょう‼️
アーメン‼️ 
 箴言 23章17節~35節

23:17 心のうちで罪人を羨んではならない。いつも、ただ【主】を恐れていよ。
23:18 あなたには確かに将来がある。あなたの望みは断たれることはない。
23:19 わが子よ。よく聞いて、知恵を得よ。あなたの心が道をまっすぐ進むようにせよ。
23:20 大酒飲みや、肉を貪り食う者と交わるな。
23:21 大酒飲みや、貪り食う者は貧しくなり、惰眠を貪る者はぼろをまとうようになるからだ。
23:22 あなたを生んだ父の言うことを聞け。あなたの母が年老いても蔑んではならない。
23:23 真理を買え。それを売ってはならない。知恵と訓戒と分別も。
23:24 正しい人の父は心躍らせ、知恵のある子を生んだ人はその子を喜ぶ。
23:25 あなたの父と母を喜ばせ、あなたを産んだ人を楽しませよ。
23:26 わが子よ、あなたの心をわたしにゆだねよ。あなたの目が、わたしの道を喜ぶようにせよ。
23:27 遊女は深い穴、見知らぬ女は狭い井戸だから。
23:28 その女は強盗のように待ち伏せ、人々の間に裏切り者を増やす。
23:29 嘆く者はだれか。悲嘆の中にある者はだれか。争いを好む者はだれか。不平を言う者はだれか。理由もなく傷ついている者はだれか。血走った目をしている者はだれか。
23:30 ぶどう酒をいつまでも飲み続ける者、混ぜ合わせた酒の味見をしに行く者だ。
23:31 ぶどう酒が赤いとき、杯の中で輝くとき、滑らかにこぼれるとき、それを見てはならない。
23:32 後になると、これが蛇のようにかみつき、まむしのように刺す。
23:33 あなたの目は異様な物を見、あなたの心はねじれごとを語り、
23:34 海の真ん中で寝ている人のように、帆柱のてっぺんで寝ている人のようになる。
23:35 「私は打たれたが、痛くなかった。殴られたが、知らなかった。いつ、私は目を覚ますだろうか。もっと飲みたいものだ。」
  2023年12月12日(火)リビングライフQT

人生の様々な誘惑・虜・快楽に対する、警告・注意の言葉。

人の魂(心)にチャレンジしてくる、様々な誘惑は、古今東西、時代を越えて、変わることがないことを❗
この警告の一言一言からも、感じますね。
人の心を揺さぶり、熟れた木の実が、枝から落ちるように、
快楽に誘惑された魂が、神の恵みと平安の日々から、輝きを失って、恵みの世界の日々から落ちて行くのは、それはあたかも、エデンを追われたアダムとエバの様に、なんと寂しい悲しい姿でしょう
箴言の著者は、その様な惨めな人生に、時を失わないように…と語り続けます。
①17節~19節・・ただ主を恐れよ‼️・道(人生の)を真っ直ぐ進め。
②20節~21節・・酒に注意(いつの時代にも人の道を外らす基)
③22節~25節・・
*父・母を大切にする(何時も思いなさい。喜ばせなさい)
*真理を買え、売るな(手放すな❗)
集約すると、自分のことのみに終始するな‼️
④26節・・あなたの心を主に向け、主に委ねよ‼️アーメン‼️
⑤27節~28節・・
*快楽に流れるな
⑥29節・・何故、自分の事のみを思い嘆き、苛立つのか❓
⑦30節~35節・・酒に溺れる人の惨めな姿
なんと人の弱さなのだろう。しかし、人の弱さは、本質的な問題ではなく、創られたお方に、その魂を向け、慕い、それを喜びとして参りましょう!
ハレルヤ‼️
今朝はトラブルで送信できなくて、あちこちいじってて、何時のまにか解除され、可能になりましたので改めて
 箴言 23章1節~16節

23:1 あなたが支配者と食事の席に着くときは、前にある物によく注意するがよい。
23:2 あなたが食欲の盛んな人であるなら、自分の喉に短刀を当てよ。
23:3 そのごちそうを欲しがってはならない。それは偽りの食物である。
23:4 富を得ようと苦労してはならない。自分の分別によって、これをやめよ。
23:5 あなたがこれに目を留めると、それはもうないではないか。富は必ず翼をつけて、鷲のように天へ飛んで行く。
23:6 物惜しみする人のパンを食べるな。彼のごちそうを欲しがるな。
23:7 彼は、心のうちでは勘定ずくだから。あなたに「食え、飲め」と言っても、その心はあなたとともにない。
23:8 あなたは、食べた食物を吐き出し、ほめことばを無駄にすることになる。
23:9 愚かな者に話しかけるな。彼はあなたの思慮深いことばを蔑むからだ。
23:10 昔からの地境を移してはならない。みなしごの畑に入り込んではならない。
23:11 彼らの贖い主は力強く、彼らの訴えを取り上げて、あなたと争うからだ。
23:12 あなたは訓戒に心を用い、知識のことばに耳を傾けよ。
23:13 子どもを懲らしめることを差し控えてはならない。むちで打っても、死ぬことはない。
23:14 あなたがむちでその子を打つなら、その子のいのちをよみから救い出すことができる。
23:15 わが子よ。もし、あなたの心に知恵があれば、私の心も喜び、
23:16 あなたの唇が公正を語るなら、私の心は喜びに躍る。

 2023年12月11日(月)リビングライフQT

またまた、箴言に舞い戻って来ました!
沢山、人生訓、主から
学びましょう‼️
* 1節~8節・・招かれた食事には、気を付けましょう。それは招かれた理由、意味がある(潜み、隠されていることも)からです。
疑念ではなく、そこに含まれている意味をしっかりと心に留めて、感謝しつつ接待に応じましょう‼️
*4節・5節・・食事の問題の注意喚起の中に、挿入されたように、入り込んでいますが、
今政界で騒がれているパーティー券などは、正にこの問題と関わりがあるように響きませんか⁉️
政財界でも、一般社会(会社)でも、飲み食いに関しては、出世が絡んでいたり、成熟への階段を登るステップの様な、一面があります。
そんな悲哀をこの節は、物語っているように感じます。
*9節~“愚かな者”とは、性格や意識に関してであって、知恵や経験の未熟な人を指しているものではない。傲慢・自己中心的・思い上がった心の者の事を指している。
コミュにコーションには気を付けましょう‼️
*10節~以前にも出て来た戒めですが、
これは改めて、他人のものを欲しがるなと言う戒めです。
ダビデが、ウリヤの妻バテシバを、王宮に引き入れて、罪をおかしたとき、時の予言者ナタンが、ダビデの前でした喩え話が、まさに、この10節を思い出させます。
ここでは長くなるので、旧約聖書第二サムエル記12章1節~15節をお読みください。
*13節・14節~子供を懲らしめる‼️最近エホバの証人の子供のしつけが、聖書の教えからとって、彼らの規則となっていることが大々的に報道されました。
私たちは同じ聖書を使っているので、大変、迷惑を受けています。
ただ、彼らの聖書は、《証人訳》と言って、内容的に、少々都合の良いように改訳されています。
エホバの証人の子供の教育は、躾ではなく、幼い時に、生涯エホバの信仰に育てるための、洗脳教育にほかなりません。
子供が間違ったときは、正しい道に導かねばなりません。ですから戒めても、心に傷を負わせる様な凝らしめは、人格を傷つけ、大切な心を歪める事になります。
*15節~16節
心に知恵を❗唇に公正を‼️・・・
この生活モットーを、
今日も大切に・・・
ハレルヤ‼️アーメン‼️ 
 コロサイ人への手紙4章10節~18節

4:10 私とともに囚人となっているアリスタルコと、バルナバのいとこであるマルコが、あなたがたによろしくと言っています。このマルコについては、もし彼があなたがたのところに行ったら迎え入れるように、という指示をあなたがたはすでに受けています。
4:11 ユストと呼ばれるイエスも、よろしくと言っています。割礼のある人では、この三人だけが神の国のために働く私の同労者です。彼らは私にとって慰めになりました。
4:12 あなたがたの仲間の一人、キリスト・イエスのしもべエパフラスが、あなたがたによろしくと言っています。彼はいつも、あなたがたが神のみこころのすべてを確信し、成熟した者として堅く立つことができるように、あなたがたのために祈りに励んでいます。
4:13 私はエパフラスのために証言します。彼はあなたがたのため、またラオディキアとヒエラポリスにいる人々のため、たいへん苦労しています。
4:14 愛する医者のルカ、それにデマスが、あなたがたによろしくと言っています。
4:15 どうか、ラオディキアの兄弟たちに、またニンパと彼女の家にある教会に、よろしく伝えてください。
4:16 この手紙があなたがたのところで読まれたら、ラオディキア人の教会でも読まれるようにしてください。あなたがたも、ラオディキアから回って来る手紙を読んでください。
4:17 アルキポに、「主にあって受けた務めを、注意してよく果たすように」と言ってください。
4:18 私パウロが自分の手であいさつを記します。私が牢につながれていることを覚えていてください。どうか、恵みがあなたがたとともにありますように。
 2023年12月10日(日)リビングライフQT

新約聖書の中の書簡(パウロの)としては短いものですが、因みに最も長いのは、ローマ人への手紙です。
神学生の時、アッセンブリー教団創立者で神学校の校長でもあった弓山先生の神学の授業の時、『今日は、ローマ人への手紙を書写して提出するように‼️』と、言われて教室を出て行かれました。写すだけでも大変でしたが…
(当時、羊皮紙か、パピルス・・何れにしても、高価だし、パピルスなど、羊皮紙よりはるかに高価だった事考えると、パウロの書いた手紙が、いかに貴重だったか)、この課題は、私の伝道者生涯に大きな学びとなりました。
ある学生は、それに刺激されたかはわかりませんが、確か、一週間(一ヶ月だったか)で、ローマ人への手紙を暗記したのです。それをとうとうと暗唱するのを聞きながら、聞く方ですら忍耐でした。
こんなエピソードは、懐かしい思い出ではありますが、それ以上に、聖書の大切さを心に刻んだ出来事でした。
10節に出てくる“マルコ”は、パウロ最初の伝道旅行のとき、未だ若いマルコがトラブルの原因となって、初期のパウロを導いたバルナバと、意見対立の原因となった、マルコです。今はパウロと共にローマで、囚われの身となっている。
主は信じるもの一人一人導き育み、成長させて下さいます
最後の締め括りの1節1節に、パウロの万感が込められています。
個人名が次々登場しますが、この事は、当時のローマ・ギリシャ・マケドニア・アジア・ガラテヤ・シリア・エルサレム・・・と、当時の世界が一つ、教会も一つ(使徒信条の“聖なる公同の教会”)だったのです。
理念・協力・一致・・で、終末の教会はそうありたいですね。
コロサイ人への手紙、御愛読感謝します。
また、明日からは、箴言23章から続き
を学びます。 
 コロサイ人への手紙4章1節~9節

4:1 主人たちよ。あなたがたは、自分たちも天に主人を持つ者だと知っているのですから、奴隷に対して正義と公平を示しなさい。
4:2 たゆみなく祈りなさい。感謝をもって祈りつつ、目を覚ましていなさい。
4:3 同時に、私たちのためにも祈ってください。神がみことばのために門を開いてくださって、私たちがキリストの奥義を語れるように祈ってください。この奥義のために、私は牢につながれています。
4:4 また、私がこの奥義を、語るべき語り方で明らかに示すことができるように、祈ってください。
4:5 外部の人たちに対しては、機会を十分に活かし、知恵をもって行動しなさい。
4:6 あなたがたのことばが、いつも親切で、塩味の効いたものであるようにしなさい。そうすれば、一人ひとりにどのように答えたらよいかが分かります。
4:7 私の様子はすべて、愛する兄弟、忠実な奉仕者、主にある同労のしもべであるティキコが、あなたがたに知らせます。
4:8 ティキコをあなたがたのもとに遣わすのは、ほかでもなく、あなたがたが私たちの様子を知って、心に励ましを受けるためです。
4:9 また彼は、あなたがたの仲間の一人で、忠実な、愛する兄弟オネシモと一緒に行きます。この二人がこちらの様子をすべて知らせます。
  2023年12月9日(土)リビングライフQT

*1節~奴隷に対して、正義と公正を示しなさい‼️

なんと素晴らしい福音でしょう、2000年も前(古代)の歴史の中でのメッセージ、なんと素晴らしい、人道的教えでしょう。
今の私達にとっても、正義と公正に生きると言うことは、主イエス様のお心を、第一に持たずには表せない、高い霊の基準なのです。
誰に対してでも、そうありたいですね
*2・3・4節と、『祈ってください❗』の、要請です。主なる神の栄光と救いと完成の働きは、ムーブメントや、事業ではなく、神の国の戦いであり、サタンの支配する世界を切り崩していく、霊の戦いなのです。
ですから、どんなに素晴らしい策略や、結集された力の積み重ねよりも、クリスチャンが繋がりあって、祈り合うことが、最大の力なのです。
韓国のオンヌリ教会の、ハ・ヨンジュ先生に与えられたビジョンが、日本で《ラブソナタ》と銘打って 全国諸都市で開催されましたが、今年も第33回目が開催され、会場に溢れんばかりの参加者が、主の恵みの福音に浸られました。
この大会が開かれるに際しては❗どんな宣伝よりも、どんな組織的動員力よりも、《祈り》の結集が、大会の鍵となりました。私も下関ラブソナタの、祈祷委員の働きを頂く中、非常に強く、祈りの力を、経験致しました。
華やかで聖霊に満ち溢れた大会、その素晴らしい揺れるような会場の雰囲気の中にではなく、地下の狭い部屋に十数名の信徒が、ひたすら二時間祈り続けていたのです。
それは実に素晴らしい力の源泉だったのです。各大会、この様な陰の祈りの奉仕が、これからも続くでしょう‼️
改めて、パウロ先生の『祈ってください❗』の声かけは、初代教会が暗闇の世界に光を届ける、陰の力となるものだったのです。
今日の世界の教会があるのは、パウロの祈りの要請に応えた、初代教会の奉仕があったことを覚えます。50年後、100年後に実を結ぶために、今日の祈りがあるのです。
今日のテキストを読んで、9節に眼が留まりました。
*9節~また彼は、あなた方の仲間の一人で、忠実な、愛する兄弟“オネシモ”と一緒に行きます。・・・
ここに出て来た“オネシモ“は、ピレモン書に登場する、ピレモン家から逃亡した奴隷で、大都市ローマに紛れ込んだが見つけられ、パウロの元に連れて来られ、悔い改めて、パウロに仕えていたのです。このオネシモをコロサイのピレモンのところへ送り帰すのです。
逃亡奴隷は処刑されるのですが…
福音はなんと、素晴らしいのでしょう。
パウロは、《兄弟オネシモ》と、言っていますね‼️
福音は、こうして世界を変えてきたのです。 
 コロサイ人への手紙3章18節~25節

3:18 妻たちよ。主にある者にふさわしく、夫に従いなさい。
3:19 夫たちよ、妻を愛しなさい。妻に対して辛く当たってはいけません。
3:20 子どもたちよ、すべてのことについて両親に従いなさい。それは主に喜ばれることなのです。
3:21 父たちよ、子どもたちを苛立たせてはいけません。その子たちが意欲を失わないようにするためです。
3:22 奴隷たちよ、すべてのことについて地上の主人に従いなさい。人のご機嫌取りのような、うわべだけの仕え方ではなく、主を恐れつつ、真心から従いなさい。
3:23 何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心から行いなさい。
3:24 あなたがたは、主から報いとして御国を受け継ぐことを知っています。あなたがたは主キリストに仕えているのです。
3:25 不正を行う者は、自分が行った不正を報いとして受け取ることになります。不公平な扱いはありません。
 2023年12月8日(金)リビングライフQT

えっ⁉️何だか前に読んだことが・・・⁉️
と、お思いでしょう。
そうです。
10月28日・29日と、夫婦の関係、家族の関係を、エペソ人への‼️5章で学んだばかりです。
同じパウロが書いた書簡で、エペソは、マケドニアとアジアを隔てる、エーゲ海の東側の大都市で、人々が当時の世界中から、集まる
アルテミス女神の大神殿の町にある、教会への手紙でした。
これは、普遍的家庭の秩序でもありますが、
やはり当時のコロサイ(エペソよりも遥か内陸の、直線距離にして150kmはある奥地で、特有の文化や、制度や、慣習にある地でもあったでしょう)の状況に対して、福音的人間関係のあるべき姿を、教えたものです。

*妻たちよ。主にある者にふさわしく夫に従いなさい(真実・愛・崇敬)を持って、従いなさい‼️
《従う》と言うことが、ともすると“服従”と置き換わって認識されたり、要求されたり・・と、なり勝ちなことには、充分に気を付けねばなりません。
*夫たちよ~妻にたいして‼️→妻を愛しなさい。“愛”は、最早、解説なしで明らかにされた❗イエス・キリスト様の犠牲の上に立った‼️《愛》を指し示しているのは、言うに及びません。
家庭で一番身近に居る、また、多くの時間接している、《愛》の実証相手なのです。
妻に愛を持って接しないでは、全ての《愛》と言う行動は、自己中心な愛の現れだったり、偽善だったり、自己保身的な行動だったり・・・
改めて、内に問い掛けられます‼️
*子供達よ~両親に従いなさい、パウロは全てのことについて・・と、強調しています。
この事から、親は、身の引き締まる思いになりませんか?
親の生き様はそのまま子供への、模範となり、それが子供の成長のための段階なのです。
子供は親の生活(生き様・心の思い・現れた感情・行動・語る言葉・存在感・他の人への対応・母親との会話・愛の表し方・子供自身への思い~価値観~・・・を見て身につけるのです。
*奴隷達よ~“奴隷”と言う存在に関しては、エペソ人への手紙の時に、解説しましたので、その時にかえって、“奴隷とは呼ばずに、“使用人”と、呼び直しましょう。この立場は、家族との人間関係が、社会的に違うので、当然対応が変わってはきますが、その基本的なあり方は、23節の『人に対してではなく、主に対してするように、心から行いなさい。』です。

昔、私がアルバイトをしながらの学生の頃でした。
シオン教会で、沖縄から出て来られた町田さんと言う方の、塗装の仕事をお手伝いをしたことがありました。そのとき教わったことは今も耳に残っています。
それは、このコロサイ人への手紙3章23節です。この御言葉を繰り返し繰り返し、語られ、どんなことでも、この様な心で、主に仕えるように人に仕えるのですよ‼️…と
ペンキを塗る時、塗りあげて、もう一度、上塗りするのです。・・・と、賛美しながら楽しそうに、塗っておられました。
『町田さんの仕事は、今までのペンキやさんよりずっと長持ちするし、
小さな所など修理しながらやってくれるので、雨漏りまでなくなった‼️』と、喜ばれ、繁盛していました。
教会に来られる前の町田さんは、大酒飲みで、50才近くなっても、あちらで喧嘩、こちらで仕事スッポカシ、全く信用のない方でした。
どういう導きか忘れましたが!シオン教会の信徒で、やはり50才近くまで一人で家政婦等で使われてボロボロになられながらも、いつも
主にすがる我に悩みはなし
と賛美しながら、家庭に主の愛で仕えられていた姉妹と出会い結婚されました。
結婚の条件は、
①お酒を止めること。
②毎週シオン教会の礼拝に出席すること。
町田さんは、奥様を、それはそれは大切にされていました‼️
沖縄人らしく、明るく。楽しい方でした。
やがて心臓を患われて、短い入院で、主のもとに帰られましたが
町田さんの人生はコロサイ書3章23節を証しされた歩みでした✨
書きながら、町田さんを思いだし、御言葉に生きた証しの生涯に、涙が溢れます‼️
このような人生、私達も歩めます‼️
ハレルヤ(*^。^*)‼️ 
 コロサイ人への手紙3章12節~17節

3:12 ですから、あなたがたは神に選ばれた者、聖なる者、愛されている者として、深い慈愛の心、親切、謙遜、柔和、寛容を着なさい。
3:13 互いに忍耐し合い、だれかがほかの人に不満を抱いたとしても、互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。
3:14 そして、これらすべての上に、愛を着けなさい。愛は結びの帯として完全です。
3:15 キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。そのために、あなたがたも召されて一つのからだとなったのです。また、感謝の心を持つ人になりなさい。
3:16 キリストのことばが、あなたがたのうちに豊かに住むようにしなさい。知恵を尽くして互いに教え、忠告し合い、詩と賛美と霊の歌により、感謝をもって心から神に向かって歌いなさい。
3:17 ことばであれ行いであれ、何かをするときには、主イエスによって父なる神に感謝し、すべてを主イエスの名において行いなさい。
 2023年12月7日(木)リビングライフQT

珠玉の御言葉が並んでいます・・・‼️

*神に選ばれた、聖なるもの(‼️)、愛されている者として、“深い愛の心” “親切” “謙遜“ ”柔和” “寛容”を身に付けなさい。
*互いに赦し合いなさい。
*愛を着けなさい。
*キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。
*感謝の心を持つ人になりなさい。
*キリスのことば、があなたがたのうちに豊かに住むようにしなさい。
*知恵を尽くして互いに教え、
*忠告し合い
*感謝をもって心から神に向かって歌いなさい。
*何かをするときには、主イエスによって父なる神に感謝し
*全てを、主イエスの名において行いなさい。

今朝の聖書のテキストを、そのまま引き写したようになりました‼️

これ以上、何を言うことがありましょう‼️
私達は、キリスト教徒ではなく、クリスチャン(主イエス様のもの)です。
気を付けないと、キリスト信者と、自認しながら、いつの間にか、普通の人と同じ生き方(感情・認識・行為・生活・思考・・)に、心と感情と魂と価値観を、御国の水準から、落として(ちて)いないでしょうか。
コロサイ書のこの箇所を読むと、何時も背筋を伸ばされるのです。
こうして、御言葉を学んでいると、示され、導かれ、正され、悔い改めさせられながら
永遠の旅路に導かれるのですね
主よ感謝します‼️

☆リビングライフのテキストをお持ちの方は、是日に今日のP57のエッセイを、お読み下さいますように(*^。^*) 
 コロサイ人への手紙3章1節~11節

【新改訳2017】
コロ
3:1 こういうわけで、あなたがたはキリストとともによみがえらされたのなら、上にあるものを求めなさい。そこでは、キリストが神の右の座に着いておられます。
3:2 上にあるものを思いなさい。地にあるものを思ってはなりません。
3:3 あなたがたはすでに死んでいて、あなたがたのいのちは、キリストとともに神のうちに隠されているのです。
3:4 あなたがたのいのちであるキリストが現れると、そのときあなたがたも、キリストとともに栄光のうちに現れます。
3:5 ですから、地にあるからだの部分、すなわち、淫らな行い、汚れ、情欲、悪い欲、そして貪欲を殺してしまいなさい。貪欲は偶像礼拝です。
3:6 これらのために、神の怒りが不従順の子らの上に下ります。
3:7 あなたがたも以前は、そのようなものの中に生き、そのような歩みをしていました。
3:8 しかし今は、これらすべてを、すなわち、怒り、憤り、悪意、ののしり、あなたがたの口から出る恥ずべきことばを捨てなさい。
3:9 互いに偽りを言ってはいけません。あなたがたは古い人をその行いとともに脱ぎ捨てて、
3:10 新しい人を着たのです。新しい人は、それを造られた方のかたちにしたがって新しくされ続け、真の知識に至ります。
3:11 そこには、ギリシア人もユダヤ人もなく、割礼のある者もない者も、未開の人も、スキタイ人も、奴隷も自由人もありません。キリストがすべてであり、すべてのうちにおられるのです。
  2023年12月6日(水)リビングライフQT

今、まさに私達は、2023回目のアドベントに入っています‼️
“主”を待ち望んでいるのです。それはもう、起こった過去の出来事の、追憶・記念・・・として踏襲することで、思い出にするのでしょうか?
もしそうであるなら、
多くの宗教が記念日を大切にして、祝い、過去の出来事の思い出への回帰を、祝っては絆を確かめる、行事に過ぎません。
しかし、今日のテキストを深く読むと、そこには、驚くべき秘密が隠されていることに、気が付きます。
ピックアップしてみましょう。
*2節~上にあるものを思いなさい。
*3節~あなた方の命は、キリストともに神の内に隠されているのです
*4節~キリストが現れると、あなた方も、キリストと共に栄光のうちに現れます。
*9→10節~あなた方は古い人をその行いと共に脱ぎ捨てて→新しい人を着たのです。

・・・新しい人は、それを造られた方のかたちにしたがって新しくされ続け、真の知識に至ります。
私たちは、幾多ある駒のような存在で、生まれては消え、生まれては消えする、歴史の中の積み重なる駒の一つではない・・・と、パウロは今日の御言葉の中で語っているのです。
即ち、あなたの存在は、神によって定められ・・・
もう一度、1節~《上にあるものを求めなさい‼️》
3節~《あなたがたのいのちは、キリストと共に神の内に隠されているのです。》
今朝、もう一度、やがて現され完成された姿を望みみながら、今日の命の日を、しっかりと歩みましょう‼️(*^。^*)
なんと言う希望に溢れた人生なんでしょう
主よ‼️今日も、あなたを見上げて歩みます。
導いて下さい。
   アーメン‼️
  コロサイ人への手紙2章16節~23節

2:16 こういうわけですから、食べ物と飲み物について、あるいは祭りや新月や安息日のことで、だれかがあなたがたを批判することがあってはなりません。
2:17 これらは、来たるべきものの影であって、本体はキリストにあります。
2:18 自己卑下や御使い礼拝を喜んでいる者が、あなたがたを断罪することがあってはなりません。彼らは自分が見た幻に拠り頼み、肉の思いによっていたずらに思い上がって、
2:19 かしらにしっかり結びつくことをしません。このかしらがもとになって、からだ全体は節々と筋によって支えられ、つなぎ合わされ、神に育てられて成長していくのです。
2:20 もしあなたがたがキリストとともに死んで、この世のもろもろの霊から離れたのなら、どうして、まだこの世に生きているかのように、
2:21 「つかむな、味わうな、さわるな」といった定めに縛られるのですか。
2:22 これらはすべて、使ったら消滅するものについての定めで、人間の戒めや教えによるものです。
2:23 これらの定めは、人間の好き勝手な礼拝、自己卑下、肉体の苦行のゆえに知恵のあることのように見えますが、何の価値もなく、肉を満足させるだけです。
  2023年12月5日(火)リビングライフQT

コロサイの教会が直面している状況が、手に取るようにわかりますね。
恐らくユダヤ主義(己をうち叩いて心を鍛練する)の侵入で、
信仰が、《ただ信じる❗ハレルヤ‼️》で、成り立つなんて、とんでもない・・・
と言う信仰感(宗教感)が、間違いで、もっと修行を重ねたり、自分に心理的負荷を掛けることで、身に付く達成感で、清くなる・成長する・罪赦される・神に近付ける・・・
より強く・より豊かに・より高く・・・自らの力を試しながら得られる、その達成感こそ、信仰の高嶺であり、その高嶺に這い上がるものを神が評価し、祝福される‼️
この筋書きは、洋の東西を問わず、時代の旧新に関わりなく、人々が追い求めてきた、宗教感です。
今日のキリスト教会の中でも、何かを達成することがより、優れた信仰を勝ち取れる・・と教えて、競わせたり、未だあなたの信仰は足りない?
*もっと祈りなさい
*もっと献げなさい
*もっと聖書を読みなさい
*もっと人を教会に連れてきなさい
*もっと・・もっと・・もっと・・・

このどれも、良いことですし、私たち主の弟子として、喜んで仕えることばかりです‼️
しかし、これは福音ではないのです。
福音は
①主イエス様の十字架の購い(身代り)の《死・血》で、全ての罪は赦されている‼️
②赦されない罪はない
③この事実を信じるものは、無条件で救われ(赦され)“神の子”とされる。
④赦された者は、神との交わりを持ち、主なる神(イエス・キリスト様)と交わりを持つ。
☆無償・無償・無償・
これが福音です‼️
アダムとエバは、無償で全てを赦されていました。《とって食べるな》は、努力義務ではなかったのです。
ただ主なる神への信頼が求められたのです。
信頼は困難な課題ではありませんね。無垢に生かされている者には、信頼は呼吸のようなものです。
幼子の生きる姿は、まさに信頼・純粋な信仰ではないでしょうか。
あなたは信仰生活を努力していますか(はてな)
あなたの罪を赦して頂くために、十字架への道を辿られたお方を、見上げながら、感謝しながら、賛美しながら、日々の時間を辿ることが信仰なのです。そして、この中で様々な経験をし、感謝をし、喜びの賛美を捧げるほど、解放された恵の中で、今日を歩んできたのではないでしょうか。
あなたの主への信頼が欠けながら、魂が乱されていく姿をご覧になって、主なる神は病で戒めたり、事業を失敗させたり、試験が受からなかったり・・・その様な罰を与えるお方ではありません。
主なる神はその様なあなたを❗痛み悲しんでおられます。
主の愛に応えられないあなたを、主は悲しみを持って再び三度幾十度、あのゴルゴタの十字架の悲しみ痛みを、味わっておられるのです。
これが福音なのです。今、私はこれを書きながら、胸の締め付けられる様な思いに、揺さぶられるのです。
この様な主イエス様のお姿・愛・赦し・涙をもって私を呼ばれる主のお声を、心に響かせながら・・・どうして、主の御下から離れられるでしょう。
この愛に応えて生きる(日々生活する)のが、信仰生活でしょう。この道をたどるのが、福音なのです。主はそんなあなたを探し求めておられたのです‼️
愚かな道に迷い出たコロサイ教会の姿から、今日の、明日への、福音の道を確かにして参りましょう。
私の、そして、あなたの魂に、心に、主イエス様の御姿が何時も写っている日々でありますように‼️ハレルヤ‼️ 
 コロサイ人への手紙2章1節~15節

2:1 私が、あなたがたやラオディキアの人たちのために、そのほか私と直接顔を合わせたことがない人たちのために、どんなに苦闘しているか、知ってほしいと思います。
2:2 私が苦闘しているのは、この人たちが愛のうちに結び合わされて心に励ましを受け、さらに、理解することで豊かな全き確信に達し、神の奥義であるキリストを知るようになるためです。
2:3 このキリストのうちに、知恵と知識の宝がすべて隠されています。
2:4 私がこう言うのは、まことしやかな議論によって、だれもあなたがたを惑わすことのないようにするためです。
2:5 私は肉体においては離れていても、霊においてはあなたがたとともにいて、あなたがたの秩序と、キリストに対する堅い信仰を見て喜んでいます。
2:6 このように、あなたがたは主キリスト・イエスを受け入れたのですから、キリストにあって歩みなさい。
2:7 キリストのうちに根ざし、建てられ、教えられたとおり信仰を堅くし、あふれるばかりに感謝しなさい。
2:8 あの空しいだましごとの哲学によって、だれかの捕らわれの身にならないように、注意しなさい。それは人間の言い伝えによるもの、この世のもろもろの霊によるものであり、キリストによるものではありません。
2:9 キリストのうちにこそ、神の満ち満ちたご性質が形をとって宿っています。
2:10 あなたがたは、キリストにあって満たされているのです。キリストはすべての支配と権威のかしらです。
2:11 キリストにあって、あなたがたは人の手によらない割礼を受けました。肉のからだを脱ぎ捨てて、キリストの割礼を受けたのです。
2:12 バプテスマにおいて、あなたがたはキリストとともに葬られ、また、キリストとともによみがえらされたのです。キリストを死者の中からよみがえらせた神の力を信じたからです。
2:13 背きのうちにあり、また肉の割礼がなく、死んだ者であったあなたがたを、神はキリストとともに生かしてくださいました。私たちのすべての背きを赦し、
2:14 私たちに不利な、様々な規定で私たちを責め立てている債務証書を無効にし、それを十字架に釘付けにして取り除いてくださいました。
2:15 そして、様々な支配と権威の武装を解除し、それらをキリストの凱旋の行列に捕虜として加えて、さらしものにされました。
  2023年12月4日(月)リビングライフQT

冒頭に、ラオディキアの教会の名前が出てきましたが、コロサイの町とラオディキアの町とは、距離にして10km足らずの隣接している町です。ですから、この二つの町の教会の信徒たちは、往き来していたのでしょう。また、コロサイの町は前にも記しましたが、パウロはこの町を訪れてはいないのです。
多分、パウロがラオディキアに短い時滞在して福音を語ったとき、
コロサイの町から福音を聞きに集まって来たのでしょう。
そんなわけで、ラオディキアの教会は、先輩として、コロサイの教会に様々な教えを、誤った教えを、伝えたのでしょう。その事をパウロの元に知らせが入ったのです。パウロはどんなに心痛めた事でしょう。
9節からの論述は、正に、正しいキリスト信仰の素晴らしさ、清さ、優越性を、強く教えています。
今日の教会でも、エホバの証人・統一教会ならずとも、教会成長・教会の力強い拡散のための、様々な学びや、教えやキャンペーンが、波状的に、教会に押し寄せて参りました。
正に、それは宗教としての教会の、回りの世界への顕示のための、波でした。
その様な中で、福音の純粋性よりも、社会的影響力の強さが、求められました。その様な中から世俗化や、ムーブメントが表面に躍り出て、一人一人の信仰の深みが求められることが浅くなってきました。
初代教会もまた、その様な危機に直面し初めていることを、パウロは、ローマの囚われの身にあって、感じていたのです。
☆9節~キリストのうちにこそ、神の満ち満ちたご性質が形をとって宿っています。
☆10節~あなたがたは、キリストにあって満たされているのです。キリストはすべての支配と権威のかしらです。
何と、単純な信仰なのでしょう。
私たちの今の時代にも、これこそが信仰の中核なのです。
もっともっと、イエス・キリスト様に、日常的に触れられる祈りの中に、主を体験(語らう・聴く・霊に触れる・・・)その様な体験を重ねるクリスチャンとさせて頂きたいですね 
 コロサイ人への手紙1章21節~29節

1:21 あなたがたも、かつては神から離れ、敵意を抱き、悪い行いの中にありましたが、
1:22 今は、神が御子の肉のからだにおいて、その死によって、あなたがたをご自分と和解させてくださいました。あなたがたを聖なる者、傷のない者、責められるところのない者として御前に立たせるためです。
1:23 ただし、あなたがたは信仰に土台を据え、堅く立ち、聞いている福音の望みから外れることなく、信仰にとどまらなければなりません。この福音は、天の下のすべての造られたものに宣べ伝えられており、私パウロはそれに仕える者となりました。
1:24 今、私は、あなたがたのために受ける苦しみを喜びとしています。私は、キリストのからだ、すなわち教会のために、自分の身をもって、キリストの苦しみの欠けたところを満たしているのです。
1:25 私は神から委ねられた務めにしたがって、教会に仕える者となりました。あなたがたに神のことばを、
1:26 すなわち、世々の昔から多くの世代にわたって隠されてきて、今は神の聖徒たちに明らかにされた奥義を、余すところなく伝えるためです。
1:27 この奥義が異邦人の間でどれほど栄光に富んだものであるか、神は聖徒たちに知らせたいと思われました。この奥義とは、あなたがたの中におられるキリスト、栄光の望みのことです。
1:28 私たちはこのキリストを宣べ伝え、あらゆる知恵をもって、すべての人を諭し、すべての人を教えています。すべての人を、キリストにあって成熟した者として立たせるためです。
1:29 このために、私は自分のうちに力強く働くキリストの力によって、労苦しながら奮闘しています。
  2023年12月3日(日)リビングライフQT

コロサイ人への手紙を読んでいると、まるで、哲学書を読んでいる様な錯覚にとらわれます。いかにもパウロの真骨頂と言った表現が、各所に見られます。

それだけに、その言葉の陰に重ねられている、パウロの思いは、実に深淵です。
*22節・・・神が御子の肉のからだにおいて、その死によって、あなたがたをご自分と和解させてくださいました。あなたがたを聖なる者、傷のない者、責められるところのない者として御前に立たせるためです。
この節を改めて読みながら、更に画面に一字一字打ち込みながら、手が止まりました‼️
えっ・・主なる神の前に、犯した罪が赦される‼️・・・
それだけでも、ひれ伏して感謝し、顔も上げられない程の、感動にうち震えるのに、
☆神ご自身と和解させて下さる。
☆聖なる者 ☆傷の無い者 ☆責められるところのない者
ワァー‼️どうしましょう。
どの顔(ツラ・・と言った方が少し気持ちが楽になるほど)さげて、主の前に出られるのだろう。
しかし、神は、その流された血潮のゆえに私達と出会って下さる・・・と言うのです。
パウロは、そのことを一番深く体験していた一人なのです。
否、私自身、罪人の頭と自らを称さねばならない者だと、この言葉の前に、ひれ伏すのです。
☆ですから、24節《・・・あなた方のために受ける苦しみを喜びとします。》と言いうるのです。
☆パウロの不思議な言葉・・・《キリストの苦しみのかけたところを・・・》なんと言う表現でしょう。‼️
これは、イエス・キリストの十字架の苦しみが、足りなかったところを・・・と言っているのではないのです。パウロは、完成された購いの驚くべき恵みを、キリストから託されて、伝えるために苦しみ、涙し、戦うといった、福音のために
、新しく苦しむ葛藤を賜った・・・と言う意味なのです。
パウロにはそれが喜びとなったのです。
少し(わ)(か)(る)‼️
後半にも、宣教への並々ならぬ、ほとばしる情熱の言葉で溢れていますね
パウロの言葉から、宣教の働きが闘いであればあるほど、喜びとなっていくのが、見えるようです。
私達もその僅かでも、担う者でありたいですね
ハレルヤ‼️ 
 コロサイ人への手紙1章9節~20節

1:9 こういうわけで、私たちもそのことを聞いた日から、絶えずあなたがたのために祈り求めています。どうか、あなたがたが、あらゆる霊的な知恵と理解力によって、神のみこころについての知識に満たされますように。
1:10 また、主にふさわしく歩み、あらゆる点で主に喜ばれ、あらゆる良いわざのうちに実を結び、神を知ることにおいて成長しますように。
1:11 神の栄光の支配により、あらゆる力をもって強くされ、どんなことにも忍耐し、寛容でいられますように。
1:12 また、光の中にある、聖徒の相続分にあずかる資格をあなたがたに与えてくださった御父に、喜びをもって感謝をささげることができますように。
1:13 御父は、私たちを暗闇の力から救い出して、愛する御子のご支配の中に移してくださいました。
1:14 この御子にあって、私たちは、贖い、すなわち罪の赦しを得ているのです。
1:15 御子は、見えない神のかたちであり、すべての造られたものより先に生まれた方です。
1:16 なぜなら、天と地にあるすべてのものは、見えるものも見えないものも、王座であれ主権であれ、支配であれ権威であれ、御子にあって造られたからです。万物は御子によって造られ、御子のために造られました。
1:17 御子は万物に先立って存在し、万物は御子にあって成り立っています。
1:18 また、御子はそのからだである教会のかしらです。御子は初めであり、死者の中から最初に生まれた方です。こうして、すべてのことにおいて第一の者となられました。
1:19 なぜなら神は、ご自分の満ち満ちたものをすべて御子のうちに宿らせ、
1:20 その十字架の血によって平和をもたらし、御子によって、御子のために万物を和解させること、すなわち、地にあるものも天にあるものも、御子によって和解させることを良しとしてくださったからです。
 2023年12月2日(土)リビングライフQT

パウロ先生の働きは、実に広範囲におよび(シリア・アジア・マケドニア・ギリシャ)多くのキリストの信仰者の群れ(エクレシア=教会)の基礎を築いて、今、ローマに囚われの身となっている。

パウロは、これ等の群れが、
*アルテミス等の根深い偶像の神々を礼拝する民のただ中で、戦っている。
*ユダヤ人の律法主義に固執する、ユダヤ教徒の迫害
*各地の支配者からの、新しいものに反対・・等々に、悩まされていることを聞いては、心痛めて祈ることが、一日の多くの時間だったのでしょう。
此のような“執り成しの祈り”は、執り成す相手側と思いを一つにするので、パウロ先生の魂には、潰れはしないかと、危惧させられるほど、アジア・ギリシャ・マケドニアの諸教会の信徒たちとの、一体感が、彼の魂と体を蝕む程の、祈りの闘いだったのです。
その様なことを考えていると、私の祈りは何と、課題をあげるだけで、まだまだ、相手側の苦悩や直面する闘いの激しさに、どれ程の痛みと苦悩を理解して、祈ってきたか❓ 気恥ずかしいほどに、魂にチャレンジを感じさせられました。
執り成しの祈りの模範は・・・・
十字架上のイエス・キリストの祈り‼️
『父よ。彼らを御赦しください。彼らは何をしているのかわからないのです‼️』
罪人(私達)等が、未だ偽りの勝利の雄叫びを上げている時に、彼らの赦しへの執り成しをされているのです。

少し、執り成しの祈りに力を入れすぎましたが、
今日のテキストは、《キリスト》がどの様な御方かを挙げて更に信徒たちに福音の深さを示しています。
①罪を赦してくださるお方(14節)
②万物は此のお方によった創られた。(16節)
③御子は教会のかしら(18節)
④御子は死者の中から最初に甦られたお方(18節)
⑤全ての中の第一となられたお方(18節)
⑥神の全てを受け継ぎ神の霊と力に満ち満ちておられるお方(19節)
⑦全てのものを神と和解させてくださるお方(20節)
私達は此のお方に赦されて、愛され、導かれ
、祈りを聞いていただいているのです。
今朝の私達の祈りが、新しい霊に導かれますように。
   
 コロサイ人への手紙1章1節~8節

1:1 神のみこころによるキリスト・イエスの使徒パウロと、兄弟テモテから、
1:2 コロサイにいる聖徒たち、キリストにある忠実な兄弟たちへ。私たちの父なる神から、恵みと平安があなたがたにありますように。
1:3 私たちは、あなたがたのことを祈るときにいつも、私たちの主イエス・キリストの父なる神に感謝しています。
1:4 キリスト・イエスに対するあなたがたの信仰と、すべての聖徒に対してあなたがたが抱いている愛について聞いたからです。
1:5 それらは、あなたがたのために天に蓄えられている望みに基づくもので、あなたがたはこの望みのことを、あなたがたに届いた福音の真理のことばによって聞きました。
1:6 この福音は、あなたがたが神の恵みを聞いて本当に理解したとき以来、世界中で起こっているように、あなたがたの間でも実を結び成長しています。
1:7 そういうものとして、あなたがたは私たちの同労のしもべ、愛するエパフラスから福音を学びました。彼は、あなたがたのためにキリストに忠実に仕える者であり、
1:8 御霊によるあなたがたの愛を、私たちに知らせてくれた人です。
 2023年12月1日(金)リビングライフQT

又、テキストが旧約から新約へと移り、パウロの獄中書簡(エペソ・ピリピ・コロサイ・ピレモンの各書簡)の1つで、ローマの獄中(軟禁状態)の環境で、比較的、自由に外部の人々(パウロ自身は外には出られなかったが、弟子達はパウロの健康や、アジア、マケドニア、ギリシャ等かつて、伝道して歩いた地域に生まれた教会との、情報をもたらす)の出入りは許された中で、これら四つの書簡は書かれたのです。
そんな思いで、読み、黙想し、学んでみましょう。
その書簡が二千年の時を越えて、今、私達の教会にまで届けらる・・と言う感動をもって、暫く学んで参りましょう。
パウロ先生が目を閉じて、ユックリ語り出す一言一言を、側で、弟子のテモテが、一字も漏らすまいと、羊皮紙にガチョウの羽ペンで、書く姿を想像し、一言一言を心に刻んで参りましょう
☆1節~2節:書き出しの挨拶の言葉ですが、何と慈しみに満ちた❗言葉でしょう。
”恵みと平安があなた方にありますように”
囚われて、自由を奪われ、何時最終審判が下り、刑場に引き出されるか、明日をも知れないパウロの口から、流れるように出る言葉だと、実感するとき、
二千年の時空を越えて、深い感動と魂を揺さぶるパウロと共に居られる、主イエス・キリスト様に触れる思いがします。
☆3節~5節
アジア(現在のトルコーー小アジア半島)にあるコロサイの教会は、パウロの知らない教会で、パウロの弟子たちによって拓かれた群れでした。
ですから、此の教会に関する報告を聞くとき、常日頃から祈ってきている群れだけに、
弟子のエパフラスからの報せは、パウロにとって、どれ程慰めに充たされる、ものでしたでしょう。
私たちクリスチャンは、多くの事のために祈ります、
日常の様々な問題への祈りも大切です・・・が、祈りの土台は❗《福音が人々ー家族・親族・教会を通して地域ー浸透し、変えられて、神の民となって行くこと》のための祈りではないでしょうか。
個人的生活の平安・守り・・・を越えて、周りが福音化されていくことを願い、熱く祈るのです。
その様な祈りの実が、実ることを知るなら、
パウロならずとも、どんな逆境の下にあっても、喜びに満たされるのです。
今日から、祈りの一部を、福音の拡がり、浸透、救いのために、注ぎ出すために、家族・親族・教会・牧師・宣教師の働き・故郷にある教会のために、注いでみましょう❗ 
2023年度(月) 
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力丸嗣夫師 リビングライフ LINE
          (新改訳聖書2017)
    

北九州シオン教会