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 使徒の働き 16:19~40

16:19 彼女の主人たちは、金儲けする望みがなくなったのを見て、パウロとシラスを捕らえ、広場の役人たちのところに引き立てて行った。
16:20 そして、二人を長官たちの前に引き出して言った。「この者たちはユダヤ人で、私たちの町をかき乱し、
16:21 ローマ人である私たちが、受け入れることも行うことも許されていない風習を宣伝しております。」
16:22 群衆も二人に反対して立ったので、長官たちは、彼らの衣をはぎ取ってむちで打つように命じた。
16:23 そして何度もむちで打たせてから二人を牢に入れ、看守に厳重に見張るように命じた。
16:24 この命令を受けた看守は、二人を奥の牢に入れ、足には木の足かせをはめた。
16:25 真夜中ごろ、パウロとシラスは祈りつつ、神を賛美する歌を歌っていた。ほかの囚人たちはそれに聞き入っていた。
16:26 すると突然、大きな地震が起こり、牢獄の土台が揺れ動き、たちまち扉が全部開いて、すべての囚人の鎖が外れてしまった。
16:27 目を覚ました看守は、牢の扉が開いているのを見て、囚人たちが逃げてしまったものと思い、剣を抜いて自殺しようとした。
16:28 パウロは大声で「自害してはいけない。私たちはみなここにいる」と叫んだ。
16:29 看守は明かりを求めてから、牢の中に駆け込み、震えながらパウロとシラスの前にひれ伏した。
16:30 そして二人を外に連れ出して、「先生方。救われるためには、何をしなければなりませんか」と言った。
16:31 二人は言った。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」
16:32 そして、彼と彼の家にいる者全員に、主のことばを語った。
16:33 看守はその夜、時を移さず二人を引き取り、打ち傷を洗った。そして、彼とその家の者全員が、すぐにバプテスマを受けた。
16:34 それから二人を家に案内して、食事のもてなしをし、神を信じたことを全家族とともに心から喜んだ。
16:35 夜が明けると、長官たちは警吏たちを遣わして、「あの者たちを釈放せよ」と言った。
16:36 そこで、看守はこのことばをパウロに伝えて、「長官たちが、あなたがたを釈放するようにと、使いをよこしました。さあ牢を出て、安心してお行きください」と言った。
16:37 しかし、パウロは警吏たちに言った。「長官たちは、ローマ市民である私たちを、有罪判決を受けていないのに公衆の前でむち打ち、牢に入れました。それなのに、今ひそかに私たちを去らせるのですか。それはいけない。彼ら自身が来て、私たちを外に出すべきです。」
16:38 警吏たちは、このことばを長官たちに報告した。すると長官たちは、二人がローマ市民であると聞いて恐れ、
16:39 自分たちで出向いて来て、二人をなだめた。そして牢から外に出し、町から立ち去るように頼んだ。
16:40 牢を出た二人はリディアの家に行った。そして兄弟たちに会い、彼らを励ましてから立ち去った。




  2023年7月31日(月)リビングライフQT

使徒の働きの物語(記録)の中でも、際立った、神の主権が支配する出来事ですね。
そして、『主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます‼️』と言う、最も有名な言葉が出てきました。
そればかりか、彼ら家族は、時を移さずに、パプテスマを受けたのです。
彼らは未だ何も信仰の勧めも受けておらず、ただ、十字架の購いを成し遂げられた、イエスを信じただけでした。
救いは、このように単純なものです。彼らは異邦人です。恐らく、ギリシャの神々への信仰か、ローマ皇帝を神と崇める、人々だったのでしょう。
昨日のテキストですが、リディアとその家族もやはり、パウロのイエス様のお話を聞いた後、家族みんなが、時を移さず、パプテスマを受けています。
パプテスマは、教会への加入式でもなければ、信仰の資格認定式でもないのです。
パプテスマは、神のいのち(永遠のいのち)に、繋がれた印(証し)として授けられたのです。
さて、一方占いの霊の女がサタンから解放されたことで、雇い主は、金づるを断たれたのです。
有力者の権限で、パウロを“町を騒がす者”として訴え、パウロとシラスは捕らえられて鞭打たれ、地下牢に閉じ込められたのです。
この様な時にも、二人は打ちのめされることもなく、その場を祈りと賛美を持って、神の臨在の場としたのです。
ハレルヤ✨
牢内の囚われ人たちは、二人の賛美と祈りに聞き
入っていた🎶
ハレルヤ‼️
何と美しい世界が拡がった事でしょう‼️
こうした神の支配する世界が、地下牢に拡がっていた時に、突然の地震が…✨✨🌿✨✨
この様な出来事は、正に神の臨在の場に表れる、神の御威光の顕れなのです。
パウロとシラスの動じていない姿は、正に主と共にある姿なのです。
看守は、二人を自宅に連れ帰り(このような事は、処刑に値する独断的行為ですね)
丁寧に治療し食事を整え、労ったのです。
パウロ達の動じない振る舞いに対して、長官からの叱責、或いは処刑に対する恐怖心に打ち震える自分の姿に『先生❗救われる為には、何をしなければなりませんか?』…と
明らかに、看守には、二人に神が共にいて、彼等を覆っている‼️のが分かったのでしょう🎵
この問い掛けに対して、『主イエスを信じなさい・・・・‼️』
この宣言は、今も昔も変わらない福音です。
あなたの内には、主イエス様は御霊によって居られますか⁉️
“主イエスを信じなさい‼️”…と今日も、語りかけられています‼️
 使徒の働き 16:11~18

16:11 私たちはトロアスから船出して、サモトラケに直航し、翌日ネアポリスに着いた。
16:12 そこからピリピに行った。この町はマケドニアのこの地方の主要な町で、植民都市であった。私たちはこの町に数日滞在した。
16:13 そして安息日に、私たちは町の門の外に出て、祈り場があると思われた川岸に行き、そこに腰を下ろして、集まって来た女たちに話をした。
16:14 リディアという名の女の人が聞いていた。ティアティラ市の紫布の商人で、神を敬う人であった。主は彼女の心を開いて、パウロの語ることに心を留めるようにされた。
16:15 そして、彼女とその家族の者たちがバプテスマを受けたとき、彼女は「私が主を信じる者だとお思いでしたら、私の家に来てお泊まりください」と懇願し、無理やり私たちにそうさせた。
16:16 さて、祈り場に行く途中のことであった。私たちは占いの霊につかれた若い女奴隷に出会った。この女は占いをして、主人たちに多くの利益を得させていた。
16:17 彼女はパウロや私たちの後について来て、「この人たちは、いと高き神のしもべたちで、救いの道をあなたがたに宣べ伝えています」と叫び続けた。
16:18 何日もこんなことをするので、困り果てたパウロは、振り向いてその霊に、「イエス・キリストの名によっておまえに命じる。この女から出て行け」と言った。すると、ただちに霊は出て行った。




 2023年7月30日(日)リビングライフQT

パウロたち一行は、早朝く、陸から海へと吹き下ろす風を帆に受けて、出港するのです。
風を受けた帆船は船脚も早く、ネアポリスまで210km程の海路の半行程の所にある、サモトラケ島に寄港して、再び翌朝出港して、ネアポリスに着いた。徒歩と違い、ゆったりと船の中で休息を取りながら祈り、これからのヨーロッパ(マケドニア・ギリシャ)への宣教の旅に思いを馳せて、いた事でしょう。
パウロは、アテネに長く滞在していたので、当時のローマ世界で学問の中心であったアテネへの福音宣教の想いを巡らせていたかもしれません。
上陸して、直ぐに内陸の都市“ピリピ”に着いて、異邦人世界に住むユダヤ人は会堂がないために、街の城壁の外の川岸に祈り場を作り、安息日毎に集まって祈る習慣がありました。
パウロたちはそこに先に行き、集まってくる人々に、福音を語って、次々と救われる者が起こったのです。
同時に妨げるサタンの働きも現れて、来る日も来る日も、
あたかも、パウロたちの働きを肯定するかのような宣伝をしながら、集会を妨げたのです、
パウロの神の霊に満ちた『イエスキリストの名によってお前に命じる。この女から出て行け』、の゙言葉でこの占い師は、サタンから解放されたのです。
ヨーロッパ最初の働きはこうして、サタンの攻撃から始まるのです。
恐れるに足りません‼️
福音宣教(証しのための働き)は、未知との遭遇です。想定外の障害が立ちはだかることもあります。
だから、祈りと主への信仰(委ね、信じ、待ち望む)によって進みましょう‼️
 使徒の働き 16:1~10

16:1 それからパウロはデルベに、そしてリステラに行った。すると、そこにテモテという弟子がいた。信者であるユダヤ人女性の子で、父親はギリシア人であった。
16:2 彼は、リステラとイコニオンの兄弟たちの間で評判の良い人であった。
16:3 パウロは、このテモテを連れて行きたかった。それで、その地方にいるユダヤ人たちのために、彼に割礼を受けさせた。彼の父親がギリシア人であることを、皆が知っていたからである。
16:4 彼らは町々を巡り、エルサレムの使徒たちと長老たちが決めた規定を、守るべきものとして人々に伝えた。
16:5 こうして諸教会は信仰を強められ、人数も日ごとに増えていった。
16:6 それから彼らは、アジアでみことばを語ることを聖霊によって禁じられたので、フリュギア・ガラテヤの地方を通って行った。
16:7 こうしてミシアの近くまで来たとき、ビティニアに進もうとしたが、イエスの御霊がそれを許されなかった。
16:8 それでミシアを通って、トロアスに下った。
16:9 その夜、パウロは幻を見た。一人のマケドニア人が立って、「マケドニアに渡って来て、私たちを助けてください」と懇願するのであった。
16:10 パウロがこの幻を見たとき、私たちはただちにマケドニアに渡ることにした。彼らに福音を宣べ伝えるために、神が私たちを召しておられるのだと確信したからである。
 2023年7月29日(土)リビングライフQT

聖霊の導きと、人の判断❗
先ず、パウロ達一行がデルベを通って、リステラに来ると、そこで“テモテ”と言う、信仰の逸材と出会いました。母親がユダヤ人で父親がギリシャ人だったので、テモテは“割礼”(ユダヤ人は神の選びの民であるので男性は必ず受けなければ、認められなかった。)
しかし、この時、先のエルサレム会議で、割礼のあるなしは救いには、問題がない‼️との合意ができていたので、テモテは、そのままでも良かったのです。
しかし、パウロは、ユダヤ人の中には伝統に固守する、心の堅い人々のいることを案じて、テモテに割礼を授けたのです。
福音が妨げなく伝えられるためなら、パウロは、ユダヤ人の伝統に柔軟に倣うことも、いとわなかったのです。
あの厳格なパリサイ派の筆頭だったパウロが・・・
今や『私は福音のためなら、どんなことでもする。』と、イエス・キリストの、十字架の購いによる永遠の救いのために、障害となる全ての事(伝統・習慣・意識・・等々)に拘らず、ここでは、ユダヤ伝統に従い割礼を授けたことで、彼らの心を掴んだのです。
この事で、後にテモテは、強力なパウロの助け手となり、信徒の群れ(教会)を任される器となったのです。
パウロ一行は❗さらに奥地に向けて、宣教しようと進むのですが、何度も、繰り返し、“聖霊(イエスの御霊)”により禁じられたので、次第に奥地から、アジアとヨーロッパとを隔てるアドリア海の岸辺へと導かれたのです。
何故❓
それはやがて、トロアスの港町についた夜、対岸のマケドニアからの、懇願の幻を見るのです。
聖霊は、あらゆる方法で語りかけ、導きを与えるのです。
伝道する側からすると、なぜ・・・❓と言う疑問が湧きながらも、
その方向に道が開かれない・・こともあります。
私の両親が下関で開拓伝道をしていた時、帝国陸軍の弾圧で、教会が閉鎖され、伝道が一切禁止されました。(先に証ししましたね)
何故・・? 父は苦悩した数年でしたでしょう。
戦争が終わって、伝道が自由になったときには、
教会だった家も焼かれ、すべてを失っていました。再起しようと昭和20年(1945年)縁もゆかりもない、関門海峡を挟んだ門司港に住まいを求めて移住を致しました。せざるを得なかったことが、今の北九州シオン教会の出発となるとは、想像もしなかったのです。
しかもそれがやがて、父の病院伝道の、下関の厚生病院から、救われる方が次々と起こり、やがて、下関にも教会を‼️との声が挙がって、私がシオン教会と掛け持ちで、開拓に着手。今の下関シオン教会が生まれたのです‼️(1970年)
パウロのマケドニアへの前進は、素晴らしい成果をあげ、福音は、燎原の火のように、拡がり、リバイバルとなるのです。
変更・禁止・妨害・閉塞・等マイナスイメージにも見える中から、神の御手は、神のご計画通り拓かれて行くのです。
私達が心熱く歩むなかで立ちはだかるこれ等の壁は、決してマイナスにはならないのです。
どんな時にも、福音の旗印を降ろさずに進む時、停滞・後退さえも、勝利への行程なのです‼️
日常生活の中・・・聖霊なる神は、あなたの、私の全てをご存じで、最善へと導かれます‼️恐れず、主を見上げて感謝しながら待ち望み、祈りながら、勝利を目指しましょう。
叉、友と共に祈り共に支え合う時を持ちましょう🎵
 使徒の働き15:30~41

15:30 さて、一行は送り出されてアンティオキアに下り、教会の会衆を集めて手紙を手渡した。
15:31 人々はそれを読んで、その励ましのことばに喜んだ。
15:32 ユダもシラスも預言者であったので、多くのことばをもって兄弟たちを励まし、力づけた。
15:33 二人は、しばらく滞在した後、兄弟たちの平安のあいさつに送られて、自分たちを遣わした人々のところに帰って行った。
15:34 【本節欠如】
15:35 パウロとバルナバはアンティオキアにとどまって、ほかの多くの人々とともに、主のことばを教え、福音を宣べ伝えた。
15:36 それから数日後、パウロはバルナバに言った。「さあ、先に主のことばを宣べ伝えたすべての町で、兄弟たちがどうしているか、また行って見て来ようではありませんか。」
15:37 バルナバは、マルコと呼ばれるヨハネを一緒に連れて行くつもりであった。
15:38 しかしパウロは、パンフィリアで一行から離れて働きに同行しなかった者は、連れて行かないほうがよいと考えた。
15:39 こうして激しい議論になり、その結果、互いに別行動をとることになった。バルナバはマルコを連れて、船でキプロスに渡って行き、
15:40 パウロはシラスを選び、兄弟たちから主の恵みにゆだねられて出発した。
15:41 そしてシリアおよびキリキアを通り、諸教会を力づけた。
 �2023年7月28日(金)リビングライフQT

一言で“アンティオキアに下り・・・”と記されていますが。エルサレムからの距離は地図上の直線距離では、600km、実際では720kmになり、門司から京都ほどの距離になります。歩いての日数は、20日程になります。
聖霊に満たされた魂は、この長い行程さえも、宣教の働きの時として、祈りながら、内に霊の熱い炎を燃やしつつ、アンティオキアを目指したのでしょう。
使徒の働きを読むとき、この様に、町と町の距離感を考慮に入れ、黙想すると、一層リアルに、聖霊なる神の導きの中に働く弟子たちの、姿が見えて参ります。
昨日、私は旧知のクリスチャン友人で重い病で入院されている方を訪問して来ました。その時、その方のクリスチャンでない知人が、私が行くと聞いて、是非逢いたいということで、ご一緒に病院訪問しました。
患者面会、本来は僅か10分の限られた時間しか許されないのですが、30分許されて祈り聖書を読み、賛美して声をかける時を持ちました。
ハレルヤ✨

改めて伝える使命を感じて門司からの道中、ご一緒する予定のノンクリスチャンの友人の方の魂に届くようにと、祈りながら、走りました。
病室を出たあと、しばらくその方と、入院されている方のご主人と三人で、待合室でお話しし、聖書をお渡しして祈って別れました。

私は車で120キロの行程でしたが…
弟子たちの宣教の旅・移動は、どんなに困難だったことでしょう。
これが《使徒の働き》
の記録なのです。
こうして読むと、パウロとバルナバの意見の衝突が、かつて同行したマルコとの、トラブルが、意見の相違となった事は、理解できますね。
こうしていよいよ、パウロとシラスの伝道旅行が始まったのです。
一見、分裂による離反に見えますが、宣教の働きがこれによって拡大し、キプロスと言う、大きな島への宣教の道が開かれたのです‼️
全てを働かせて益とされる神の摂理を見ます✨
 使徒の働き15:12~29

15:12 すると、全会衆は静かになった。そして、バルナバとパウロが、神が彼らを通して異邦人の間で行われたしるしと不思議について話すのに、耳を傾けた。
15:13 二人が話し終えると、ヤコブが応じて言った。「兄弟たち、私の言うことを聞いてください。
15:14 神が初めに、どのように異邦人を顧みて、彼らの中から御名のために民をお召しになったかについては、シメオンが説明しました。
15:15 預言者たちのことばもこれと一致していて、次のように書かれています。
15:16 『その後、わたしは倒れているダビデの仮庵を再び建て直す。その廃墟を建て直し、それを堅く立てる。
15:17 それは、人々のうちの残りの者とわたしの名で呼ばれるすべての異邦人が、主を求めるようになるためだ。
15:18 ──昔から知らされていたこと、それを行う主のことば。』
15:19 ですから、私の判断では、異邦人の間で神に立ち返る者たちを悩ませてはいけません。
15:20 ただ、偶像に供えて汚れたものと、淫らな行いと、絞め殺したものと、血とを避けるように、彼らに書き送るべきです。
15:21 モーセの律法は、昔から町ごとに宣べ伝える者たちがいて、安息日ごとに諸会堂で読まれているからです。」
15:22 そこで、使徒たちと長老たちは、全教会とともに、自分たちの中から人を選んで、パウロとバルナバと一緒にアンティオキアに送ることに決めた。選ばれたのはバルサバと呼ばれるユダとシラスで、兄弟たちの間で指導的な人であった。
15:23 彼らはこの人たちに託して、こう書き送った。「兄弟である使徒たちと長老たちは、アンティオキア、シリア、キリキアにいる異邦人の兄弟たちに、あいさつを送ります。
15:24 私たちは何も指示していないのに、私たちの中のある者たちが出て行って、いろいろなことを言ってあなたがたを混乱させ、あなたがたの心を動揺させたと聞きました。
15:25 そこで私たちは人を選び、私たちの愛するバルナバとパウロと一緒に、あなたがたのところに送ることを、全会一致で決めました。
15:26 私たちの主イエス・キリストの名のために、いのちを献げている、バルナバとパウロと一緒にです。
15:27 こういうわけで、私たちはユダとシラスを遣わします。彼らは口頭で同じことを伝えるでしょう。
15:28 聖霊と私たちは、次の必要なことのほかには、あなたがたに、それ以上のどんな重荷も負わせないことを決めました。
15:29 すなわち、偶像に供えたものと、血と、絞め殺したものと、淫らな行いを避けることです。これらを避けていれば、それで結構です。祝福を祈ります。」
 �2023年7月27日(木)リビングライフQT

今日のテキストは、異邦人にも救いの道が開かれていた…が中心に書かれています。
(ユダヤ人はただ心閉ざして、異邦人に救いはない・・・と言う、差別的意識と、神のご計画に対する、無謀な審判を何世紀にもわたってしてきたことを、知らされたのです。)
彼らは、16節~17節に示された(アモス書9章11節~12節)の
予言書から、神のご計画だと悟り、心と思いを一つにして、新しい時代を拓いて行ったのです。
此れがアジアの諸教会に、文書(覚書)として、弟子たちに託されて、伝わって行ったのです。これが、今の教会の土台となり、これからの教会にも、主の日が到来するまで、変わることのない、確固たる土台となったのです。
これは歴史上生じてきた、あらゆる異端に対しても、審問の最大の尺度となってきました。
クリスチャン生活(教会生活)の中で、しばしば、自分の弱さに嘆き”私の様な者は救われない・・・”と、勝手に自分を裁き、信仰につまずく事がありますが、
なぜ、自分を自分で裁くのでしょうか❓
そんな時、イエス様はあなたの姿を悲しんでおられます。
『わたしは、そんなあなたのために、十字架にすべてを、渡したのですよ💧‼️・・』と。
私たちは、あなたは、《(め)(ぐ)(み)》恵によって救われた‼️🎶 のです‼️  
 (は) (れ) (る) (や)
 使徒の働き15:1~11

15:1 さて、ある人々がユダヤから下って来て、兄弟たちに「モーセの慣習にしたがって割礼を受けなければ、あなたがたは救われない」と教えていた。
15:2 それで、パウロやバルナバと彼らの間に激しい対立と論争が生じたので、パウロとバルナバ、そのほかの何人かが、この問題について使徒たちや長老たちと話し合うために、エルサレムに上ることになった。
15:3 こうして彼らは教会の人々に送り出され、フェニキアとサマリアを通って行った。道々、異邦人の回心について詳しく伝えたので、すべての兄弟たちに大きな喜びをもたらした。
15:4 エルサレムに着くと、彼らは教会の人々と使徒たちと長老たちに迎えられた。それで、神が彼らとともにいて行われたことをすべて報告した。
15:5 ところが、パリサイ派の者で信者になった人たちが立ち上がり、「異邦人にも割礼を受けさせ、モーセの律法を守るように命じるべきである」と言った。
15:6 そこで使徒たちと長老たちは、この問題について協議するために集まった。
15:7 多くの論争があった後、ペテロが立って彼らに言った。「兄弟たち。ご存じのとおり、神は以前にあなたがたの中から私をお選びになり、異邦人が私の口から福音のことばを聞いて信じるようにされました。
15:8 そして、人の心をご存じである神は、私たちに与えられたのと同じように、異邦人にも聖霊を与えて、彼らのために証しをされました。
15:9 私たちと彼らの間に何の差別もつけず、彼らの心を信仰によってきよめてくださったのです。
15:10 そうであるなら、なぜ今あなたがたは、私たちの先祖たちも私たちも負いきれなかったくびきを、あの弟子たちの首に掛けて、神を試みるのですか。
15:11 私たちは、主イエスの恵みによって救われると信じていますが、あの人たちも同じなのです。」
 2023年7月26日(水)リビングライフQT

人間の信仰心(宗教心)は
どの宗教にも共通することは、守り行う戒律がありそれを守ることによって、救われる‼️と信じられている事です。
確かに、何かを達成すると、本人にとっては、成し遂げたと言う気持ちの高揚が、心の支えとなって、慰め・平安・勝利感となります。それが信仰心と共通の感情となるのです。パリサイ派・律法学者はまさにそれに似た心情の宗教人たちでした。
ですから、なんの訓練も、修行も、誓いも、しないで信じたら救われた❗と言う異邦人に対して、納得がいかず、彼らを教会に受け入れることに、難色を示してきたのです。
パウロとバルナバの心を尽くしたお話と報告を聞いた一同は、初めて、主なる神の御計画と、自分達の頑なさに気付いたのです。ここから、神のご計画になる救いの恵みが、一気に開かれて行ったのです。
私はこの扉が開かれたのは、第二のリバイバルだと感じました。
11節『私たちは、主イエスの恵みによって救われると信じていますが、あの人たちも同じなのです。』
これが、2000年にわたり、全人類に拡がり与えられた、福音であり、“救いの唯一の道”なのです。
今、私たちは、この“恵”によって、救われているのです✨
アーメン‼️
 使徒の働き14:19~28

14:19 ところが、アンティオキアとイコニオンからユダヤ人たちがやって来て、群衆を抱き込み、パウロを石打ちにした。彼らはパウロが死んだものと思って、町の外に引きずり出した。
14:20 しかし、弟子たちがパウロを囲んでいると、彼は立ち上がって町に入って行った。そして翌日、バルナバとともにデルベに向かった。
14:21 二人はこの町で福音を宣べ伝え、多くの人々を弟子としてから、リステラ、イコニオン、アンティオキアへと引き返して、
14:22 弟子たちの心を強め、信仰にしっかりとどまるように勧めて、「私たちは、神の国に入るために、多くの苦しみを経なければならない」と語った。
14:23 また、彼らのために教会ごとに長老たちを選び、断食して祈った後、彼らをその信じている主にゆだねた。
14:24 二人はピシディアを通ってパンフィリアに着き、
14:25 ペルゲでみことばを語ってからアタリアに下り、
14:26 そこから船出してアンティオキアに帰った。そこは、二人が今回成し終えた働きのために、神の恵みにゆだねられて送り出された所であった。
14:27 そこに着くと、彼らは教会の人々を集め、神が自分たちとともに行われたすべてのことと、異邦人に信仰の門を開いてくださったことを報告した。
14:28 そして二人は、しばらくの間、弟子たちとともに過ごした。
 2023年7月25日(火)リビングライフQT

パウロの受難。主なる神の御業は何と、驚くべき事でしょう🎵
石打ちは、当時の最も残酷なリンチ(私刑)でし た。憎しみを込めて、扇動された町中の人々が、パウロに石を投げつけるのです。想像するだけでも身震いするようです。
この出来事を、リアルタイムで想像すると、なぜ主なる神は、この事態からパウロを助けられなかったのでしょうか❓
御子イエス・キリストの十字架の場合も、ステパノの殉教も、ヤコブの殉教も・・・他に、奇跡は次々と顕されて来たのに、なぜ、殉教を、神は止められなかったのでしょう⁉️
このパウロへのリンチは、多くの石の打撃でパウロは死んだと思い、町の外に引きずり出した。とあります。
ところが現実は、町の人々が去り、弟子達が悲しんで回りに来ると、立ち上がって再び町に入った‼️…とあります。
石打に遇えば、身体中血まみれでしょうし、肉体的にも、ズタズタでしょうから、直ぐに立ち上がって歩くなど、あり得ないはずです。このような姿で再び、街角で福音を語れるでしょうか❓
私なりの想像で、いつもこの所を読むのです。
実は、石は彼に当たってはおらず、主がパウロを倒され、町の人々は、“死んだ”と思わされた‼️
だからパウロは、再び町に入っていけたのだと。
すると、パウロは、リンチを受けながら、傷もつかずに、主なる神が、彼を死んだような姿にして、再び立ち上がらせられた‼️・・・
そんな風に想像するのです。“死んだものと思い”と言う記録が私をそのように想像させたのです。”
主は、パウロとバルナバを引き続き用いようと、ご計画されていたのです。
ここから初めて、パウロは、宣教と礼拝の継続のために、指導者を認定して働きを託し、更に転進するのです。
エルサレムからきた、弟子たちの巡回だけが、地方のクリスチャンの信仰の支えとなるのではなく、宣教も、交わりの維持も、新しく生まれたクリスチャンに託されながら、福音は、力強く拡散して行ったのです。これが今の私たちの教会となったのです‼️ハレルヤ🎵
テキスト後半の、福音の拡大(小アジア一帯・現在のトルコ)の様子は、教会が聖霊の働きで、如何に力強く発展して行ったかを、時代を越えて、証しするものです。
わたしの父が神学生だった、昭和五年に興ったリバイバルは、
燎原の火🔥の如く拡がり、父は良く「一週間に一つの教会(福音集会所)が誕生するような勢いだった」と語ってくれました。
神学校の夏休みの派遣で故郷福島の郡山に40日派遣された間に、10名の受洗者が生まれ、30名以上の方が日曜日ごとに集まり、郡山市の市長さんの奥様が救われて、邸宅に泊めて頂いたり、毎週礼拝をそのご自宅の広間で続けたと…❗神学校に帰る時は、福島のホーリネス教会の牧師に託して、帰り、間もなく、郡山に教会が生まれた。と、幾度聞かされたことでしょう。
2000年前も、今も変わる事なく!御霊の働かれる所には、試練も、勝利も、奇跡も、普通のように起るのですね。
まだまだ続く、《聖霊行伝》に期待しながら。
 使徒の働き14:1~18

14:1 イコニオンでも、同じことが起こった。二人がユダヤ人の会堂に入って話をすると、ユダヤ人もギリシア人も大勢の人々が信じた。
14:2 ところが、信じようとしないユダヤ人たちは、異邦人たちを扇動して、兄弟たちに対して悪意を抱かせた。
14:3 それでも、二人は長く滞在し、主によって大胆に語った。主は彼らの手によってしるしと不思議を行わせ、その恵みのことばを証しされた。
14:4 すると、町の人々は二派に分かれ、一方はユダヤ人の側に、もう一方は使徒たちの側についた。
14:5 異邦人とユダヤ人が彼らの指導者たちと一緒になり、二人を辱めて石打ちにしようと企てたとき、
14:6 二人はそれを知って、リカオニアの町であるリステラとデルベ、およびその付近の地方に難を避け、
14:7 そこで福音の宣教を続けた。
14:8 さてリステラで、足の不自由な人が座っていた。彼は生まれつき足が動かず、これまで一度も歩いたことがなかった。
14:9 彼はパウロの話すことに耳を傾けていた。パウロは彼をじっと見つめ、癒やされるにふさわしい信仰があるのを見て、
14:10 大声で「自分の足で、まっすぐに立ちなさい」と言った。すると彼は飛び上がり、歩き出した。
14:11 群衆はパウロが行ったことを見て、声を張り上げ、リカオニア語で「神々が人間の姿をとって、私たちのところにお下りになった」と言った。
14:12 そして、バルナバをゼウスと呼び、パウロがおもに話す人だったことから、パウロをヘルメスと呼んだ。
14:13 すると、町の入り口にあるゼウス神殿の祭司が、雄牛数頭と花輪を門のところに持って来て、群衆と一緒にいけにえを献げようとした。
14:14 これを聞いた使徒たち、バルナバとパウロは、衣を裂いて群衆の中に飛び込んで行き、叫んだ。
14:15 「皆さん、どうしてこんなことをするのですか。私たちもあなたがたと同じ人間です。そして、あなたがたがこのような空しいことから離れて、天と地と海、またそれらの中のすべてのものを造られた生ける神に立ち返るように、福音を宣べ伝えているのです。
14:16 神は、過ぎ去った時代には、あらゆる国の人々がそれぞれ自分の道を歩むままにしておられました。
14:17 それでも、ご自分を証ししないでおられたのではありません。あなたがたに天からの雨と実りの季節を与え、食物と喜びであなたがたの心を満たすなど、恵みを施しておられたのです。」
14:18 こう言って二人は、群衆が自分たちにいけにえを献げるのを、かろうじてやめさせた。
 2023年7月24日(月)リビングライフQT

パウロとバルナバとのイコニオンでの宣教は、結果的に、町を二分する争いとなったばかりでなく、殺りくの危険までも重なった為に、町を出る事になりました。これは、宣教の敗北だったのでしょうか?
そうではないですね。
主なる神は、敵対する者達からの妨害から二人を守られたばかりか、福音は更に回りの町々へと、拡散されて行ったのです。
福音が語られるところ、決して敗北はありません‼️
これが“使徒の働き”の示してくださるところです‼️
神の聖霊に敗北があるわけはないです。
ですから、私達は、恐れずに語る事を止めてはなりません。
御霊自ら、語る者を守ってくださいます。
殉教もあるかもしれません。しかし、殉教も、主なる神のご計画の中にあるのです。ステパノの殉教は、パウロの改心へと繋がりました。ヤコブの殉教は❗エルサレム集中型の宣教が、堰を切ったように、アジア各地にクリスチャンが散らされる結果を生みました。それは、やがてパウロの宣教の礎(いしずえ)となりました。
更に、リステラでの癒しの業(癒されるにふさわしい信仰を見た…と言われた男性の内なる信仰)・・・まさに聖霊の働きですね。
この地方は、アジアではありますが、ギリシャ人の人口も多く、ギリシャの神々のイメージと重なりあって、聖霊なる神の働きに、歪んだ人々の群れの、行動が立ちはだかりました💢
此のように極端な、乱れは、反って主の弟子たちにとっては、闘いの中にも、主なる神の明解な福音の提示となる、機会となりました。(この展開は明日の部分ですが…)

奇跡であれ・迫害であれ・混乱であれ・殉教であれ・・・その全てが御霊の業が顕される神の生ける御業なのです‼️
今も聖霊の時代です。
御霊の業は、密かに祈り続ける陰の祈りの奉仕者の存在があるからです。
今も教会ではその様な祈りの奉仕者が必要です‼️今も、初代教会時代も、聖霊の働きは、祈りの中に豊かに顕されるのです。
あなたもその実を見ることが出来ます。
私達も、教会の福音宣教の為に、祈りの手を挙げて参りましょう。
 使徒の働き 13:42~52

13:42 二人が会堂を出るとき、人々は、次の安息日にも同じことについて話してくれるように頼んだ。
13:43 会堂の集会が終わってからも、多くのユダヤ人と神を敬う改宗者たちがパウロとバルナバについて来たので、二人は彼らと語り合い、神の恵みにとどまるように説得した。
13:44 次の安息日には、ほぼ町中の人々が、主のことばを聞くために集まって来た。
13:45 しかし、この群衆を見たユダヤ人たちはねたみに燃え、パウロが語ることに反対し、口汚くののしった。
13:46 そこで、パウロとバルナバは大胆に語った。「神のことばは、まずあなたがたに語られなければなりませんでした。しかし、あなたがたはそれを拒んで、自分自身を永遠のいのちにふさわしくない者にしています。ですから、見なさい、私たちはこれから異邦人たちの方に向かいます。
13:47 主が私たちに、こう命じておられるからです。『わたしはあなたを異邦人の光とし、地の果てにまで救いをもたらす者とする。』」
13:48 異邦人たちはこれを聞いて喜び、主のことばを賛美した。そして、永遠のいのちにあずかるように定められていた人たちはみな、信仰に入った。
13:49 こうして主のことばは、この地方全体に広まった。
13:50 ところが、ユダヤ人たちは、神を敬う貴婦人たちや町のおもだった人たちを扇動して、パウロとバルナバを迫害させ、二人をその地方から追い出した。
13:51 二人は彼らに対して足のちりを払い落として、イコニオンに行った。
13:52 弟子たちは喜びと聖霊に満たされていた。
 2023年7月23日(日)リビングライフQT

聖霊なる神の働きは、文章のなかには、“聖霊が・・・”と言う言葉は書かれていませんが、なんと力強い働きでしょうか‼️最早誰もこの勢いを止める事は出来ないのです。
パウロ達を町から追い出しても、福音は
更に次の町へ、飛び火するだけです。
これ等の文章のバックには、聖霊なる神が、力強く働かれているのを、感じるのです‼️
ふと、今の日本の現実を思い巡らすと、古代の社会情勢とは全く違っていますが、知らずして神の開かれた永遠に敵対して歩んでいる姿は、彼らユダヤ人と変わらない姿だと、感じています。面と向かって反対や妨げや迫害はないでしょうが、福音に対する閉ざされた態度や心は、当時のユダヤ人に勝るとも劣らない状態だと、感じます。
52節「弟子達は喜びと聖霊に満たされていた‼️」短い言葉のなかに、なんと力強い御霊の満たしが、溢れているのでしょう🎵
あぁ❗主よ‼️ 先ず私達を御霊の満たし(聖霊なるお方が私達の中に満ちて)私達を御支配下さい。
47節にある、パウロが御霊のみ声で「わたしはあなたを異邦人の光りとし、地の果てにまで救いをもたらす者とする‼️」…と、頂いたように、教会に、私に、御言葉と思いとを満たしてください。
今や、このままでは更に無関心と、人間社会の繁栄の激流に、飲み込まれて滅びます‼️😭
私達には力がありません、方策もつきました。黒雲が覆っています。
主よ❗御力を示してください‼️
      アーメン
 使徒の働き13:32~41

13:32 私たちもあなたがたに、神が父祖たちに約束された福音を宣べ伝えています。
13:33 神はイエスをよみがえらせ、彼らの子孫である私たちにその約束を成就してくださいました。詩篇の第二篇に、『あなたはわたしの子。わたしが今日、あなたを生んだ』と書かれているとおりです。
13:34 そして、神がイエスを死者の中からよみがえらせて、もはや朽ちて滅びることがない方とされたことについては、こう言っておられました。『わたしはダビデへの確かで真実な約束を、あなたがたに与える。』
13:35 ですから、ほかの箇所でもこう言っておられます。『あなたは、あなたにある敬虔な者に滅びをお見せになりません。』
13:36 ダビデは、彼の生きた時代に神のみこころに仕えた後、死んで先祖たちの仲間に加えられ、朽ちて滅びることになりました。
13:37 しかし、神がよみがえらせた方は、朽ちて滅びることがありませんでした。
13:38 ですから、兄弟たち、あなたがたに知っていただきたい。このイエスを通して罪の赦しが宣べ伝えられているのです。また、モーセの律法を通しては義と認められることができなかったすべてのことについて、
13:39 この方によって、信じる者はみな義と認められるのです。
13:40 ですから、預言者たちの書に言われているようなことが起こらないように、気をつけなさい。
13:41 『見よ、嘲る者たち。驚け。そして消え去れ。わたしが一つの事をあなたがたの時代に行うからだ。それは、だれかが告げても、あなたがたには信じがたいことである。』」
 2023年7月22日(土)リビングライフQT

39節~この方によって、信じる者はみな義と認められるのです。

実に単純な、条件だけが示されているのです。
主なる神(義なる神)が、信じる者を、“義”としてくださる‼️神と同じ義と言う命の中に、包んで下さると言うのです。
なんと言う福音(良き音信)なのでしょう。
愛の神・創造主・裁き主・背く者を全て焼き尽くす方・・・
この様に厳格で聖いお方が、差し述べられた救いの道(御子イエスの十字架の購いの死と甦りの事実)を、信じない💢💢💨
これが審判となり、滅びとなるのです。
長い歴史と伝統の中で、イスラエルの民は歴史の中で導かれたお方、“主なる神”に対して、律法・制度・格式・伝統を大切にして、神ご自身があらわされた、唯一の救いの道、十字架と復活を、排除しようとしたのです。
自分の納得する信仰、その中にうづくまる、イスラエルの民は、日本の伝統と、信心深さを自己過信して、心閉ざす姿と、類似しますね。
そんな中に、私達は、何処までも説得ではなく、聖霊の導きと力により、大胆かつ単純に《信じたら救われる‼️》と言う大胆な語り部として、主に仕えたい‼️🎶
主よ🎵御霊に満たして歩ませて下さい。
 使徒の働き 13:13~31

13:13 パウロの一行は、パポスから船出してパンフィリアのペルゲに渡ったが、ヨハネは一行から離れて、エルサレムに帰ってしまった。
13:14 二人はペルゲから進んで、ピシディアのアンティオキアにやって来た。そして、安息日に会堂に入って席に着いた。
13:15 律法と預言者たちの書の朗読があった後、会堂司たちは彼らのところに人を行かせて、こう言った。「兄弟たち。あなたがたに、この人たちのために何か奨励のことばがあれば、お話しください。」
13:16 そこでパウロが立ち上がり、手振りで静かにさせてから言った。「イスラエル人の皆さん、ならびに神を恐れる方々、聞いてください。
13:17 この民イスラエルの神は、私たちの父祖たちを選び、民がエジプトの地に滞在していた間にこれを強大にし、御腕を高く上げて、彼らをその地から導き出してくださいました。
13:18 そして約四十年の間、荒野で彼らを耐え忍ばれ、
13:19 カナンの地で七つの異邦の民を滅ぼした後、その地を彼らに相続財産として与えられました。
13:20 約四百五十年の間のことでした。その後、預言者サムエルの時まで、神はさばきつかさたちを与えられました。
13:21 それから彼らが王を求めたので、神は彼らにベニヤミン族の人、キシュの子サウルを四十年間与えられました。
13:22 そしてサウルを退けた後、神は彼らのために王としてダビデを立て、彼について証しして言われました。『わたしは、エッサイの子ダビデを見出した。彼はわたしの心にかなった者で、わたしが望むことをすべて成し遂げる。』
13:23 神は約束にしたがって、このダビデの子孫から、イスラエルに救い主イエスを送ってくださいました。
13:24 この方が来られる前に、ヨハネがイスラエルのすべての民に、悔い改めのバプテスマをあらかじめ宣べ伝えました。
13:25 ヨハネは、その生涯を終えようとしたとき、こう言いました。『あなたがたは、私をだれだと思っているのですか。私はその方ではありません。見なさい。その方は私の後から来られます。私には、その方の足の履き物のひもを解く値打ちもありません。』
13:26 アブラハムの子孫である兄弟たち、ならびに、あなたがたのうちの神を恐れる方々。この救いのことばは、私たちに送られたのです。
13:27 エルサレムに住む人々とその指導者たちは、このイエスを認めず、また安息日ごとに読まれる預言者たちのことばを理解せず、イエスを罪に定めて、預言を成就させました。
13:28 そして、死に値する罪が何も見出せなかったのに、イエスを殺すことをピラトに求めたのです。
13:29 こうして、彼らはイエスについて書かれていることをすべて成し終えた後、イエスを木から降ろして、墓に納めました。
13:30 しかし、神はイエスを死者の中からよみがえらせました。
13:31 イエスは、ご自分と一緒にガリラヤからエルサレムに上った人たちに、何日にもわたって現れました。その人たちが今、この民に対してイエスの証人となっています。
 2023年7月21日(金)リビングライフQT

流石ユダヤ人の中のユダヤ人❗パウロ自信、ギリシャのソクラテス派の哲学を修め、ギリシャ・アジアの歴史に精通した、当時としては、最高の学を修めた、学者でした。
それだけに、メシヤ(イエス・キリスト)のご使命を明確に理解していました。
自ら、そして今、前に並び聴く離散ユダヤ人の同族に、イエス・キリストこそ、来るべき救い主だ‼️と、宣言したのです。
今日の弁舌はまだ半ばで、明日にまで続くのですが、私はこれを読みながら、力強く語り続けるパウロの姿、またその声を想像していました。すると、そこに満ち溢れる聖霊の臨在を感ぜずにはいられなかったのです。
そこに溢れる力は、人々の魂に食い込む言葉は、聖霊の力なのです。
こうして、立ち上がり始めた教会を押し出すのは、聖霊のみ力なのです。
ともすると、方策や、訓練や、共同作業や、鍛練が、教会の働きの拡大に、力となる‼️と、思い勝ちです。様々なセミナーが、訓練会が、雰囲気を体感するツァーが、企画されてきまたが、

神の御業は、一人一人の内に働く聖霊の働きと力の、顕れなのです。
今現代、私たちは、どの様に聖霊に触れ、導かれ、力付けられるのでしょう。
祈れば良いのでしょうか⁉️
ではどの様に祈るのでしょうか ⁉️ 
主を呼び求め
魂の飢え乾きを訴え
主の愛に包まれるのを待ち望み
主に全てを捧げ尽くして、祈り待ち望みましょう。
賛美し、主を思い巡らしながら過ごしましょう‼️
信仰の友と一緒に祈りましょう。🤲
主を中心に歩みましょう🎵
此れからは、終末期の聖霊の注ぎの時となるでしょう‼️
人々の魂の眠りから覚める時を、聖霊が開かれるでしょう。
 使徒の働き 13:1~12

13:1 さて、アンティオキアには、そこにある教会に、バルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、クレネ人ルキオ、領主ヘロデの乳兄弟マナエン、サウロなどの預言者や教師がいた。
13:2 彼らが主を礼拝し、断食していると、聖霊が「さあ、わたしのためにバルナバとサウロを聖別して、わたしが召した働きに就かせなさい」と言われた。
13:3 そこで彼らは断食して祈り、二人の上に手を置いてから送り出した。
13:4 二人は聖霊によって送り出され、セレウキアに下り、そこからキプロスに向けて船出し、
13:5 サラミスに着くとユダヤ人の諸会堂で神のことばを宣べ伝えた。彼らはヨハネも助手として連れていた。
13:6 島全体を巡回してパポスまで行ったところ、ある魔術師に出会った。バルイエスという名のユダヤ人で、偽預言者であった。
13:7 この男は、地方総督セルギウス・パウルスのもとにいた。この総督は賢明な人で、バルナバとサウロを招いて神のことばを聞きたいと願った。
13:8 ところが、その魔術師エリマ(その名を訳すと、魔術師)は、二人に反対して総督を信仰から遠ざけようとした。
13:9 すると、サウロ、別名パウロは、聖霊に満たされ、彼をにらみつけて、
13:10 こう言った。「ああ、あらゆる偽りとあらゆる悪事に満ちた者、悪魔の子、すべての正義の敵、おまえは、主のまっすぐな道を曲げることをやめないのか。
13:11 見よ、主の御手が今、おまえの上にある。おまえは盲目になって、しばらくの間、日の光を見ることができなくなる。」するとたちまち、かすみと闇が彼をおおったため、彼は手を引いてくれる人を探し回った。
13:12 総督はこの出来事を見て、主の教えに驚嘆し、信仰に入った。
 2023年7月20日(木)リビングライフQT

アンティオキアは、この後、アジア、ヨーロッパへの、宣教拠点として、大きな働きを担うこととなります。・・と言うのも、エルサレムは、神殿のあるユダヤ教の総本山ですし、またローマ軍の駐屯地でもあり、その両面で、様々な妨げが生じる危険性があったので、シリアの、アンティオキアが、宣教の拠点となったのでしょう。この町には、エルサレムの迫害を逃れたクリスチャンたちが、大勢来ていたのと、異邦人でユダヤ教徒となった人々が大勢いたのです。
いよいよ、パウロ(サウロ)の、異邦人世界への、宣教の始まりなのです。
バルナバとサウロの二人が、正式に派遣されたのは、エルサレム教会ではなく、アンティオキアのクリスチャン達でした。彼らは使徒たちではなく、激しい迫害を逃れてきた、クリスチャン達でした。彼らが一致して、聖霊に押し出されるように導かれ、示されるままに、パウロとバルナバを送り出したのです。
教会は、聖霊によって導かれ、宣教へと、主の僕(クリスチャン)を、派遣するのです。この宣教のありかたは2000年の今日も、変わらない基本的権威なのです。
主の御手が教会を治めているとき、これを混乱に陥れるサタンの手は、力を失うのです。そして聖霊なる神の御手が、ご自身の栄光を表されるのです。そして、この事(魔術師エリマの上に神の裁きが下された)で、異邦人で占領軍の高官のローマの軍の長官が、イエス・キリストを信じ受け入れたのです‼️
聖霊が導き、守り、生かす教会を目指して、更に祈りを熱くして参りましょう‼️🎶
 使徒の働き 12:13~25

12:13 彼が門の戸をたたいたところ、ロダという女中が取次ぎに出てきたが、
12:14 ペテロの声だとわかると、喜びのあまり、門をあけもしないで家に駆け込み、ペテロが門口に立っていると報告した。
12:15 人々は「あなたは気が狂っている」と言ったが、彼女は自分の言うことに間違いはないと、言い張った。そこで彼らは「それでは、ペテロの御使だろう」と言った。
12:16 しかし、ペテロが門をたたきつづけるので、彼らがあけると、そこにペテロがいたのを見て驚いた。
12:17 ペテロは手を振って彼らを静め、主が獄から彼を連れ出して下さった次第を説明し、「このことを、ヤコブやほかの兄弟たちに伝えて下さい」と言い残して、どこかほかの所へ出て行った。
12:18 夜が明けると、兵卒たちの間に、ペテロはいったいどうなったのだろうと、大へんな騒ぎが起った。
12:19 ヘロデはペテロを捜しても見つからないので、番兵たちを取り調べたうえ、彼らを死刑に処するように命じ、そして、ユダヤからカイザリヤにくだって行って、そこに滞在した。
12:20 さて、ツロとシドンとの人々は、ヘロデの怒りに触れていたので、一同うちそろって王をおとずれ、王の侍従官ブラストに取りいって、和解かたを依頼した。彼らの地方が、王の国から食糧を得ていたからである。
12:21 定められた日に、ヘロデは王服をまとって王座にすわり、彼らにむかって演説をした。
12:22 集まった人々は、「これは神の声だ、人間の声ではない」と叫びつづけた。
12:23 するとたちまち、主の使が彼を打った。神に栄光を帰することをしなかったからである。彼は虫にかまれて息が絶えてしまった。
12:24 こうして、主の言はますます盛んにひろまって行った。
12:25 バルナバとサウロとは、その任務を果したのち、マルコと呼ばれていたヨハネを連れて、エルサレムから帰ってきた。
 2023年7月19日(水)リビングライフQT

今、私たちは、過去の歴史の出来事を、リアルタイムで見ているかのように、想像していますが、当時の人々は、今ある場所でしか事態を知ることができないので、全ての事に、信仰と期待を持って向かうしかなかったのです。この場面の召し使いのロデと祈りの座にいた信徒達の行動はあまりの出来事に、気が動転していた故なのでしょう。
これこそ、信仰と現実の狭間に生きる、私たちの共通の姿ではないでしょうか。
主なる神の御業は、私たちの信仰・迷いにも拘らず、主のご計画ゆえに、事は進んでいくのです。
私たちはしばしば、私たちの祈りが、信仰が奇跡を起こした‼️と、喜び踊るのですが。
ぺテロの救出への祈りは、主がその祈りを結集させて、その次の働きへと備えさせるための、神の導きとご計画なのです。
その実、ベテロは事の次第を説明すると、主が、かく導かれて今、在ることを、知らせるようにと言い残し、別の場所へと移動したのです。
全ては、福音宣教の為の、ステップなのです。
神の歴史の中での此のような審判は、王達の歴史の中にしばしば見ることができます。古代から近代に至るまで、覇者としての誇りを越えて、自らを神とした者の、滅びは、しばしば神の裁きを感じる最後なのです。
日本では❗
*自らを神とした信長の最後、
*更に軍部による、天皇をアジアの神とした、戦いの果ての、完全な敗北
*ドイツから出て、ヨーロッパ・ロシアに到るまで、自らを神としようと戦ったナチスのヒットラーの最後
今、ロシアにまた新たな愚かな覇者❓の姿を見ますね😭
神はおごり高ぶるものをお許しに
はならないのです‼️
一方、あのバルナバとサウルが、マルコを連れてアンテオケから帰還しました。
さぁ‼️新しい働きがエルサレム教会から始まろうとしているのです‼️
あぁ‼️主よ‼️私たちの国の教会に、主への飢え乾きが起こり、主の霊に導かれた祈りの座が、広がり深まり、聖霊の油注ぎを受ける器が私達が…多く興こされます様に、祈りましょう‼️
 使徒の働き 12:1~12

12:1 そのころ、ヘロデ王は、教会の中のある人たちを苦しめようとしてその手を伸ばし、
12:2 ヨハネの兄弟ヤコブを剣で殺した。
12:3 それがユダヤ人に喜ばれたのを見て、さらにペテロも捕らえにかかった。それは、種なしパンの祭りの時期であった。
12:4 ヘロデはペテロを捕らえて牢に入れ、四人一組の兵士四組に引き渡して監視させた。過越の祭りの後に、彼を民衆の前に引き出すつもりでいたのである。
12:5 こうしてペテロは牢に閉じ込められていたが、教会は彼のために、熱心な祈りを神にささげていた。
12:6 ヘロデが彼を引き出そうとしていた日の前夜、ペテロは二本の鎖につながれて、二人の兵士の間で眠っていた。戸口では番兵たちが牢を監視していた。
12:7 すると見よ。主の使いがそばに立ち、牢の中を光が照らした。御使いはペテロの脇腹を突いて彼を起こし、「急いで立ち上がりなさい」と言った。すると、鎖が彼の手から外れ落ちた。
12:8 御使いは彼に言った。「帯を締めて、履き物をはきなさい。」ペテロがそのとおりにすると、御使いはまた言った。「上着を着て、私について来なさい。」
12:9 そこでペテロは外に出て、御使いについて行った。彼には御使いがしていることが現実とは思えず、幻を見ているのだと思っていた。
12:10 彼らが、第一、第二の衛所を通り、町に通じる鉄の門まで来ると、門がひとりでに開いた。彼らは外に出て、一つの通りを進んで行った。すると、すぐに御使いは彼から離れた。
12:11 そのとき、ペテロは我に返って言った。「今、本当のことが分かった。主が御使いを遣わして、ヘロデの手から、またユダヤの民のすべてのもくろみから、私を救い出してくださったのだ。」
12:12 それが分かったので、ペテロは、マルコと呼ばれているヨハネの母マリアの家に行った。そこには多くの人々が集まって、祈っていた。
 2023年7月18日(火)リビングライフQT

祈りの力(?)は、何と素晴らしいのでしょう。
しかし、今日の記事では、二人の主の弟子が、次々、ヘロデの手によって、受難にあったのです。今日のテキストを読んで、ふと気がつくと、2節のヤコブの殉教の記事のあまりの短さに、殆ど読んではいても、すぐ次に読み進んでしまいますね。そして次に展開する話題は、ぺテロの捕縛とそれに続く、胸のすくような、奇跡の救出劇です‼️
私は、明日の分まで読み進みなから、“ふと”
ヤコブの事を思い起こしたのです。
もちろんヘロデの気ままな迫害でしたから、とらえた弟子の優劣によって、結果が違ったのではなく、人社会の中で起こってくる、様々な出来事は時の流れ‼️と言う、必然性・偶発性によってそれが織り成されて、全体の歴史を作り出すのです。何一つ無駄はないのです。ヤコブの殉教を始めとして、使徒と呼ばれた12名(否💢イスカリオテのユダを除く)は例外なしに、殉教の死を遂げています。
ぺテロも後に殉教への道を、たどるのです。
生きるか死ぬかが、もちろん問題なのではなく、それぞれが与えられた使命が…主の前に結果がそうであった。と言うことなのです。
先達が歩んだ、祈りと愛とが様々な結果として、いま私たちに知らされているのです。
ヤコブの殉教は、次のぺテロに降りかかった、彼の立場の危機に、神が直接に介入される、道筋となったのです。一人一人、何の区別も差異もないのです。ヤコブは、次のぺテロを通して表そうとする神の御業への、導火線のような役割を果たしたと言えるでしょう。詳しく述べるのは差し控えますが、あなたの思いで、この記事を改めて、良く考えて見ましょう。
ヤコブの死は、次の戦いへの祈りの結集となって、実を結ぶのです。ハレルヤ‼️🎶
ぺテロに起こった主の御業‼️世界・全歴史上の、全ての教会とクリスチャンへ、勇気と励ましを、2000年以上に亘って与え続けて来たのです。
何と素晴らしい主の御業でしょう。エルサレム教会は、ヘロデの思惑とは裏腹に、益々強くされていったのです。私たちの回りでも、福音宣教のために、祈りを熱くする時、何が起こるか期待しましょう‼️🎶
 使徒の働き 11:19~30

11:19 さて、ステパノのことから起こった迫害により散らされた人々は、フェニキア、キプロス、アンティオキアまで進んで行ったが、ユダヤ人以外の人には、だれにもみことばを語らなかった。
11:20 ところが、彼らの中にキプロス人とクレネ人が何人かいて、アンティオキアに来ると、ギリシア語を話す人たちにも語りかけ、主イエスの福音を宣べ伝えた。
11:21 そして、主の御手が彼らとともにあったので、大勢の人が信じて主に立ち返った。
11:22 この知らせがエルサレムにある教会の耳に入ったので、彼らはバルナバをアンティオキアに遣わした。
11:23 バルナバはそこに到着し、神の恵みを見て喜んだ。そして、心を堅く保っていつも主にとどまっているようにと、皆を励ました。
11:24 彼は立派な人物で、聖霊と信仰に満ちている人であった。こうして、大勢の人たちが主に導かれた。
11:25 それから、バルナバはサウロを捜しにタルソに行き、
11:26 彼を見つけて、アンティオキアに連れて来た。彼らは、まる一年の間教会に集い、大勢の人たちを教えた。弟子たちは、アンティオキアで初めて、キリスト者と呼ばれるようになった。
11:27 そのころ、預言者たちがエルサレムからアンティオキアに下って来た。
11:28 その中の一人で名をアガボという人が立って、世界中に大飢饉が起こると御霊によって預言し、それがクラウディウス帝の時に起こった。
11:29 弟子たちは、それぞれの力に応じて、ユダヤに住んでいる兄弟たちに救援の物を送ることに決めた。
11:30 彼らはそれを実行し、バルナバとサウロの手に託して長老たちに送った。
 2023年7月17日(月)リビングライフQT

”キリストのように生きる人“=キリスト者
何て素晴らしい呼び名でしょう‼️💖
迫害は、福音の拡散に大きな力ときっかけを作ったのです。
私たちは、迫害や殉教など、福音宣教によって起こる、反作用を、宣教が妨げられる障害と考えがちですが、福音宣教の歴史は、常に迫害と殉教のマイナス要因に乗り、それを媒体にして、拡大してきたのが、宣教の歴史でした。
説明するまでもないですね。折に触れてお話ししてきましたから。
アンティオキアは、一大福音宣教の中心地となるのです。異邦人世界への宣教の拠点となりました。ここで信じた者達を”キリスト者“と呼ぶようになった。
何がその様な呼び名となったのでしょう‼️
テキストの表題にありますように・・・
*キリストのように生きる人々
*キリスト者らしい奉仕に生きるもの。
何と光栄な呼び名でしょう🎵
この姿こそ、福音宣教のあるべき姿なのです‼️
福音の教え(教理)を信じ・洗礼を受けて教会に加わる。
*教会に加わる人の数が増える・・・これ等が宣教の成果として、歴史となるのではないのです。
人々が(ユダヤ人も異邦人も)キリストの様に生きている‼️
これこそ、宣教の成果であり、最高の実りなのです‼️💖
友人が、家族が、職場の上司が同僚が、あなたを「イエス様はその様な生き方をされたのだなぁ」「難しいこと解らんけど、あんたを見てると、キリストさんはそんなお方かなぁ❗と、分かるような。そんな生き方出来たらいいなぁ🎵」
そう言わせたら、宣教に成功したと言えましょう。
後は、ゆっくりイエス様を信じる者は罪赦されること、永遠の命の事、祈りながら話せたら良いですね。ハレルヤ‼️
 使徒の働き 11:1~18

11:1 さて、使徒たちとユダヤにいる兄弟たちは、異邦人たちも神のことばを受け入れたことを耳にした。
11:2 そこで、ペテロがエルサレムに上って来たとき、割礼を受けている者たちが、彼を非難して、
11:3 「あなたは割礼を受けていない者たちのところに行って、彼らと一緒に食事をした」と言った。
11:4 そこで、ペテロは彼らに事の次第を順序立てて説明した。
11:5 「私はヤッファの町で祈っていました。すると、夢心地になり、幻を見ました。大きな敷布のような入れ物が、四隅をつり下げられ、天から降りて来て、私のところに届いたのです。
11:6 その中をよく見ると、地の四つ足の動物、獣、這うもの、空の鳥が見えました。
11:7 そして、『ペテロよ、さあ、屠って食べなさい』と言う声を聞きました。
11:8 しかし私は、『主よ、そんなことはできません。私は、きよくない物や汚れた物を、まだ一度も口に入れたことがありません』と言いました。
11:9 すると、もう一度天から声が返って来ました。『神がきよめた物を、あなたがきよくないと言ってはならない。』
11:10 このようなことが三回あって、すべての物が再び天に引き上げられました。
11:11 すると、なんとちょうどそのとき、三人の人が私たちがいた家の前に立っていたのです。カイサリアから私のところに遣わされた人たちでした。
11:12 そして御霊は私に、ためらわずにその人たちと一緒に行くように言われました。そこで、ここにいる六人の兄弟たちも同行して、私たちはその人の家に入りました。
11:13 すると、その人は、御使いが自分の家の中に立っているのを見たこと、そして次のように語ったことを私たちに話してくれました。『ヤッファに人を遣わして、ペテロと呼ばれるシモンを招きなさい。
11:14 その人が、あなたとあなたの家の者たち全員を救うことばを、あなたに話してくれます。』
11:15 そこで、私が話し始めると、聖霊が初めに私たちの上に下ったのと同じように、彼らの上に下ったのです。
11:16 私は主が、『ヨハネは水でバプテスマを授けたが、あなたがたは聖霊によるバプテスマを授けられる』と言われたことばを思い起こしました。
11:17 ですから、神が、私たちが主イエス・キリストを信じたときに私たちに下さったのと同じ賜物を、彼らにもお授けになったのなら、どうして私などが、神がなさることを妨げることができるでしょうか。」
11:18 人々はこれを聞いて沈黙した。そして「それでは神は、いのちに至る悔い改めを異邦人にもお与えになったのだ」と言って、神をほめたたえた。
 2023年7月16日(日)リビングライフ

早速、ユダヤ社会の反応が厳しく出ましたね。これがイスラエルの民の、当時として1500年の民族のアイデンティティーだったのです。即ち、自分達は神に選ばれた清い民で、他のすべての民(人類)は、動物よりはましだが、汚れた低い人間だ💢💢と言う、極端な選民意識に生きていたのです。
何と愚かな伝統なのでしょう。
*かっての日本民族の、優越意識から、アジア諸国を一等低い民・・・として蔑んだ戦前戦中の意識・・
*また、アメリカのアフリカから連れて来た黒人奴隷を、牛馬以下に使役した。
*暗殺されてまで黒人解放に命を懸けた、キング牧師の公民権運動を弾圧した、白人社会
決して、古代の一部の差別意識ではなく、今も、私たちの中に“こびりつく”恐るべき醜い元凶ではないでしょうか💧
ぺテロがエルサレムに帰るや否や、沸き上がるように、異邦人と交わり、食事を共にした💢💢💨と、非難ごうごうだったのです。
ぺテロは、割礼を受けたユダヤ人(神の民と自認する)達に対して、実に丁寧に(自分もかってそうであった事を深く認識しながら・・)初めから丁寧に、事の次第を語ったのです。
この説明は今までも何度も繰り返されてきましたが、私は改めて、この話の流れの中に、ぺテロの魂の中での熱い祈りと、疑問をもって聞き入るユダヤ人たちへの、深い愛の痛みをもって語る姿を、彷彿とされるのです。
愛がなければ、いのりがなければ、時代と伝統は砕かれないのです。これこそ宣教の大原則です。
語り終え、聞き終わったとき、場は一変して、主を賛美する神の家となったのです🎶
  ハレルヤ‼️🎶
これが新しく生まれ変わったエルサレム教会の出発となります。
今新たに、福音を妨げるのは、罪人の無関心ではなく、伝える側に、何か妨げになる、障害が心の底に沈殿してはいないだろうか・・・と、祈りで打ち砕きながら、愛と忍耐と、慈しみをもって、祈りと、業を展開して参りましょう。
 使徒の働き 10:34~48

10:34 そこで、ペテロは口を開いてこう言った。「これで私は、はっきり分かりました。神はえこひいきをする方ではなく、
10:35 どこの国の人であっても、神を恐れ、正義を行う人は、神に受け入れられます。
10:36 神は、イスラエルの子らにみことばを送り、イエス・キリストによって平和の福音を宣べ伝えられました。このイエス・キリストはすべての人の主です。
10:37 あなたがたは、ヨハネが宣べ伝えたバプテスマの後、ガリラヤから始まって、ユダヤ全土に起こった事柄をご存じです。
10:38 それは、ナザレのイエスのことです。神はこのイエスに聖霊と力によって油を注がれました。イエスは巡り歩いて良いわざを行い、悪魔に虐げられている人たちをみな癒やされました。それは神がイエスとともにおられたからです。
10:39 私たちは、イエスがユダヤ人の地とエルサレムで行われた、すべてのことの証人です。人々はこのイエスを木にかけて殺しましたが、
10:40 神はこの方を三日目によみがえらせ、現れさせてくださいました。
10:41 民全体にではなく、神によって前もって選ばれた証人である私たちに現れたのです。私たちは、イエスが死者の中からよみがえられた後、一緒に食べたり飲んだりしました。
10:42 そしてイエスは、ご自分が、生きている者と死んだ者のさばき主として神が定めた方であることを、人々に宣べ伝え、証しするように、私たちに命じられました。
10:43 預言者たちもみなイエスについて、この方を信じる者はだれでも、その名によって罪の赦しが受けられると、証ししています。」
10:44 ペテロがなおもこれらのことを話し続けていると、みことばを聞いていたすべての人々に、聖霊が下った。
10:45 割礼を受けている信者で、ペテロと一緒に来た人たちは、異邦人にも聖霊の賜物が注がれたことに驚いた。
10:46 彼らが異言を語り、神を賛美するのを聞いたからである。するとペテロは言った。
10:47 「この人たちが水でバプテスマを受けるのを、だれが妨げることができるでしょうか。私たちと同じように聖霊を受けたのですから。」
10:48 ペテロはコルネリウスたちに命じて、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けさせた。それから、彼らはペテロに願って、何日か滞在してもらった。
 2023年7月15日(土)リビングライフQT

何度、読んでも、胸のすくような感動と興奮を覚えます。
私も、聖会で・神学校のチャペルで・祈祷室で聖霊待望会で、一同に聖霊が注がれ、異言や賛美、悔い改め救われる姿、癒されて感謝する姿など興奮のルツボの様な光景に包まれ涙し叫ぶような祈りを幾度となくしてきたことでしょう。
さて、コルネリウスは、正しい心の持ち主ではあり、ユダヤの人々からも、信頼の厚い人でした。
しかし、こと律法の下では、異邦人でしたから、交わりを持つことはあり得ない事でした。しかし、聖霊に満たされた主の僕ペテロとの出会いは、聖霊なる神の逢わせられた、素晴らしい恵みの世界となりました。
まさに、この時、すべての隔ての壁が取り除かれ、一気に福音は溢れ流れ拡がり始めたのです‼️
今、私たちの中にある隔てるものは何でしょう。
祈ってみましょう。主はその中で、きっと示してくださるでしょう🎵
主なる神・聖霊なる神は、私を、あなたを福音の使者として用いたいと、願っておられるのです。
祈りを熱くしましょう。主の前に聖霊の光に照らしていただきましょう‼️🎶
 使徒の働き 10:17~33

10:17 ペテロが、今見た幻はいったいどういうことだろうか、と一人で思い惑っていると、なんと、コルネリウスから遣わされた人たちがシモンの家を捜し当てて、その門口に立ち、
10:18 声をかけて、「ペテロと呼ばれているシモンはここに泊まっていますか」と尋ねていた。
10:19 ペテロは幻について思い巡らしていたが、御霊が彼に言われた。「見なさい。三人の人があなたを訪ねて来ています。
10:20 さあ、下に降りて行き、ためらわずに彼らと一緒に行きなさい。わたしが彼らを遣わしたのです。」
10:21 そこでペテロは、その人たちのところに降りて行って、言った。「あなたがたが探しているのは、この私です。どんなご用でおいでになったのですか。」
10:22 すると、彼らは言った。「正しい人で、神を恐れ、ユダヤの民全体に評判が良い百人隊長コルネリウスが、あなたを自分の家に招いて、あなたから話を聞くようにと、聖なる御使いから示されました。」
10:23 それでペテロは、彼らを迎え入れて泊まらせた。翌日、ペテロは立って、彼らと一緒に出かけた。ヤッファの兄弟たちも数人同行した。
10:24 そして次の日、ペテロはカイサリアに着いた。コルネリウスは、親族や親しい友人たちを呼び集めて、彼らを待っていた。
10:25 ペテロが着くと、コルネリウスは迎えに出て、足もとにひれ伏して拝んだ。
10:26 するとペテロは彼を起こして、「お立ちください。私も同じ人間です」と言った。
10:27 そして、コルネリウスとことばを交わしながら家に入り、多くの人が集まっているのを見て、
10:28 その人たちにこう言った。「ご存じのとおり、ユダヤ人には、外国人と交わったり、外国人を訪問したりすることは許されていません。ところが、神は私に、どんな人のことも、きよくない者であるとか汚れた者であるとか言ってはならないことを、示してくださいました。
10:29 それで、お招きを受けたとき、ためらうことなく来たのです。そこでお尋ねしますが、あなたがたは、どういうわけで私をお招きになったのですか。」
10:30 すると、コルネリウスが言った。「四日前のこの時刻に、私が家で午後三時の祈りをしていますと、なんと、輝いた衣を着た人が私の前に立って、
10:31 こう言いました。『コルネリウス。あなたの祈りは聞き入れられ、あなたの施しは神の前に覚えられています。
10:32 だから、ヤッファに人を送って、ペテロと呼ばれるシモンを招きなさい。この人は海辺にある、皮なめし職人のシモンの家に泊まっています。』
10:33 それで、私はすぐにあなたのところに人を送ったのです。ようこそおいでくださいました。今、私たちはみな、主があなたにお命じになったすべてのことを伺おうとして、神の御前に出ております。」
 2023年7月14日(金)リビングライフQT

ペテロは、天からの御声で、自らの内にある差別意識に気づかされはしましたが、まだ、それが何を意味しているかは、見当も付かず、戸惑っている所に、北の港町ローマ軍の駐屯地カイザリアからの、コルネリウス将軍からの使者が訪れ、招きを受けたのです。
ユダヤの律法では、異邦人の家に入ること、異邦人と交わる事も、律法の慣習で禁止されていたのです。
ですから、ぺテロがこの招きを受けて、カイザリヤへと、移動したこと自体、当時のユダヤ教指導者から観れば、死に値する行動だったのです。彼の心の中には、昨日の夜の天からの幻と御声を思い起こしつつ、60kmの道のりを異邦人を訪ねて歩く一歩一歩は、新しい世界へ不安と期待とが入り交じる、導きの道だったと思われます。ぺテロ自身異邦人の姿を見るだけでも、嫌悪した人生を生きてきたのですから…
この物語を理解するためには、この様な事態を考え理解しないで、単に、占領軍の大将の招き・改心・・・と見るだけでは、ことの重大性が見失われてしまいます。
ユダヤ社会では、イエス・キリストの十字架の購いの死は、選びの民の救いのためであって、ましてや、救い主(メシア)イエス・キリストを死に追いやったのは、正に異邦人であり、ローマの権力だったのですから、異邦人に対する嫌悪と、汚れた民である💢と言う排除の意識は、今まで以上に強くなっていたのです。
この分厚い壁を破ってのぺテロの行動は、世界宣教(全人類救済)への、第一歩となったのです。
福音宣教には、いつも、この様な大冒険が付き物ですけど一人の人が救われるためには、一つには、本人の罪の悔い改めが大きな壁でしょう。しかし、同時に教会(クリスチャン)側の福音への妨げはないだろうか(はてな)
一つの例を挙げてみましょう😖💦
「うちの・・・は、あれは救われん💢・・無理だ💢」
と言う言葉は随分聴かせられてきました。💧福音の障害となっています。
『・・・は、サタンに、囚われているから💢無理』等々
クリスチャン自身が、差別してしまっている世界があるのです。
ぺテロの経験は、正に、この様に、福音が広がるところに何時も横たわる問題として、起こりうる問題です。
イエス様は、こんな私さえも、赦して御国の民に加えて下さったのです。
救われない、滅びに定められる人がいるでしょうか(はてな) NO.‼️
心して、主の愛と救いをのべ伝えて行きたいですね‼️
 使徒の働き 10:1~16

10:1 さて、カイサリアにコルネリウスという名の人がいた。イタリア隊という部隊の百人隊長であった。
10:2 彼は敬虔な人で、家族全員とともに神を恐れ、民に多くの施しをし、いつも神に祈りをささげていた。
10:3 ある日の午後三時ごろ、彼は幻の中で、はっきりと神の御使いを見た。その御使いは彼のところに来て、「コルネリウス」と呼びかけた。
10:4 彼は御使いを見つめていたが、恐ろしくなって言った。「主よ、何でしょうか。」すると御使いは言った。「あなたの祈りと施しは神の御前に上って、覚えられています。
10:5 さあ今、ヤッファに人を遣わして、ペテロと呼ばれているシモンという人を招きなさい。
10:6 その人は、シモンという皮なめし職人のところに泊まっています。その家は海辺にあります。」
10:7 御使いが彼にこう語って立ち去ると、コルネリウスはしもべたちのうち二人と、彼の側近の部下のうち敬虔な兵士一人を呼び、
10:8 すべてのことを説明して、彼らをヤッファに遣わした。
10:9 翌日、この人たちが旅を続けて、町の近くまで来たころ、ペテロは祈るために屋上に上った。昼の十二時ごろであった。
10:10 彼は空腹を覚え、何か食べたいと思った。ところが、人々が食事の用意をしているうちに、彼は夢心地になった。
10:11 すると天が開け、大きな敷布のような入れ物が、四隅をつるされて地上に降りて来るのが見えた。
10:12 その中には、あらゆる四つ足の動物、地を這うもの、空の鳥がいた。
10:13 そして彼に、「ペテロよ、立ち上がり、屠って食べなさい」という声が聞こえた。
10:14 しかし、ペテロは言った。「主よ、そんなことはできません。私はまだ一度も、きよくない物や汚れた物を食べたことがありません。」
10:15 すると、もう一度、声が聞こえた。「神がきよめた物を、あなたがきよくないと言ってはならない。」
10:16 このようなことが三回あってから、すぐにその入れ物は天に引き上げられた。
 2023年7月13日(木)リビングライフQT

御霊なる神の、先行的導きの素晴らしい物語‼️
福音宣教の、拡大や深化は、単にクリスチャンの献身的な働きや、活躍のみによるものではない。
人の交わりではなかなか拡がらない広範囲な働き、また、異文化との福音の交流、同じ国民の間に伝統的に立てられた壁、文化的、宗教的、伝統等々、この壁は、福音の拡散に大きな障害となることがあるのです。
今日のテキストの様に、天からの声(神の声)に対するぺテロの対応は、正にユダヤ教の律法文化による、自己内部にある、差別的人生観(信仰観)が、明らかにされた瞬間でした。
律法尊守のユダヤ教信仰は、神の絶対命令だ‼️と言う概念を、初めて間違いだと、気付かせる、聖霊の導きだったのです。
このように、民族・宗教・文化・言語・伝統等々、善悪のけじめ以上に、人の心を頑なに閉ざして、クリスチャンですら、それらに対して拒絶的な、対応をすることで、福音の働きに壁を立てることがあるのです。💧
ぺテロは、確かに主の直弟子だし、ペンテコステの日に、聖霊のバプテスマを受けた、クリスチャン第一号なのです。
聖霊様は、ペテロに直接語りかけ、彼の内に頑なに横たわる“律法主義”を、砕かれたのです。
後先になりますが、一方、はるか60kmも離れたカイザリアのコルネリオに、同じように主は語りかけられています・・・福音は主なる神の御介入があってこそ導かれ伝わって行くものなのです。
私たちの回りにも、このような事柄は沢山見ることができます。
私たちの伝道は、私一人の決心や、計画や、行動によって、成り立つのではありません。福音の働きは、新しい生活習慣を、普及させるのではありません。キリスト教を広めるのでもありません。
今ある人生の行程(道)が滅びへの道であることを知らせ(気付かせ)、新しい命の道、永遠の神の国へ至らせる、働きなのです。
生まれながらの人生の価値観、伝統的に教えられて来た来世観が、大変な間違いだと、指し示す働きです。知識や、話術や、親密度や、説得力によって、一人の人の人世感を変えることなど、私たちには出来ないのです。
ここに聖霊様の共なる導きが不可欠なのです。
コルネリオの物語はこの事を教える大切な物語なのです。
また先を読み進んで、後の日にまた黙想するのも、更に聖書の導きを深くすることになるでしょう‼️
 使徒の働き 9:32~43

9:32 さて、ペテロがあらゆるところを巡回していたときのことであった。彼は、リダに住む聖徒たちのところにも下って行った。
9:33 そこで彼は、アイネアという名で、八年間床についている人に出会った。彼は中風であった。
9:34 ペテロは彼に言った。「アイネア、イエス・キリストがあなたを癒やしてくださいます。立ち上がりなさい。そして自分で床を整えなさい。」すると、彼はただちに立ち上がった。
9:35 リダとシャロンに住む人々はみなアイネアを見て、主に立ち返った。
9:36 またヤッファに、その名をタビタ、ギリシア語に訳せばドルカスという女の弟子がいた。彼女は多くの良いわざと施しをしていた。
9:37 ところが、そのころ彼女は病気になって死んだ。人々は遺体を洗って、屋上の部屋に安置した。
9:38 リダはヤッファに近かったので、ペテロがそこにいると聞いた弟子たちは、人を二人、彼のところに遣わして、「私たちのところまで、すぐ来てください」と頼んだ。
9:39 そこで、ペテロは立って二人と一緒に出かけた。ペテロが到着すると、彼らはペテロを屋上の部屋に案内した。やもめたちはみな彼のところに来て、泣きながら、ドルカスが一緒にいたころ作ってくれた下着や上着の数々を見せるのであった。
9:40 ペテロは皆を外に出し、ひざまずいて祈った。そして、遺体の方を向いて、「タビタ、起きなさい」と言った。すると彼女は目を開け、ペテロを見て起き上がった。
9:41 そこで、ペテロは手を貸して彼女を立たせた。そして聖徒たちとやもめたちを呼んで、生きている彼女を見せた。
9:42 このことがヤッファ中に知れ渡り、多くの人々が主を信じた。
9:43 ペテロはかなりの期間、ヤッファで、シモンという皮なめし職人のところに滞在した。
 2023年7月12日(水)リビングライフQT

使徒の働きを読み進むと、聖書に釘付けとなり、つい明日のテキストさらに先を読んでしまいますね。
恵みの時ですね
行きつ戻りつしながら、主なる神の御業を実際に見るように想像しながら、何時しか、聖霊なる神の力と愛に触れて頂いているのです‼️アーメン
中風のアイネヤの瞬時に為された癒し❗
病で死に、遺体も洗って整えて安置した、タビタの蘇り‼️
何と素晴らしい主の業。
しかし、華やかな記事ではなく、淡々と書き進んでいますね🎵
私は台湾の原住民(先住民・山地に住む12部族)への伝道に、40年に亘って毎年二週間から一ヶ月、巡回伝道をしました。
沢山のしるしと不思議を経験しました。
一つの証しをお話ししましょう🎵
私が行ったとき、いつも手厚くご接待くださった、南山の教会のこ婦人がいらっしゃいました。彼女が、医者のいない山地の部落で急な熱病で町に連れて行く間もなく、亡くなられ、医者の検死により、確実な死が宣告されました。村中の人が集まりその死を悼み、思い出を語っていたのですが…(すでに二日経過していた)、安置している隣の部屋から音がするので部屋を開けると、彼女が起き上がっているのです。
驚くの何の…‼️
彼女は召されての中
主なのか御使いなのか、『もう一度貴女を南山に遣わす、帰って証しをしなさい。
そして、10日後にまた私は貴女を迎える‼️』
と語られたのです。
このことは瞬く間に近隣に語り継がれ、
多くの方が彼女の所にやって来て、主を信じ、癒しが行われ、・・・・
10日があっという間に、過ぎ去りました。
彼女は精力的に福音を語り、10日目が来たその日、自宅には多くの人々が集まり賛美し、彼女は静かに皆に主に従い続けるように、薦めをなし、静かに祈りながら床に横たわって、主のもとに帰って行った。
私は、それから間もなくその部落(南山)に行きましたが、部落の雰囲気が全く変わっていました。集会には熱い祈りと信仰によって、座れないほどの人々が集まり、癒しの業が起こり信仰決心する者も多数、正にリバイバル集会でした。
この後、私はこの台湾で、車椅子でしか歩けなくなっていた足が癒されて、今に至っています。
奇跡が福音ではありません、しかし、福音が満ち、聖霊が働かれるとき、
必要な主の御業は、今も続いているのです‼️
   アーメン
 使徒の働き 9:23~31

9:23 かなりの日数がたち、ユダヤ人たちはサウロを殺す相談をしたが、
9:24 彼らの陰謀はサウロの知るところとなった。彼らはサウロを殺そうと、昼も夜も町の門を見張っていた。
9:25 そこで、彼の弟子たちは夜の間に彼を連れ出し、籠に乗せて町の城壁伝いにつり降ろした。
9:26 エルサレムに着いて、サウロは弟子たちの仲間に入ろうと試みたが、みな、彼が弟子であるとは信じず、彼を恐れていた。
9:27 しかし、バルナバはサウロを引き受けて、使徒たちのところに連れて行き、彼がダマスコへ行く途中で主を見た様子や、主が彼に語られたこと、また彼がダマスコでイエスの名によって大胆に語った様子を彼らに説明した。
9:28 サウロはエルサレムで使徒たちと自由に行き来し、主の御名によって大胆に語った。
9:29 また、ギリシア語を使うユダヤ人たちと語ったり、論じたりしていたが、彼らはサウロを殺そうと狙っていた。
9:30 それを知った兄弟たちは、彼をカイサリアに連れて下り、タルソへ送り出した。
9:31 こうして、教会はユダヤ、ガリラヤ、サマリアの全地にわたり築き上げられて平安を得た。主を恐れ、聖霊に励まされて前進し続け、信者の数が増えていった。
 2023年7月11日(火)リビングライフQT

サウロは、ユダヤ人(ユダヤ教の保守派)たちの中の指導者だったのです。彼の改心は、ユダヤ教徒にとっては、危機的な事件でした。彼らの信仰にとっては、死活問題でした。それでサウロは命を狙われたのです。
無事にクリスチャン達に守られ、ダマスコから120kmも離れたエルサレムに、帰ったのです。
サウロの、心の中には、今新たな聖霊なる神の命の導きが、渦巻いていたのです。
エルサレムの、使徒達と交流しながら、
御在世時のイエス様のイメージを心に焼き付け、福音の弁証に必要なあらゆる知識を、受け入れ、旧約の預言の成就としての、神の子イエス・キリストと、御霊とを完全に一致させて、語り始めたのです。けれど、彼の教えは、主と直に触れ・聞き・観・体験した話とは違い、聖書の預言の成就としての、神の御子イエス様の顕れと、その十字架の購いの完全な成就‼️🎵これがサウロの福音として、力強く、ユダヤ人の間に浸透し始めたのです。
同時に、ギリシャ語を使う離散ユダヤ人達にも改心者が続々あらわれ、
これが後にパウロの伝道旅行の、先駆けとなって、地中海沿岸地方の、リバイバルの火種として用意されたのです。
しかし、ここで今朝、心に留めたいのは、サウロをここまでユダヤ社会に繋いだのは、バルナバという人でした。
ハルナバの存在なしには、サウロのこのような働きは進まなかったのです。
彼は、身を挺して、福音の敵であったサウロを、全力を投じて、信仰仲間に、繋いでいったのです。単に彼が人繋ぎが上手かったのではありません。聖霊なる神のみわざと御計画が、彼には見えたのです。
正に聖霊の御力から、ほとばしり出た、神の知恵であり力だったのです。
ここにも、あの二階座敷での聖霊降臨の、力ある業が、顕れたのです。
皆さん‼️求めましょう🎵御霊の働きを❗
そして、その働きを担うものとして、あなたの身と魂と生活とを、主に御捧げしましょう‼️
時は近いのです‼️ 
    アーメン
 使徒の働き 9:10~22

9:10 さて、ダマスコにアナニアという名の弟子がいた。主が幻の中で「アナニアよ」と言われたので、彼は「主よ、ここにおります」と答えた。
9:11 すると、主はこう言われた。「立って、『まっすぐ』と呼ばれる通りに行き、ユダの家にいるサウロという名のタルソ人を訪ねなさい。彼はそこで祈っています。
9:12 彼は幻の中で、アナニアという名の人が入って来て、自分の上に手を置き、再び見えるようにしてくれるのを見たのです。」
9:13 しかし、アナニアは答えた。「主よ。私は多くの人たちから、この人がエルサレムで、あなたの聖徒たちにどんなにひどいことをしたかを聞きました。
9:14 彼はここでも、あなたの名を呼ぶ者たちをみな捕縛する権限を、祭司長たちから与えられています。」
9:15 しかし、主はアナニアに言われた。「行きなさい。あの人はわたしの名を、異邦人、王たち、イスラエルの子らの前に運ぶ、わたしの選びの器です。
9:16 彼がわたしの名のためにどんなに苦しまなければならないかを、わたしは彼に示します。」
9:17 そこでアナニアは出かけて行って、その家に入り、サウロの上に手を置いて言った。「兄弟サウロ。あなたが来る途中であなたに現れた主イエスが、私を遣わされました。あなたが再び見えるようになり、聖霊に満たされるためです。」
9:18 するとただちに、サウロの目から鱗のような物が落ちて、目が見えるようになった。そこで、彼は立ち上がってバプテスマを受け、
9:19 食事をして元気になった。サウロは数日の間、ダマスコの弟子たちとともにいて、
9:20 ただちに諸会堂で、「この方こそ神の子です」とイエスのことを宣べ伝え始めた。
9:21 これを聞いた人々はみな驚いて言った。「この人はエルサレムで、この名を呼ぶ人たちを滅ぼした者ではないか。ここへやって来たのも、彼らを縛って、祭司長たちのところへ引いて行くためではなかったか。」
9:22 しかし、サウロはますます力を増し、イエスがキリストであることを証明して、ダマスコに住むユダヤ人たちをうろたえさせた。
 2023年7月10日(月)リビングライフQT

サウロの改心・・・
サウロのような福音への確信的反対者が、どの様にして、立ち返えったのでしょう。主なる神の為さることは、はかり知れませんね🎵
サウロは未だ心中は混乱していたのです。
しかし、神は彼の眼を見えなくさせ、聖書(今で言う旧約の律法と預言書の巻物))歴史とその中で語られた神からの預言について、深く思い巡らす時が与えられたのです。
私達は、回りの近しい人々が、信仰に反対したり、拒否したり・・・心痛める事が、良く有りますね。家族の反対もその一つでしょう。親に伝道❓成長した子に伝道❓
親戚に伝道❓・・等という局面では、ついつい、後ずさりしたりしますね。
アナニヤも、正にそのストレスに向き合わされたのです。
現実に、彼はエルサレムでの激しい弾圧から、ダマスコに逃げてきた一人なのです。
聖霊なる神の働きは、私達はつい、見えないお方(第三位の神)だから、霊の影響力・・・と、理解し勝ちですが、そうではありません。主イエス・キリストとしての子なる神・・・と、同格の、人(神)格を備えられた神、創造神と、同格のお方なのだ‼️🎶という信仰に、しっかりと立脚しなければ、
本当の福音信仰ではありません。
アナニヤは、天に帰られた御子イエス・キリスト御在世時の信仰と、同じ信仰に押し出されて、サウロの導き手として用いられたのです。
イエス様が共におられるように‼️
サウロの魂はすでに整えられて、時を待っていたのです。
祈っていると、聖霊なる神が、あなたを、私を、押し出される時、道が開かれるのです。
御霊に満たされる‼️・・・と言うことは、そう言う事でもあるのです。御霊は実を結ばせて下さいます。
祈り待ち望みましょう。
祈り(主なる神との深い交わりの)は、あなたを、刈り取りの器として用いられます。
それが、今の時代に働かれる聖霊なる神の働きなのです。ハレルヤ‼️
 使徒の働き 9:1~9

9:1 さて、サウロはなおも主の弟子たちを脅かして殺害しようと息巻き、大祭司のところに行って、
9:2 ダマスコの諸会堂宛ての手紙を求めた。それは、この道の者であれば男でも女でも見つけ出し、縛り上げてエルサレムに引いて来るためであった。
9:3 ところが、サウロが道を進んでダマスコの近くまで来たとき、突然、天からの光が彼の周りを照らした。
9:4 彼は地に倒れて、自分に語りかける声を聞いた。「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。」
9:5 彼が「主よ、あなたはどなたですか」と言うと、答えがあった。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。
9:6 立ち上がって、町に入りなさい。そうすれば、あなたがしなければならないことが告げられる。」
9:7 同行していた人たちは、声は聞こえてもだれも見えないので、ものも言えずに立っていた。
9:8 サウロは地面から立ち上がった。しかし、 目を開けていたものの、何も見えなかった。それで人々は彼の手を引いて、ダマスコに連れて行った。
9:9 彼は三日間、目が見えず、食べることも飲むこともしなかった。
 2023年7月9日(日)リビングライフQT

遂に、サウロの上に、神の手が降った‼️
それは、裁きの手ではなく、召命の手であった。
主なる神は、これまでも、様々なときに、見えない御手をもって、サウロの魂に、触れておられたことを、彼自身は全く気付かなかったのです。殊に、ステパノの殉教の一部始終を、目撃よりむしろ監察するように、終始経緯を見届けていたのです。その彼が大祭司(当時のユダヤ国の、最高責任者であり、最高裁の審判長でした)のところへ行って、イエスの教えを奉じるもの達への、厳しい処罰の執行官としての、任命書と、取り締まり執行の、全権の委任を求め受けて、エルサレムでの厳しい探索を行ったのです。しかし、重要人物は、ダマスコに移動していたので、神殿警護隊をつれて、ダマスコへ(エルサレムからダマスコまでは、240km実測だと270kmはある)進軍したのです。
リンチの現場では、石を投げる迫害者の着物番をしていたパウロが、今や、馬上豊かに全軍の指揮官として、鎧に身を包んだ姿を想像してみましょう。
神様はどうして、福音に命を懸ける人々のために、この様な男(パウロ)に権威に身を包む姿を許されたのでしょう😵
歴史や時間の流れのなかで、私たちはしばしば、教会が混乱させられる姿を、なぜ主なる神は、御止めにはならないのだろうか(はてな)という疑問を持ったことはありませんか?
パウロ(前のサウロ)はこの事に関して、このように語っています。
『罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました。』
  ローマ5章20節
意気揚々と、ダマスコに近づいていくサウロの上に、神の御手が伸びているのを、知る由もなかったのです。
私たちの人生でも、ある日突然何かが起こるのではなく、全ての時には、神の御支配とご計画が、有ると言うことです。
主なる神様を知らない時は、知る由もありませんが、
クリスチャンとなってからは、
この事実を知り、どんな困難にも、危機にも、栄光にも・・・神の時が仕組まれていることを信じて、堪え忍び、また謙虚に感謝し、主の導きを祈りたいですね。
サウロは突然光に打たれ、天からのイエス様の声を聞き、目が見えなくなる‼️余りのショックに、魂が混乱し三日も食事が出来なかった。
正に神が彼の魂を撃たれたのです‼️
この三日間は、サウロの死と葬りの時でした。古いサウロが死ぬのです。
私達はそれぞれ、体験は違いますが、同じように罪ある己に死に、新しい命に復活したのです。
サウロがパウロになったように‼️🎶
今日、新たにこうして今在ることを、主に感謝しましょう。主はずっと見つめておられたのです‼️ハレルヤ🎶
 使徒の働き 8:20~40

8:20 しかし、ペテロは彼に言った。「おまえの金は、おまえとともに滅びるがよい。おまえが金で神の賜物を手に入れようと思っているからだ。
8:21 おまえは、このことに何の関係もないし、あずかることもできない。おまえの心が神の前に正しくないからだ。
8:22 だから、この悪事を悔い改めて、主に祈れ。もしかしたら、心に抱いた思いが赦されるかもしれない。
8:23 おまえが苦い悪意と、不義の束縛の中にいることが、私には見えるのだ。」
8:24 シモンは答えた。「あなたがたが言ったことが何一つ私の身に起こらないように、私のために主に祈ってください。」
8:25 こうして、使徒たちは証しをし、主のことばを語った後、エルサレムに戻って行った。彼らはサマリア人の多くの村で福音を宣べ伝えた。
8:26 さて、主の使いがピリポに言った。「立って南へ行き、エルサレムからガザに下る道に出なさい。」そこは荒野である。
8:27 そこで、ピリポは立って出かけた。すると見よ。そこに、エチオピア人の女王カンダケの高官で、女王の全財産を管理していた宦官のエチオピア人がいた。彼は礼拝のためエルサレムに上り、
8:28 帰る途中であった。彼は馬車に乗って、預言者イザヤの書を読んでいた。
8:29 御霊がピリポに「近寄って、あの馬車と一緒に行きなさい」と言われた。
8:30 そこでピリポが走って行くと、預言者イザヤの書を読んでいるのが聞こえたので、「あなたは、読んでいることが分かりますか」と言った。
8:31 するとその人は、「導いてくれる人がいなければ、どうして分かるでしょうか」と答えた。そして、馬車に乗って一緒に座るよう、ピリポに頼んだ。
8:32 彼が読んでいた聖書の箇所には、こうあった。「屠り場に引かれて行く羊のように、毛を刈る者の前で黙っている子羊のように、彼は口を開かない。
8:33 彼は卑しめられ、さばきは行われなかった。彼の時代のことを、だれが語れるだろう。彼のいのちは地上から取り去られたのである。」
8:34 宦官はピリポに向かって言った。「お尋ねしますが、預言者はだれについてこう言っているのですか。自分についてですか。それとも、だれかほかの人についてですか。」
8:35 ピリポは口を開き、この聖書の箇所から始めて、イエスの福音を彼に伝えた。
8:36 道を進んで行くうちに、水のある場所に来たので、宦官は言った。「見てください。水があります。私がバプテスマを受けるのに、何か妨げがあるでしょうか。」
8:37 【本節欠如】
8:38 そして、馬車を止めるように命じた。ピリポと宦官は二人とも水の中に降りて行き、ピリポが宦官にバプテスマを授けた。
8:39 二人が水から上がって来たとき、主の霊がピリポを連れ去られた。宦官はもはやピリポを見ることはなかったが、喜びながら帰って行った。
8:40 それからピリポはアゾトに現れた。そして、すべての町を通って福音を宣べ伝え、カイサリアに行った。

 2023年7月8日(土)リビングライフQT

更に、使徒ピリボの働きが続きます。サマリヤにいたピリポが突然、ガザ(パレスチナとの摩擦となっている、パレスチナ自治区)へのへの道に顕れるのです。サマリヤからガザの近くまでは、直線距離にして、120kmあります。山地を歩いてこの地に来るまでには、強行軍でも4日を要します。
聖霊の導きとあれば、福音を届けるためには、疲れや、困難をもものともせずに、彼は真理を求める人が居る所(主が導かれるままに)に、喜んで向かうのです。
主も又、エチオピアから得るされ目に来ていた、女王の使いに、福音を語るのです。
聖書テキストを読むと、この大臣が、どんなに心熱い方かが伺われますね🎵
又、エチオピアの女王も、律法に、予言書に忠実であったかが伺われます。
このピリポと大臣の出逢いが、今日のエチオピアの国の信仰として、イエス・キリストの福音にたった国になったかが、理解できますね🎵
この二人の聖書を中にした会話は、素晴らしい伝道ですね‼️
又、この大臣のバプテスマへの、求めの明確さ(生涯通して・・この真理を女王にもたらさねば・・・)そんな強い意思が観てとれますね。国の歴史を変える、歴史的開眼です‼️ハレルヤ‼️🎶
洗礼の水から上がると、最早ピリポはいなくなっていた。
聖霊がワープさせたのか、大臣ががどうして祈る間に、ピリポが早、導かれて次へと進んだか・・・
ピリポは、もうアゾト(洗礼の場所から直線で40km)に、現れました‼️
聖霊のなせる業ですね🎵
又、一つホーリネスの昭和五年(1930年)のリバイバルの時の証をさせて下さい。
突然、ペンテコステ直前のある朝の朝食前の祈りの時、120名の修養生(神学生)が一同に大食堂でしょくじんの短い礼拝で祈っているとき、聖霊の注ぎがあり、全学生が倒れ、ある者は悔い改め、ある者は賛美しながら駆け巡り、ある者は大声で異言で讚美し祈り、ある者は、泣き出し、大混乱となった。
この騒ぎのような中で、聖書学院の外をいつものように馬車を引いて通りかかった馬車引きが、足がすくみ、倒れそうになり、馬と馬車をそのままにして、駆け込んできて、私のために祈ってください。私の心は罪で真っ黒です・・・彼はそこで学生に導かれて救われた。
また御近所の主婦が朝の食事の片付をしていると、心刺され、てが震え、お茶碗を割り、ジットしておられずに、隣から駆け込んできて、祈られと救われる・・・暫くの間、毎日この様な事が起こった‼️・・・父が何度、なん重度話してくださったか❗
まるで私が経験したようなリアルさをもって、今も私の心に焼き付いています。
またこの様なお話をするかも知れま線がお許しください。
まだまだ沢山有るのです。
使徒働きが今も続いているような🎵
 使徒の働き 8:14~25

8:14 エルサレムにいる使徒たちは、サマリアの人々が神のことばを受け入れたと聞いて、ペテロとヨハネを彼らのところに遣わした。
8:15 二人は下って行って、彼らが聖霊を受けるように祈った。
8:16 彼らは主イエスの名によってバプテスマを受けていただけで、聖霊はまだ、彼らのうちのだれにも下っていなかったからであった。
8:17 そこで二人が彼らの上に手を置くと、彼らは聖霊を受けた。
8:18 シモンは、使徒たちが手を置くことで御霊が与えられるのを見て、使徒たちのところに金を持って来て、
8:19 「私が手を置く者がだれでも聖霊を受けられるように、その権威を私にも下さい」と言った。
8:20 しかし、ペテロは彼に言った。「おまえの金は、おまえとともに滅びるがよい。おまえが金で神の賜物を手に入れようと思っているからだ。
8:21 おまえは、このことに何の関係もないし、あずかることもできない。おまえの心が神の前に正しくないからだ。
8:22 だから、この悪事を悔い改めて、主に祈れ。もしかしたら、心に抱いた思いが赦されるかもしれない。
8:23 おまえが苦い悪意と、不義の束縛の中にいることが、私には見えるのだ。」
8:24 シモンは答えた。「あなたがたが言ったことが何一つ私の身に起こらないように、私のために主に祈ってください。」
8:25 こうして、使徒たちは証しをし、主のことばを語った後、エルサレムに戻って行った。彼らはサマリア人の多くの村で福音を宣べ伝えた。
 2023年7月7日(金)リビングライフQT

聖霊のパプテスマ・・
ペンテコステの日に、120名の者が集まって祈る中に、神の御計画の大きな実、神の大いなる恵みの賜物、聖霊が注がれたのです。
16節に・・”彼らは主イエスの名によってパプテスマを受けていただけで、彼らのうちのだれにも(聖霊は)下っていなかったからである。
この記述を通して、《聖霊のバプテスマ》は、教会に与えられた恵みであり、クリスチャンが個人的に求め、与えられていく、恵みの賜物なのです‼️
教会はその様な豊かな主なる神の至福の経験が与えられている所であることを、もっと、更に、語り伝えねばならないのです。
また、聖霊のパプテスマは、神の国が完成されるために必要な、福音が全世界に満ちるための、”宣教“の力の根源となる恵みなのですから‼️
私達の教会に、聖霊によるパプテスマへの、飢え渇きが生じることを、切に祈り願い、私達も常に新しく、御霊に満たされる経験を、繰り返し経験しながら、
福音に仕えていきたいですね🎵
教会の中に、ㇱモンの様な、未だ不純な心得に囚われている存在もいることを思うと、御霊によるバプテスマが、教会の潔い力としていかに重要かが明らかにされますね🎵
 使徒の働き 8:2~13

8:2 敬虔な人たちはステパノを葬り、彼のためにたいへん悲しんだ。
8:3 サウロは家から家に押し入って、教会を荒らし、男も女も引きずり出して、牢に入れた。
8:4 散らされた人たちは、みことばの福音を伝えながら巡り歩いた。
8:5 ピリポはサマリアの町に下って行き、人々にキリストを宣べ伝えた。
8:6 群衆はピリポの話を聞き、彼が行っていたしるしを見て、彼が語ることに、そろって関心を抱くようになった。
8:7 汚れた霊につかれた多くの人たちから、その霊が大声で叫びながら出て行き、中風の人や足の不自由な人が数多く癒やされたからである。
8:8 その町には、大きな喜びがあった。
8:9 ところで、以前からその町にはシモンという名の人がいた。彼は魔術を行ってサマリアの人々を驚かせ、自分は偉大な者だと話していた。
8:10 小さい者から大きい者まで、すべての人々が彼に関心を抱き、「この人こそ、『大能』と呼ばれる、神の力だ」と言っていた。
8:11 人々が彼に関心を抱いていたのは、長い間その魔術に驚かされていたからであった。
8:12 しかし人々は、ピリポが神の国とイエス・キリストの名について宣べ伝えたことを信じて、男も女もバプテスマを受けた。
8:13 シモン自身も信じてバプテスマを受けると、いつもピリポにつき従って、しるしと大いなる奇跡が行われるのを見ては驚いていた。

 2023年7月6日(木)リビングライフQT

ステパノの死によって、勢いづいたサウロは、教会を荒らした(礼拝や交わりの中に踏み込んで、一網打尽に捕らえた)ので、エルサレムのクリスチャンたちは、各地に逃れた中に、使徒のピリポは、ユダの地(エルサレムとその周辺)を逃れて、ユダの荒野を経て、サマリヤにまで下っていった。
それは、使徒(イエス・キリストの直弟子)に対する探索(捕らえて殺す)が厳しいので、逃げたのではなく、少しでも広く・長く・多くの民に福音を届けるため、転身したのです‼️
ピリポ始め使徒達による、留まるところを知らない、徴(しるし)と奇蹟が行われて、福音は益々、広がり浸透し、地方にまで拡散したのです。
迫害は、福音拡大の、重要な要素なのです。
日本のキリシタン迫害も、迫害が厳しいほどに、信仰は深化・拡大し、キリシタン禁令が出てから僅か50年を経ずして、キリシタン人口は60万人にまで拡大したのです。(日本のプロテスタント教会の宣教から150年を経た今日なお、100万を切る現状から見ると、私達の働きと祈りに、反省と、献身を求められますね😭
主なる神は、ピリポを、豊かに用い、占いの霊の力(サタンの支配下にある)に、支配された“シモン”でさえも、主の配下にくだると言う、事態にまで広がったのです。
聖霊様が自由に働かれるとき、福音(神の霊)の支配が、顕著に現れます。”徴(しるし)と奇跡“・・と、しばしば記録されますが、神の御支配が霊肉共に、及ぶとき、神の国が間近に、顕れるような広がりを見るのです。
ハレルヤ‼️🎶
奇跡ではなく、
このよ様な素晴らしい神の国の支配が、私達の中から、教会から家庭へ地域ヘと、拡がることを、祈りましょう🎵
 使徒の働き 7:51~8:1

7:51 うなじを固くする、心と耳に割礼を受けていない人たち。あなたがたは、いつも聖霊に逆らっています。あなたがたの先祖たちが逆らったように、あなたがたもそうしているのです。
7:52 あなたがたの先祖たちが迫害しなかった預言者が、だれかいたでしょうか。彼らは、正しい方が来られることを前もって告げた人たちを殺しましたが、今はあなたがたが、この正しい方を裏切る者、殺す者となりました。
7:53 あなたがたは御使いたちを通して律法を受けたのに、それを守らなかったのです。」
7:54 人々はこれを聞いて、はらわたが煮え返る思いで、ステパノに向かって歯ぎしりしていた。
7:55 しかし、聖霊に満たされ、じっと天を見つめていたステパノは、神の栄光と神の右に立っておられるイエスを見て、
7:56 「見なさい。天が開けて、人の子が神の右に立っておられるのが見えます」と言った。
7:57 人々は大声で叫びながら、耳をおおい、一斉にステパノに向かって殺到した。
7:58 そして彼を町の外に追い出して、石を投げつけた。証人たちは、自分たちの上着をサウロという青年の足もとに置いた。
7:59 こうして彼らがステパノに石を投げつけていると、ステパノは主を呼んで言った。「主イエスよ、私の霊をお受けください。」
7:60 そして、ひざまずいて大声で叫んだ。「主よ、この罪を彼らに負わせないでください。」こう言って、彼は眠りについた。

8:1 サウロは、ステパノを殺すことに賛成していた。その日、エルサレムの教会に対する激しい迫害が起こり、使徒たち以外はみな、ユダヤとサマリアの諸地方に散らされた。
 2023年7月5日(水)リビングライフQT

キリスト教会最初の殉教者‼️
ステパノは、正に、教会の予言者であり、代々の予言者と同じ、殉教者となったのです。教会の歴史は、ステパノの殉教で始まったのです。
この出来事を切っ掛けに、クリスチャンへの迫害は、大々的に始まりました。
ステパノの尋問者(当時のイスラエルの最高指導者たち)に対する態度は、全く恐れもなく、神の権威を背後に戴きながら語る姿は、その後の教会の土台となって、今日に繋がれて来ているのではないでしょうか‼️
真理が語られる所には、神の領域が確実に根を下ろすことを知るサタンは、最大限の力を振り絞って、反対と攻撃を仕掛けるのは、当然の事でしょう。今日までの教会への迫害は、正に教会が・クリスチャンが、神の義に立ち、神の力に後押しされていることの証なのです‼️
民の指導者たちは、まるで血に飢えた獣のように、義の僕ステパノを、聖別されていると自認する、神の都エルサレムから城外へ引き出し、神を汚した者への、さばきとして、石打ちの刑(リンチ=私刑)で殺したのです。
このリンチに直接手を染めなかったものの、指導者たち、群衆の背後でこの行動を、最大の肯定者として、見守ったのが、後の ”パウロ” だったのです。
この出来事は、福音がエルサレムに集中して留まる事態から、厳しい迫害の手を逃れて、多くの人々はイスラエル・ユダヤ全土へ、更にはシリヤにまで、人々(福音を携えた)が広がっていったのです。
8章1節・・は、此れからの、福音(キリスト教信仰)の、爆発的拡散の歴史のサンプルとして、2000年の全歴史を通して、迫害→殉教→拡散の道を辿ったのです。
今日の私たち日常に起こる、信仰に対する反対(迫害)は、このような状況によって、迫ってくるのですから、何か突然不遇な中に置かれた😢と、悩む事はありません。
ただ、私たちの不徳から生まれる行動に対する、反対や厳しい戒めは、迫害ではありません。“迫害”に対する、サタンの攻撃なのです。
今日改めて、自らを神の義の証人として、立たせていただきましょう‼️
 使徒の働き 7:17~50

7:17 さて、神がアブラハムになされた約束の時が近づくにしたがい、民はエジプトで大いに数が増え、
7:18 ヨセフのことを知らない別の王がエジプトに起こる時まで続きました。
7:19 この王は、私たちの同胞に対して策略をめぐらし、私たちの先祖たちを苦しめて幼子を捨てさせ、生かしておけないようにしました。
7:20 モーセが生まれたのは、このような時でした。彼は神の目にかなった、かわいい子で、三か月の間、父の家で育てられましたが、
7:21 ついに捨てられたのをファラオの娘が拾い上げ、自分の子として育てました。
7:22 モーセは、エジプト人のあらゆる学問を教え込まれ、ことばにも行いにも力がありました。
7:23 モーセが四十歳になったとき、自分の同胞であるイスラエルの子らを顧みる思いが、その心に起こりました。
7:24 そして、同胞の一人が虐待されているのを見て、その人をかばい、エジプト人を打ち殺して、ひどい目にあっていた人のために仕返しをしました。
7:25 モーセは、自分の手によって神が同胞に救いを与えようとしておられることを、皆が理解してくれるものと思っていましたが、彼らは理解しませんでした。
7:26 翌日、モーセは同胞たちが争っているところに現れ、和解させようとして言いました。『あなたがたは兄弟だ。どうして互いに傷つけ合うのか。』
7:27 すると、隣人を傷つけていた者が、モーセを押しのけながら言いました。『だれがおまえを、指導者やさばき人として私たちの上に任命したのか。
7:28 昨日エジプト人を殺したように、私も殺すつもりか。』
7:29 このことばを聞いたモーセは逃げて、ミディアンの地で寄留者となり、そこで男の子を二人もうけました。
7:30 四十年たったとき、シナイ山の荒野において、柴の茂みの燃える炎の中で、御使いがモーセに現れました。
7:31 その光景を見たモーセは驚き、それをよく見ようとして近寄ったところ、主の御声が聞こえました。
7:32 『わたしは、あなたの父祖たちの神、アブラハム、イサク、ヤコブの神である。』モーセは震え上がり、あえて見ようとはしませんでした。
7:33 すると、主は彼にこう言われました。『あなたの履き物を脱げ。あなたの立っている場所は聖なる地である。
7:34 わたしは、エジプトにいるわたしの民の苦しみを確かに見た。また彼らのうめきを聞いた。だから、彼らを救い出すために下って来たのだ。今、行け。わたしは、あなたをエジプトに遣わす。』
7:35 『だれがおまえを、指導者やさばき人として任命したのか』と言って人々が拒んだこのモーセを、神は、柴の茂みの中で彼に現れた御使いの手によって、指導者また解放者として遣わされたのです。
7:36 この人が人々を導き出し、エジプトの地で、紅海で、また四十年の間荒野で、不思議としるしを行いました。
7:37 このモーセが、イスラエルの子らにこう言ったのです。『神は、あなたがたの同胞の中から、私のような一人の預言者をあなたがたのために起こされる。』
7:38 また、モーセは、シナイ山で彼に語った御使いや私たちの先祖たちとともに、荒野の集会にいて、私たちに与えるための生きたみことばを授かりました。
7:39 ところが私たちの先祖たちは、彼に従うことを好まず、かえって彼を退け、エジプトをなつかしく思って、
7:40 アロンに言いました。『われわれに先立って行く神々を、われわれのために造ってほしい。われわれをエジプトの地から導き出した、あのモーセがどうなったのか、分からないから。』
7:41 彼らが子牛を造ったのはそのころで、彼らはこの偶像にいけにえを献げ、自分たちの手で造った物を楽しんでいました。
7:42 そこで、神は彼らに背を向け、彼らが天の万象に仕えるに任せられました。預言者たちの書に書いてあるとおりです。『イスラエルの家よ。あなたがたは荒野にいた四十年の間に、いけにえとささげ物を、わたしのところに携えて来たことがあったか。
7:43 あなたがたは、モレクの幕屋と神ライパンの星を担いでいた。それらは、あなたがたが拝むために造った像ではないか。わたしはあなたがたを、バビロンのかなたへ捕らえ移す。』
7:44 私たちの先祖たちのためには、荒野にあかしの幕屋がありました。それは、見たとおりの形に造れとモーセに言われた方の命令どおりのものでした。
7:45 私たちの先祖たちは、この幕屋を受け継いで、神が自分たちの前から追い払ってくださった異邦の民の所有地に、ヨシュアとともにそれを運び入れ、ダビデの時代に至りました。
7:46 ダビデは神の前に恵みをいただき、ヤコブの家のために、幕屋のとどまるところを求めました。
7:47 そして、ソロモンが神のために家を建てました。
7:48 しかし、いと高き方は、手で造った家にはお住みになりません。預言者が語っているとおりです。
7:49 『天はわたしの王座、地はわたしの足台。あなたがたは、わたしのためにどのような家を建てようとするのか。──主のことば──わたしの安息の場は、いったいどこにあるのか。
7:50 これらすべては、わたしの手が造ったものではないか。』
 2023年7月4日(火)リビングライフQT

(ステパノの説教②)
更にステパノは、モーセについて、論述を進めています。
実は、祭司や、民の指導者にとっては、モーセの歴史は、何にも増して重要な教えですし、この歴史論述に誤りがあれば、何よりもステパノを偽教師として、告訴する言葉となるので、彼らは集中して耳を傾けたのでしょう。しかし、そんな中で、ステパノの論述は、次第にその歴史が今の彼らが重要視している神殿礼拝の形式化を、浮き彫りにする方向へと向けられて来ていることに気付かないのでした。
ソロモンが神殿を建てましたが、主なる神は、予言者を通して、この宮が、神ご自身の御住まいではない。・・・と、強く宣言され、やがて、真の神が顕れて、そのお方を直接礼拝する、生ける神の宮が顕れる‼️・・・と、展開するのです。
ステパノのメッセージの①と②は、父なる神(即ち創造主)が、イスラエルを始め、全ての民にもたらされる永遠の救いのご計画の歴史の大略です。現代の私達も、この歴史の流れを、全ての民への、永遠の救いの歴史として知っておく必要大なのです‼️
私たちの救いのご計画は、こうして、天地創造から用意された、主なる神の遠大なご計画であり、そのご計画の鍵を握ってこられたのがイエス・キリストの顕れであり、十字架の死による購いの完成なのです‼️🎶
この事を改めて、ステパノの説教を通して、学ぶ朝と致しましょう。
 使徒の働き 7:1~16

7:1 大祭司は、「そのとおりか」と尋ねた。
7:2 そこでステパノは言った。「兄弟たち、父たちよ。聞いてください。私たちの父アブラハムが、ハランに住む以前まだメソポタミヤにいたとき、栄光の神が彼に現れて、
7:3 『あなたの土地とあなたの親族を離れ、わたしがあなたに示す地に行け』と言われました。
7:4 そこで、アブラハムはカルデヤ人の地を出て、ハランに住みました。そして、父の死後、神は彼をそこから今あなたがたの住んでいるこの地にお移しになりましたが、
7:5 ここでは、足の踏み場となるだけのものさえも、相続財産として彼にお与えになりませんでした。それでも、子どももなかった彼に対して、この地を彼とその子孫に財産として与えることを約束されたのです。
7:6 また神は次のようなことを話されました。『彼の子孫は外国に移り住み、四百年間、奴隷にされ、虐待される。』
7:7 そして、こう言われました。『彼らを奴隷にする国民は、わたしがさばく。その後、彼らはのがれ出て、この所で、わたしを礼拝する。』
7:8 また神は、アブラハムに割礼の契約をお与えになりました。こうして、彼にイサクが生まれました。彼は八日目にイサクに割礼を施しました。それから、イサクにヤコブが生まれ、ヤコブに十二人の族長が生まれました。
7:9 族長たちはヨセフをねたんで、彼をエジプトに売りとばしました。しかし、神は彼とともにおられ、
7:10 あらゆる患難から彼を救い出し、エジプト王パロの前で、恵みと知恵をお与えになったので、パロは彼をエジプトと王の家全体を治める大臣に任じました。
7:11 ところが、エジプトとカナンとの全地にききんが起こり、大きな災難が襲って来たので、私たちの父祖たちには、食物がなくなりました。
7:12 しかし、ヤコブはエジプトに穀物があると聞いて、初めに私たちの父祖たちを遣わしました。
7:13 二回目のとき、ヨセフは兄弟たちに、自分のことを打ち明け、ヨセフの家族のことがパロに明らかになりました。
7:14 そこで、ヨセフは人をやって、父ヤコブと七十五人の全親族を呼び寄せました。
7:15 ヤコブはエジプトに下り、そこで彼も私たちの父祖たちも死にました。
7:16 そしてシケムに運ばれ、かねてアブラハムがいくらかの金でシケムのハモルの子から買っておいた墓に葬られまし

 2023年7月3日(月)リビングライフQT

ステパノの説教①
祭司や祭司長は、ステパノを、一介のイエスと言う世間を騒がして、処刑された男の、狂信者としてしか見ていなかったのです。そんな男の言う言葉に、何の聞く価値があるのか・・・❓
そんな思いで弁明の機会を与えたに過ぎなかったのです。ところが、ステパノが口を開くと、初めから、当時から3000年前の、アブラハムの歴史から、弁明が始まったのです。
アブラハム→イサク→ヤコブ→12人の族長となる先祖の名が挙げられ、更に、当時の末っ子のヨセフのエジプトでの活躍、当時のエルサレムを中心とした、イスラエル国家の、源流にまで、弁明(イスラエルの歴史)が及び、祭司らの魂が釘付けになる程の、明快な歴史の説き起こしでした。
この青天の霹靂の様な弁舌は、彼らの魂を揺さぶり始めました。
まだまだ話は次へと展開しますが、
いつの間にか、尋問者が立場を忘れて、ステパノの話に食い入って聞き、尋問者であることすら忘れて、自らの属する信仰の歴史、先祖の歴史に、聞き入ってしまったのです。
この状況(姿)は、正に、聖霊に満ちたステパノの燃え立つ姿なのです。
ステパノの論述ではありますが、これは正に、聖霊が語らせられた神の知恵、神の権威に溢れた、徴だったのです。
勿論ステパノは、民の歴史・イエスキリストの、メシヤとして顕れた歴史(神の人類救済の・正史)なのです。祭司達が聞こうとしていた事とは、全く違う方向に、彼らは誘導されていたのです。
神の知恵、導き・・・かつて、、イエス様が御在世中の教えで
*もし捕らえられて、祭司など、高官の前に引き出された時には、恐れず祈りなさい‼️
その時聖霊は、語るべき言葉を与えると、約束されたのです。
この約束は、今の時代にも神は果たして下さるのです。あなたは信じますか⁉️
信じる者には、信じたごとくなります。聖霊なる神の知恵は、事態を変える力を持ちます。
恐れるな、わたしはあなたの神である‼️
 使徒の働き 6:8~15

6:8 さて、ステパノは恵みと力に満ち、人々の間で大いなる不思議としるしを行っていた。
6:9 ところが、リベルテンと呼ばれる会堂に属する人々、クレネ人、アレクサンドリア人、またキリキアやアジアから来た人々が立ち上がって、ステパノと議論した。
6:10 しかし、彼が語るときの知恵と御霊に対抗することはできなかった。
6:11 そこで、彼らはある人たちをそそのかして、「私たちは、彼がモーセと神を冒?することばを語るのを聞いた」と言わせた。
6:12 また、民衆と長老たちと律法学者たちを扇動し、ステパノを襲って捕らえ、最高法院に引いて行った。
6:13 そして偽りの証人たちを立てて言わせた。「この人は、この聖なる所と律法に逆らうことばを語るのをやめません。
6:14 『あのナザレ人イエスは、この聖なる所を壊し、モーセが私たちに伝えた慣習を変える』と彼が言うのを、私たちは聞きました。」
6:15 最高法院で席に着いていた人々が、みなステパノに目を注ぐと、彼の顔は御使いの顔のように見えた。
 2023年7月2日(日)リビングライフQT

更に、聖霊なる神の働きは、エルサレムに住む、人々の間に広がり、浸透し、在来のモーセの教えを奉じる、ユダヤ教と、その信仰の象徴としての神殿への形式信仰のゆえに、益々猛り狂ったように、クリスチャン(主の弟子達)を、排除しようと、重要人物に狙いを定め、評判の良い、ステパノを捕らえて、尋問したのです。
今は、その様な時代ではありませんが、激しい迫害の危険な時代にも増して、時代は暗黒と、人々の魂への汚染の時代なのです💢
それは、道徳の低次元化、正邪の判別の難しさ、教会の中にまで忍び寄る世俗化、対決して戦う・・と言う、現実的な問題意識が見えて来ない。
又、豊かさ・平和な日々・
反対や敵対の薄い日常・・・
いつの間にか、主の弟子である・・と言う、対世俗感の希薄さが、キリストの輝きを、時代の中に発揮されていないのではないでしょうか。
15節に、《彼の顔は御使いの顔のように見えた‼️🎶》
『主よ❗今の日常の生活の中で、キリストの香りを放ち、御霊の輝きを内に持つ、主の僕として、日々歩ませて下さい。‼️』と
祈って参りましょう。
 使徒の働き 6:1~7

6:1 そのころ、弟子の数が増えるにつれて、ギリシア語を使うユダヤ人たちから、ヘブル語を使うユダヤ人たちに対して苦情が出た。彼らのうちのやもめたちが、毎日の配給においてなおざりにされていたからである。
6:2 そこで、十二人は弟子たち全員を呼び集めてこう言った。「私たちが神のことばを後回しにして、食卓のことに仕えるのは良くありません。
6:3 そこで、兄弟たち。あなたがたの中から、御霊と知恵に満ちた、評判の良い人たちを七人選びなさい。その人たちにこの務めを任せることにして、
6:4 私たちは祈りと、みことばの奉仕に専念します。」
6:5 この提案を一同はみな喜んで受け入れた。そして彼らは、信仰と聖霊に満ちた人ステパノ、およびピリポ、プロコロ、ニカノル、ティモン、パルメナ、そしてアンティオキアの改宗者ニコラオを選び、
6:6 この人たちを使徒たちの前に立たせた。使徒たちは祈って、彼らの上に手を置いた。
6:7 こうして、神のことばはますます広まっていき、エルサレムで弟子の数が非常に増えていった。また、祭司たちが大勢、次々と信仰に入った。
 2023年7月1日(土)リビングライフQT

エルサレムのクリスチャンの数が、三千人から、五千人と更に増える中、ギリシャ・マケドニア等々、外国からエルサレムに過ぎ越の祭りに来たまま、逗留するクリスチャン、貧しくその日の糧にも窮する人々も、皆困らないように、多くの寄付がなされ、それが初代の教会の共同体の、姿でした。しかし、時間を経るに連れて、共同体の中に、仲間同士でグループが生まれ、外国人・少数グループなどへの配給が、目こぼれになったり、届かなかったり(一万人近くにもなっていた)と、お互いの中に、不満が生れるようになったので、平等に分配が成されるように・・・と、食料の調達・分配の専従者が、選ばれたのです。
これが今日の教会の執事・役員と呼ばれる役職となったのですが、これはただ組織の中の役割分担ではなく、宣教の最前線で御言葉に仕える説教者が、その働きに専心できるための、選任でした。
その選びには。外国人(ギリシャ・マケトニヤ系)の人達が多かったので、その系統の人材が選ばれたのです。
今日でも、教会はともすると、少人数で、仲間意識が働いて、その中から関係の薄い人たちは仲間に加わり難くて、孤立する事はないだろうか❓
お互いに声の掛け合い、孤立や寂しい思いにならないように、お互いに心配りしたいものですね。礼拝に行った時には、礼拝時間に妨げにならないように、皆と挨拶だけでも声かけあいましょう‼️🎵
日本の場合人数が多くないのですから、挨拶しなかった人がいないように、心繋ぎましょう‼️🎶
教会が家族でありますように・・・‼️
牧師伝道者は、祈りと御言葉の学びと、礼拝メッセージのために、全力を注ぐことができるように教会環境を整えて参りましょう。
2023年度(月) 
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力丸嗣夫師 リビングライフ LINE
          (新改訳聖書2017)
    

北九州シオン教会