ネヘミヤ記13章23節~31節

13:23 そのころまた私は、アシュドデ人、アンモン人、モアブ人の女を妻にしているユダヤ人たちに気がついた。
13:24 彼らの子どもの半分は、アシュドデのことばか、あるいはそれぞれほかのことばを話して、ユダヤのことばが分からなかった。
13:25 そこで私は彼らを詰問してののしり、そのうちの数人を打って毛を引き抜き、神にかけて誓わせて言った。「あなたがたの娘を彼らの息子に嫁がせてはならない。また、彼らの娘をあなたがたの息子、あるいはあなたがた自身の妻としてはならない。
13:26 イスラエルの王ソロモンも、このことで罪を犯したではないか。多くの国の中で彼のような王はいなかった。彼は神に愛され、神は彼をイスラエル全土を治める王としたのに、その彼にさえ異国人の女たちが罪を犯させてしまった。
13:27 あなたがたについても、異国人の女を妻とし、私たちの神の信頼を裏切るという、この大きな悪が行われていることを聞かなければならないのか。」
13:28 大祭司エルヤシブの子エホヤダの子の一人は、ホロン人サンバラテの婿であった。それで、私は彼を私のところから追い出した。
13:29 私の神よ、どうか彼らのことを覚えていてください。彼らは祭司職を汚し、祭司職とレビ人たちの契約を汚したのです。
13:30 私は異教的なもの一切から彼らをきよめ、祭司とレビ人のそれぞれの務めにしたがって職務に就かせ、
13:31 定められた時に行う薪のささげ物と、初物についても規定を定めた。私の神よ、どうか私を覚えて、いつくしんでください。
 2024年9月30日(月)リビングライフQT

ネヘミヤ記の、最後の記録が、再び神殿奉仕者(祭司達)の中に、周辺部族(忌み嫌われる異邦人)の中からの女性と結婚して、子供達が、ヘブル語(神聖な神に関する言葉を沢山含む)を話せなくなっていたのです。神に仕える家系から、神に関する神聖な言葉が通じなくなるとは…
イスラエル・ユダにとっては、国としての神聖なアイデンティティーが、失われる事を意味していたのです。
ですからネヘミヤは、行き過ぎ‼️と思われるほど厳しく、彼らを罰し、民の交わりから追放したのです。
あの‼️感動溢れた、神殿の奉献式に続く、城壁をめぐる、祝賀行進と、溢れるばかりの燔祭の捧げ物の栄光が陰るばかりの、民の反抗の姿は、民が如何に妥協し易いものかを示す、民への警鐘となったのです。
神の恵の庭には、何時もこの様な侵入者があることを、警鐘を鳴らしているのです。
終末に立つ今日の教会にも、強い警鐘として、心に留める大切な歴史的記事となります。
この様な警鐘で、ネヘミヤ記が終わるのも、神様からの、メッセージではないでしょうか。

明日から《ホセア書》ですが、私は今日から木曜まで、両眼の白内障手術で入院しますので、来週日曜からの再開といたします。
宜しくお願い致します          m(._.)m

*10月1日(火曜日)
 ホセア書 1:1~2:1
*10月2日(水曜日)
 ホセア書 2:2~13
*10月3日(木曜日)
 ホセア書 2:14~23
*10月4日(金曜)
 ホセア書 3:1~5
*10月5日(土曜)
 ホセア書 4:1~10
*10月6日(日曜)
   ホセア書 4:11~19
各自で毎日黙想して主の御声を聴きましょう‼️ 
 ネヘミヤ記13章10節~22節

13:10 また私は、レビ人の分が支給されていなかったために、務めに当たるレビ人と歌い手たちが、それぞれ自分の農地に逃げ去っていたことを知った。
13:11 私は代表者たちを詰問し、「どうして神の宮が見捨てられているのか」と言った。そして私はレビ人たちを集め、元の職務に就かせた。
13:12 ユダの人々はみな、穀物と新しいぶどう酒と油の十分の一を貯蔵庫に持って来た。
13:13 そこで私は、祭司シェレムヤ、学者ツァドク、レビ人の一人ペダヤに貯蔵庫を管理させ、マタンヤの子ザクルの子ハナンを彼らの助手とした。彼らが忠実な者と認められていたからである。彼らの任務は仲間に分配をすることであった。
13:14 私の神よ、どうか、このことのゆえに私を覚えていてください。私が神の宮とその務めのためにした数々の誠実な行いを、ぬぐい去らないでください。
13:15 そのころ私は、ユダのうちで安息日にぶどう踏みをしている者、麦束を運んでいる者、また、ろばに荷物を負わせている者、さらに、ぶどう酒、ぶどうの実、いちじくなど、あらゆる品物を積んで、安息日にエルサレムに運び込んでいる者を見つけた。それで私は、彼らが食糧を売ったその日に、彼らを戒めた。
13:16 また、そこに住んでいたツロの人々も、魚などあらゆる商品を運んで来て、安息日に、しかもエルサレムでユダの人々に売っていた。
13:17 そこで、私はユダの有力者たちを詰問して言った。「あなたがたが行っているこの悪事は何か。安息日を汚しているではないか。
13:18 あなたがたの先祖も、このようなことをしたので、私たちの神はこのすべてのわざわいを、私たちとこの都の上にもたらされたのではないか。それなのに、あなたがたは安息日を汚して、イスラエルの上にまたもや御怒りを招こうとしている。」
13:19 安息日の前、エルサレムの門に夕闇が迫ると、私は命じて扉を閉めさせ、安息日が終わるまでは開いてはならないと命じた。そして、私の配下の若い者の何人かを門の見張りに立て、安息日に荷物が持ち込まれないようにした。
13:20 それで商人やあらゆる品物を売る者たちは、一、二度エルサレムの外で夜を過ごした。
13:21 そこで、私は彼らを戒めて言った。「なぜ、あなたがたは城壁の前で夜を過ごすのか。もう一度このようなことをすれば、私はあなたがたを処罰する。」その時から、彼らはもう安息日には来なくなった。
13:22 また私はレビ人に、安息日を聖なるものとするために、彼らが身をきよめ、門の見張りとして来るように命じた。私の神よ、このことにおいても、どうか私を覚えていてください。そして、あなたの豊かな恵みにしたがって私をあわれんでください。
 2024年9月29日(日)リビングライフQT

今日のテキストは、モーセによって与えられた神の律法に関する、レビ族への規定と、更に大切な、安息日の規定に関する教えが、守られていない事への、厳しい改革が、なされた記録です。

*先ず、《レビ族》に関する教えは、レビ族(アロンの子孫)は、子々孫々、神への礼拝・浄めの儀式に関する一切の行事を執り行う、専門の聖職者の氏族として、その全生活は、イスラエルの民の捧げ物(神殿への奉献の全てが、その生活全般の資源として、分配されていたのです。)
ですから、イスラエルの全氏族が、ヨルダン川を渡って、カナンの地に侵入し、その全域を平定するように、12氏族に分配されましたが、レビの子孫には、分配地はなかったのです。敢えて言えば、エルサレム(神殿に仕える)が、彼らの生活の基盤となったのです。
レビ族は~祭司(あらゆる祭祀の執行者)・律法の教師・争いの審判者・神殿警護・管理・・が、その職務でした。また、各部族に別れた所領の地に、レビ族の町(逃れの町)が指定され、そこが各部族毎の日常的信仰の営みの聖なる町として、エルサレムに代わる、日常的営みの場所でした。そこにレビ族が常駐し、民の指導に当たっていたのです。
それなのに、レビ族への配当が無かったので、彼らは、実際は所領のないはずの土地を、自由に耕して、日頃はエルサレムと神殿に関わる聖職者が不在だったのです。

*また、安息日の教えが忘れられ、民の生活は、“生きる” “食を得る”と言うことが最優先し、霊的形式だけの意識に終止し、商売・生活・諸行事は通常と変わらない、営みが行われていたのです。
エルサレムには、安息日にも関わらず市が開かれ、そこに、異邦人たちが食品を持ち込んでいたのです。
その様な状況でしたから、昨日の《トビヤ》の神殿域での生活が、見落とされていたのです。
イスラエルの民は、安息日規定が、単なる浄めの形式的規定だと、考えていたのでしょうか(はてな)
しかし、その実、この規定は、神の《聖》さを、この厳しい規定を通して、イスラエルの魂が、神との交わりを頂くと言う、想像も着かない聖域を知るための、不可欠な踏み石だったのです。守ればよい‼️と言う形式ではなく、十字架の血潮をもって、罪の汚れを聖めて下さった、神の愛を、私達は常に深く強く自覚しながら、主に近付く者でありたいですね。
主の十字架の贖罪の完成後は、十字架の赦しへの真実な信仰を通して、神様に近づくので、安息日律法は、不要となりました。
しかし私の幼い時期、日曜(聖日)は、神を礼拝する、聖なる日だから・・・と、牧師である父は、新聞は読まない、ラジオは聞かない、TVは見ない、子供達はおやつはなし、日曜の行楽はなし・・・幼心には厳しい仕来たりがありました。
私の心には、今でも、“聖なる日”として位置付けられています。
日曜は、主の甦りを喜び賛美し、イエス様によって神に礼拝を捧げる、大切な尊い日として、聖別し礼拝することに、最大の心を用いる、日として、主に捧げたいですね.。
 ネヘミヤ記13章1節~9節

13:1 その日、民が聞いているところでモーセの書が朗読され、その中に、アンモン人とモアブ人は決して神の集会に加わってはならない、と書かれているのが見つかった。
13:2 それは、かつて彼らが、パンと水をもってイスラエル人を迎えることをせず、かえってバラムを雇ってイスラエル人を呪わせようとしたからであった。私たちの神はその呪いを祝福に変えられた。
13:3 民はこの律法を聞くとすぐに、混血の者をみなイスラエルから切り離した。
13:4 これより以前、祭司エルヤシブは、私たちの神の宮の部屋を任されていて、トビヤと親しい関係にあったので、
13:5 トビヤのために一つの大きな部屋をあてがっていた。以前その部屋は、穀物のささげ物、乳香、器、またレビ人や歌い手や門衛たちのために定められていた、穀物と新しいぶどう酒と油の十分の一、さらに祭司のための奉納物を保管するところであった。
13:6 この間ずっと、私はエルサレムにいなかった。私が、バビロンの王アルタクセルクセスの三十二年に王のところに行き、その後しばらくして王にいとまを乞い、
13:7 エルサレムに帰って来たからである。そのとき私は、エルヤシブがトビヤのために行った悪、すなわち、神の宮の庭にある一つの部屋を彼にあてがったことに気づいた。
13:8 私は大いに気分を害し、トビヤ家の家財をすべてその部屋から外へ放り出し、
13:9 命じて、その部屋をきよめさせた。そして私は、神の宮の器を、穀物のささげ物や乳香と一緒に再びそこに納めた。
 2024年9月28日(土)リビングライフQT

かつて、ダビデによって、ただお一方なる、創造主なる神のみを《神》として、栄光のエルサレムが、神の国イスラエルとして、出発しました。しかし、次のソロモンの時代に驚異的発展と繁栄の中で、ソロモン自身が、王宮に異邦の女性を入れて、自らは神を崇めつつも、その逸脱した繁栄は、民の中に不満と、妥協とが浸透して、遂に国は分裂し、離れたイスラエル(北王朝)は、偶像に満ち溢れ、北王朝も、学んできたような、罪と妥協に明け暮れる、敗退へと、聖さを失い遂に南北ともに、大国の捕囚として、二百年近く、礼拝の生活から遠く離れていたのです。
今、エズラ・ネヘミヤによる帰国と再建なった、その祝福に満ちた改革の最中に、祭司の家庭が、先に戒められた、異邦の民との結婚や、エルサレムへの招き入れを禁じたのを破り、アンモン人トビアを厚遇して、神殿の敷地内の施設に居住させていたのです。
ネヘミヤが、イスラエル地方総督としての、現状報告に、ペルシャに行っている間の出来事でした。
許容・妥協は基より、自分の確信・いつでも対応できる・・・と言う、見通しからの、踏み出しが、霊的歩みには躓きとなるのです。ネヘミヤのトビヤの排除に対する強い行動は、神の前に歩む厳しさを、示すための強行だったのです。
イスラエルにとっては、この決然としたネヘミヤの姿勢は、これからのイスラエルの前進への、重用な。メッセージだったのです。
私たちの魂のエルサレムに対しても、同じ様な決断を積み重ねながら、神の国への道を、歩み続けましょう。永遠のエルサレム(神の御国)への、凱旋のために‼️ 
 ネヘミヤ記12章31節~47節

12:31 私はユダの長たちを城壁に上らせ、感謝の歌をささげる二つの大きな賛美隊として配置した。一組は城壁の上を右の方に、糞の門に向かって進んだ。
12:32 彼らのうしろに続いて進んだ者は、ホシャヤとユダの長たちの半分、
12:33 アザルヤ、エズラ、メシュラム、
12:34 ユダ、ベニヤミン、シェマヤ、エレミヤであった。
12:35 祭司のうちのある者もラッパを持って進んだ。まず、ヨナタンの子ゼカリヤ。ヨナタンはシェマヤの子、シェマヤはマタンヤの子、マタンヤはミカヤの子、ミカヤはザクルの子、ザクルはアサフの子である。
12:36 次に、ゼカリヤの兄弟たちシェマヤ、アザルエル、ミラライ、ギラライ、マアイ、ネタンエル、ユダ、ハナニで、神の人ダビデの楽器を持って続いた。学者エズラが彼らの先頭に立った。
12:37 彼らは泉の門のところで、城壁の上り口にあるダビデの町の階段をまっすぐに上り、ダビデの家の上を通って東の方の水の門に来た。
12:38 感謝の歌をささげるもう一組の賛美隊は、左の方に進んだ。私はそのうしろに従った。民の半分は城壁の上を進み、炉のやぐらの上を通って、幅広の城壁のところに進み、
12:39 エフライムの門の上を通り、エシャナの門を過ぎ、魚の門と、ハナンエルのやぐらと、ハ・メアのやぐらを過ぎて、羊の門まで進んだ。そして監視の門で立ち止まった。
12:40 こうして、感謝の歌をささげる二つの賛美隊は神の宮で位置についた。私も、私とともにいた代表者たちの半分もそうした。
12:41 また祭司たち、エルヤキム、マアセヤ、ミンヤミン、ミカヤ、エルヨエナイ、ゼカリヤ、ハナンヤもラッパを持って、そこにいた。
12:42 また、マアセヤ、シェマヤ、エルアザル、ウジ、ヨハナン、マルキヤ、エラム、エゼルもいた。こうして、歌い手たちは歌い、イズラフヤが指揮をした。
12:43 彼らはその日、数多くのいけにえを献げて喜んだ。神が彼らを大いに喜ばせてくださったからである。女も子どもも喜んだので、エルサレムの喜びの声ははるか遠くまで聞こえた。
12:44 その日、財宝や、奉納物、初物や十分の一を納める部屋を管理する人たちが任命され、祭司とレビ人のために律法で定められた分を、町々の農地からそこに集めた。これは、職務に就いている祭司とレビ人をユダの人々が喜んだからである。
12:45 彼らは、自分たちの神への任務ときよめの任務を果たした。歌い手や門衛たちも同様であった。ダビデとその子ソロモンの命令のとおりである。
12:46 昔から、ダビデとアサフの時代から、歌い手たちのかしらたちがいて、神への賛美と感謝の歌がささげられた。
12:47 ゼルバベルの時代とネヘミヤの時代、全イスラエルは、歌い手と門衛のために定められた分を日ごとに渡していた。彼らはまたレビ人の分を聖別し、レビ人はアロンの子らの分を聖別していた。
 2024年9月27日(金)リビングライフQT

神殿が整えられ、エルサレムの城壁が再建され、民の心はその完成に、百数十年来失っていた、神に選び出された民である‼️と言う、失っていたアイデンティティーを、心の底から、沸き上がる喜びをもって、感じたのです。
エズラ・ネヘミヤによる指導のもと、レビ人・祭司・律法の指導者たち、民の長老達は、神殿の広場に集結し、ラッパ・シンバル・笛等の楽器をならし、歌い手達は感動しながら、神を誉め称える賛美(詩篇にもあるダビデの歌でしょうか?)を歌いつつ、整然と神殿から発して、右と左に別れて、完成した城壁の上に上がり、二手に別れて、新しいエルサレムを見下ろしながら、ほぼ5kmに及ぶ、城壁を巡り、再び神殿の丘に集まって、一同神に思いの丈を込めて、捧げ物を携えたのです‼️
かつて、先々代の、力丸博先生の時代、ホーリネス教団だった、教会は、イエス・キリストを唯一真の神‼️と、公言して止まず、皇居の方に向かって最敬礼してから、礼拝を始める事を求められても拒否、また、軍が統括する、キリスト教の団体に加盟する事をも拒否したため、教会閉鎖、家宅捜査、会員名簿の没収、その上、信徒の切り崩しと言う、試練に翻弄されました。
敗戦に至るまでの四年間の苦難は、幼いながら私の記憶に刻まれています。
敗戦で、帝国軍が崩壊し、米国の施政権下に入った時の、喜びは言葉にできないものでした。
(この陰には二十人を越える殉教者が出たのです)
門司港の高台にある6畳と3畳の小さな家の6畳の間を、朝鮮の《金》さんが間借りをさせて下さった部屋で、家族八人で賛美し祈ったのが北九州シオン教会最初の礼拝だったのです。

正に規模こそ違え、エルサレムの復興の、城壁行進と、エルサレム神殿の祝いの礼拝にも並ぶものだと思い出しています。
正に、異邦人の手により瓦礫と化したエルサレムが、今や、全世界に広がる神の教会の、輝きの、出発点となったのです。
礼拝・賛美の回復は、
世界の変革の始まりとなるのです。
私達の内なるエルサレムは⁉️
今朝、新たに感謝と解放の賛美に満たされねばならない時です‼️
   更に❗更に‼️
 ネヘミヤ記12章22節~30節

12:22 エルヤシブ、エホヤダ、ヨハナン、ヤドアの時代にレビ人は一族のかしらとして登録され、また、祭司はペルシア人ダレイオスの治世に登録された。
12:23 レビの子孫で一族のかしらたちは、エルヤシブの子ヨハナンの時代まで、年代記に記されていた。
12:24 レビ人のかしらたちは、ハシャブヤ、シェレベヤ、およびカデミエルの子ヨシュアであり、その兄弟たちが彼らの向かい側に立って、組と組が相応じて、神の人ダビデの命令に基づき、賛美をして感謝をささげた。
12:25 マタンヤ、バクブクヤ、オバデヤ、メシュラム、タルモン、アクブは門衛で、門の倉を見張っていた。
12:26 以上はエホツァダクの子ヨシュアの子エホヤキムの時代と、総督ネヘミヤ、および学者である祭司エズラの時代の人々である。
12:27 エルサレムの城壁の奉献式に際して、彼らはあらゆる場所からレビ人を捜し出してエルサレムに連れて来た。シンバルと琴と竪琴に合わせて感謝の歌を歌い、喜びをもって奉献式を行うためであった。
12:28 歌い手たちは、エルサレムの周辺の低地やネトファ人の村々から、
12:29 またベテ・ギルガルやゲバとアズマウェテの農地から集まって来た。この歌い手たちは、エルサレムの周辺に自分たちの村々を建てていたのである。
12:30 祭司とレビ人は自分たちの身をきよめ、また民と門と城壁をきよめた。
 2024年9月26日(木)リビングライフQT

今朝からの記録は、エルサレムの城壁の完成が成って、この町《エルサレム》を、神の住まわれる町として、神の臨在を求め、この町を再生の町として、神に捧げるための、大奉献式を、執り行う準備を、記録しています。
すでに崩壊した王朝時代には、神殿のみが聖別され、また、レビ人の家系の純粋性は次第になし崩しとなり、やがて、エルサレムには異邦人が居住する(異民族との結婚による)ようになり、偶像が入り込み初めて、やがて、神への聖別された、勝利の礼拝が陰を潜めて、遂に侵略と捕囚の憂き目を見たのです。
今や、ネヘミヤ・エズラの指導の下に、徹底した神への信仰の復興を成し遂げ、神の御座となる神殿を包むように、エルサレムもまた、神殿を覆う神の神聖な霊的領域として、聖別しようと、備え始めたのです。
この、ネヘミヤ記に記される、一つ一つの記録は、今の時代―物質的に豊かな繁栄の中で、失われつつある神の臨在とその聖なる、領域(教会)に、新たな神の息を吹き入れて頂く、礼拝にも重なるものです‼️
イスラエルは、百数十年(数世代)に亘って、礼拝から遠ざかり、神の臨在の素晴らしさを失い、渇いた無味乾燥な世俗に埋もれて来たのです。
ですから、神殿の再建と、エルサレムの城壁の復興は、イスラエルの民の再生でもあるのです。
この歴史の大転換に、
*レビ人の確立と聖別
*聖歌隊(歌・楽器の演奏)の選抜と聖別。
こうして、新しい歴史の始まりに備えたのです。
先程も少しコメントしましたが、私達の今日における信仰生活が、ともすると、礼拝が習慣性に流れやすいのと、神の前の礼拝の姿と日常の思考・行動に・・解離(カイリ=分離・矛盾)が生じてはいないだろうか❓
今日の教会(霊のエルサレム)に、その様な危惧を覚えます。
世俗の中に在りながら、異邦の中のエルサレムとして、常に聖なる神の教会として歩み、整えられて参りましょう

・・・予 告・・・
私(力丸嗣夫)は、9月30日から10月3日まで、両眼の《白内障》の手術のために入院します。
10月から始まるホセア書の学びは、5日まで、御休みさせていただきます。皆様の熱い思いでの、黙想ですが、お許しください。その間各自でしっかり読み込んで、主からの語りかけを得て下さいます様、お祈りします。
9月30日で、ネヘミヤ記は終わります。
最後に送信してから、入院いたします。
御加祷ください。 
 ネヘミヤ記12章1節~21節

12:1 シェアルティエルの子ゼルバベルおよびヨシュアと一緒に上って来た、祭司とレビ人は次のとおりである。セラヤ、エレミヤ、エズラ、
12:2 アマルヤ、マルク、ハトシュ、
12:3 シェカンヤ、レフム、メレモテ、
12:4 イド、ギネトイ、アビヤ、
12:5 ミヤミン、マアデヤ、ビルガ、
12:6 シェマヤ、エホヤリブ、エダヤ、
12:7 サル、アモク、ヒルキヤ、エダヤ。以上はヨシュアの時代に、祭司とその同族のかしらであった者たちである。
12:8 また、レビ人では、ヨシュア、ビヌイ、カデミエル、シェレベヤ、ユダ、マタンヤで、感謝の歌を受け持っていたのはマタンヤとその兄弟たちであった。
12:9 また、彼らの兄弟のバクブクヤとウンニは、務めのときには彼らの向かい側に立った。
12:10 ヨシュアはエホヤキムを生み、エホヤキムはエルヤシブを生み、エルヤシブはエホヤダを生み、
12:11 エホヤダはヨナタンを生み、ヨナタンはヤドアを生んだ。
12:12 次に、エホヤキムの時代に、祭司で一族のかしらであった者は次のとおりである。セラヤ族ではメラヤ、エレミヤ族ではハナンヤ、
12:13 エズラ族ではメシュラム、アマルヤ族ではヨハナン、
12:14 メリク族ではヨナタン、シェバンヤ族ではヨセフ、
12:15 ハリム族ではアデナ、メラヨテ族ではヘルカイ、
12:16 イド族ではゼカリヤ、ギネトン族ではメシュラム、
12:17 アビヤ族ではジクリ、ミンヤミン族、モアデヤ族ではピルタイ、
12:18 ビルガ族ではシャムア、シェマヤ族ではヨナタン、
12:19 エホヤリブ族ではマテナイ、エダヤ族ではウジ、
12:20 サライ族ではカライ、アモク族ではエベル、
12:21 ヒルキヤ族ではハシャブ、エダヤ族ではネタンエル。
 2024年9月25日(水)リビングライフQT

帰還した祭司とレビ人の名簿・・・と言う、表題の記録です。数千年を経て、今の時代に、それも、全く人種も言語も、文化も国も違う私たちにしてみれば、これらの名簿は、聖書通読する際には、どの様に読み、理解し、学べるのでしょうか(はてな)
見当も付かない程、縁の遠い、無味乾燥に感じる箇所ですね。
しかし、この記録は、イスラエルの歴史にとっては、後々イスラエルの土台となる人々で、彼らの礼拝での賛美が、後々のイスラエルの礼拝を土台とした文化を形成する、原点となったのです。
ですから、後の国民の歴史再建にとっては、土台となる名前なのです。
これら祭司・レビ人は、イスラエル・(神殿再建)・指導者として重要な歴史的人物として記録され、その子孫たちまでも、後の国の発展の❗土台を担う者としての、自負と献身の隠れた力となったのです。時代は遥かに経ても、イスラエルの民にとっては、光栄であり、後の時代にも、同じ献身と信仰を追い求める、霊の乾きとなって行くのです。
正にこれが家系となって、子孫に信仰の継承の、力強い証となり、励ましとなり、よい意味での信仰の伝統を築き上げる記録なのです。
この伝統が、今のイスラエルを再建する底力となって、歴史を貫いてきたのだなぁと、感慨深く、片仮名の綴りを読み進んだのです。
その中に歴史が埋もれているのです。
私達の教会の歴史的名簿、直接的には、過去帳であって、与り知らないものではありますが、教会の歴史と重ねたとき、神の国がどの様にして、過去から立ち上がり拡がり、歴史を重ねたかが、そこから理解できるのです。
私達の教会でも、歴史的名簿を、未来に伝える、神の教会の歴史として、記録に残し、その中にあなたも私も、組み込まれて参りましょう。
イスラエルに栄光あれ‼️ 
 ネヘミヤ記11章22節~36節

11:22 エルサレムにいるレビ人の監督者は、バニの子ウジであった。バニはハシャブヤの子、ハシャブヤはマタンヤの子、マタンヤはミカの子である。ウジはアサフの子孫の歌い手の一人で、神の宮の礼拝を指導していた。
11:23 歌い手たちには王の命令が下っていて、日課が定められていた。
11:24 また、ユダの子ゼラフの子孫の一人で、メシェザブエルの子ペタフヤは、民に関するすべての事柄について王を助ける役を務めた。
11:25 農地がある村々で、ユダの子孫の一部が住んだのは、キルヤテ・アルバとそれに属する村々、ディボンとそれに属する村々、エカブツェエルとその村々、
11:26 ヨシュア、モラダ、ベテ・ペレテ、
11:27 ハツァル・シュアル、ベエル・シェバとそれに属する村々、
11:28 ツィクラグ、メコナとそれに属する村々、
11:29 エン・リンモン、ツォルア、ヤルムテ、
11:30 ザノアハ、アドラムとそれらに属する村々、ラキシュとその農地、アゼカとそれに属する村々であった。こうして彼らは、ベエル・シェバからヒノムの谷までの一帯に住みついた。
11:31 ベニヤミンの子孫は、ゲバから、ミクマス、アヤ、ベテルとそれに属する村々、
11:32 アナトテ、ノブ、アナネヤ、
11:33 ハツォル、ラマ、ギタイム、
11:34 ハディデ、ツェボイム、ネバラテ、
11:35 ロデとオノ、および職人の谷に住んだ。
11:36 レビ人のうち、ユダにいたある組はベニヤミンに加わった。
 2024年9月24日(火)リビングライフQT

イスラエルは、中近東に根を張り、大国の狭間でしたたかに生き抜いた、特殊な宗教国家・・・‼️ではないのです。

この民は、アブラハムの、神による選びを通して、世界人類に、神の愛とその創造のご計画とを、証し(示す)するために、選び抜かれ、長い苦難の歴史を通して、神中心の国(神の創造に成る人類世界)のサンプルとして、存在し始めるのです。それがネへミヤに指導された、国造りなのです。
そして、その国は、神を中心とした霊的(信仰に基づく)世界観に立つ、国家形成に終始するのです。
その為に、国の政治の中心には、《神への礼拝》が必要でした。これは宗教儀式ではなく、司政官(王を始め行政に携わる人々)が、まず神の前に出て、神からの霊と力と執行の知恵と権限・・・を、頂きながら、行政を執行するのです。
ですから、礼拝は、執行側の必要不可欠な作為であり、そこを経て、具体的な政策が生まれてきたのです。
それだけに、礼拝は政治の中心であり、礼拝の中で賛美の位置付けは、最大の神の臨在を確かなものとする、最重要な行為だったのです。
22節~ウジはアサフの子孫の歌い手の一人で、神の宮の礼拝を指導していた。
神を礼拝する‼️・・と言うことは、単なる儀式やプログラムではなく、この賛美の礼拝から、イスラエルの底力が、賜物が、アイデンティティーが生まれてきたのです。これがイスラエルの国の輝きですし、回りの国々が一目置く存在となって、世の光となっていくのです。
正にこの姿は、今の教会の姿ではしょうか。
リビングライフのテキストのP.129に、このように記されています。
*クリスチャン一人ひとりが、この世の為の聖なる祭司として召されています。ですから、神様のみ心にかなった礼拝は、人生の公的領域に拡げなければなりません。(礼拝を自己満足や、一週間のプログラムとして終わらせてはなりません。)

イスラエルは、礼拝を中心とした、エルサレムの営みに背後を支えられながら、各地に出て、国の、地域確立と拡大に、惜しまずに身を挺して、主に・王に・人に仕えてきたのです。
何と素晴らしい国家でしょう
私達は、教会《神の国》をどの様に愛し、その中で何をして来たのでしょう。
今や、教会は、世界に冠たる《神の国》として、この中に生き、この中から遣わされ、神の国の拡がりの為に、仕えてきた事でしょう。
教会を、この世からの隠れ場として、逃げ込んでいたのでは、神の国は、生まれ拡がらないでしょう。
神の国の為に、礼拝から、新しい命と力を、頂いて参りましょう‼️
 ネヘミヤ記11章10節~21節

11:10 祭司のうちでは、エホヤリブの子エダヤと、ヤキン、
11:11 ヒルキヤの子セラヤであった。ヒルキヤはメシュラムの子、メシュラムはツァドクの子、ツァドクはメラヨテの子、メラヨテはアヒトブの子である。セラヤは神の宮のつかさであった。
11:12 彼らの同族で宮の務めをする者は八百二十二人。また、エロハムの子アダヤ。エロハムはペラルヤの子、ペラルヤはアムツィの子、アムツィはゼカリヤの子、ゼカリヤはパシュフルの子、パシュフルはマルキヤの子である。
11:13 アダヤの同族で一族のかしらたちは二百四十二人。また、アザルエルの子アマシュサイ。アザルエルはアフザイの子、アフザイはメシレモテの子、メシレモテはイメルの子である。
11:14 彼らの同族の勇士たちは百二十八人。彼らの監督者はハゲドリムの子ザブディエルであった。
11:15 レビ人のうちでは、ハシュブの子シェマヤ。ハシュブはアズリカムの子、アズリカムはハシャブヤの子、ハシャブヤはブンニの子である。
11:16 また、レビ人のかしらのうちシャベタイとエホザバデは、神の宮の外まわりの仕事をつかさどっていた。
11:17 また、ミカの子マタンヤ。ミカはアサフの子のザブディの子である。マタンヤは祈りの時に感謝の歌を歌い始める指導者、バクブクヤはその同族の副指導者であった。また、シャムアの子アブダ。シャムアはエドトンの子のガラルの子である。
11:18 聖なる都にいるレビ人は合計二百八十四人であった。
11:19 門衛では、アクブとタルモン、および門の見張りをする彼らの同族で、百七十二人であった。
11:20 そのほかのイスラエルの人々、祭司、レビ人たちは、ユダのすべての町で、それぞれ自分の相続地にいた。
11:21 宮のしもべたちはオフェルに住み、ツィハとギシュパは宮のしもべたちをつかさどっていた。
 2024年9月23日(月)リビングライフQT

イスラエルの民の再生は、エルサレムの再生に繋がり、エルサレムの再生は、神の宮における、祭司達による神との繋がり・神への明け渡しと献身・イスラエルの民の一致した礼拝の建て直しから、始まるのです。
*エルサレムを愛する者
*神との交わりに献身する者(祭司)  
*これを支えるために仕える民の有志
これらの人々(民)自らの、奉仕と献身が、新しい都、古代大帝国(ペルシャ)の中で、存在感を輝かしたのです‼️
一般に歴史的に考えるなら、このような存在は、一気に押し潰されるのが、弱肉強食の歴史の常だったはずです。しかし、イスラエルは何故この様な歴史の常を破って、古代史の強大な帝国の狭間にありながら、輝いたのでしょう。
それは、彼らが、唯一の神・創造者にして、全ての民の支配者である、神に、より頼んだからなのです‼️
このようにイスラエルの歴史を見ると、今の時代に生きる、主にある《教会》こそが、今の終末時にある、教会の選ばれている《使命》なのだ‼️と、心に強くチャレンジを受けるのです。
ネヘミヤの記録は、私たち教会へのチャレンジ‼️だと、強く意識するのです‼️
《神の真理》は、三千年前も、今の時代にも、《真理》なのです。
だから真理なのです‼️
名を連ねた、民のように、今の時代にも、私たちは主の前に、喜びをもって、主の前に歩みましょう。アーメン
 ネヘミヤ記11章1節~9節

11:1 民の指導者たちはエルサレムに住んでいたが、それ以外の民はくじを引いて、十人のうちから一人ずつ、聖なる都エルサレムに来て住むようにし、あとの九人をほかの町々に住まわせた。
11:2 民は、自分から進んでエルサレムに住もうとする人々をみな祝福した。
11:3 エルサレムに住んだこの州のかしらたちは次のとおりである。ユダの町々には、イスラエルの人々、祭司、レビ人、宮のしもべたち、ソロモンのしもべたちの子孫が、それぞれ自分たちの町の自分の所有地に住んだ。
11:4 エルサレムには、ユダ族とベニヤミン族のうちのある者が住んだ。ユダ族では、まずウジヤの子アタヤ。ウジヤはゼカリヤの子、ゼカリヤはアマルヤの子、アマルヤはシェファテヤの子、シェファテヤはマハラルエルの子、マハラルエルはペレツの子孫の一人である。
11:5 次にバルクの子マアセヤ。バルクはコル・ホゼの子、コル・ホゼはハザヤの子、ハザヤはアダヤの子、アダヤはエホヤリブの子、エホヤリブはゼカリヤの子、ゼカリヤはシロ人の子孫である。
11:6 エルサレムに住んだペレツの子孫は合計四百六十八人の勇士であった。
11:7 ベニヤミン族では次のとおりである。まずメシュラムの子サル。メシュラムはヨエデの子、ヨエデはペダヤの子、ペダヤはコラヤの子、コラヤはマアセヤの子、マアセヤはイティエルの子、イティエルはエシャヤの子である。
11:8 彼の次にガバイとサライで、九百二十八人。
11:9 ジクリの子ヨエルが彼らの監督者であり、セヌアの子ユダがこの町の副監督者であった。
 2024年9月22日(日)リビングライフQT

新しいイスラエルのスタートです。以前は、王が前の王の後継者として、その国の体制を受け継いだのですが、
今や、数百年に亘って、政治体制もイスラエルの存在の根幹ともなる、主なる神への信仰の土台となる神殿の存在と礼拝儀式・そこから語られる、民の全ての生活の指針・・これらを土台として、神の民は世界にその輝きを放たねばならないのです。
その為に、エルサレムは、単なる民の居住区の一つの町、ではなく、主なる神と選ばれた民とが、この町で深い交流(交わり)を通して、世界に神の栄光を発信する町として、全存在・全生涯を通して、この地に住み、この都を護り通す献身的民が必要だったのです。
事実、その後の歴史の中で、この町は、ローマ帝国によって滅ぼされ、又、その数百年後には、オスマン帝国(イスラム教)によって、その輝きを破壊されてきました。
今もなお、エルサレムは、神の民の手に返ってはいますが、半分は、異教(イスラーム)との共用と言う、屈辱に甘んじているのです。
しかし、聖書の終末の予言では、この地が神の最後の審判の地となるために、メシヤ(イエス・キリスト)の再臨の場となることを、記されています。
今日の短いテキストに、繰り返し『エルサレムに住んだ・・‼️』と、重ねて五回も書いているのです。
私はこのような記録を読みながら、ふと、次のことを思い描きました。そして、それが今日の学びのポイントではないだろうか(はてな)と、思い描いたのです。
《民がエルサレムに住む‼️》この重いメッセージは、今の私達の教会生活を言う、世界の中で、教会は《エルサレム》なのではないか‼️と、思い至ったのです。教会と言うエルサレムに、十字架の贖罪によって、神の民とされた私たちが、集うところ(正にエルサレム)ではないだろうか。
イスラエルの民で、自分のかつて住んでいた町に引き上げた者も多数いました。
しかし、その中から、聖書に記録されたエルサレムに帰ってきた人々の名前は、貴重な記録です。
同様に、私達は神への礼拝、購い主イエス様への感謝の礼拝に、帰ってくる、聖日の礼拝は、世に神の居ますことを証しする、もっとも大切な、時なのです。
コロナ蔓延以来、on  line(パソコン・スマホ)により、教会に集わなくても、礼拝が出来る・・・と言う利便性を、謳歌するようになりましたが、しかし、その実、説教(聖書の解き明かし)を聞くことが礼拝・・・だと言う意識が広がり、集まり交わり、共に祈り、心を合わせての賛美が、無くなってはいないでしょうか。
教会(エルサレム)に集まる(住む)事が、神の臨在の中に身を置く‼️と言う、神が与えられた霊的システムを、私達は人間の叡知で置き換えてしまってはいないだろうか⁉️と、痛く心に迫られるのです。今朝は新たな思いで、声を挙げて賛美し、共に祈り、御言葉に耳を傾け、回りの方々と共に、アーメン❗アーメン‼️と、思いを一つにして結ばれ、神の臨在に魂を包まれましょう。
 ネヘミヤ記10章32節~39節

10:32 私たちは、自分たちの神の宮での礼拝のために、毎年シェケルの三分の一を献げる義務を自らに課す。
10:33 これは、並べ供えるパンと常供の穀物のささげ物のため、常供の全焼のささげ物のため、安息日、新月の祭り、例祭、聖なるささげ物のため、そしてイスラエルの宥めを行う罪のきよめのささげ物のため、および私たちの神の宮のすべての用途のためである。
10:34 また私たち、祭司とレビ人と民は、薪のささげ物について、毎年定められた時に、父祖の家ごとに神の家に携えて来ることを、くじによって決める。律法に記されているとおり、私たちの神、【主】の祭壇の上で燃やすためである。
10:35 また、私たちの土地の初なりと、あらゆる木の初なりの果実をすべて、毎年、【主】の宮に携えて来ることに決める。
10:36 また、律法に記されているとおり、私たちの子どもと家畜の初子、私たちの牛や羊の初子を、私たちの神の宮に、私たちの神の宮で仕えている祭司たちのところに携えて来ることに決める。
10:37 また、私たちの初物の麦粉と奉納物、およびあらゆる木の果実、新しいぶどう酒と油を祭司たちのところに、私たちの神の宮の部屋に携えて来る。また、私たちの土地の十分の一はレビ人たちのものとする。レビ人は、私たちの耕作するすべての町から十分の一を受け取る者たちである。
10:38 レビ人が十分の一を集めるとき、アロンの子孫である祭司が、そのレビ人とともにいなければならない。レビ人は、その十分の一の十分の一を私たちの神の宮へ携え上り、宝物倉の部屋に納めなければならない。
10:39 この部屋に、イスラエルの子らとレビ人たちは、穀物、新しいぶどう酒、油の奉納物を携えて来るようになっているからである。そこには聖所の用具があり、また、当番の祭司や門衛や歌い手たちもいる。このようにして私たちは、自分たちの神の宮をなおざりにはしない。」
 2024年9月21日(土)リビングライフQT

イスラエルの国の回復は、礼拝の回復であり、礼拝の回復は、生活(日常)の回復・・・だと理解できます。  
イスラエルの始まりは、主なる神に端を発している・・と、信じ理解しているのが、彼らの人生観、存在感なのです。
それは・・・
『初めに神が天と地を創られた‼️』
(創世記1章1節)
これが彼らの存在の根元にある、信仰だからです。
神抜きには、自分の存在も家族・家庭も、民族(イスラエル)も、国も考えられない‼️
この信仰に全ての生活が繋がっているのです。
収穫も家畜の恵みも、健康も、家族も・・・全てが神からの恵みであり、祝福なのです。
今日のテキストを読んでいると、主なる神に、民が特別に儀式として、何かを捧げる・・・と言う姿ではなく、主なる神と、収穫の喜びを、分かち合う‼️・・・姿が目に浮かびます。
この様な信仰と、主なる神との共同の生きざまが、《十分の一》と言う形で、生活・存在・食・財・全てを、聖別して主に捧げる(存在全てを共有する)生き様が、イスラエルの民の、アイデンティティーとして、歩み始めたのです。
捕囚からの帰還後には初めて、炉の中で最後の焼き上げをして、釜出しされた陶器のように、新しい歴史が始まったのです。
今日、私達の教会を通しての捧げ物、又、心注ぎ出して捧げる礼拝・・・これらは正に、イスラエルの民の新しい出発の姿を、私たちが救い主なる主イエス・キリスト様を心から、礼拝し、お慕いする信仰と、一つになるのです。この様な信仰生活を、一刻一刻歩む時、私達はどんなに輝く事でしょう‼️
今、改めて、霊のイスラエルとして、新しい恵みの日々に歩み出しましょう‼️
 ネヘミヤ記10章1節~31節

10:1 印を押した者は次のとおりである。ハカルヤの子の総督ネヘミヤ、およびゼデキヤ、
10:2 セラヤ、アザルヤ、エレミヤ、
10:3 パシュフル、アマルヤ、マルキヤ、
10:4 ハトシュ、シェバンヤ、マルク、
10:5 ハリム、メレモテ、オバデヤ、
10:6 ダニエル、ギネトン、バルク、
10:7 メシュラム、アビヤ、ミヤミン、
10:8 マアズヤ、ビルガイ、シェマヤ。以上は祭司たちであった。
10:9 レビ人では、アザンヤの子ヨシュア、ヘナダデの子らのうちのビヌイ、カデミエル、
10:10 および彼らの親類で、シェバンヤ、ホディヤ、ケリタ、ペラヤ、ハナン、
10:11 ミカ、レホブ、ハシャブヤ、
10:12 ザクル、シェレベヤ、シェバンヤ、
10:13 ホディヤ、バニ、ベニヌ。
10:14 民のかしらでは、パルオシュ、パハテ・モアブ、エラム、ザト、バニ、
10:15 ブンニ、アズガデ、ベバイ、
10:16 アドニヤ、ビグワイ、アディン、
10:17 アテル、ヒゼキヤ、アズル、
10:18 ホディヤ、ハシュム、ベツァイ、
10:19 ハリフ、アナトテ、ネバイ、
10:20 マグピアシュ、メシュラム、ヘジル、
10:21 メシェザブエル、ツァドク、ヤドア、
10:22 ペラテヤ、ハナン、アナヤ、
10:23 ホセア、ハナンヤ、ハシュブ、
10:24 ハ・ロヘシュ、ピルハ、ショベク、
10:25 レフム、ハシャブナ、マアセヤ、
10:26 アヒヤ、ハナン、アナン、
10:27 マルク、ハリム、バアナ。
10:28 このほかの民、祭司、レビ人、門衛、歌い手、宮のしもべたち、また、諸国の民と関係を絶って神の律法についた者全員、その妻、息子、娘たち、すべて理解できるまでになった者は、
10:29 彼らの親類のすぐれた人々と歩調を合わせつつ、神のしもべモーセを通して与えられた神の律法に歩み、私たちの主、【主】のすべての命令、その定めと掟を守り行うという、次のような、のろいの誓いに加わった。
10:30 「私たちの娘をこの地の民に与えず、また、彼らの娘を私たちの息子の妻としない。
10:31 諸国の民が安息日に商品、あるいはどんな穀物を売りに持って来ても、私たちは安息日や聖なる日には彼らから買わない。また、私たちは七年目には土地を休ませ、あらゆる負債を免除する。
 2024年9月20日(金)リビングライフQT

人のカタカナの名前の羅列は忍耐が必要ですが、この一人一人に歴史があることを思いながら読み進んで参りましょう。
同じような名前、聞いたことのある名前、旧約聖書本文(今読んでる所もそうですが)の、歴史記述・神に従った人々と同じ名前が出てくる・・はっとするが、考え直して詮索せずに、読み進んで参りましょう。
主なる神は、この様に(これは家長の名前だが、この下に大勢の家族が・・)一人一人の名前(存在)を、確かに覚え、心に留めておられるのです。
何故なら、神ご自身が命を与え、生かして下さって来られたからです。
ここに署名と印を押した者の他、主への祭り(礼拝)を主催し導くレビ人・祭司職、更にそれに連なるあらゆる奉仕に専属する民も、
モーセの律法と、その多岐にわたる選びの民としての、あらゆる信仰と生活のあり方を、整えたのです。
数百年に亘り、異教の信仰と生活に同化した姿から、心(魂)の根幹に届くまで、作り替えて、主の民として捧げたのです。
*29節~・・のろいの誓いに加わった。
*この行の意味は・・・
律法の示している、生活の在り方の、条項の中に、偶像や異教的因習・慣習等に対する、神の呪いの警告の条項を、意味しています。
こうして、イスラエルは、長い長い迷いの歴史から、立ち返るのです。
このような、イスラエルの民の新しい歴史の始まりは、そのまま今日の私たちの救いへの転換と、新しい神の民としての、生活の始まり、そして更に、御国に至るまでの、クリスチャン人生への転換点に、置き換えられるのです。
今日私達は、神の祝福の道を歩んでいますか⁉️ それとも、神から離れた、自らの由とする、のろいの道に立ってはいないだろうか(はてな)
自らに問い掛けながら、祝福の約束への署名を魂にしっかりと記して参りましょう‼️
 ネヘミヤ記9章32節~38節

9:32 私たちの神、大いなる神よ。力強く恐るべき方、契約と恵みを守られる方よ。今、アッシリアの王たちの時代から今日まで、私たちと私たちの王たち、高官たち、祭司、預言者、私たちの先祖、また、あなたの民全体に降りかかった困難をみな、どうか小さなことと見なさないでください。
9:33 私たちに降りかかったすべてのことにおいて、あなたは正しくあられます。あなたは真実を行われましたが、私たちは悪を行ったのです。
9:34 私たちの王、高官、祭司、先祖たちはあなたの律法を守らず、あなたがお与えになった命令と警告にも、耳を傾けませんでした。
9:35 彼らは自分たちの王国の中で、あなたが下さったその大きな恵みの中で、また、あなたが彼らの前に置かれた、広くて肥えた土地にいても、あなたに仕えず、また自分たちの悪い行いから立ち返ることもありませんでした。
9:36 ご覧ください。私たちは今、奴隷です。私たちが実りと良い物を食べられるようにと、あなたが先祖に与えてくださった、この地で。ご覧ください。私たちは奴隷です。
9:37 私たちの罪のゆえに、この地の豊かな産物は、あなたが私たちの上に立てられた王たちのものとなっています。彼らは私たちのからだを支配し、家畜も彼らの思いのままです。私たちは大きな苦しみの中にいます。」
9:38 これらすべてのことのゆえに、私たちは文書をもって盟約を結んだ。そして、私たちの高官たち、レビ人たち、祭司たちはそれに印を押した。
 2024年9月19日(木)リビングライフQT

昨日の、レビ人の、面々と綴られた告白が、未だ魂に残っている中で、今日の新たな罪の告白が、語られるのです。
単なる歴史的回顧に終わらずに、更に厳しい現実(過去の)を、顧みながら、具体的罪の告白を、ここに展開するのです。
罪の告白は、神への礼拝の手続きではないのです。公に総括的に語られながら、実は、民はこれを耳で・魂で聴き、自らの罪として告白しているのです。
徹底した罪の告白が、面々と綴られていますね
33節《あなたは正しくあられます。
あなたは真実を行われましたが、
私たちは悪を行ったのです。》
その結果今や、主なる神から与えられた豊かな地を、他国(アッシリヤ・バビロン・ペルシャ)の王の支配する地として汚し・・・
自ら奴隷となって高官・祭司職・レビ人と言う、本来主に仕えるべき者まで、署名して、異邦の王に仕える盟約をするまでに、なってしまいました。・・・
このような言葉の裏には、『何故、この盟約を、主なる神に成さなかったのか(はてな)・・・』…と、深い懺悔の想いが、隠されているのです。
悔い改めに躊躇すると、人生と言う、時間の流れに、大きな穴を空けて仕舞うことを、実感します。
私達は、自らの神への反抗(心・魂が“ズレ”て行く)に気がついた時に、直ちに、主なる神の前に告白し悔い改めて、主の“十字架の血の盟約(赦し)”に立ち返ることを、心しましょう
今や、イスラエルは、歴史的再生へと、歩み始めているのです。正に、私たちの人生の立ち返りの様に
ハレルヤ❗アーメン‼️
 ネヘミヤ記9章19節~31節

9:19 あなたは大きなあわれみをかけ、彼らを荒野に見捨てられませんでした。昼は雲の柱が彼らから離れず、道中を導き、夜は火の柱が、行くべき道を照らしました。
9:20 あなたは、彼らを賢くしようと、ご自分の良き霊を与え、彼らの口からあなたのマナを絶やさず、彼らが渇いたときには水を与えられました。
9:21 四十年の間、あなたは彼らを養われました。彼らは荒野で何も不足することなく、上着はすり切れず、足も腫れませんでした。
9:22 あなたは諸王国と諸民族を彼らに渡し、それらを領地として割り当てられました。彼らはシホンの地、ヘシュボンの王の地と、バシャンの王オグの地を所有しました。
9:23 あなたは彼らの子孫を空の星のように増やし、彼らの先祖たちに、『入って行って所有せよ』と言った地に、彼らを導き入れられました。
9:24 その子孫は入って行って、その地を所有しました。あなたは、この地の住民、カナン人を彼らの前に屈服させて、その手に渡し、王たちとその地の人々を、彼らの思いのままに扱わせました。
9:25 こうして、彼らは城壁のある町々と肥えた土地を攻め取り、あらゆる良い物に満ちた家、掘り井戸とぶどう畑、そしてオリーブと果樹を、豊かに手に入れました。彼らは食べて満腹し、肥え太って、あなたの大いなる恵みを楽しみました。
9:26 しかし、彼らはあなたに逆らい、反逆して、あなたの律法をうしろに投げ捨て、あなたに立ち返らせようとして彼らを戒めたあなたの預言者たちを殺し、数々のひどい侮辱を加えました。
9:27 そこであなたは彼らを敵の手に渡され、敵が彼らを苦しめました。彼らがその苦難の時にあなたに叫び求めると、あなたは天からこれを聞き入れ、あなたの大いなるあわれみによって救う者たちを彼らに与え、敵の手から救われるようにしてくださいました。
9:28 しかし、一息つくと、彼らはまたあなたの前に悪事を行いました。あなたは彼らを敵の手に捨て置き、敵が彼らを支配しました。彼らが再びあなたに叫び求めると、あなたは天からこれを聞き入れ、あわれみによって、たびたび彼らを救い出されました。
9:29 あなたは彼らを戒めて、あなたの律法に立ち返らせようとされました。しかし、彼らは傲慢にふるまい、あなたの命令に聞き従わず、その命令を行う人は、それによって生きるというあなたの定めに背いて罪を犯し、肩を怒らして、うなじを固くし、聞き入れようとはしませんでした。
9:30 それでも、あなたは何年も彼らを忍び、あなたの霊により、あなたの預言者たちを通して彼らを戒められましたが、彼らは耳を傾けませんでした。そのため、あなたは彼らを地のもろもろの民の手に渡されました。
9:31 しかし、あなたはその大いなるあわれみにより、彼らを滅ぼし尽くすことはせず、お見捨てにもなりませんでした。あなたは、情け深くあわれみ深い神です。
 2024年9月18日(水)リビングライフQT

出エジプト記を読んでいる様な記録ですね。
主に仕えるレビ人の代表が、入れ代わり立ち代わり、集まった民全体に、イスラエルの民が、出エジプトの時からの苦難・神への反抗・その中で顕された、主なる神の愛と慈しみと、民への保護と守りにもかかわらず、神に反抗した日々
しかし、そのような中から、主なる神の慈しみと愛と赦しを、思い起こさせたのです。
*マナを、絶やさず
*40年(荒野のさすらい)の間養われ
*荒野で何も不足することなく、
*上着はすり切れず、足も腫れなかった。
*数百年前に失った所領を回復し
*強力な敵(神に敵対する)を討ち滅ぼし
*アブラハムに約束された地を、民に与え回復された。
*あなた(神)の大いなるあわれみによって・・・
*(背いた彼らが)再びあなたを叫び求めると、あなたは天からこれを聞き入れ、あわれみによって・・・救い出されました。
*(しかし彼らはあなたの命令に聞き従わず・・・)それでも、あなたは何年も彼らを忍び・・・
*(しかし、彼らを滅ぼし尽くすことはされず)お見捨てにはなりませんでした。あなた(神)は、情け深くあわれみ深い神です。
彼らは、この賛美の言葉を聞きながら、先祖の罪の道を歩み続けた今の自分達に、慈しみと憐れみの眼を注がれる主なる神を感じ、新たな想いでひれ伏したことでしょう。
私自身、これを書きながら、自らの歩み、その中で愛と慈しみに包まれて来た、人生の軌跡を思い返して、
彼等と相和して、アーメン❗アーメン‼️と魂の中で叫びました。
何と慈しみ深い主なる神でしょう‼️
 ネヘミヤ記9章9節~18節

9:9 あなたはエジプトで私たちの先祖の苦難を見て、葦の海のほとりで、その叫びを聞かれました。
9:10 ファラオとそのすべての家臣、その国のすべての民に対して、数々のしるしと不思議を行われました。彼らが私たちの先祖に対して傲慢にふるまったのを、あなたがみこころに留められたからです。こうして、今日あるとおり、あなたは名をあげられました。
9:11 あなたは私たちの先祖の前で海を裂き、彼らは海の真ん中の乾いた地面を渡りました。追っ手は、奔流に?み込まれる石のように、あなたが海の深みに投げ込まれました。
9:12 昼は雲の柱の中にあって彼らを導き、夜は火の柱の中にあってその行くべき道を照らされました。
9:13 あなたはシナイ山の上に下り、天から彼らと語り、正しい定めと、まことのみおしえ、良き掟と命令を彼らにお与えになりました。
9:14 あなたの聖なる安息を彼らに教え、あなたのしもべモーセを通して、命令と掟とみおしえを彼らに命じられました。
9:15 彼らが飢えたときには、天からパンを与え、渇いたときには、岩から水を出し、彼らに与えると誓われたその地に入ってそこを所有するよう、彼らに命じられました。
9:16 しかし彼ら、私たちの先祖は傲慢にふるまい、うなじを固くし、あなたの命令に聞き従いませんでした。
9:17 彼らは聞き従うことを拒み、彼らの間で行われた奇しいみわざを思い出さず、かえってうなじを固くし、かしらを立てて、逆らって奴隷の身に戻ろうとしました。それにもかかわらず、あなたは赦しの神であり、情け深く、あわれみ深く、怒るのに遅く、恵み豊かであられ、彼らをお捨てになりませんでした。
9:18 彼らが自分たちのために鋳物の子牛を造り、『これが、あなたをエジプトから導き上ったあなたの神だ』と言って、ひどい侮辱を加えたときでさえ、
 2024年9月17日(火)リビングライフQT

これから長い長い、追憶の祈り(ユダ・イスラエルの民が、忘れてしまっていた、民の歴史と神の深い愛の関わりへの感謝)と告白です。しかし、この告白こそ、悔い改めの告白でもあるのです。
私達も、この告白の祈りを読みながら、イスラエルの民の歴史に刻まれた、神の無限の慈しみと、導きを思い出しましょう。
長い長い、エジプトでの苦役の歴史からの脱出。
荒野での、生きるために備えられたマナと泉の水‼️
*一方、その神への反逆と無視、勝手な振る舞いで、鋳物の牛の偶像を作り拝んだ…
想像もできないような、主なる神への反逆行為・・・
イスラエルの歴史に刻まれた、おぞましいばかりの罪の現実を直視しながらの告白は、民の新しく築き上げる、神の国への大切なステップなのです。
私達の祈り・神への立ち返りの告白は、抽象的罪の告白であってはならないのです。言葉にし、記憶を呼び覚ましての神への、信頼の告白と祈りは、今日に生きる、私たちクリスチャンの、大切なステップなのです。

9:17〜
あなたは赦しの神であり、情け深く、あわれみ深く、怒るのに遅く、恵み豊かであられ、彼らをおみ捨てになりませんでした。

あなたの、わたしの、反抗と罪の歴史を覚えながら、神の恵みを告白し、主に向かいましょう。主はあなたに眼を注ぎ続けて下さるのです‼️ 
 ネヘミヤ記9章1節~8節

9:1 その月の二十四日に、イスラエルの子らは集まって断食をし、粗布をまとって土をかぶった。
9:2 イスラエルの子孫はすべての異国の人々と関係を絶ち、立ち上がって、自分たちの罪と先祖の咎を告白した。
9:3 彼らはそれぞれ所定のところに立って、昼の四分の一は、彼らの神、【主】のみおしえの書を朗読し、次の四分の一は、彼らの神、【主】に告白をして礼拝した。
9:4 ヨシュア、バニ、カデミエル、シェバンヤ、ブンニ、シェレベヤ、バニ、ケナニはレビ人の台の上に立ち、彼らの神、【主】に向かって大声で叫んだ。
9:5 レビ人のヨシュア、カデミエル、バニ、ハシャブネヤ、シェレベヤ、ホディヤ、シェバンヤ、ペタフヤは言った。「立ち上がって、あなたがたの神、【主】をほめたたえよ。とこしえからとこしえまで。あなたの栄光の御名はほむべきかな。すべての祝福と賛美の上に高く上げられて。
9:6 ただ、あなただけが【主】です。あなたは天と、天の天と、その万象を、地とその上のすべてのものを、海とその中にあるすべてのものを造られました。あなたはそのすべてを生かしておられます。天の万象はあなたを伏し拝んでいます。
9:7 あなたこそ神である【主】です。あなたはアブラムを選んでカルデア人のウルから連れ出し、その名をアブラハムとされました。
9:8 彼の心が御前に忠実であるのを見て、あなたは彼と契約を結び、カナン人、ヒッタイト人、アモリ人、ペリジ人、エブス人、ギルガシ人の地を彼の子孫に与えるとされました。そしてその約束を果たされました。あなたは正しい方だからです。
 2024年9月16日(月)リビングライフQT

*まことの礼拝の姿*
ペルシャからエルサレムに帰還し、神殿を、町の城壁を、整えたユダ・イスラエルの民は、エズラ・ネヘミヤによる召集に応えて、神殿に集まった時、彼らはそこで、何世代にも亘って、失われていた、モーセの(神の)律法を聞き、心震わせて、感激・感涙して、自らが神に選ばれた《選びの民》としての意味と、その重さに魂を揺さぶられて、悔い改めたのです。そして、まことの礼拝者としての“礼拝”を、捧げた姿が、今日のテキストの中に、躍動的に表されています。
形式ではなく、厳粛さではなく、順序でもなく・・・・彼らは、伝統的に聞かされていた、アブラハム時代からの歴史を辿りながら、その流れの中にこそ、神の愛と、厳かな永遠の命のご計画を、聞き取り、又それを、自らの信仰に受け入れて、自らの告白として祈ったのです。
3節~・・・彼等の神、主に告白をして礼拝した。
5節後半~あなたの栄光の御名はほむべきかな。・・6節~8節
この行(くだり)を読みながら、私の毎朝の礼拝・聖日の礼拝は、この様にまで、研ぎ澄まされた告白・賛美・感謝・・・になってきただろうか(はてな)と、魂に問い掛けさせられました。
このような礼拝から、新しい日々への命の始まりが、魂の深みから沸き上がるリバイバルが、燃え上がるのだなぁ‼️と、魂を揺さぶられる想いでした‼️
朝毎に、感謝を、賛美を、告白を新たに捧げましょう。
そこから始まる日々が、あなたを私を輝かし始めるのです‼️
さぁ始めましょう‼️
 ネヘミヤ記8章13節~18節

8:13 二日目に、民全体の一族のかしらたちと、祭司たち、レビ人たちは、律法のことばをよく調べるために、学者エズラのところに集まって来た。
8:14 そして彼らは、【主】がモーセを通して命じた律法に次のように書かれているのを見出した。すなわち、「イスラエルの子らは第七の月の祭りの間、仮庵の中に住まなければならない。
8:15 また、『山へ出て行き、オリーブの葉、野生のオリーブの木の葉、ミルトスの葉、なつめ椰子の葉、また茂った枝木などの枝を取って来て、書かれているとおりに仮庵を作るように』と、自分たちのすべての町とエルサレムに通達を出して、知らせなければならない」とあった。
8:16 そこで民は出て行き、枝を取って来て、それぞれ自分の家の屋根の上や庭の中、また神の宮の庭、水の門の広場、エフライムの門の広場に、自分たちのために仮庵を作った。
8:17 捕囚から帰って来た全会衆は仮庵を作り、その仮庵に住んだ。ヌンの子ヨシュアの時代から今日まで、イスラエルの子らはこのようにしていなかったので、それは非常に大きな喜びであった。
8:18 神のみおしえの書は、最初の日から最後の日まで毎日朗読された。祭りは七日間祝われ、八日目には定めにしたがって、きよめの集会が行われた。
 2024年9月15日(日)リビングライフQT

イスラエル・ユダの原点回帰‼️
ユダ(エルサレム)が破壊されてから120年も経過しているなかで、彼らは、バビロン・メデイア・ペルシャと言う、世界の大国の虜囚として、何世代も重ねてきました。神殿礼拝はなく、律法もなく、国言葉も置き換えられ、ユダ・イスラエルのアイデンティティは、完全に失われていたのです。 
しかし主なる神は、このように離散した民のために、預言者を送りました。律法を護り学び続ける、祭司、レビ族が居たのです。
120年に亘る歴史を通して、神の民のアイデンティティを護り通した、ユダ・イスラエルの民は、何と優れた民なんでしょう。
17節:捕囚から帰ってきた全会衆は、その仮庵に住んだ。ヌンの子ヨシュアの時代から今日までイスラエルの子らはこのようにしなかった。
それは非常に大きな喜びであった。
ヨシュアの時代から・・850年も前、即ち、イスラエルの民が、出エジプトして40年後、カナンの地(パレスチナ)に入ってから、
仮庵の祭りはしていなかったのです。
この行事は、ユダ・イスラエルにとっては、最も自らの原点、即ち、神に選ばれ、主なる神を世に顕す《選びの民》としての、回帰なのです。
主なる神への信仰に回帰し、このお方の前に自ら立ち返ることは、
神の歴史を積み上げる、最高の奉仕となるのです。
改めて、その様な信仰の証しと奉仕が、私たちには出来るのです。
それが《礼拝》なのです。
今朝、新たに、主の前に出ましょう。賛美と祈りに魂を注ぎだし、主のみ声に心を傾けましょう。
毎週の礼拝は、ある意味で、この世の捕囚からの帰還なのです。‼️(#^.^#)
 ネヘミヤ記8章1節~12節

8:1 民全体が、一斉に水の門の前の広場に集まって来た。そして彼らは、【主】がイスラエルに命じたモーセの律法の書を持って来るように、学者エズラに言った。
8:2 そこで、第七の月の一日に祭司エズラは、男、女、および、聞いて理解できる人たちすべてからなる会衆の前に律法を持って来て、
8:3 水の門の前の広場で夜明けから真昼まで、男、女、および理解できる人たちの前で、これを朗読した。民はみな律法の書に耳を傾けた。
8:4 学者エズラは、このために作られた木の壇の上に立った。彼のそばには、右手にマティテヤ、シェマ、アナヤ、ウリヤ、ヒルキヤ、マアセヤが立ち、左手にペダヤ、ミシャエル、マルキヤ、ハシュム、ハシュバダナ、ゼカリヤ、メシュラムが立った。
8:5 エズラは民全体の目の前で、その書を開いた。彼は民全体よりも高いところにいたのである。彼がそれを開くと、民はみな立ち上がった。
8:6 エズラが大いなる神、【主】をほめたたえると、民はみな両手を上げながら「アーメン、アーメン」と答え、ひざまずき、顔を地に伏せて【主】を礼拝した。
8:7 ヨシュア、バニ、シェレベヤ、ヤミン、アクブ、シャベタイ、ホディヤ、マアセヤ、ケリタ、アザルヤ、エホザバデ、ハナン、ペラヤなどレビ人たちは、民に律法を解き明かした。その間、民はその場に立っていた。
8:8 彼らが神のみおしえの書を読み、その意味を明快に示したので、民は読まれたことを理解した。
8:9 総督であるネヘミヤと、祭司であり学者であるエズラと、民に解き明かすレビ人たちは、民全体に向かって言った。「今日は、あなたがたの神、【主】にとって聖なる日である。悲しんではならない。泣いてはならない。」民が律法のことばを聞いたときに、みな泣いていたからである。
8:10 さらに、彼は彼らに言った。「行って、ごちそうを食べ、甘いぶどう酒を飲みなさい。何も用意できなかった人には食べ物を贈りなさい。今日は、私たちの主にとって聖なる日である。悲しんではならない。【主】を喜ぶことは、あなたがたの力だからだ。」
8:11 レビ人たちも、民全体を静めながら言った。「静まりなさい。今日は聖なる日だから。悲しんではならない。」
8:12 こうして、民はみな帰って行き、食べたり飲んだり、ごちそうを贈ったりして、大いに喜んだ。教えられたことを理解したからである。
 2024年9月14日(土)リビングライフQT

イスラエルの
   リバイバル‼️
BC586年、バビロニア帝国の、ネブカデネザル王の、徹底した侵略は、エルサレムの城壁は破壊され、火で焼かれ、ソロモンの神殿はその土台から根こそぎ焼きつくされ、神殿や王宮の全ての財宝は、略奪され、エルサレムは、最早神の臨在の神聖な丘ではなく、単なる瓦礫の山と化していました。
実はそれ以前に、エルサレムは、神殿の丘で、偶像に生け贄が捧げられ、バアル神に仕える祭司が横行する程にまで、汚れに染まっていました。それ故に神の怒りがネブカデネザルを通して、裁きがくだったのです
その日から何と、141年後に、こうして、再び、神の山で、民が一つ心になって、失われた歴史を再建し始めたのです。140年と言うと、3世代か4世代に亘って、彼らは、神から与えられた、モーセの律法すら聞いたことがないまま、礼拝とは縁のない、偶像の支配する、他国で命の営みを送っていたのです。伝説的・断片的教えとしては残る部分はあったのでしょうが、神の栄光・臨在・礼拝・・・等とは縁も無くなった日常から、苦難の帰国・身体と財とを注ぎ出した、再建工事と、完成への期待の中から、今や四世代五世代になる、彼らが初めて聴く、厳かな神の言葉律法の、一文一文が静まった民の頭上から、語られた時、降り注ぐ神の言葉に、今までの他国の営みではなかった、厳粛さ、聖さ、温かさに触れ、彼らの魂は、創造者の愛の御手に触れた思いで、涙が溢れたのです。
イスラエルの歴史的転換点でした。
指導者ネヘミヤは、繰り返し・繰り返し、『泣いてはならない❗』『今日は私たちの主にとって聖なる日である‼️』
この言葉にわたしはハッとしました。
主に返った民に主ご自身が、《聖なる日》だと・・・ならば更に輪をかけて、私たちには《神聖な日》となるのです。悔い改めた魂で眼をあげて、臨在の神を仰ぎましょう‼️
それが礼拝喜びの会見なのです。
民はついに・・・・大いに喜んだ‼️ 教えられたこと(神の“赦しと愛”)を理解(信じ主の懐に飛び込めた・・)したからである。
私たちの聖日毎の礼拝が、このように喜びと平安の始まりとなるのです。
礼拝は《聖日厳守》等と言う、信仰生活の義務や徳目なのではないのです。
“主を喜ぶことは、あなた方の力です‼️”11節
あ私達の生活が・礼拝が、常に復興(リバイバル)されます様に。
    ハレルヤ‼️
 ネヘミヤ記7章61節~72節

7:61 次の人々はテル・メラフ、テル・ハルシャ、ケルブ、アドン、イメルから引き揚げて来たが、自分たちの先祖の家系と血統がイスラエル人であったかどうかを証明できなかった。
7:62 デラヤ族、トビヤ族、ネコダ族、六百四十二人。
7:63 祭司の中では、ホバヤ族、ハ・コツ族、バルジライ族。このバルジライは、ギルアデ人バルジライの娘の一人を妻にしたので、その名で呼ばれていた。
7:64 これらの人々は自分たちの系図書きを捜してみたが、見つからなかったので、彼らは祭司職を果たす資格がない者とされた。
7:65 そのため総督は彼らに、ウリムとトンミムを使える祭司が起こるまでは、最も聖なるものを食べてはならないと命じた。
7:66 全会衆の合計は四万二千三百六十人であった。
7:67 このほかに、彼らの男女の奴隷が七千三百三十七人いた。また、彼らには男女の歌い手が二百四十五人いた。
7:68 らくだは四百三十五頭。ろばは六千七百二十頭であった。
7:69 一族のかしらの何人かは、工事のためにささげ物をした。総督は資金として金一千ダリク、鉢五十、祭司の長服五百三十着を献げ、
7:70 また、一族のかしらのある者は、工事資金として金二万ダリク、銀二千二百ミナを献げた。
7:71 そのほかの民の献げたものは、金二万ダリク、銀二千ミナ、祭司の長服六十七着であった。
7:72 こうして、祭司、レビ人、門衛、歌い手、民のある者たち、宮のしもべたちが、すなわち、全イスラエルが自分たちの元の町々に住んだ。イスラエルの子らは自分たちの町々にいたが、第七の月が来たとき、
 2024年9月13日(金)リビングライフQT

第二次帰還の民の、集計ですが、この膨大な数字は何を教えているのでしょう。
帰還の民 ・奴隷(他国の使用人)・祭祀の時の歌い手・・・も含むと、第一次帰還者とほぼ同じ、5万人を越える民でした。
これ等の帰還者は全般に、裕福な人々だった様に伺えます。1000km近い乾燥地の旅は、それなりの装備と、食料の蓄え、運搬する家畜の所有がなければ!叶わないことです。
しかし、裕福な彼らが、エルサレムに帰ると、惜しげなく、復興のために捧げている姿は、感動的です。
まず神の都エルサレムの復興のために、それを《我が事》として、一つ一つ換算はしませんが、現在の価値にすると、100億円を下らない膨大な金銀を、捧げているのです。
これは、民の主なる神への深い感謝と、これからの拠り所となる未来に神の臨在を求めた、信仰の告白の姿なのです。
私達は今の時に、新たな信仰の輝く喜びと、仕える感動を学ばせて頂きました。
ハレルヤ‼️
 ネヘミヤ記7章5節~60節

7:5 私の神は私の心に示して、私に有力者たちや、代表者たちや、民衆を集めて、彼らの系図を記載させた。私は最初に上って来た人々の系図を発見し、その中に次のように書かれているのを見つけた。
7:6 バビロンの王ネブカドネツァルが引いて行った捕囚の民で、その捕囚の身から解かれてエルサレムとユダに上り、それぞれ自分の町に帰ったこの州の人々は次のとおりである。
7:7 彼らは、ゼルバベル、ヨシュア、ネヘミヤ、アザルヤ、ラアムヤ、ナハマニ、モルデカイ、ビルシャン、ミスペレテ、ビグワイ、ネフム、バアナと一緒に帰って来た。イスラエルの民の人数は次のとおりである。
7:8 パルオシュ族、二千百七十二人。
7:9 シェファテヤ族、三百七十二人。
7:10 アラフ族、六百五十二人。
7:11 ヨシュアとヨアブの二族からなるパハテ・モアブ族、二千八百十八人。
7:12 エラム族、一千二百五十四人。
7:13 ザト族、八百四十五人。
7:14 ザカイ族、七百六十人。
7:15 ビヌイ族、六百四十八人。
7:16 ベバイ族、六百二十八人。
7:17 アズガデ族、二千三百二十二人。
7:18 アドニカム族、六百六十七人。
7:19 ビグワイ族、二千六十七人。
7:20 アディン族、六百五十五人。
7:21 ヒゼキヤ族、すなわちアテル族、九十八人。
7:22 ハシュム族、三百二十八人。
7:23 ベツァイ族、三百二十四人。
7:24 ハリフ族、百十二人。
7:25 ギブオン族、九十五人。
7:26 ベツレヘムとネトファの人々、百八十八人。
7:27 アナトテの人々、百二十八人。
7:28 ベテ・アズマウェテの人々、四十二人。
7:29 キルヤテ・エアリムとケフィラとベエロテの人々、七百四十三人。
7:30 ラマとゲバの人々、六百二十一人。
7:31 ミクマスの人々、百二十二人。
7:32 ベテルとアイの人々、百二十三人。
7:33 別のネボの人々、五十二人。
7:34 別のエラム族、一千二百五十四人。
7:35 ハリム族、三百二十人。
7:36 エリコ人、三百四十五人。
7:37 ロデ人とハディデ人とオノ人、七百二十一人。
7:38 セナア人、三千九百三十人。
7:39 祭司は、ヨシュアの家系のエダヤ族、九百七十三人。
7:40 イメル族、一千五十二人。
7:41 パシュフル族、一千二百四十七人。
7:42 ハリム族、一千十七人。
7:43 レビ人は、ホダウヤ族のヨシュアとカデミエルの二族、七十四人。
7:44 歌い手は、アサフ族、百四十八人。
7:45 門衛は、シャルム族、アテル族、タルモン族、アクブ族、ハティタ族、ショバイ族、百三十八人。
7:46 宮のしもべは、ツィハ族、ハスファ族、タバオテ族、
7:47 ケロス族、シア族、パドン族、
7:48 レバナ族、ハガバ族、シャルマイ族、
7:49 ハナン族、ギデル族、ガハル族、
7:50 レアヤ族、レツィン族、ネコダ族、
7:51 ガザム族、ウザ族、パセアハ族、
7:52 ベサイ族、メウニム族、ネフィシェシム族、
7:53 バクブク族、ハクファ族、ハルフル族、
7:54 バツリテ族、メヒダ族、ハルシャ族、
7:55 バルコス族、シセラ族、テマフ族、
7:56 ネツィアハ族、ハティファ族。
7:57 ソロモンのしもべたちの子孫は、ソタイ族、ソフェレテ族、ペリダ族、
7:58 ヤアラ族、ダルコン族、ギデル族、
7:59 シェファテヤ族、ハティル族、ポケレテ・ハツェバイム族、アモン族。
7:60 宮のしもべたちと、ソロモンのしもべたちの子孫は、合計三百九十二人。
 2024年9月12日(木)リビングライフQT

*ネヘミヤは、ペルシャ時代になってから生まれたのです。
又、クロス王の解放令から、五月雨式(さみだれしき)にユダヤ人の帰還が、ペルシャのみならず、近隣諸国からも流れ着き、次第にユダヤ人の集落が増えていたのです。しかし、第一次帰還が組織的になされたのは、第二次帰還がなされる79年前で、ゼルバベルによる指導で、約5万人がエルサレムに帰還しました。
その後も五月雨式に帰還する民がありましたが、ここに、エズラによる少人数の視察的帰還がなされ、その中にネヘミヤがいたのです。
第一次帰還は、第二次帰還を遡ること79年前の、ゼルバベルによる指導で、帰還者の数は約5万人でした。
その後、エズラに主導される民の帰還は、男性を中心とする2000人程の少人数で、この中にネヘミヤもいたのです。この帰還は、帰還先のエルサレム現地の、事情調査のためであり、その視察の結果を報告に、ペルシャの王への謁見が実現したと、考えられます。
今回の、ネヘミヤによる第二次帰還の民の数は・・42,360 人です。しかも個人名までの記載はないが、家族・氏族の名前が克明に記され、この帰還と、それに続くエルサレム(神殿・王都)再建の心意気が感じられる記録なのです。
家族・氏族挙げての再建は、只一小民族の歴史ではなく、この民の一人一人の命がけの再建への献身が、今の私たちの救いの君イエス・キリストの永遠のいのちへの道を拓く、始まりとなった、重要な記録なのです。‼️
あなたの歩く道の彼方(かなた)には、多くの人々への救いの道が開かれる・・・そんな思いで、明日へと歩みましょう

明日(13日)のテキスト
ネヘミヤ記  7:61~72 
 ネヘミヤ記6章15節~7章4節

6:15 こうして、城壁は五十二日かかって、エルルの月の二十五日に完成した。
6:16 私たちの敵がみなこれを聞いたとき、周囲の国々の民はみな恐れ、大いに面目を失った。この工事が私たちの神によってなされたことを知ったからである。
6:17 またそのころ、ユダの有力者たちはトビヤのところにひんぱんに手紙を送っていて、トビヤも彼らに返事をしていた。
6:18 それは、トビヤがアラフの子シェカンヤの婿であり、また、トビヤの子ヨハナンもベレクヤの子メシュラムの娘を妻に迎えていたので、彼に誓いを立てていた者がユダの中に大勢いたからである。
6:19 さらに、彼らは私の前でトビヤの善行を語り、彼に私の言うことを筒抜けにしていた。トビヤは私を脅すために、たびたび手紙を送って来た。

7:1 城壁が築き直され、私が扉を取り付けたとき、門衛、歌い手、レビ人が任命された。
7:2 私は兄弟ハナニとこの城の長ハナンヤに、エルサレムを治めるように命じた。これは、ハナンヤが誠実な人であり、多くの人にまさって神を恐れていたからであった。
7:3 私は彼らに言った。「太陽が高く昇って暑くなるまでは、エルサレムの門を開けてはならない。そして彼らが警備に立っている間に、門をしっかりと閉じておきなさい。エルサレムの住民を、それぞれ物見のやぐらか自分の家の前に、見張りとして立てなさい。」
7:4 この町は広々としていて大きかったが、その中の住民は少なく、家もまだ十分に建てられていなかった。
 2024年9月11日(水)リビングライフQT

エルサレムの城壁の修復が、53日と言う短期間に終えたことは、驚異的なことです。パビロンによって崩された、城壁の範囲ですが、聖書本文だけでは、定かではないのですが、神殿の丘(神殿・ソロモンの宮殿等・・)
他に、祭司達のすむ場所、神殿衛兵の守衛場、高級官僚の居住区等、王都に相応しい居住環境を中心にするなら、周囲2km~2.5km程だと、推定されます。他南側にはダビデの町と言う、ダビデが最初に拓いた町がありますが、多分この再建には手を着けなかったのでは・・・
又、火で焼かれて上部は崩れたでしょうが、底部はそのまま上に積み上げる土台として、有効だったでしょう。
それにしても、2500mもの城壁(最低でも5mの高さに積み上げたでしょう)を、53日で完成させたとは・・・如何にネヘミヤの指導力と、民の結束が想像を絶する程の、力に満ちていたか‼️
これは❗まさに‼️ユダの民の信仰の一致(リバイバル)と、神への信頼と熱い想いの証だと言えましょう
石を積み上げれば良いのではないのです。ひとつの石の大きさは
60cm×40cm×40cm→の石の塊(一つで200kg.は越える重量)はあるでしょう。
しかも、一つ一つは焼かれて角が取れ、隙間が空くので、削って隙間なく積まれなければならないのです。
それらの事を想定して考えると、この53日と言う日数は、奇跡的、驚異的速やかさです。
これが神の都再建にかけた、帰還の民の、信仰と心意気だったのです。
ですから、反対し、妨害してきた近隣の民とその指導者たちが、
“みな恐れ、大いに面目を失った”と、言われる所以(ゆえん)ですね。
ふと、私たち終末の教会は、どうだろう⁉️と、考えさせられました。神の国に敵対する世の力と妨害に対して、私たちの信仰と、主なる神への熱い思いは、勢いは・・・と、言われている思いがしました。
完成後も、トビヤは、様々な策略を巡らし、ユダの部族の中にまで血縁関係を築き上げ、内側からの切り崩しを図るのです。
ネヘミヤは、内側からの防衛には細心の注意を計り、神を恐れる人材で、エルサレムを、強固な要塞としました。それは、ユダの民の防衛的安全のみならず、再び失われることのない、主なる神への真実な信仰と、神の国の磐石のためなのです。それはやがて、すべての民がこのお方により、祝福の神の国に結ばれるため‼️なのです。
魂が振るわせられる、ネヘミヤ記ではないでしょうか。
主よ感謝します。
更に導きを仰ぎます‼️
 ネヘミヤ記6章1節~14節

6:1 さて、サンバラテ、トビヤ、アラブ人ゲシェム、その他の私たちの敵に、私が城壁を築き直し、破れ口が残っていないことが伝えられたときのこと、ただし、まだ門には扉を取り付けていなかったときのことである。
6:2 サンバラテとゲシェムは私のところに使いをよこして言った。「さあ、オノの平地のケフィリムで会見しよう。」彼らは私に危害を加えようと企んでいたのである。
6:3 そこで、私は彼らのところに使者たちを遣わして言った。「私は大工事をしているから、下って行けない。私が工事をそのままにして、あなたがたのところへ下って行ったために、工事が止まるようなことがあってよいものだろうか。」
6:4 彼らは同じようなことを、四度も私のところに言ってよこした。それで私も同じことを彼らに答えた。
6:5 サンバラテは五度目にも同じようにして、若い者を私のところによこした。その手に一通の開封された手紙を持っていた。
6:6 それには次のように書いてあった。「諸国民の間で言いふらされ、また、ゲシェムも言っていることには、あなたとユダヤ人たちは反逆を企んでいて、そのために、あなたは城壁を築き直している。このうわさによれば、あなたは彼らの王になろうとしている。
6:7 また、あなたは預言者さえ立てて、ここユダには王がいると、自分についてエルサレムで宣言させようとしている。今にこのことは王に聞こえるであろう。さあ、来なさい。一緒に相談しよう。」
6:8 そこで、私は彼のところに人を遣わして言った。「あなたが言っているようなことは、なされていない。それはあなたが心の中で勝手に考え出したことだ」と。
6:9 これらのことはみな、「彼らの工事に対する気力が落ち、工事は中止されるだろう」と考えて、私たちを脅すためであった。ああ、今、どうか私を力づけてください。
6:10 私がメヘタブエルの子デラヤの子シェマヤの家に行ったところ、彼は引きこもっていた。そしてこう言った。「神の宮、神殿の中で会い、神殿の戸を閉じておこう。彼らがあなたを殺しにやって来るから。きっと夜分に殺しにやって来る。」
6:11 そこで私は言った。「私のような者が逃げてよいものか。私のような者で、だれが神殿に入って生き続けるだろうか。私は入らない。」
6:12 私には分かった。今、彼を遣わしたのは、神ではないと。彼がこの預言を私に伝えたのは、トビヤとサンバラテが彼を買収したからだと。
6:13 私が恐れて、言われるがままにして罪を犯し、私の悪評が立って、私がそしられるようにするために、彼は買収されたのだった。
6:14 わが神よ。トビヤやサンバラテのこれらのしわざと、また、私を恐れさせようとした女預言者ノアデヤや、その他の預言者たちのしわざを覚えていてください。
 2024年9月10日(火)リビングライフQT

終始一貫、ネヘミヤの祈り・行動・決断・対応・・・また、民への語りかけの、ぶれていない態度‼️
ネヘミヤ記を、事態の推移として観ているうちには、成る程・・・と、彼の力強い言葉や対応に、勇気と励ましを学んできたつもりでしたが、今や、単なる歴史物語への感動だけではなく、読み進んでいる今‼️
目の前に次々と、焼けて脆(もろ)くなった石を削りその粉塵にまみれながら、声をからして民を激励するネヘミヤの姿❗
民が作業の休息の時、身を岩陰に隠れるようにして、神に祈るネヘミヤの姿を目の当たりにするようにして、読み進むと、そこには自ずと、神と対話するネヘミヤの姿が、甦るのです‼️
聖書は単なる、記録文書ではなく、今や、過去を今にバーチャルに再現する AIの様に、展開する指導力に、深い感動を覚えます。その指導力とは、神への絶対的信頼と、揺るがされない強さは、主なる神の臨在と、率直な対話のような祈りが、響いてくるのを感じるのです。サタンの策略に対して、微動だにしない強さは、神の声、以外に耳を傾けない、真っ直ぐさが、伝わるからです。
これが信仰‼️
  これが信頼‼️
 これが生きると 
     言うこと‼️
時代や、状況、事態に違いや、ずれはありますが、神と共に生き、委ねられた使命や人生を生きる姿は、こうあるべきだ‼️と、強く語り掛けられ続けています。
聖書を通して、御言葉を学ぶと言うことは、こんなにも栄光に富んだものかと‼️
新たに痛感する毎朝なのです。
最後に、ネヘミヤの祈りの呻きを記して・・
9節:・・・・ああ、今、どうか私を力づけてください。
 ネヘミヤ記5章14節~19節

5:14 また、私がユダの地の総督として任命された日から、すなわち、アルタクセルクセス王の第二十年から第三十二年までの十二年間、私も私の親類も総督としての手当てを受けなかった。
5:15 私の前任の総督たちは民の負担を重くし、銀四十シェケルのほかにパンとぶどう酒を民から取り立てた。しかも、彼らに仕える若い者たちは民にいばりちらした。しかし、私は神を恐れて、そのようなことはしなかった。
5:16 また、私はこの城壁の工事に力を注ぎ、私たちは農地を買わなかった。私の配下の若い者たちはみな工事に集まっていた。
5:17 ユダヤ人と代表者たち百五十人、また私たちの周囲の国々から来る者が、私の食卓に着いていた。
5:18 そのため、一日に牛一頭、選り抜きの羊六頭が料理され、私のためには何羽かの鳥が料理された。それに、十日ごとに、あらゆる種類のぶどう酒がたくさん用意された。それでも私は、この民に重い負担がかかっていたので、総督としての手当を要求しなかった。
5:19 私の神よ。どうか私がこの民のためにしたすべてのことを覚えて、私をいつくしんでください。
 2024年9月9日(月)リビングライフQT

《総督》と言う、この地では、最高の地位にあるネヘミヤには再建に必要な材料・・統治の諸費等はペルシャ王から与えられていました。

 ここでネヘミヤがエルサレム再建に取り組むようになった切っ掛けを振り返ってみます。
*先ず、王の献酌官として、仕えていた時の、憂えた姿から、事情を聴かれ、先祖の地エルサレムの、バビロンの傍若無人な振るまいに荒廃に帰した姿を、語った。
当時ペルシャは、親ユダヤ民族の風潮が王室に浸透していた。(クセルクセス一世=アハシュエロス)の后が、ユダヤ人から嫁いだ、《エステル→エステル記》だった事もあり、帝国の要所に、ユダヤ人が任命されていたことから、王の特命により、ネヘミヤはエルサレム(ユダ王国全域)の総督として任命され、アハシュエロス王配下の働きとして、正式にこの工事を進めていたのです。再建の費用の恐らく半分は、ペルシャ王室からの配分があったのです。しかし、ネヘミヤは、総督としての
給与は、帰還の民・70年前に帰還して移住していたユダの民からの税金で賄われるはずでしたが、ネヘミヤは、この手当は、受けなかったのです。
前任の総督は、租税を厳しく取り、その一部を、サンバラテとトビアが甘い汁として、既得権と共に、手に入れていたのです。
彼らは、その建設に関しての既得権から、離されたので、ユダヤ人の拠点が築かれたら、ペルシャ帝国は、西の拠点を失うと、王に訴えましたが、王の、ネヘミヤへの信頼を切り崩せなかったのです。
神にのみ信頼し、心揺るがさず、自己保身に走らず、ただ神にのみ祷り導かれる指導者の姿は、長い間、異邦の偶像の民の中に世代を重ねた(140年)、ユダヤ同胞の中に、失われていた、真の神への信仰復帰の、強い信頼と動機付けとなったのです。
正に、ネヘミヤの神への信頼の生き様は、ユダヤ(イスラエル)の、リバイバルとなったのです。
今、私たちは、何に(を)信頼しているでしょう。終わりの近い時代の今、私たち教会が立ち上がり、ただ主にのみ信頼する日々を積み重ねることが、終わりの日のリバイバルに繋がるのではないでしょうか‼️
主を待ち望みましょう‼️
 ネヘミヤ記5章1節~13節

5:1 さて、民とその妻たちから、同胞のユダヤ人たちに対して強い抗議の声があがった。
5:2 ある者は、「私たちには息子や娘がいて、大人数だ。食べて生きるために穀物を手に入れなければならない」と言い、
5:3 またある者は、「私たちの畑も、ぶどう畑も、家も抵当に入れなければならない。この飢饉に際して穀物を手に入れるために」と言った。
5:4 またある者は言った。「私たちは、畑やぶどう畑に課された王の税金を支払うために、金を借りなければならなかった。
5:5 現に、私たちの血肉は私たちの同胞の血肉と同じだし、私たちの子どもも彼らの子どもと同じだ。それなのに、今、私たちは息子や娘を奴隷に売らなければならない。実際、もう娘が奴隷にされている者もいる。ところが、私たちの畑もぶどう畑も他人の所有となっているので、私たちにはどうする力もない。」
5:6 私は彼らの抗議と、これらのことばを聞いて、激しく腹を立てた。
5:7 私は十分考えたうえで、有力者たちや代表者たちを非難して言った。「あなたがたはみな、自分の同胞たちに、利子をつけて金を貸している。」そして大集会を開いて彼らを責め、
5:8 彼らに言った。「私たちは、異邦の民に売られた同胞のユダヤ人を、できる限り買い取った。それなのに、あなたがたはまた自分の同胞を売ろうとしている。彼らはまた私たちに売られなければならなくなる。」すると彼らは黙ってしまい、一言も言えなかった。
5:9 私は続けた。「あなたがたのしていることは良くない。あなたがたは、私たちの敵である異邦の民から侮辱を受けることなく、私たちの神を恐れつつ歩むべきではないか。
5:10 私も、私の親類の者も、私の配下の若い者たちも、彼らに金や穀物を貸してやったが、私たちはその負債を帳消しにしよう。
5:11 だから、あなたがたも今日、彼らの畑、ぶどう畑、オリーブ畑、家、それに、あなたがたが彼らに貸していた金や穀物、新しいぶどう酒、油などの利息分を彼らに返してやりなさい。」
5:12 すると彼らは、「私たちは返します。彼らから何も要求しません。私たちはあなたの言われるとおりにします」と言った。そこで私は祭司たちを呼んで、この約束を実行する誓いを立てさせた。
5:13 私はまた、衣の裾を振って言った。「この約束を果たさない者はだれでも、神がこのように、その人の家から、また、その人の勤労の実から振り落としてくださいますように。このように振り落とされて、無一文になりますように。」すると全会衆は、「アーメン」と言って【主】をほめたたえた。こうして民はこの約束を実行した。
 2024年9月8日(日)リビングライフQT

様々な闘いと重圧の中で、民はエルサレムの再建に取り組んできていました。

聖書本文を見る限りでは、全ては麗しくも、順調に推移していたように見えました。
ところがネヘミヤ記には、突然民の中から不満が噴出した様子が、記録されています。
事情は、ネヘミヤの帰還の前70年ほど遡って、預言者エズラによる第一回目の帰還の民は、すでに、神殿の復興の後、自らの居住、又畑等の生活面は、向上していたのでしょう。
又、同時に、ネヘミヤによる第二帰還の民は、非常に多かったと共に、70年と言う時代流れの中で、ペルシャの中でユダの民は異邦の地に捕囚でありながらも、同時代の聖書記録である、エスエル記・ダニエル書などを見ると、ユダの民の中から、雑婚はないまでも、ペルシャに同化し、有産階級にまで登りつめた人々もいたことが伺えます。
ところが、多くの貧しい民は、エルサレム再建の事業のために、農地を耕すこともままならず、借金、食料の貸し借りなどの、営みが、深まり、貧しい者は益々貧しく、遂に身を売らねばならなくなるまでの、緊急事態が生じて、不満が噴出したのです。
神の都エルサレム復興と言う大義の陰で、ユダの民は今や、神の愛に育まれた律法に反する道へと崩れ始めていたのです。
その様な軋(キシ)み始めた民の呻(ウメ)きの中で、指導者ネヘミヤの大胆な指導力は、見事に、民を崩壊から寛容な助け合いの民へと、変身させたのです。
システムや、規則による改革ではなく、神に立ち返る‼️・・・と言う、霊的指導が、イスラエルの民の、価値観変革の土台となったのです。
今の時代に生きる、私達の信仰生活・教会の交わりは、聖書教理・規則・習慣・社会的通念・・・等々によって、秩序を保つのではなく、神を敬い、神の愛(イエス様の十字架の愛)と赦しに立ち返るとき、光と平安と、新しい秩序が見えてくるのです。
 ネヘミヤ記4章15節~23節

4:15 私たちの敵が、自分たちの企みが私たちに悟られたこと、神がそれを打ち壊されたことを聞いたとき、私たちはみな城壁に戻り、それぞれ自分の工事に当たった。
4:16 その日以来、私の配下の若い者の半分は工事を続け、もう半分は、槍、盾、弓、よろいで身を固めていた。隊長たちがユダの全家を守った。
4:17 城壁を築く者たち、荷を担いで運ぶ者たちは、片手で仕事をし、片手に投げ槍を握っていた。
4:18 築く者はそれぞれ剣を腰にして築き、角笛を吹き鳴らす者は私のそばにいた。
4:19 私は有力者たち、代表者たち、およびそのほかの人々に言った。「この工事は大きく、また範囲は広い。私たちは城壁の上で互いに遠く離れ離れになっている。
4:20 どこででも、角笛が鳴るのを聞いたら、私たちのところに集まって来なさい。私たちの神が私たちのために戦ってくださるのだ。」
4:21 こうして私たちはこの工事を進めたが、その半分の者は、夜明けから星が現れるまで槍を手にしていた。
4:22 そのときまた、私は民に言った。「それぞれ自分の配下の若い者と一緒に、エルサレムの内側で夜を明かすようにしなさい。そうすれば、夜には見張りがいて、昼には働くことができる。」
4:23 私も、私の親類の者も、私の配下の若い者たちも、私を守る見張りの人々も、私たちの中のだれも服を脱がず、水場でもそれぞれ投げ槍を持っていた。
 2024年9月7日(土)リビングライフQT

(資料)~*バビロンによるエルサレム崩壊は、BC586年
*エレミヤがエルサレムに帰還したのがBC445年です。
するとバビロン捕囚から141年後、しかし、この前に、ベルシャのキュロス王による、ユダヤ人解放令により、預言者エズラによって、第一次帰還があった。エズラによる帰還の民は、神殿の再建に取り組みました。
その後70年後のBC445年に、第二次帰還がエレミヤによって行われ、エルサレム全体の再建が始まったのです。第一次帰還によって、エズラの改革と再建により、神殿と一部の帰還した人々の家は貧しいながら、建て挙げられたのですが、エルサレムの町の殆どと、城壁は手付かずのままで、140年もの長い歴史のなかに埋もれてきたのです。
その様な様を想像しながら、黙想していると、帰還の民は、一人としてソロモンの栄光の神殿と、それを取り囲む、神の民の世界は、二代三代前の先祖の家の位置すら分からない中で、取り組むこの再建事業が、どれ程困難だった事でしょう。
回りに群がる、阻止しようとする、民への警戒のため、武装しての土木作業です。(指導者)預言者エレミヤの信仰と、主なる神と一体となった姿(20節『私たちの神が私たちと戦ってくださるのだ‼️』)は、民の魂にどの様に響いたのでしょう。この励ましの言葉(宣言)が、この難局を切り開いたのです。
瓦礫と化したウクライナ・ガザ、能登震災で崩壊した地域の住人の方々、どんな思いで立ち上がろうと、苦闘しているのだろうか・・・そんな事を思い巡らしながら、一方、社会秩序の崩壊していく日常の中で、私達のエルサレム、失われた神の国を、建てあげる教会の働きの使命に、思いを寄せるのです。

明日(8日)のテキスト
ネヘミヤ記  5:1~13 
 ネヘミヤ記4章1節~14節

4:1 サンバラテは私たちが城壁を築き直していることを聞くと、怒り、非常に憤慨して、ユダヤ人たちを嘲った。
4:2 彼はその同胞とサマリアの有力者たちの前で言った。「この哀れなユダヤ人たちは、いったい何をしているのか。あれを修復して、いけにえを献げようというのか。一日で仕上げようというのか。焼けてしまった石を瓦礫の山の中から拾って、生き返らせようというのか。」
4:3 彼のそばには、アンモン人トビヤがいて、彼も「彼らが築き直している城壁など、狐が一匹上っただけで、その石垣を崩してしまうだろう」と言った。
4:4 「お聞きください、私たちの神よ。私たちは軽蔑されています。彼らの侮辱を彼ら自身の頭上に返し、彼らが捕囚の地でかすめ奪われるようにしてください。
4:5 彼らの咎をおおい隠すことなく、彼らの罪を御前から消し去らないでください。彼らが、建て直している者たちを憤慨させたからです。」
4:6 こうして私たちは城壁を築き直し、城壁はすべて、その半分の高さまでつなぎ合わされた。民に働く気があったからである。
4:7 サンバラテ、トビヤ、アラブ人、アンモン人、アシュドデ人たちは、エルサレムの城壁の修復がはかどり、割れ目もふさがり始めたことを聞いたとき、激しく怒り、
4:8 皆でエルサレムに攻め入って混乱を起こそうと、陰謀を企てた。
4:9 そこで私たちは、私たちの神に祈り、彼らに備えて昼も夜も見張りを置いた。
4:10 ユダの人々は言った。「荷を担ぐ者の力は弱り、瓦礫は山をなしている。城壁を築き直すことなど、私たちにできはしない。」
4:11 私たちの敵は言った。「彼らが気づかないうちに、見つけないうちに、彼らの真ん中に入り込み、彼らを殺して、その工事をやめさせよう。」
4:12 そのため、彼らの近くに住んでいたユダヤ人たちはやって来て、四方八方から十回も私たちに言った。「私たちのところに戻って来てください。」
4:13 そこで私は、民をその家族ごとに、城壁のうしろの低い場所の空地に、剣や槍や弓を持たせて配置した。
4:14 私は彼らの様子を見て立ち上がり、有力者たちや代表者たち、およびその他の人たちに言った。「彼らを恐れてはならない。大いなる恐るべき主を覚え、自分たちの兄弟、息子、娘、妻、また家のために戦いなさい。」
 2024年9月6日(金)リビングライフQT

この地に、創造主なる神を敬う民が、再び根を下ろすこと、この地域の要塞としての、最高の機能を持つ、地理的要衝を失うことは、サンバラテ・トビア、更に 7節 に記録される民にとっては、アッスリヤによる捕囚後、平穏であった彼らの地位を、脅かすことになるので、執拗に再建の妨害をするのです。
そればかりではなく、彼らの反対と妨害は、正にサタンの《神》への妨害工作の意図が、噴出した姿なのです。
ユダの人々の神への信仰の燃える火は、ネヘミヤに与えられた、至上命令であり、この神からの導きとご命令を、ネヘミヤは、命懸けで守ろうと祈ってきたのです‼️
この働きは彼の祷りであり、信仰なのです。そして、
*失われたユダの民への神の救いと、
*創られた者(人類)への永遠の歴史へと向かう、ステップだと受け止め信じたのです。
私は、この大混乱(反対する)のなかに、一筋の永遠の光が、射し込み始める、神の永遠の御計画を、感ぜずには居られません。
(これを、隠されている“摂理”と感じるのです。)
ユダの民は、この難局にこれ以上耐えられない程の、恐怖を感じていたのです。
指導者ネヘミヤは、この事態の中でどれ程祈ってきたことでしょう。
ただ一人で、民の苦しみと、恐怖におののくその心と向き合うのです。
その間にも、目を離せない周辺民族の反対する、妨害活動に向き合っていたのです。
ネヘミヤの祷りはどの様だったのでしょう。2500年前の歴史の記録でありながら、私の心にまで緊張が伝わる一行一行です❗
それは、正に現代の教会が直面している、終末の様相にも似ている思いがします。サタンは、自らの時(自らの裁き)の短いことを感じて、必死に働いているのです。

教会は、この事実を直視しながら、祈り、福音の石積(福音に生きる証)を休むことなく、積み上げる時代なのです。
祈り、祷り、祷り・・・
ネヘミヤは、霊的確信に立つばかりではなく、現実の問題(妨害者の攻撃)にも、対処するための、準備を整えながら・・・
14節『彼らを恐れてはならない。大いなる恐るべき主を覚え、自分達の兄弟、息子、娘、妻、又、家のために戦いなさい。』
何と確信に満ちたメッセージでしょう‼️
神は、私たちの、霊的・信仰的戦いばかりではなく、現実の諸問題にも、御手を伸べてくださるのです。
(は)  (れ)  (る)  (や) ‼️
 ネヘミヤ記3章15節~32節

3:15 泉の門はミツパ地区の長、コル・ホゼの子シャルンが修復した。彼はそれを建て直し、屋根を付け、扉、錠、かんぬきを取り付けた。また、王の園のシェラフの池の城壁を、ダビデの町から下って来る階段のところまで修復した。
3:16 その向こうでは、ベテ・ツル地区の半区の長、アズブクの子ネヘミヤが、ダビデの墓地のそばまでと、人工貯水池までと、勇士たちの家のところまでを修復した。
3:17 その向こうでは、バニの子レフムなどレビ人たちが修復を行った。その傍らでは、ケイラ地区の半区の長、ハシャブヤが自分の地区のために修復を行った。
3:18 その向こうでは、ケイラの残りの半区の長、ヘナダデの子バワイなど、彼らの同僚たちが修復を行った。
3:19 その傍らでは、ミツパの長、ヨシュアの子エゼルが、城壁の曲がり角の隅にある武器倉に向かう上り坂のそばで、続きの部分を修復した。
3:20 その向こうでは、ザカイの子バルクが続きの部分を、城壁の曲がり角から大祭司エルヤシブの家の門のところまで熱心に修復した。
3:21 その向こうでは、ハ・コツの子ウリヤの子メレモテが続きの部分を、エルヤシブの家の門からエルヤシブの家の端まで、修復を行った。
3:22 その向こうでは、低地の人々である祭司たちが修復を行った。
3:23 その向こうでは、ベニヤミンとハシュブが自分たちの家のそばの部分を修復した。その向こうでは、アナネヤの子マアセヤの子アザルヤが自分の家の近くを修復した。
3:24 その向こうでは、ヘナダデの子ビヌイが続きの部分を、アザルヤの家から城壁の曲がり角の隅まで修復した。
3:25 ウザイの子パラルは、城壁の曲がり角の部分と、監視の庭のそばにあって上の王宮から突き出ているやぐらを修復した。その向こうでは、パルオシュの子ペダヤと、
3:26 オフェルに住む宮のしもべたちが、東の方の水の門と突き出ているやぐらのそばの部分までを修復した。
3:27 その向こうでは、テコア人が、突き出ている大きなやぐらのそばからオフェルの城壁までの続きの部分を修復した。
3:28 馬の門から上の方は、祭司たちがそれぞれ自分の家のそばの部分を修復した。
3:29 その向こうでは、イメルの子ツァドクが自分の家のそばの部分を修復した。その向こうでは、シェカンヤの子、東の門を守る者シェマヤが修復を行った。
3:30 その向こうでは、シェレムヤの子ハナンヤと、ツァラフの六男ハヌンが、その続きの部分を修復した。その向こうでは、ベレクヤの子メシュラムが自分の部屋のそばの部分を修復した。
3:31 その向こうでは、金細工人の一人マルキヤが、召集の門の向かい側にある、宮のしもべたちや商人たちの家のところまでと、角の二階の部屋のところまでを修復した。
3:32 角の二階の部屋と羊の門の間は、金細工人と商人たちが修復した
 2024年9月5日(木)リビングライフQT

昨日に続き、今朝のテキストも又、パビロンによって徹底的に破壊され、焼きつくされたエルサレムの再建の記録の一部です。
イスラエルの都市の城壁や、家屋に使われる建材は、多くが“石灰岩”で、古代の生物の遺骸が積み重なり、何億年もの長い年月をかけて圧縮され、変成して地殻変動の結果、地上に現れた、岩盤で、パレスティナは、このような岩盤で形成された所なのです。ですから石は切り出しやすくはありますが、同時に、この岩石は、一度火に焼かれると、非常に脆(もろ)い性質の岩で、古代都市では、しばしば征服すると、ことごとく火で焼いて、再建できないように破壊するのです。エルサレムも又、このように焼け崩れた、再利用できない瓦礫(がれき)と化していたのです。
その再建たるや、困難を極める事業なのです。
この様な前提に立って、この所を読むと、心が萎(な)えるほどの困難さが感じられます。
この当時のエルサレムは、細長い都市で、概要は・・・・
北から南までの長さ(距離)は、約1200m  町の幅は500m~狭いところで300mと言う、細長〰️い町で神殿が一番高い丘の上で、南の端は60m~70mの高低差がある、丘陵地帯にある町なのです。(現代のエルサレムと同一です)
この様な内容よりも、状態をまず知っていただいて、テキストの再建の記録を読んで見ましょう。
個人の名前、立場、家系などについては、聖書を読むだけでは知る由もありませんので、ただ読み進めましょう。
ただ、あらゆる人々がその立場から、大小に関わらず、分に応じて、自宅のあった場所を始め、更に、共同して、より大きな!そして重要な、城壁の修復を担当した姿を見ますね。
正に、神の創造された世界が罪とサタンに破壊され、聖なる麗しい姿を失ったのです。
この世界を、御子イエス・キリスト様の十字架の死によって、命に甦らされ、赦された罪人の集まる教会が、命がけで、神の国の回復再建に、取り組む姿と重なって、黙想していました。私も又、この再建に携わる、記録されたユダの民と一緒に、立ち上がろう‼️と
 ネヘミヤ記3章1節~14節

3:1 こうして大祭司エルヤシブは、その仲間の祭司たちと、羊の門の再建に取りかかった。彼らはそれを聖別して、扉を取り付けた。そしてメアのやぐらのところまで聖別し、ハナンエルのやぐらにまで及んだ。
3:2 その傍らではエリコの人々が建て、その傍らではイムリの子ザクルが建てた。
3:3 魚の門はセナアの子らが建てた。彼らは梁を置き、扉、錠、かんぬきを取り付けた。
3:4 彼らの傍らではハ・コツの子ウリヤの子であるメレモテが修復を行い、その傍らではメシェザブエルの子ベレクヤの子であるメシュラムが修復を行い、その傍らではバアナの子ツァドクが修復を行った。
3:5 その傍らではテコア人たちが修復を行ったが、彼らの貴族たちはその上役に頭を下げることはなく、工事に協力しなかった。
3:6 エシャナの門はパセアハの子エホヤダと、ベソデヤの子メシュラムが修復を行った。彼らは梁を置き、扉、錠、かんぬきを取り付けた。
3:7 彼らの傍らでは、ギブオン人メラテヤ、メロノテ人ヤドン、それにユーフラテス川西方の総督の管轄に属する、ギブオンとミツパの人々が修復を行った。
3:8 その傍らでは金細工人のハルハヤの子ウジエルが修復を行い、その傍らでは香料作りの一人ハナンヤが修復を行った。こうして、彼らはエルサレムを、幅広の城壁のところまで修復した。
3:9 その傍らでは、エルサレム地区の半区の長、フルの子レファヤが修復を行った。
3:10 その傍らではハルマフの子エダヤが自分の家のそばの部分を修復し、その傍らではハシャブネヤの子ハトシュが修復を行った。
3:11 その続きの部分は、ハリムの子マルキヤと、パハテ・モアブの子ハシュブが、炉のやぐらと一緒に修復した。
3:12 その傍らでは、エルサレム地区の残りの半区の長、ハ・ロヘシュの子シャルムが、自分の娘たちと一緒に修復を行った。
3:13 谷の門はハヌンと、ザノアハの住民が修復を行った。彼らはそれを建て直し、扉、錠、かんぬきを取り付け、糞の門までの城壁千キュビトを修復した。
3:14 糞の門はベテ・ハ・ケレム地区の長、レカブの子マルキヤが修復した。彼はそれを建て直し、扉、錠、かんぬきを取り付けた。
 2024年9月4日(水)リビングライフQT
 ネヘミヤ記2章11節~20節

2:11 こうして私はエルサレムに着いて、そこに三日間とどまった。
2:12 ある夜、私は起きて出て行った。ほかに数人の者も一緒であった。しかし私は、私の神がエルサレムのためにさせようと私の心に示しておられることを、だれにも告げなかった。また私自身が乗った動物のほかに、動物はいなかった。
2:13 私は夜、谷の門を通って竜の泉の方、糞の門のところに出て行き、エルサレムの城壁を調べた。それは崩され、その門は火で焼き尽くされていた。
2:14 さらに、泉の門と王の池の方へ進んで行ったが、私が乗っていた動物の通れる場所がなかった。
2:15 夜のうちに流れを上って行って、城壁を調べた。そしてまた引き返し、谷の門を通って戻った。
2:16 代表者たちは、私がどこへ行っていたか、また私が何をしていたかを知らなかった。ユダヤ人にも、祭司たちにも、有力者たちにも、代表者たちにも、そのほか工事をする者たちにも、その時まで私は何も告げていなかった。
2:17 私は彼らに言った。「私たちが直面している困難は見てのとおりだ。エルサレムは廃墟となり、その門は火で焼き払われたままだ。さあ、エルサレムの城壁を築き直し、もうこれ以上、屈辱を受けないようにしよう。」
2:18 そして、私に恵みを下さった私の神の御手のことと、また王が言ったことばを彼らに告げた。すると彼らは「さあ、再建に取りかかろう」と言って、この良い仕事に着手した。
2:19 ところが、ホロン人サンバラテと、アンモン人でその部下のトビヤ、およびアラブ人ゲシェムは、これを聞いて私たちを嘲り、蔑んで言った。「おまえたちのしているこのことは何だ。おまえたちは王に反逆しようとしているのか。」
2:20 私は彼らにことばを返して言った。「天の神ご自身が私たちを成功させてくださる。それで、そのしもべである私たちは、再建に取りかかっているのだ。あなたがたには、エルサレムのうちに何の取り分も、権利も、ゆかりもない。」
 2024年9月3日(火)リビングライフQT

ペルシャ王の護衛までついて、エルサレムに帰還した、ネヘミヤは、どんなに感動したことでしょう。第一次帰還の時は、大集団だったので、あらゆる面で、今後のことは、心のうちに展開できなかったのでしょうが、今回は、ペルシャ王の、許諾と支援を受けて、使命を持っての帰国でした。
ネヘミヤはこの使命が神から出たことを確信していたからこそ、うちに秘めて、具体的行動計画を誰にも打ち明けてはいなかったのです。
ネヘミヤは、主なる神から出たこの働き(エルサレム再建)に関しては、誰にも打ち明けなかったのは、人の智恵や、意見・方法が飛び交って、働きの推進が妨げられないためでした。
《神から出た計画》この確信が、祈りを積み上げながら、時が開かれるのを待っていたのです。
その為の、自らなすべきことは??
神の霊に押し出されての行動だったのです。
神ご自身が、バビロンの手を通して、滅ぼされた、このエルサレムの現実の姿に対して神が何をなされるかを、主に問いかけるための、密かな真夜中の行動だったのです
この行動は、主なる神と一体となった、対話の時だったのです。

ネヘミヤの目に飛び込んだのは、ロバも歩けないほど、城壁も建物も、ことごとく、瓦礫と化した神の都と歌われた、エルサレムの惨状でした。
人の智恵や、努力では、到底、再建不可能に見える現実を見る結果となったのです。
ネヘミヤは、このような現実を目の当たりにしながらも・・・
確信を持って語ったのです。
17節~からの、帰還した民への語りかけは力強い神から出たメッセージとして、届いたのです。 
ですから反対者(妨害を企てる者) に対しては、毅然として、排除の言葉を返したのです‼️  
ネヘミヤのこの姿勢は、昨日にあった、ペルシャ王に心の内の思いを語る時に、“祈ってから”、神のご計画を確認して、力を受けて、語った時のようでした。
非常に力強い感銘を受けました。

明日(4日)のテキスト 
ネヘミヤ記 3:1~14 
 ネヘミヤ記2章1節~10節

2:1 アルタクセルクセス王の第二十年のニサンの月に、王の前にぶどう酒が出されたとき、私はぶどう酒を取り、王に差し上げた。それまで、私は王の前で気持ちが沈んでいたことはなかった。
2:2 すると、王は私に言った。「病気でもなさそうなのに、なぜ、そのように沈んだ顔をしているのか。きっと心に悲しみがあるに違いない。」私は非常に恐れて、
2:3 王に言った。「王よ、永遠に生きられますように。私の先祖の墓がある都が廃墟となり、その門が火で焼き尽くされているというのに、どうして沈んだ顔をしないでいられるでしょうか。」
2:4 王は私に言った。「では、何を望んでいるのか。」私は天の神に祈ってから、
2:5 王に答えた。「もしも王が良しとされ、このしもべにご好意をいただけますなら、私をユダの地、私の先祖の墓のある都へ遣わして、それを再建させてください。」
2:6 王は私に言った。王妃もそばに座っていた。「旅はどのくらいかかるのか。いつ戻って来るのか。」王はこれを良しとして、私を遣わしてくださることになり、私は予定を伝えた。
2:7 また私は王にこう言った。「もしも王様がよろしければ、ユダに着くまで私が通行できるように、ユーフラテス川西方の総督たちへの手紙をいただけるでしょうか。
2:8 そして、宮の城門の梁を置くため、また、あの都の城壁と私が入る家のために木材をもらえるように、王家の園の管理人アサフへの手紙もお願いします。」わが神の恵みの御手が私の上にあったので、王はそれをかなえてくださった。
2:9 それで私はユーフラテス川西方の総督たちのところに行き、王の手紙を彼らに手渡した。王は、軍の高官たちと騎兵たちを私とともに送り出してくださった。
2:10 ホロン人サンバラテと、アンモン人でその部下のトビヤは、これを聞いて非常に不機嫌になった。イスラエル人の益を求める者がやって来たからである。
 2024年9月2日(月)リビングライフQT

アルタクセルクセス王は、世界最強のペルシャ帝国の王です。
☆古代帝国の推移・・
古バビロニア(アブラハム時代)→エジプト→ヒッタイト(出エジプト)→アッシリア→メディア→メドペルシャ(二つの帝国の共存)→ペルシャ(ユダヤ人解放令)→神殿エルサレム再建→ローマ)キリスト降誕

このような古代の人類の歴史の流れは、こうして、旧約聖書を学んでみると、聖なる創造主である神の、摂理の御手が、この歴史を導かれていることが、はっきりと見ることができますね。
しかし、その様な歴史の推移の中に、見落としてはならない、一つの事に今朝は、眼を留めて頂きたいのです
それは、今朝のテキストでは、預言者ネヘミヤの信仰です。
ネヘミヤは、ユダの虜囚の中の一人なのです。ある意味では、帝国の奴隷の立場なのです。
そんなネヘミヤが、帝国の王の献杓官(王の相談役)だったと言うことです。多数の国を征服して治めるためには、智恵と、民の言語と、宗教と、習慣を周知しなければなりません。その役割を担当したのが、ユダヤの奴隷であるネヘミヤだったのです。
このような配剤は、神の人類救済(あなたの・私の救い)のための、遠大な摂理の歴史なのです。
ここに選ばれたネヘミヤは、アルタクセルクセス王の懸念の原因となった、悲しみや心の傷みを見透かされて、問い掛けられたことから、この歴史(徹底して破壊されたエルサレムの再建)が動き始めたのです。
この重大な歴史的出来事への対応に、ネヘミヤは、王の問いかけに対して、 4節・”神に祈ってから“ストレートに、答えたのです。
*奴隷の立場で、《祖国再建》を‼️更に、帰国のための、通行許可を・・・この波状的各国への動きが、遂には、ネヘミヤ達の帰国集団に、護衛隊まで着けて、帰国する事となったのです。
福音が歴史の中で動くとき、神はあらゆる道を拓いて、事をなさるのです。個人の利得や、一時的奇蹟としてではないのです。
改めて、私は福音に生きているだろうか⁉️…と
深く問いかけられました‼️
 ネヘミヤ記1章1節~11節

1:1 ハカルヤの子ネヘミヤのことば。第二十年のキスレウの月に、私がスサの城にいたときのことであった。
1:2 私の兄弟の一人ハナニが、ユダから来た数人の者と一緒にやって来た。私は、捕囚されずに残された逃れの者であるユダヤ人たちについて、またエルサレムのことについて、彼らに尋ねた。
1:3 彼らは私に答えた。「あの州で捕囚を生き残った者たちは、大きな困難と恥辱の中にあります。そのうえ、エルサレムの城壁は崩され、その門は火で焼き払われたままです。」
1:4 このことばを聞いたとき、私は座り込んで泣き、数日の間嘆き悲しみ、断食して天の神の前に祈った。
1:5 「ああ、天の神、【主】よ。大いなる恐るべき神よ。主を愛し、主の命令を守る者に対して、契約を守り、恵みを下さる方よ。
1:6 どうか、あなたの耳を傾け、あなたの目を開いて、このしもべの祈りを聞いてください。私は今、あなたのしもべイスラエルの子らのために、昼も夜も御前に祈り、私たちがあなたに対して犯した、イスラエルの子らの罪を告白しています。まことに、私も私の父の家も罪を犯しました。
1:7 私たちはあなたに対して非常に悪いことをして、あなたのしもべモーセにお命じになった、命令も掟も定めも守りませんでした。
1:8 どうか、あなたのしもべモーセにお命じになったことばを思い起こしてください。『あなたがたが信頼を裏切るなら、わたしはあなたがたを諸国の民の間に散らす。
1:9 あなたがたがわたしに立ち返り、わたしの命令を守り行うなら、たとえ、あなたがたのうちの散らされた者が天の果てにいても、わたしは彼らをそこから集め、わたしの名を住まわせるためにわたしが選んだ場所に連れて来る。』
1:10 これらの者たちこそ、あなたがその偉大な力と力強い御手をもって贖い出された、あなたのしもべ、あなたの民です。
1:11 ああ、主よ。どうかこのしもべの祈りと、喜んであなたの名を恐れるあなたのしもべたちの祈りに耳を傾けてください。どうか今日、このしもべに幸いを見させ、この人の前で、あわれみを受けさせてくださいますように。」そのとき、私は王の献酌官であった。
 2024年9月1日(日)リビングライフQT

~ネヘミヤの時代~
*北イスラエルがアッシリヤに滅ぼされアッシリアに捕囚となったのはBC772年
*続いて南ユダの滅亡と捕囚はBC583年
*キュロス王による、ユダヤ人解放令BC538年
*ネヘミヤによる、第三次ユダヤ人帰還は
BC445年の、指導者としてエルサレムに帰還。
*更に、その12年後、
ペルシャの都スサ(シュシャン)で、エルサレムの荒廃した様子を聞いて、深い敗北的ショックを受けて、祈った祈りです。
彼の祈りは、かつて神に選ばれた民が、屈辱を受け、その聖なる都が、今や見る影もなく破壊され尽されたままなのを見て、神に訴える祈りです。
悔い改めた民の代表として、神に祈る執り成しの祈り、何と確信に満ちた、主への訴えなんでしょう。いつまでも後ろを振りかえっての、悔い改めや、屈辱感・敗北感の祈りではなく、神の約束に立った、確信に満ちた大胆な訴えとなっています‼️
神の約束に裏付けられた祷りは何と⁉️大胆で力強い祈りでしょう‼️主なる神への信仰とは、この様に大胆で、強い祈りとなるのです‼️それは私達の正しさや力ではなく、ただ神の約束に立った、確信なのです。
最後に、ネヘミヤの祈りを再度書き抜いて、このメッセージを閉めましょう。
  9節ー10節ー11節
「あなたが(民)がわたし(主なる神)に立ち返り、私の命令を守りおこなうなら、たとえ、あなたがたのうちの散らされた者が天の果てにいても、わたしは彼らをそこから集め、私の名を住まわせるためにわたしが選んだ場所に連れてくる。
これらの者たちこそ、あなたがその偉大な力と力強い御手を持って
贖い出されたあなたのしもべ、あなたの民です。
ああ、主よ。どうかこのしもべの祈りと、喜んであなたの名を恐れるあなたのしもべたちの祈りに耳を傾けて下さい。どうか今日、このしもべに幸いを見させ、この人の前で、あわれみを受けさせてくださいますように。」

第4次帰還として再びエルサレムに多くのユダヤ人捕囚を、連れ帰る働きを進めるに当たっての、この祈りは、今日の、私たち教会の失われた人々の、御国への奪還の、とりなしの祈りにも重なる切実な祈りです。
主よ、今こそあなたの愛の御手を延べて、御国の民へと、奪還させてください‼️
アーメン❗ハレルヤ‼️ 
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