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力丸嗣夫師 リビングライフ LINE
          (新改訳聖書2017)
    

北九州シオン教会

 ヨハネ黙示録  22章6節~21節

22:6 御使いは私に言った。「これらのことばは真実であり、信頼できます。」預言者たちに霊を授ける神である主は、御使いを遣わして、すぐに起こるべきことをしもべたちに示された。
22:7 「見よ、わたしはすぐに来る。この書の預言のことばを守る者は幸いである。」
22:8 これらのことを聞き、また見たのは、私ヨハネである。私は、聞いたり見たりした後に、これらのことを示してくれた御使いの足もとにひれ伏して、礼拝しようとした。
22:9 すると、御使いは私に言った。「いけません。私はあなたや、預言者であるあなたの兄弟たち、この書のことばを守る人々と同じしもべです。神を礼拝しなさい。」
22:10 また私に言った。「この書の預言のことばを封じてはなりません。時が近いからです。
22:11 不正を行う者には、ますます不正を行わせ、汚れた者は、ますます汚れた者とならせなさい。正しい者には、ますます正しいことを行わせ、聖なる者は、ますます聖なる者とならせなさい。」
22:12 「見よ、わたしはすぐに来る。それぞれの行いに応じて報いるために、わたしは報いを携えて来る。
22:13 わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。初めであり、終わりである。」
22:14 自分の衣を洗う者たちは幸いである。彼らはいのちの木の実を食べる特権が与えられ、門を通って都に入れるようになる。
22:15 犬ども、魔術を行う者、淫らなことを行う者、人を殺す者、偶像を拝む者、すべて偽りを好み、また行う者は、外にとどめられる。
22:16 「わたしイエスは御使いを遣わし、諸教会について、これらのことをあなたがたに証しした。わたしはダビデの根、また子孫、輝く明けの明星である。」
22:17 御霊と花嫁が言う。「来てください。」これを聞く者も「来てください」と言いなさい。渇く者は来なさい。いのちの水が欲しい者は、ただで受けなさい。
22:18 私は、この書の預言のことばを聞くすべての者に証しする。もし、だれかがこれにつけ加えるなら、神がその者に、この書に書かれている災害を加えられる。
22:19 また、もし、だれかがこの預言の書のことばから何かを取り除くなら、神は、この書に書かれているいのちの木と聖なる都から、その者の受ける分を取り除かれる。
22:20 これらのことを証しする方が言われる。「しかり、わたしはすぐに来る。」アーメン。主イエスよ、来てください。
22:21 主イエスの恵みが、すべての者とともにありますように。
 2024年12月31日(火)リビングライフQT

非常に緊迫した、終章ですね‼️
20節: これらのことを証しする方が言われる。『しかり、わたしはすぐに来る。』アーメン。主イエスよ、来てください。

黙示録を学んで、改めて感じたことは、今回二ヶ月に亘って学んできた黙示録を、使徒ヨハネは、流刑の重労働に明け暮れるパトモスの島で、今日素読するだけでも、難儀なこの圧巻とも言える、文章を、どのようにして書いたのだろう。
当時、貴重な紙(あるいは羊皮紙)は、簡単には手に入らない上、相当な高価なものでしたでしょう。どの様にして、手に入れたのでしょう。それにインク(植物由来の・花・果実・葉・・・)ペン✒️(鵞鳥の羽)等々想像すると、この文書が完成されるためには、相当な諸条件が整わなければ、存在しない状況です‼️
御霊による“霊感”・聖ヨハネの並でない感性と信仰・重労働の合間を縫っての体力・密かな場所と時の確保・・その様な諸条件を加味して、この黙示録執筆の完成を考えると、正に、神(聖霊)の介入の御業を抜きには想像できない完成度です。
今私達は、この黙示録と対面しながらです。正に、ヨハネが経験したあらゆる条件の上に今があることを知って、祈りと御霊の導きなしには、魂に触れることはないのではないでしょうか‼️
祈りを込めて、新たに始めから読み、黙想する時を、何時か持って欲しい・・・と、痛感するのです‼️
16節~『わたしイエスは御使いを遣わし、諸教会についてこれらのことをあなたがたに証しした。わたしはダビデの根、また子孫、輝く明けの明星である。』
17節~御霊と花嫁が言う。『来てください。』これを聞く者も、『来てください』と言いなさい。・・・20節~これらのことを証しする方が言われる。『しかり、わたしはすぐに来る。』
アーメン。主イエスよ、来てください。
共に祈りましょう
「アーメン‼️主イエスよ、来てください‼️」
主イエスの恵みが、全ての者と共にありますように。‼️

明日(元旦)のテキスト
リビングライフQT
ヨハネ福音書  1:1~8

2024年も、366日毎朝御一緒に、御言葉を黙想し、主の御思いに触れる時を分かち合えて、深く感謝します。新しい年も、主の日に向かって、伴に歩んで参りましょう‼️
 ハレルヤ❗
   アーメン‼️

逝く年も
 数有る恵み背を押して
    来る年へと力を与う
 ヨハネ黙示録  22章1節~5節

22:1 御使いはまた、水晶のように輝く、いのちの水の川を私に見せた。川は神と子羊の御座から出て、
22:2 都の大通りの中央を流れていた。こちら側にも、あちら側にも、十二の実をならせるいのちの木があって、毎月一つの実を結んでいた。その木の葉は諸国の民を癒やした。
22:3 もはや、のろわれるものは何もない。神と子羊の御座が都の中にあり、神のしもべたちは神に仕え、
22:4 御顔を仰ぎ見る。また、彼らの額には神の御名が記されている。
22:5 もはや夜がない。神である主が彼らを照らされるので、ともしびの光も太陽の光もいらない。彼らは世々限りなく王として治める。
 2024年12月30日(月)リビングライフQT

『都』という表現がありますが、黙示録を読んできた、代々の聖徒達は、この『都』にどの様なイメージを描いたのでしょう‼️
今の私達、国により多くの民族により、文化により、抱くイメージは実に様々でしょう。ニューヨーク? パリ?
東京? ブータン? スイス?・・・皆違ったイメージで、描くでしょう。そのように考えると、何だか永遠の御国が、人間臭くなり、多くの人々の汗と、血の滲むような努力と、時には多くの命さえも、失いながら築き上げた華麗な世界を想像し勝ちですね
しかし、ここで言う『都』とは、神の創造された、《汚れなき完全な世界》という意味で考えた方が正しいでしょう。ですから、リビングライフのテキストでは、《新しいエデン》と、表現されています‼️その昔(?)人間が創造されて、置かれた世界が《エデン》でした。それは、神が人にお与えになられた、理想的世界だったはずです。しかし、人はその豊かな世界の中で、神に背き、罪をおかして、そこから追放されたのです。それ以来、人類の歴史からは隠されて、想像すら許されない、覆われた世界となったのです。
その、神の創造の極みである、神の国が今、《都》として登場したのです。
私達は、創世記に、描写された神の《都=エデン》が、今新たな姿となって、完成された《贖なわれた》人のために、新しく開かれたのです。
*命の水の川が子羊の御座から流れ出て・・
*癒しの木がその流れに沿って豊かな実を実らせ・・
*そこを行き交う人々の額には、神の御名が記され(赦され・あがなわれた御方の印)が・・・皆が、誇らしげに、このお方を証ししている‼️
夜がない(人の営みは、休息なしには成り立たなかったので、夜の闇は必要なものでしたが…)
今は、病も寿命も、疲れも、休息の必要もないので、存在そのものが《永遠》なので、無限の輝きのみが、支配する世界なのです‼️
最早、私達の理念・概念・経験・歴史からは、推測も想像も出来ない、神の国なのです。私達はただそれを、信じ待ち望み、今を、主の御手に委ねるだけなのです。
最後の、『世々限りなく王として治める❗』
この意味は・・・❓
《王として治める》『王』と言う存在は、一つの国の最高権威者・支配者‼️という意味ですが、ここでは、神から与えられた、新しい世界を、そのまま頂きこの中で、神の栄えのために、その与えられた賜物を、永遠に栄えさせる‼️という意味ではないでしょうか。
最初の人は、その使命に失敗したのです。
しかし、今や、新しい神の民は❗永遠に神の僕(民)として、神の信任に応えて、永遠に存在するのです‼️
アーメン‼️
  ハレルヤ‼️
 ヨハネ黙示録  21章22節~27節

21:22 私は、この都の中に神殿を見なかった。全能の神である主と子羊が、都の神殿だからである。
21:23 都は、これを照らす太陽も月も必要としない。神の栄光が都を照らし、子羊が都の明かりだからである。
21:24 諸国の民は都の光によって歩み、地の王たちは自分たちの栄光を都に携えて来る。
21:25 都の門は一日中、決して閉じられない。そこには夜がないからである。
21:26 こうして人々は、諸国の民の栄光と誉れを都に携えて来ることになる。
21:27 しかし、すべての汚れたもの、また忌まわしいことや偽りを行う者は、決して都に入れない。入ることができるのは、子羊のいのちの書に記されている者たちだけである。
 2024年12月29日(日)リビングライフQT

神は、更にヨハネに、永遠の都(《エルサレム》を開示された。

その都には、次のような、新しい秩序があった。《*それは*》
☆神を礼拝するための、綿密な規定で定められた、“神殿”がないことであった。
☆暗闇を照らす、太陽・月・星・・・はなかった。
☆また、人の営みの時代には、時の区切りとしての、夜と昼の区別があり、門が夜は閉じられたが、今や、永遠に閉じられることはなくなった。夜がないからだ‼️
☆この都は、永遠の拡がりの在る国で、全ての人は、何の区別選別もなく、この領域に自由に出入りするのです。
かつては、浄めの儀式・時が定められ・神に捧げる犠牲の動物を携え・様々な規定が、神を礼拝し、祝福を受けるための道筋が定められていました。
今や、それらすべてが、取り除かれて、幼子も、年配・・?年齢は無くなった‼️
民族も、言語も、妨げるすべての《違い》が無くなった‼️
これが、創造者である《神》の、最初から望まれた姿だったのです。
創られた者と、創った御方とが、全く自由に溶け合い、その神聖な光の中で、全き(完全な)平安と喜びと、感動と恵みに包まれた、感動から感動に打ち震える永遠(瞬間・瞬間)に、包まれるのです‼️
最早、この都(永遠の神の国・待ち望んできた天国)には、悪しき者・汚れ・闇・差別・拒絶・裁き・誘惑・恐れ・・等の一切は無くなり、ただ、《完全・神の聖と光と、喜び感動・・》だけが、支配する永遠の国となったのです。

最早、言葉による説明・解説も無用な、完成された永遠なのです。
    ハレルヤ‼️

今年最後の礼拝に祝福が更にありますように。アーメン‼️ 
 ヨハネ黙示録  21章9節~21節

21:9 また、最後の七つの災害で満ちた、あの七つの鉢を持っていた七人の御使いの一人がやって来て、私に語りかけた。「ここに来なさい。あなたに子羊の妻である花嫁を見せましょう。」
21:10 そして、御使いは御霊によって私を大きな高い山に連れて行き、聖なる都エルサレムが神のみもとから、天から降って来るのを見せた。
21:11 都には神の栄光があった。その輝きは最高の宝石に似ていて、透き通った碧玉のようであった。
21:12 都には、大きな高い城壁があり、十二の門があった。門の上には十二人の御使いがいた。また、名前が刻まれていたが、それはイスラエルの子らの十二部族の名前であった。
21:13 東に三つの門、北に三つの門、南に三つの門、西に三つの門があった。
21:14 都の城壁には十二の土台石があり、それには、子羊の十二使徒の、十二の名が刻まれていた。
21:15 また、私に語りかけた御使いは、都とその門と城壁を測るために金の測り竿を持っていた。
21:16 都は四角形で、長さと幅は同じである。御使いが都をその竿で測ると、一万二千スタディオンあった。長さも幅も高さも同じである。
21:17 また城壁を測ると、百四十四ペキスあった。これは人間の尺度であるが、御使いの尺度も同じであった。
21:18 都の城壁は碧玉で造られ、都は透き通ったガラスに似た純金でできていた。
21:19 都の城壁の土台石はあらゆる宝石で飾られていた。第一の土台石は碧玉、第二はサファイア、第三はめのう、第四はエメラルド、
21:20 第五は赤縞めのう、第六は赤めのう、第七は貴かんらん石、第八は緑柱石、第九はトパーズ、第十はひすい、第十一は青玉、第十二は紫水晶であった。
21:21 十二の門は十二の真珠であり、どの門もそれぞれ一つの真珠からできていた。都の大通りは純金で、透明なガラスのようであった。
 2024年12月28日(土)リビングライフQT

今日のテキストは、一つ一つの状況の描写を、今の私たちの尺度・価値観・・・で頭の中に再現すると、ただスペクタクルな、途方もなく広大・巨大で掴み処のないイメージになってしまいます
これらの表現は、象徴的な表し方であって、決して、現実的な実測に基づく広大さだと、考えなくても良いのだと思います。
神学校の時の、黙示録の学びの時、これを実測を踏まえて想像するように考える時を持ったことを、思い出しますが…
今の広大な宇宙の様相が明らかにされる時代に、この記述は、どんなに大きく見積もっても、所詮、地球の中の一部にすぎないばかりか、当時のヨハネや、クリスチャンたちにとっては、想像を絶する規模でしょうが、地中海世界ないし、中近東を背景にした、広大さにすぎません。
そこで、今朝は、一つ一つの持つ意味は、ヨハネは何を指し示そうとしたのかを、見て参りましょう。
あらゆる災害をもたらした、7人の御使いは、既に地上に全ての厄の器を傾けて、人類の悪に報いた後、今❗新しい神のご計画を展開する序曲のように、動き始めた神の御業を見せるのです‼️
9節の《子羊の妻》・それは、創造主の選ばれた都《エルサレム》であって、その都の入場門は、イスラエルの12部族の名前と、子羊の12使徒の名前が記されていた‼️
この二つの《12》の名前は、これらの選ばれた民、即ち、十字架の血をもって、買い取った(選ばれた)主の僕《キリストの弟子達=クリスチャン》を、表しているのです。
それに続く、都《エルサレム》の、広大な空間・城壁・・・また、その都の要所要所に用いられている、装飾材料は、古代世界で用いられている、宝石・輝石の類いの、途方もない規模の巨大さや多さで、表現されています‼️
それらは、人間の表現の限界を越えた、輝きと豪華さを表現したもので、永遠の都は、人の想像や想いを遥かに越えた永遠の輝きと価値を、表したものなのです。
地上で栄華を極めたどんな富豪《例えば、ソロモン》でさえも、ままごとの様な感じさえ与える様な、神の知恵と栄光を示しているのです。このようなお方の下に、花嫁として迎え入れられる‼️
これが今朝の黙示録の姿なのです。
迎えられた花嫁(私達)は、このお方の備えられた、新しい天と新しい地に迎えられ、永遠(トコシエ)にこの御方の前に行き、伴に喜びに与るのです‼️

☆気になる数字の解説
 *スタディオン
1スタディオン→185m
   12000スタディオン
 =2220km
*1ペキス=45cm
144ペキス=6,4km
 ヨハネ黙示録  21章1節~8節

21:1 また私は、新しい天と新しい地を見た。以前の天と以前の地は過ぎ去り、もはや海もない。
21:2 私はまた、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために飾られた花嫁のように整えられて、神のみもとから、天から降って来るのを見た。
21:3 私はまた、大きな声が御座から出て、こう言うのを聞いた。「見よ、神の幕屋が人々とともにある。神は人々とともに住み、人々は神の民となる。神ご自身が彼らの神として、ともにおられる。
21:4 神は彼らの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、悲しみも、叫び声も、苦しみもない。以前のものが過ぎ去ったからである。」
21:5 すると、御座に座っておられる方が言われた。「見よ、わたしはすべてを新しくする。」また言われた。「書き記せ。これらのことばは真実であり、信頼できる。」
21:6 また私に言われた。「事は成就した。わたしはアルファであり、オメガである。初めであり、終わりである。わたしは渇く者に、いのちの水の泉からただで飲ませる。
21:7 勝利を得る者は、これらのものを相続する。わたしは彼の神となり、彼はわたしの子となる。
21:8 しかし、臆病な者、不信仰な者、忌まわしい者、人を殺す者、淫らなことを行う者、魔術を行う者、偶像を拝む者、すべて偽りを言う者たちが受ける分は、火と硫黄の燃える池の中にある。これが第二の死である。」
 2024年12月27日(金)リビングライフQT

天地創造以来、神のあらゆるご計画と御業に対して、妨害を尽くしてきたサタンは、昨日の学びにあったように、サタン自身が巻き込み、神に叛いてきた人類と共に、完全に永遠の業火の中に投げ込まれ、再び神の御業の妨げをすることのない、滅び(滅亡・第二の死)に封じ込まれたのです。
神が愛の粋を尽くして御創造になられた人類は、ここに、神の御創造の完成(御子の十字架の贖い・赦しと潔め)によって再創造に与り、今や創造の完成に入れられたのです‼️ハレルヤ

8節の追加説明の記述は、人類の創造時の、神への反逆(堕罪)以来、悔い改めることなく、サタンに従い続けて、十字架の福音にさえも、心開かなかった(信じなかった)全ての人も、サタンと共に、永遠の業火の中に投げ込まれたのです。

6節~事は成就した。☆わたしはアルファであり、オメガである。
初めであり、終わりである。・・・
このお言葉こそ、先日《神ご自身がー時ー》である‼️と説明した、事の意味なのです。これが《永遠》と言う意味なのです。
7節~勝利を得る者(決して、信仰生活で何かを残したと言うことではない。ただ御子なる主の贖いによる赦しと潔めを得た者)は、これらのものを相続する‼️
わたしは彼の神となり
彼はわたしの子となる
   ハレルヤ‼️

明日(28日)のテキスト
ヨハネ黙示録  21:9~21 
 ヨハネ黙示録  20章11節~15節

20:11 また私は、大きな白い御座と、そこに着いておられる方を見た。地と天はその御前から逃げ去り、跡形もなくなった。
20:12 また私は、死んだ人々が大きい者も小さい者も御座の前に立っているのを見た。数々の書物が開かれた。書物がもう一つ開かれたが、それはいのちの書であった。死んだ者たちは、これらの書物に書かれていることにしたがい、自分の行いに応じてさばかれた。
20:13 海はその中にいる死者を出した。死とよみも、その中にいる死者を出した。彼らはそれぞれ自分の行いに応じてさばかれた。
20:14 それから、死とよみは火の池に投げ込まれた。これが、すなわち火の池が、第二の死である。
20:15 いのちの書に記されていない者はみな、火の池に投げ込まれた。
 2024年12月26日(木)リビングライフQT

再び黙示録に返ります‼️そして、終末の最終章と、神の創造の御業の、完成→・・→へと進みます‼️

短く、簡単な記録ではありますが、所謂(いわゆる)
  《最後の審判》
と言われる、神の最終的審判の時なのです。
現在、世界中の“主に在る‼️”教会が、声を大にして、『主の日が近い❗』と叫ぶ、福音と警告の叫びこそ、この時を指しているのです‼️
既に学んできました、サタンが投げ落とされる瞬間まで、悔い改めと、立ち返り(主の十字架の贖罪)に対して、審判への逃れの道は、開かれていたのです。
しかし、今、この瞬間には、もはや逃れの道は閉ざされ、言い訳なしに、神の最後の審判に直面するのです。
それは、どのような悪事を、重い罪を・・、忌まわしい人生を歩んできたかではなく、神の愛の徴である‼️《イエス・キリストの、十字架の贖罪の死》を、信じ受け入れなかった(言い換えると、神の最大の愛の御手を、信じ受け入れなかった)と言う、この一事の故に、神から断たれるのです永遠に
生きながら(五感ー痛み・苦しみ・後悔の念・恥辱)を、鮮明に感じながら後悔し、永遠に存在するのです。最早《死》は、味わえない。
これが永遠の《死》即ち、第二の《死》なのです。
今、私達は、この死を見つめてではなく、イエス・キリスト様の愛に満ちた、十字架に顕された、罪の贖罪(ショクザイ)の死を、見つめて、そこに私の全ての罪(神を神として崇めなかった)が、釘付けにされた事実を信じる‼️
そこから、この審判の瞬間が、記録されているのです。今日❗新たに、そして、永遠に、変わることのない決断に、魂を預けて、新たに主に向かって従って参りましょう。
 ルカの福音書 2章1節~14節

2:1 そのころ、全世界の住民登録をせよという勅令が、皇帝アウグストゥスから出た。
2:2 これは、キリニウスがシリアの総督であったときの、最初の住民登録であった。
2:3 人々はみな登録のために、それぞれ自分の町に帰って行った。
2:4 ヨセフも、ダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。
2:5 身重になっていた、いいなずけの妻マリアとともに登録するためであった。
2:6 ところが、彼らがそこにいる間に、マリアは月が満ちて、
2:7 男子の初子を産んだ。そして、その子を布にくるんで飼葉桶に寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからである。
2:8 さて、その地方で、羊飼いたちが野宿をしながら、羊の群れの夜番をしていた。
2:9 すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。
2:10 御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。見なさい。私は、この民全体に与えられる、大きな喜びを告げ知らせます。
2:11 今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。
2:12 あなたがたは、布にくるまって飼葉桶に寝ているみどりごを見つけます。それが、あなたがたのためのしるしです。」
2:13 すると突然、その御使いと一緒におびただしい数の天の軍勢が現れて、神を賛美した。
2:14 「いと高き所で、栄光が神にあるように。地の上で、平和がみこころにかなう人々にあるように。」
 2024年12月25日(水)リビングライフQT

最も良く知られた、聖書の箇所ですね。ユダヤからすれば東の果ての、さらに海(日本海)を越えたユーラシア大陸の側に寄り添うように浮かぶ、小さな島国《日本》と言う、頑固な程最も異教の国‼️で、今日もイエス・キリストの御降誕のこの聖書箇所が、読まれたり、演じられたりしている。神の御子が、人の姿となられて、マリヤさんから生まれた、シーンです。
短いながら、簡潔に事の経緯が記されているので、解説、補充的説明は不要だと思いましたが、今や、全世界、否、全人類に伝えられるべき(❓)《救い主の御降誕》を、創造主なる神は、何故、世界に伝わる方法で、示されなかったのでしょう。
少なくとも、神の選ばれた“民”イスラエル(ユダヤ)の民に、何故明らかにされなかったのでしょう。これが今日の、心に留める大切なポイントなのです‼️
この夜、羊飼い達が、羊を野獣から守るための、夜番をしていた❗彼らに、御使い達によって、メシヤの降誕(羊飼いには、其処までの事情は分からなかったでしょうが・・)彼らの不思議な経験は、後の世まで伝え聴かせられる出来事として、残ったのです。
羊飼い達は、イスラエルの民ではなく、“ベドウィン”と言う、当時最も下層の人々で、イスラエルの歴史的宗教性も、家系と言う血統性もない人々で、イスラエルの民の僕として、羊を飼うことだけにその生涯を、送る人々だったのです。
イスラエルにとっては、“メシヤ=神の御子イエス・キリスト”は、何百年も前から、多くの預言者達によって、神が約束されていた、救い主(メシヤ)なのです。
神に聴く耳を持たない民でなく、彼等には縁もゆかりもない、貧しく、省みられない民(羊飼い)に、世紀の《音信オトズレ》を、何とも表現し難いスペクタクルな栄光の輝きのなかに、このビッグニュースを、開示されたのです‼️
長くなるので、これ以上解説控えますが、どうか暫し目を閉じて、この時の光景を想像
してみましょう。

あなたの信じている神様は、この様なお方なのです‼️
罪深く、神を知らず、欲と偶像に仕え、自らの利益にのみ関心を示し、他者を省みる愛を持たず、これが人生‼️・・・と、言い聞かせながら、勝者の道を走り抜いてきた
 わ・・た・・し
そんな私に、善き音信をお伝えくださったのです。
《クリスマス》と言うのは、そのような神の愛が表された日なのです。感謝しましょう❗主のみ声を聞きましょう。そして、その輝きを目の当たりにするために、立ち上がりましょう‼️
 ルカの福音書 1章39節~56節

1:39 それから、マリアは立って、山地にあるユダの町に急いで行った。
1:40 そしてザカリヤの家に行って、エリサベツにあいさつした。
1:41 エリサベツがマリアのあいさつを聞いたとき、子が胎内で躍り、エリサベツは聖霊に満たされた。
1:42 そして大声で叫んだ。「あなたは女の中で最も祝福された方。あなたの胎の実も祝福されています。
1:43 私の主の母が私のところに来られるとは、どうしたことでしょう。
1:44 あなたのあいさつの声が私の耳に入った、ちょうどそのとき、私の胎内で子どもが喜んで躍りました。
1:45 主によって語られたことは必ず実現すると信じた人は、幸いです。」
1:46 マリアは言った。「私のたましいは主をあがめ、
1:47 私の霊は私の救い主である神をたたえます。
1:48 この卑しいはしために目を留めてくださったからです。ご覧ください。今から後、どの時代の人々も私を幸いな者と呼ぶでしょう。
1:49 力ある方が、私に大きなことをしてくださったからです。その御名は聖なるもの、
1:50 主のあわれみは、代々にわたって主を恐れる者に及びます。
1:51 主はその御腕で力強いわざを行い、心の思いの高ぶる者を追い散らされました。
1:52 権力のある者を王位から引き降ろし、低い者を高く引き上げられました。
1:53 飢えた者を良いもので満ち足らせ、富む者を何も持たせずに追い返されました。
1:54 主はあわれみを忘れずに、そのしもべイスラエルを助けてくださいました。
1:55 私たちの父祖たちに語られたとおり、アブラハムとその子孫に対するあわれみをいつまでも忘れずに。」
1:56 マリアは、三か月ほどエリサベツのもとにとどまって、家に帰った。
 2024年12月24日(火)リビングライフQT

マリヤは、エリサベツを訪ねて、そこに三ヶ月滞在しましたが、今日のテキストに入る前に、1:5~23・・に、エリサベツの夫ザカリヤが、祭司としてエルサレムの神殿に仕えていた時期に、御使いの知らせで、不妊の妻のエリサベツに、子が宿った、と言う知らせを聞いたのです‼️ 
ところが、夫のザカリヤは、それを信じられないとして心を閉じたことで、聖霊を悲しませた罰で、口がきけなくなったと言うことが、昨日のテキストの前に、記されています。
その様な出来事があった、ザカリヤの家を、マリヤは訪ねたのです。
旧約時代の、イスラエルの先祖アブラハムの妻のサラは、御使いを通して、90歳を越えた主人アブラハムに、男の子を与える‼️・・と告げられた時、密かに笑った。(創世記18:12~15)
…と記されています。
又、エリサベツの夫ザカリヤも信じなかった。
この様な事が重なった経緯の中で、マリヤの即座の信仰の受け入れは、なんと鮮やかな輝きとなって、記録されたことでしょう。
マリアの賛歌
『私のたましいは主をあがめ、私の霊は私の救い主である神をたたえます』
改めて御名を褒め称え私達の霊に深く刻みましょう。信じ抜く・・事はなんと素晴らしい恵みでしょう。』
この様なことの後、親戚となるエリサベツの懐妊を知ったマリヤは、彼女の所を訪ねたのです。それは、喜びを分かち合うため、また、信仰の恵みと慰めのためでした。
この二人の出会いは、聖霊も又祝福なさって、胎内の子が踊った‼️…と
夫のザカリヤは、深い反省の中に日を送る身ではありましたたが、妻のエリサベツは、日毎に祝福を感じる中で、マリヤ(メシヤとなられる御方を宿す)の訪問は、大きな出来事となったのです。
言い換えるなら、信仰の共鳴が、お互いの胎の実を通して、感じたのです。
信仰の共鳴は、なんと素晴らしいことでしょう‼️
あなたはその経験がありますか⁉️
それは胎の実・・と言うことではなく、お互いの内なる霊の喜びが、共鳴しあって、感謝が賛美が、祈りが溢れ出る様な、経験です。
即ち、霊の交わりなのです‼️その集大成が、礼拝となるのではないでしょうか。
互いに祈り会い、心砕きながら、執り成す日々から、主の日の集まりに一つとなる礼拝に、御霊の輝く共鳴が生まれます。
  ハレルヤ‼️
 ルカの福音書 1章26節~38節

1:26 さて、その六か月目に、御使いガブリエルが神から遣わされて、ガリラヤのナザレという町の一人の処女のところに来た。
1:27 この処女は、ダビデの家系のヨセフという人のいいなずけで、名をマリアといった。
1:28 御使いは入って来ると、マリアに言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられます。」
1:29 しかし、マリアはこのことばにひどく戸惑って、これはいったい何のあいさつかと考え込んだ。
1:30 すると、御使いは彼女に言った。「恐れることはありません、マリア。あなたは神から恵みを受けたのです。
1:31 見なさい。あなたは身ごもって、男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。
1:32 その子は大いなる者となり、いと高き方の子と呼ばれます。また神である主は、彼にその父ダビデの王位をお与えになります。
1:33 彼はとこしえにヤコブの家を治め、その支配に終わりはありません。」
1:34 マリアは御使いに言った。「どうしてそのようなことが起こるのでしょう。私は男の人を知りませんのに。」
1:35 御使いは彼女に答えた。「聖霊があなたの上に臨み、いと高き方の力があなたをおおいます。それゆえ、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれます。
1:36 見なさい。あなたの親類のエリサベツ、あの人もあの年になって男の子を宿しています。不妊と言われていた人なのに、今はもう六か月です。
1:37 神にとって不可能なことは何もありません。」
1:38 マリアは言った。「ご覧ください。私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおり、この身になりますように。」すると、御使いは彼女から去って行った。 
 2024年12月23日(月)リビングライフQT

受胎告知・・‼️と言う、神からの驚きの、未婚のマリヤへの知らせ(告知)です。
この様な、人の認識や理解を遥かに越えた、神ご自身の御業(ご計画)が、開示されたとき、マリヤは『ご覧ください。私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおり、この身になりますように。』
一方、ヨセフは、マリヤが受胎した❗と言う事実を知った時、彼の驚きと、浸潤する(ためらう)心に、語りかけられた、主のみ使いのことばの前に、魂をへりくだされ、そのお言葉を受け入れて、マリヤの出産に至るまで、全てを心に留めて、主の時を待ったのです。
この様な、神のご計画(人類の贖アガナイと言う)が進められる中で、
私は、何時もこの二人の信仰の従順(献身)があって・・・神のご計画が進められたのだ‼️・・・と、深い感銘を受けるのです。この時以来、マリヤとヨセフの生涯には、言葉に尽くせない、闘いと、苦悩と、信仰の試練が、続いたのだろうなと、想像するのです。
神の御業を*信じること*受け入れてその中に生きること・・・・この箇所を読むたびに、これが《献身》なのだ‼️と、心に深く刻まれるのです。
そして、このご夫妻《マリヤとヨセフ》の二人の信仰と献身によって、時代が拓かれるのです。何時も、このようにして、神はご自身の業を現されるときに、器を用いられるのです。
私達の家族に、友人知人に、愛する者に、福音(永遠の命への救い)が開かれるのです‼️
『私は主のはしためです。どうぞ、あなたのお言葉通り、この身になりますように。』
マリアとヨセフの献身の姿に…
新たな思いで、主の前にひれ伏す僕でありたいですね 
 ヨハネ黙示録  20章1節~10節

20:1 また私は、御使いが底知れぬ所の鍵と大きな鎖を手にして、天から下って来るのを見た。
20:2 彼は、竜、すなわち、悪魔でありサタンである古い蛇を捕らえて、これを千年の間縛り、
20:3 千年が終わるまで、これ以上諸国の民を惑わすことのないように、底知れぬ所に投げ込んで鍵をかけ、その上に封印をした。その後、竜はしばらくの間、解き放たれることになる。
20:4 また私は多くの座を見た。それらの上に座っている者たちがいて、彼らにはさばきを行う権威が与えられた。また私は、イエスの証しと神のことばのゆえに首をはねられた人々のたましいを見た。彼らは獣もその像も拝まず、額にも手にも獣の刻印を受けていなかった。彼らは生き返って、キリストとともに千年の間、王として治めた。
20:5 残りの死者は、千年が終わるまでは生き返らなかった。これが第一の復活である。
20:6 この第一の復活にあずかる者は幸いな者、聖なる者である。この人々に対して、第二の死は何の力も持っていない。彼らは神とキリストの祭司となり、キリストとともに千年の間、王として治める。
20:7 しかし、千年が終わると、サタンはその牢から解き放たれ、
20:8 地の四方にいる諸国の民を、すなわちゴグとマゴグを惑わすために出て行き、戦いのために彼らを召集する。彼らの数は海の砂のようである。
20:9 彼らは地の広いところに上って行き、聖徒たちの陣営と、愛された都を包囲した。すると天から火が下って来て、彼らを焼き尽くした。
20:10 彼らを惑わした悪魔は火と硫黄の池に投げ込まれた。そこには獣も偽預言者もいる。彼らは昼も夜も、世々限りなく苦しみを受ける。
 2024年12月22日(日)リビングライフQT

遂にサタンの最期が、やって来ました。
何故❓主は、こんなに長くサタンの働きを許されてきたのでしょう。
     わかりません
ただ、私達人間の感覚だと《長い間》と言う、時間に代えて考えるから、何千年・何万年・何億年(人間の歴史ではないですが)・・・と言う、気も遠くなるような、時間経過で、物事を図り考えるからでしょう。
時間とは、人間が設定した尺度であり、それによって、長短が図られるのです。
“時間は神ご自身なのです。” 私はこの様な“時間哲学”をもって、聖書を学び、神様との交わりを続けて参りました。それは、神の臨在に触れながら祈る時、ふと気が付くと、何時間も経過していた・・・と言う経験が幾度あったことでしょう。
母や、父が祈っている姿のなかには、時間経過はなく、ただ主の臨在に包まれた、栄光が回りを包む・・・と言った、侵しがたいものを良く感じたものです‼️
今日のテキストも、やっとその時が来た‼️・と言う結果ではなく、神ご自身の主権が今(時間的“今”ではない)現された‼️・・・と言う厳粛な姿なのです。
その様な中で、殉教者が甦り《千年の間》神の支配のみの、神の国が出現するのも、最早地上的な歴史(時間に区切られた経験)として、現される《時》ではないのでしょう
サタンはその後再び、神の鉄槌を受けて、完全に滅ぼ(消滅)されるために、立ち上がり、残された人類を手先に加えて、神の支配に敵対するのです愚かです。
その後は、サタンは、完全に、神の光の世界から遠ざけられて、代々限りなく、苦しめられる《これが最後の審判なのです》
この様な創造から審判までの、宇宙物理学的経過の中(神にとっては瞬時とも言える御業なのだとも言えましょう‼️)で、現されたものだとも言えるのです。
難しい話になりましたが、神の主権は、傷つくことなく、永遠の完成へと、進んでいるのです。
今私達は、ただただ主なる神に信頼し、この御方の御手を仰ぎ、賛美する日々を積み重ねて参りましょう‼️
  《ハレルヤ》

明日(23日)のテキスト

 ヨハネ黙示録  19章11節~21節

19:11 また私は、天が開かれているのを見た。すると見よ、白い馬がいた。それに乗っている方は「確かで真実な方」と呼ばれ、義をもってさばき、戦いをされる。
19:12 その目は燃える炎のようであり、その頭には多くの王冠があり、ご自分のほかはだれも知らない名が記されていた。
19:13 その方は血に染まった衣をまとい、その名は「神のことば」と呼ばれていた。
19:14 天の軍勢は白くきよい亜麻布を着て、白い馬に乗って彼に従っていた。
19:15 この方の口からは、諸国の民を打つために鋭い剣が出ていた。鉄の杖で彼らを牧するのは、この方である。また、全能者なる神の激しい憤りのぶどうの踏み場を踏まれるのは、この方である。
19:16 その衣と、もものところには、「王の王、主の主」という名が記されていた。
19:17 また私は、一人の御使いが太陽の中に立っているのを見た。彼は大声で叫び、中天を飛んでいるすべての鳥たちに言った。「さあ、神の大宴会に集まれ。
19:18 王たちの肉、千人隊長の肉、力ある者たちの肉、馬とそれに乗っている者たちの肉、すべての自由人と奴隷たち、また小さい者や大きい者たちの肉を食べよ。」
19:19 また私は、獣と地の王たちとその軍勢が集まって、馬に乗る方とその軍勢に戦いを挑むのを見た。
19:20 しかし、獣は捕らえられた。また、獣の前でしるしを行い、それによって獣の刻印を受けた者たちと、獣の像を拝む者たちを惑わした偽預言者も、獣とともに捕らえられた。この両者は生きたまま、硫黄の燃える火の池に投げ込まれた。
19:21 残りの者たちは、馬に乗っている方の口から出る剣によって殺され、すべての鳥が彼らの肉を飽きるほど食べた。
 2024年12月21日(土)リビングライフQT

天から、白い馬に乗った方が現れた。

《白》も《馬》も、勝利のシンボルです。
まさに、天から、勝利の《君》がご自身を現されたのです‼️
*《目》は燃える炎の様
*頭には多くの冠(姿としては想像できないが)勝利の上に勝利・栄光の上に栄光‼️と言う、私達人間の概念を越えた姿
*誰も知らない《名》人間の思考(智恵・想像力・概念)を遥かに越えたもの・・・⁉️
*13節~血に染まった衣→かつては贖罪のために、罪の購いの血に染まった、その衣は、今、裁き(審判)を示す、戦いに滅ぼされるあらゆる悪への審判の血に染まっている
*このお方は『神の言葉』と呼ばれている‼️
ヨハネ福音書の冒頭を思い出しましょう
『初めに、ことばがあった。
ことばは神とともにあった。
ことばは神であった。
全てのものは、この方《御子なる主》によって造られた‼️』
何と、同じ神の言葉で、全てのものが創造されたのですが、今や購われた者以外の全てが、『神のことば』によって、滅ぼされるのです。
即ち、今や《御子》は、裁き主として、天から降りて来られるのです
地上に残された、神に敵対し戦いを挑むサタンに加担する全てが、御国の王に挑戦しようと(19節)集まるのですが、瞬く間に討ち滅ぼされて、その肉と血が、鳥や獣の餌食となり、福音を踏みにじった悪の僕のすべては、永遠の業火の中に、生きたまま永遠に燃え続けられる。
遂に、神は全てのものに裁きを行い、創造の業の完成へと、駒を進められたのです‼️
どんなに世界があがいても、白い馬に乗られた《王の王》の前に、立ちはだかる事は出来得ないのです。
今や私達はこの勝利の主に、従い・聴き、そして信じ・仰いでいるのです。揺るぎない信仰に、身も魂も注ぎ出しましょう。

明日(22日)のテキスト
ヨハネ黙示録 20:1~10 
 ヨハネ黙示録  19章1節~10節

19:1 その後、私は、大群衆の大きな声のようなものが、天でこう言うのを聞いた。「ハレルヤ。救いと栄光と力は私たちの神のもの。
19:2 神のさばきは真実で正しいからである。神は、淫行で地を腐敗させた大淫婦をさばき、ご自分のしもべたちの血の報復を彼女にされた。」
19:3 もう一度、彼らは言った。「ハレルヤ。彼女が焼かれる煙は、世々限りなく立ち上る。」
19:4 すると、二十四人の長老たちと四つの生き物はひれ伏して、御座に着いておられる神を礼拝して言った。「アーメン。ハレルヤ。」
19:5 また、御座から声が出て、こう言った。「神のすべてのしもべたちよ、神を恐れる者たちよ、小さい者も大きい者も私たちの神を賛美せよ。」
19:6 また私は、大群衆の声のような、大水のとどろきのような、激しい雷鳴のようなものがこう言うのを聞いた。「ハレルヤ。私たちの神である主、全能者が王となられた。
19:7 私たちは喜び楽しみ、神をほめたたえよう。子羊の婚礼の時が来て、花嫁は用意ができたのだから。
19:8 花嫁は、輝くきよい亜麻布をまとうことが許された。その亜麻布とは、聖徒たちの正しい行いである。」
19:9 御使いは私に、「子羊の婚宴に招かれている者たちは幸いだ、と書き記しなさい」と言い、また「これらは神の真実なことばである」と言った。
19:10 私は御使いの足もとにひれ伏して、礼拝しようとした。すると、御使いは私に言った。「いけません。私はあなたや、イエスの証しを堅く保っている、あなたの兄弟たちと同じしもべです。神を礼拝しなさい。イエスの証しは預言の霊なのです。」
 2024年12月20日(金)リビングライフQT

大バビロンが次々崩壊する姿を❗私達は見てきましたが、滅び行く世界や人々の嘆きを見ると、なんと・・彼らの嘆きは、繁栄・富・様々な贅沢品や、生活・・・それが失われた事へ嘆きとして、書かれている。
何と情けなくも悲しい姿ではないでしょうか、これが神から離れた人々の求めてきたものなのです❗
笑えるでしょうか?
これが《世を愛する》と言うことなのです。
この世の楽しみ・満足・希望・快楽・富・・人が求め、その生涯を追求してきた、これらの全てが一朝にして焼け溶けるばかりではなく、
我が身の存続すら、焼かれていく姿は、正に一人一人の永遠の苦悩となっていくのです
それに比べて、今朝のテキストは、神の国の完成‼️の姿の序曲のような、記述です。
  ‼️ハ レ ル ヤ‼️
☆大群衆の大きな声が・・天でこう言うのを聞いた。
ハレルヤ、救いと栄光と力は私達の神のもの・・・・‼️
☆24人の長老達と四つの生き物は・・・神を礼拝して『アーメン、ハレルヤ』
御座から声が出て・・
『・・・小さい者も大きい者も私たちの神を賛美せよ‼️
また、天からの・・・激しい雷鳴のようなものがこう言うのを聞いた。
『(ハレルヤ、私たちの神である主、全能者が王となられた。
また、子羊の婚礼の時が来た‼️
花嫁の用意ができたのだから‼️
 何と光栄な時‼️
子羊は花婿であり❗
  花嫁は代々の教会‼️
その花嫁の身に付けた衣(亜麻布)は、聖徒たちの正しい行い・・
正しい行いとは・・❓
立派な行い
  正しい行い・・・ではないのです。
神の前に
   良い行いとは⁉️
それは子羊の流された尊い十字架の贖罪の《血》を信じ、それで身を被うことなのです。
御国での、この様な栄光の光景に魂をふるわせられたヨハネは、思わず、これ等の全てをつかさどる(導く)御使い達の前に、
平伏して礼拝しようとした。
すると『いけません。私はあなたや、イエスの証しを硬く保っている、あなたの兄弟たちと同じ僕です。
神を礼拝しなさい‼️ イエスの証しは預言の霊なのです。』
ただ❗神を礼拝する‼️
この行為は、永遠に変わることのない、唯一の真理なのです‼️
偉大な聖徒も、
多くの奇跡を行う人も、
大教会の牧師も、
偉大な預言者も・・・
礼拝してはならないのです‼️
ただ❗神のみを礼拝しなさい‼️
これが永遠の唯一の真理なのです‼️
 ヨハネ黙示録  18章9節~24節

18:9 彼女と淫らなことを行い、ぜいたくをした地の王たちは、彼女が焼かれる煙を見ると、彼女のことで泣いて胸を打ちたたく。
18:10 彼らは遠く離れて立ち、彼女の苦しみに恐れをなして、「わざわいだ、わざわいだ、大きな都、力強い都バビロンよ。あなたのさばきは一瞬にしてなされた」と言う。
18:11 また、地の商人たちは彼女のことで泣き悲しむ。彼らの商品を買う者が、もはやだれもいないからである。
18:12 商品とは、金、銀、宝石、真珠、亜麻布、紫布、絹、緋色の布、あらゆる香木、あらゆる象牙細工、高価な木材や青銅や鉄や大理石で造ったあらゆる器具、
18:13 シナモン、香料、香、香油、乳香、ぶどう酒、オリーブ油、小麦粉、小麦、家畜、羊、馬、馬車、奴隷、それに人のいのちである。
18:14 「おまえの心が欲しがる果物は、おまえから遠ざかり、ぜいたくな物や華やかな物は、すべておまえから消え失せて、もはや決して見出すことはできない。」
18:15 これらの物を商って彼女から富を得ていた商人たちは、彼女の苦しみに恐れをなして、遠く離れて立ち、泣き悲しんで言う。
18:16 「わざわいだ、わざわいだ、大きな都よ。亜麻布、紫布、緋色の布をまとい、金、宝石、真珠で身を飾っていたが、
18:17 あれほどの富が、一瞬にして荒廃に帰してしまった。」また、すべての船長、その場所を航海するすべての者たち、水夫たち、海で働く者たちもみな、遠く離れて立ち、
18:18 彼女が焼かれる煙を見て、「これほどの大きな都がほかにあっただろうか」と叫んだ。
18:19 彼らは頭にちりをかぶり、泣き悲しんで叫んだ。「わざわいだ、わざわいだ、大きな都よ。海に船を持つ者たちはみな、ここでその繁栄から富を得ていたのに、その都が一瞬にして荒れ果ててしまうとは。」
18:20 「天よ、この都のことで喜べ。聖徒たちも使徒たちも預言者たちも喜べ。神があなたがたのために、この都をさばかれたのだから。」
18:21 また、一人の強い御使いが、大きいひき臼のような石を取り上げ、海に投げ込んで言った。「大きな都バビロンは、このように荒々しく投げ捨てられ、もはや決して見出されることはない。
18:22 竪琴を弾く者たち、歌を歌う者たち、笛を吹く者たち、ラッパを鳴らす者たちの奏でる音が、おまえのうちで、もはや決して聞かれることはない。あらゆる技術を持つ職人たちも、おまえのうちで、もはや決して見出されることはない。石臼の音も、おまえのうちで、もはや決して聞かれることはない。
18:23 ともしびの光も、おまえのうちで、もはや決して輝くことはない。花婿と花嫁の声も、おまえのうちで、もはや決して聞かれることはない。というのは、おまえの商人たちが地上で権力を握り、おまえの魔術によってすべての国々の民が惑わされ、
18:24 この都の中に、預言者たちや聖徒たちの血、また地上で屠られたすべての人々の血が見出されたからである。」
 2024年12月19日(木)リビングライフQT

《大バビロン》それは、神から離れ、さらに神に背き敵対しては、己の築き挙げた文化と繁栄に酔いしれた、歴史的人類の姿です。何千年も前の人類の歴史、更に、この黙示録が書かれた後に現れた、ローマ・ギリシャ・マケドニア→ヨーロッパのゲルマン文化→更に花開くヨーロッパ文化→航海術の発展による、植民地獲得と更なる豊かな富の追求→資本主義経済文化→共産主義革命→第一次世界大戦→第二次世界大戦→次から次へと、繁栄を重ねながらも、何時しか、多くの犠牲を生みながら滅びた、過去の歴史の数々
今朝のテキストを読みながら、このような形で、バビロンは滅ぼされ、サタンの計画はこの様な運命を辿るのだと、語られているように思いました。
大バビロンへの、神の裁きの鉄槌、又、裁きの業火は、これからの終末の秒読みの中で、重ねて、私たちは経験するでしょう。
TVやスマホから、流れ込み、飛び込んでくる、更なる繁栄ときらびやかな豊かさへの誘いは、性懲りもなく、サタンが私たちを飲み込もうとする、手だてなのです。
私は随分前に、6ヶ月の長い入院生活をしましたが、TVから流れるサプリ等のコマーシャルを見ていると、僅か一月2~3千円位で、健康で、はつらつとした、輝く人生が保証されるように感じてしまう、巧みな宣伝に『こうして、人間って騙されているんだ』と幾度感じては、スイッチ切ったことでしょうか。
面白おかしく笑い騒ぐ画面の向こう側の、人々の姿、一方で、犯罪と殺人と、火災で多くの命が失われていく
際限のない侵略と、対抗し、必死で生きようとする追い詰められる人々。まるで黙示録を、地で行く様を、毎日の姿として経験しているのではないでしょうか。
その様な中に生かされる教会(私達)は、この恐ろしい災害の中に、主の護りに覆われながら、潔さと、愛と、信仰と平安の中に、護られて生き続けながら、福音の世界を、守り拡げたいですね‼️

明日(20日)のテキスト
ヨハネ黙示録 19:1~10 
 ヨハネ黙示録  18章1節~8節

18:1 その後、私は、もう一人の御使いが、大きな権威を持って天から下って来るのを見た。地はその栄光によって照らされた。
18:2 彼は力強い声で叫んだ。「倒れた。大バビロンは倒れた。それは、悪霊の住みか、あらゆる汚れた霊の巣窟、あらゆる汚れた鳥の巣窟、あらゆる汚れた憎むべき獣の巣窟となった。
18:3 すべての国々の民は、御怒りを招く彼女の淫行のぶどう酒を飲み、地の王たちは彼女と淫らなことを行い、地の商人たちは、彼女の過度のぜいたくによって富を得たからだ。」
18:4 それから私は、天からもう一つの声がこう言うのを聞いた。「わたしの民は、この女の罪に関わらないように、その災害に巻き込まれないように、彼女のところから出て行きなさい。
18:5 彼女の罪は積み重なって天に達し、神は彼女の不正を覚えておられるからです。
18:6 あなたがたは、彼女が支払ったとおりに彼女に報いなさい。彼女の行いに応じて倍にして返しなさい。彼女が混ぜ合わせた杯の中に、彼女のために倍のものを混ぜ合わせなさい。
18:7 彼女が自分を誇り、ぜいたくにふけった分だけ、苦しみと悲しみを彼女に与えなさい。彼女は心の中で『私は女王として座し、やもめではない。だから悲しみにあうことはない』と言っているからです。
18:8 これらのことのため、一日のうちに、様々な災害、死病と悲しみと飢えが彼女を襲います。そして、彼女は火で焼き尽くされます。彼女をさばく神である主は、力ある方なのです。」
 2024年12月18日(水)リビングライフQT

今日のテキストに著された、様々な言葉を、列挙してみましょう。
*大バビロン
*彼女の淫らな行いの葡萄酒
*過度な贅沢
*彼女の不正(まやかしの富・刹那的快楽・魂を充足させるかの様な間違った方法・・・で、神の創造された人を奪い去る恐るべきサタン・・
何千年・何万年にも亘って、神の民を揺さぶり続け、栄光の創造世界を、汚し続けたサタンの全ての業が、今この処に途絶えようとするのです。のみならず、その全ての業(永遠の穢れ妨げ)が、焼き滅ぼされる宣言が下されたのです。それに関わる全てが、永遠の業火によって、焼き続けられるのです。
今、この、神のご計画(審判)の事実を知る私たちは、改めて、彼女の悪と共に失われる魂を、傷みをもって悲しみ、この恐ろしい永遠の業火から、逃れられるように、魂の救いのための祈りを捧げ続けずに居られません
主よ❗
私達の祈りに耳を傾けて下さい‼️
 ヨハネ黙示録  17章7節~18節

17:7 すると、御使いは私に言った。「なぜ驚くのですか。私は、この女の秘められた意味と、この女を乗せている、七つの頭と十本の角を持つ獣の秘められた意味を、あなたに話しましょう。
17:8 あなたが見た獣は、昔はいたが、今はいません。やがて底知れぬ所から上って来ますが、滅びることになります。地に住む者たちで、世界の基が据えられたときからいのちの書に名が書き記されていない者たちは、その獣が昔はいたが今はおらず、やがて現れるのを見て驚くでしょう。
17:9 ここに、知恵のある考え方が必要です。七つの頭とは、この女が座している七つの山で、それは七人の王たちのことです。
17:10 五人はすでに倒れましたが、一人は今いて、もう一人はまだ来ていません。彼が来れば、しばらくとどまるはずです。
17:11 また、昔はいたが今はいないあの獣は八番目の王ですが、七人のうちの一人でもあり、滅びることになります。
17:12 あなたが見た十本の角は十人の王たちです。彼らはまだ王権を受けていませんが、獣とともに、一時だけ王としての権威を受けます。
17:13 これらの王たちは一つ思いとなり、自分たちの力と権威をその獣に委ねます。
17:14 彼らは子羊に戦いを挑みますが、子羊は彼らに打ち勝ちます。子羊は主の主、王の王だからです。子羊とともにいる者たちは、召されて選ばれた忠実な者たちです。」
17:15 また、御使いは私に言った。「あなたが見た水、淫婦が座しているところは、もろもろの民族、群衆、国民、言語です。
17:16 あなたが見た十本の角と獣は、やがて淫婦を憎み、はぎ取って裸にし、その肉を食らって火で焼き尽くすことになります。
17:17 それは、神のことばが成る時まで、神はみこころが実現するように王たちの心を動かし、彼らが一つ思いとなって、自分たちの支配権を獣に委ねるようにされたからです。
17:18 あなたが見たあの女は、地の王たちを支配する大きな都のことです。」
 2024年12月17日(火)リビングライフQT

ここ数日、登場する獣・大婬婦・七つの山(丘)・十人の王達・・これらは、全て神のご計画に対して反対する(神のご計画を妨げる)サタンが、姿を変えたものなのです。
ヨハネがこの幻を見た時代は、古代文明から、更に新しい時代の、より豊かな、より高度な文化が花開く時代だったのです。
その繁栄の影の立役者は、サタンであり、歴史的には、かつてのエジプト・メソポタミヤ・ギリシャ・等の文化に表された、人間の智恵・文化・政治・生活の向上・・・等により、人の心が神に依り頼むのと反対に、神の保護・支配・慈しみに対して、対立する~サタン~の働きへの協調、更なる追求に依り、主なる神の恵から遠のく様に、サタンの誘いに負けて、人間文化の発展の裏に現れた、自滅の方向に歩む、罪と汚れに覆われた歴史を、見せているのです。今私たちは、この幻の書が、書かれてから二千年を経過していますから、この歴史経過の中で、幾度この様な人間の智恵と、技術と文化によって、繁栄を極めては、傲慢になり、残虐になっては、人類を破滅の縁に追いやってきたか、今日までの歴史経過の中から、神の御警告(終末への)が、改めて現実のものとして伝わってきます。
この、黙想の中では、一つ一つの、象徴的な内容にはコメントしませんが、恐怖にも似た姿で現れては来ますが、恐れることはありません。11節と16節に、彼らが滅ぼされる姿が記録されていますね。この様に、現れては滅び、焼き付くされます。彼らが勝利を納め、支配権を握ることはないのです。
ただ、私たちは、最終的に、主なる神が、勝利者であり、このお方の中で、全ては勝利の完結を約束されていることを信じて、信頼し・生きる《今日》でありますように‼️

明日(18日)のテキスト
ヨハネ黙示録 18:1~8 
 ヨハネ黙示録  17章1節~6節

17:1 また、七つの鉢を持つ七人の御使いの一人が来て、私に語りかけた。「ここに来なさい。大水の上に座している大淫婦に対するさばきを見せましょう。
17:2 地の王たちは、この女と淫らなことを行い、地に住む人々は、この女の淫行のぶどう酒に酔いました。」
17:3 それから、御使いは私を御霊によって荒野へ連れて行った。私は、一人の女が緋色の獣に乗っているのを見た。その獣は神を冒?する名で満ちていて、七つの頭と十本の角を持っていた。
17:4 その女は紫と緋色の衣をまとい、金と宝石と真珠で身を飾り、忌まわしいものと、自らの淫行の汚れで満ちた金の杯を手に持っていた。
17:5 その額には、意味の秘められた名、「大バビロン、淫婦たちと地上の忌まわしいものの母」という名が記されていた。
17:6 私は、この女が聖徒たちの血とイエスの証人たちの血に酔っているのを見た。私はこの女を見て、非常に驚いた。
 2024年12月16日((月))リビングライフQT

どの様に解説すれば良いのか、言葉に詰まるような、展開です。
姦婬に関するコメント*《姦》も《婬》もいずれもー女ーと言う字が、介在していますが、決して女性に関するばかりではなく・・・それを支配し引き込むのは、男性の欲に絡んだ行為が、強い力をもって、主導する面もありましょう。
*一方、古代社会では、洋の東西を問はず、女神(ニョシン・メガミ)また、この箇所では、大婬婦として、表されています。その特徴は、命を継承する・・・という、神から与えられた使命を独占し、欲望に転じたのです。
*しかし、一方では、それを逆手にとって、欲望の捌け口として、神の与えられた神聖な使命を、汚したのは❗男性でもあるのです。何れにせよ、神の命の恵みを、無視した罪は、人類の最大の汚点であり、神の怒りを受けるに充分な定めとなったのです。
実は、このような人の営みの問題だけではなく、ここで指摘される問題は、このような営みの問題ではなく、神以外の存在を、創造主以上に、第一として崇め、愛と、恵みの神を、ないがしろにした《罪》を、この様な《大婬婦》として、
表されたのです。即ち《霊的姦婬》なのです。
また、当時のローマは、少し歴史を知る方には、水道橋をご存知かと。ローマは水の乏しい都市でしたが、当時の土木工事の粋を極めて、アルプスの雪解け水、更にあちこちの綺麗な河川を塞き止めては、それに水道を引いて水道橋を敷設して、ローマを水の都にしたのです。また、地中海の水運を最大に発展させて、物流、軍事的移動手段として、最大に利用し、沿岸各地に強大な駐屯地を築き、東へ、北へ、南へと征服地域を拡げたのです。
それが《水の上に座している》という表現
(1節→大水の上に座している・・・)
がされたのです。
これは当時のローマを示しているのです。即ち、ローマは、古代のバビロンに匹敵する、悪《サタン》の、代表として、表されたのです。
まさに「大バビロン」と、呼ばれたローマは、初代教会・第1世紀から2世紀にかけての、教会の迫害の頂点を示しているのです。
6節:
この女が聖徒達の血と、イエスの証人達の血に酔っているのを見た。

終わりの時代には、このような激しい、霊的戦い(異端信仰や・偶像崇拝・拝金主義・主なる神を排除して自己中心的傲慢 )が展開され、教会が、クリスチャンがターゲットとなって、荒らされ、試練に落とされる、
教会とその信仰の世界は❗何処までも、真実と、真の神への、絶大な信頼と礼拝を捧げ尽くして、従い続ける教会であることを、全うして参りましょう‼️
 ヨハネ黙示録  16章1節~21節

16:1 また私は、大きな声が神殿から出て、七人の御使いに、「行って、七つの鉢から神の憤りを地に注げ」と言うのを聞いた。
16:2 第一の御使いが出て行き、鉢の中身を地に注いだ。すると、獣の刻印を受けている者たちと獣の像を拝む者たちに、ひどい悪性の腫れものができた。
16:3 第二の御使いが鉢の中身を海に注いだ。すると、海は死者の血のようになった。海の中にいる生き物はみな死んだ。
16:4 第三の御使いが鉢の中身を川と水の源に注いだ。すると、それらは血になった。
16:5 また私は、水をつかさどる御使いがこう言うのを聞いた。「今おられ、昔おられた聖なる方、あなたは正しい方です。このようなさばきを行われたからです。
16:6 彼らは聖徒たちや預言者たちの血を流しましたが、あなたは彼らに血を飲ませられました。彼らにはそれがふさわしいからです。」
16:7 また私は、祭壇がこう言うのを聞いた。「しかり。主よ、全能者なる神よ。あなたのさばきは真実で正しいさばきです。」
16:8 第四の御使いが鉢の中身を太陽に注いだ。すると、太陽は人々を火で焼くことを許された。
16:9 こうして人々は激しい炎熱で焼かれ、これらの災害を支配する権威を持つ神の御名を冒?した。彼らが悔い改めて神に栄光を帰することはなかった。
16:10 第五の御使いが鉢の中身を獣の座に注いだ。すると、獣の王国は闇におおわれ、人々は苦しみのあまり舌をかんだ。
16:11 そして、その苦しみと腫れもののゆえに天の神を冒?し、自分の行いを悔い改めようとしなかった。
16:12 第六の御使いが鉢の中身を大河ユーフラテスに注いだ。すると、その水は涸れてしまい、日の昇る方から来る王たちの道を備えることになった。
16:13 また、私は竜の口と獣の口、また偽預言者の口から、蛙のような三つの汚れた霊が出て来るのを見た。
16:14 これらは、しるしを行う悪霊どもの霊であり、全世界の王たちのところに出て行く。全能者なる神の大いなる日の戦いに備えて、彼らを召集するためである。
16:15 ──見よ、わたしは盗人のように来る。裸で歩き回って、恥ずかしい姿を人々に見られることのないように、目を覚まして衣を着ている者は幸いである──
16:16 こうして汚れた霊どもは、ヘブル語でハルマゲドンと呼ばれる場所に王たちを集めた。
16:17 第七の御使いが鉢の中身を空中に注いだ。すると大きな声が神殿の中から、御座から出て、「事は成就した」と言った。
16:18 そして稲妻がひらめき、雷鳴がとどろき、大きな地震が起こった。これは人間が地上に現れて以来、いまだかつてなかったほどの、大きな強い地震であった。
16:19 あの大きな都は三つの部分に裂かれ、諸国の民の町々は倒れた。神は大バビロンを忘れず、ご自分の激しい憤りのぶどう酒の杯を与えられた。
16:20 島はすべて逃げ去り、山々は見えなくなった。
16:21 また、一タラントほどの大きな雹が、天から人々の上に降った。この雹の災害のために、人々は神を冒?した。その災害が非常に激しかったからである。
 2024年12月15日(日)リビングライフQT

第一の御使いから、第七の御使いまで、様々な禍いで、世界(地上)は、大混乱と、災害のために、生存のあらゆる機能が、破壊されるようですね
この様に、次々起こる、終末の混乱は、既に予告されて来たものなのです。突然、表されるものではないのです。今、私達もまた、こうして克明に語り告げられているのですから、弁明の余地はありません。
ところが、非常に悲しく・心痛いのは、9節と、21節には、これらの禍いを受けながら、その中で更に、神を呪い、冒涜し、悔い改めることをしなかった
なんと言う、姿でしょう。
ふと、今の世界の中でも、同じ様な思いを吐き出す人の言葉を、耳にすることがありませんか・・・❓
「神が愛なら、どうして、こんな事が興るのか」と、言った類いの冒涜が、どんなに主がお心を悼まれるか・・・
このような事実の前に、今、私たち主の僕は、家族の・友の・愛する者の魂の、砕かれ、主の前にひれ伏す者となることを、涙して祈るほどに、魂を注ぎ出して参りたいですね。
主の《時》が近付いていることを、心に刻みつつ・・・
 ヨハネ黙示録  15章1節~8節

15:1 また私は、天にもう一つの大きな驚くべきしるしを見た。七人の御使いが、最後の七つの災害を携えていた。ここに神の憤りは極まるのである。
15:2 私は、火が混じった、ガラスの海のようなものを見た。獣とその像とその名を示す数字に打ち勝った人々が、神の竪琴を手にしてガラスの海のほとりに立っていた。
15:3 彼らは神のしもべモーセの歌と子羊の歌を歌った。「主よ、全能者なる神よ。あなたのみわざは偉大で、驚くべきものです。諸国の民の王よ。あなたの道は正しく真実です。
15:4 主よ、あなたを恐れず、御名をあがめない者がいるでしょうか。あなただけが聖なる方です。すべての国々の民は来て、あなたの御前にひれ伏します。あなたの正しいさばきが明らかにされたからです。」
15:5 その後、私は見た。天にある、あかしの幕屋である神殿が開かれた。
15:6 そして七人の御使いが、七つの災害を携えて神殿から出て来た。彼らは、きよく光り輝く亜麻布を着て、胸には金の帯を締めていた。
15:7 また、四つの生き物の一つが、七人の御使いたちに七つの金の鉢を渡したが、それには世々限りなく生きておられる神の憤りが満ちていた。
15:8 神殿は、神の栄光とその御力から立ち上る煙で満たされ、七人の御使いたちの七つの災害が終わるまでは、だれもその神殿に入ることができなかった。
 2024年12月14日(土)リビングライフQT

これから始まる、神の裁きを表す、7つの災い・・・その災いが堰を切って流れ始めようとする、舞台の裏側の解説(説明)を読みながら、これから起こる事への不安・想像もつかない、隠された災害を思うと、主なる神は、どの様な御思いをもって、これらを展開する命令を、御使い達に下そうとしておられるのだろうか❓
私は内心、慈愛に満ちた神が、この様な時をどの様に見ておられるだろうか・・・⁉️
こんな心の中の想像が許されるものではない事を、知りながら、そんな想いを持ちました。主よ御許しください。
戦争の悲惨さや、悪がはびこり、貧しい方や弱い者が虐げられ、又、何も分からない幼子が、親のエゴで放置されたり、殺されたりする姿を報道で見たりする度に、多くの方が、「神は、人間のこんな残虐な行為を、どう見ておられるのだろうか?」と、心に痛みを感じながら、神への疑問を持ったりします。
しかし、その疑問は、当を得たものではないのです。何故なら、今の世界の営みは、人間の意思が支配し管理し行為する世界だからです。
神が直接支配しているものではありません。ですから、あらゆる悪・残虐・矛盾・戦争・・・これ等は、人間(人類)の責任であり、その報いは、自ら受けるべきものなのです。
しかし、先日から主題に上がっている、世の終わりに関する、様々な出来事は、神ご自身の支配の中でなされる、神の主権の元で為される出来事です。
人がこれに、感想や想いを向けるものではなく、ただこれらを受け入れるだけの、こと以上は、赦されないのです。
主なる神は、最初の人間の創造以来、どれ程、正しい道への導きと、人の背きに対しては、どれ程の愛と赦しと忍耐をもって、滅ぼす事をなさらずに、待って来られたのでしょう
旧約聖書は、その歴史を、私たちに語り告げてきました。その中から神は、こんな残虐な人間にたいして、忍耐の限りを尽くして導かれた果てに、御子を人の世界に送られたのです。
それは、御子イエス・キリストを通して、ご自身の愛を顕すためだったのです‼️
・・十字架の贖い・・
これこそ、神の愛の極まる御姿だったのです‼️
又、すでに学んだように、この様な黙示録の学びを通して、昨日も学びましたが、最後の最後まで、先ず、終末の混乱の中に残された、主の僕たちへの救済、また、それでもなお、福音を伝えて立ち返るものを待つ、神の愛は示されて来たのです。
このような神の愛と、限りない救いの御手を拒む者は、何をか言わんです。
今や、7人の御使いたちが、怒りの鉢を携えてきた姿の前に、私たちは今こそ、新たな思いで、なお、心を頑なにしている者への、悲しみと愛をもって、祈り、神の愛を示す者として、歩まねばならないことを、新たにします。
主よ、なすべき道を教え導いて下さい。
アーメン‼️
 ヨハネ黙示録  14章14節~20節

14:1 また私は見た。すると見よ、子羊がシオンの山の上に立っていた。また、子羊とともに十四万四千人の人たちがいて、その額には子羊の名と、子羊の父の名が記されていた。
14:2 また、私は天からの声を聞いた。それは大水のとどろきのようであり、激しい雷鳴のようでもあった。しかも、私が聞いたその声は、竪琴を弾く人たちが竪琴に合わせて歌う声のようであった。
14:3 彼らは御座の前と、四つの生き物および長老たちの前で、新しい歌を歌った。しかし、地上から贖われた十四万四千人のほかは、この歌を学ぶことができなかった。
14:4 この人たちは、女に触れて汚れたことがない者たちで、童貞である。彼らは、子羊が行く所、どこにでもついて行く。彼らは、神と子羊に献げられる初穂として、人々の中から贖い出されたのである。
14:5 彼らの口には偽りが見出されなかった。彼らは傷のない者たちである。
14:6 また私は、もう一人の御使いが中天を飛ぶのを見た。彼は地に住む人々、すなわち、あらゆる国民、部族、言語、民族に宣べ伝えるために、永遠の福音を携えていた。
14:7 彼は大声で言った。「神を恐れよ。神に栄光を帰せよ。神のさばきの時が来たからだ。天と地と海と水の源を創造した方を礼拝せよ。」
14:8 また、その御使いの後にもう一人、第二の御使いが来て言った。「倒れた、倒れた、大バビロンが。御怒りを招く淫行のぶどう酒を、すべての国々の民に飲ませた都が。」
14:9 また、彼らの後にもう一人、第三の御使いがやって来て、大声で言った。「もしだれかが獣とその像を拝み、自分の額か手に刻印を受けるなら、
14:10 その者は、神の怒りの杯に混ぜ物なしに注がれた、神の憤りのぶどう酒を飲み、聖なる御使いたちと子羊の前で火と硫黄によって苦しめられる。
14:11 彼らの苦しみの煙は、世々限りなく立ち上る。獣とその像を拝む者たち、また、だれでも獣の名の刻印を受ける者には、昼も夜も安らぎがない。」
14:12 ここに、聖徒たち、すなわち神の戒めを守り、イエスに対する信仰を持ち続ける者たちの忍耐が必要である。
14:13 また私は、天からの声がこう言うのを聞いた。「書き記せ、『今から後、主にあって死ぬ死者は幸いである』と。」御霊も言われる。「しかり。その人たちは、その労苦から解き放たれて安らぐことができる。彼らの行いが、彼らとともについて行くからである。」
14:14 また私は見た。すると見よ。白い雲が起こり、その雲の上に人の子のような方が座っておられた。その頭には金の冠、手には鋭い鎌があった。
14:15 すると、別の御使いが神殿から出て来て、雲の上に座っておられる方に大声で叫んだ。「あなたの鎌を送って、刈り取ってください。刈り入れの時が来ましたから。地の穀物は実っています。」
14:16 雲の上に座っておられる方が地上に鎌を投げると、地は刈り取られた。
14:17 それから、もう一人の御使いが天の神殿から出て来たが、彼もまた、鋭い鎌を持っていた。
14:18 すると、火をつかさどる権威を持つ別の御使いが祭壇から出て来て、鋭い鎌を持つ御使いに大声で呼びかけた。「あなたの鋭い鎌を送って、地のぶどうの房を刈り集めよ。ぶどうはすでに熟している。」
14:19 御使いは地上に鎌を投げて、地のぶどうを刈り集め、神の憤りの大きな踏み場に投げ入れた。
14:20 都の外にあるその踏み場でぶどうが踏まれた。すると、血がその踏み場から流れ出て、馬のくつわの高さに届くほどになり、千六百スタディオンに広がった。
 2024年12月13日(金)リビングライフQT

いよいよ、裁きの始まりです。しかし、まだまだ、最後の審判ではありません。
この裁きとは、主なる神(全てのものの“創造者”)が、祝福をもって創造されたものを、サタンは人間を誘惑して、手なずけ、神の創造世界を混乱のるつぼと変えたのです。主なる神は、この世界を焼き尽くす(後程)前に、この世界に残る罪人を、ことごとく死をもって裁かれる(審判)様子が、描写されているのです。
これは、この黙示録を読む全ての人への、警告的宣言なのです。
☆その前に、15節・16節は、残された主の僕たちの最後の刈り取りです。即ち、神の国(永遠の命の前にはいる、審判前のパラダイスか?)に引き上げられ、恐るべき審判から、囲われ守られるのです‼️
*さて、17節:もう一人の御使い・裁きの御使いは、地のブドウ園(ヨハネ福音書にあるあの例え話しを思い出してみましょう。15章6節には“わたしにとどまっていなければ、投げ捨てられ、火に投げ込まれる・・・”)の例えのように、この所では、収穫にまで実った(罪人の神への反抗が実った)葡萄を、全て刈り取って、酒舟に投げ込み、踏み潰した。(この様を神の審判として、描写しているのです)
この”酒舟で踏み潰される“と言う姿は、イザヤ書63:3~6に、描写されています。
その審判で流れ出したブドウの汁は《血》となり、馬のくつわの高さ120cmとなり、その流れ及ぶところ1600スタディオン(約290Km)となります。これはイスラエル全土を覆うほどの広がりなのです。
この様な恐ろしい、審判の序奏に、私たちクリスチャン(教会)は、怖れるには及びません。ただ、自らに不確かな、不徹底な、赦せない心、苦々しい憎しみの心が、内に横たわっているとしたら、その事のゆえに、この恐るべき御使いの繰り出す裁きを、心に留めて、悔い改め、イエス様の十字架の赦しの故に、あなたの魂を主に捧げて浄めて頂き、この裁きの時に備え、最初の勝利者の刈り取りに入れられるように、備えましょう‼️
これは、すべての教会と、主の僕への、警告的メッセージなのです‼️
その時は近い‼️主よ❗御手をもって導き、御血をもって購い、浄めて、御手の中に収めてください‼️
主の時をひたすら待ち望みます❗アーメン‼️
 ヨハネ黙示録  14章1節~13節

14:1 また私は見た。すると見よ、子羊がシオンの山の上に立っていた。また、子羊とともに十四万四千人の人たちがいて、その額には子羊の名と、子羊の父の名が記されていた。
14:2 また、私は天からの声を聞いた。それは大水のとどろきのようであり、激しい雷鳴のようでもあった。しかも、私が聞いたその声は、竪琴を弾く人たちが竪琴に合わせて歌う声のようであった。
14:3 彼らは御座の前と、四つの生き物および長老たちの前で、新しい歌を歌った。しかし、地上から贖われた十四万四千人のほかは、この歌を学ぶことができなかった。
14:4 この人たちは、女に触れて汚れたことがない者たちで、童貞である。彼らは、子羊が行く所、どこにでもついて行く。彼らは、神と子羊に献げられる初穂として、人々の中から贖い出されたのである。
14:5 彼らの口には偽りが見出されなかった。彼らは傷のない者たちである。
14:6 また私は、もう一人の御使いが中天を飛ぶのを見た。彼は地に住む人々、すなわち、あらゆる国民、部族、言語、民族に宣べ伝えるために、永遠の福音を携えていた。
14:7 彼は大声で言った。「神を恐れよ。神に栄光を帰せよ。神のさばきの時が来たからだ。天と地と海と水の源を創造した方を礼拝せよ。」
14:8 また、その御使いの後にもう一人、第二の御使いが来て言った。「倒れた、倒れた、大バビロンが。御怒りを招く淫行のぶどう酒を、すべての国々の民に飲ませた都が。」
14:9 また、彼らの後にもう一人、第三の御使いがやって来て、大声で言った。「もしだれかが獣とその像を拝み、自分の額か手に刻印を受けるなら、
14:10 その者は、神の怒りの杯に混ぜ物なしに注がれた、神の憤りのぶどう酒を飲み、聖なる御使いたちと子羊の前で火と硫黄によって苦しめられる。
14:11 彼らの苦しみの煙は、世々限りなく立ち上る。獣とその像を拝む者たち、また、だれでも獣の名の刻印を受ける者には、昼も夜も安らぎがない。」
14:12 ここに、聖徒たち、すなわち神の戒めを守り、イエスに対する信仰を持ち続ける者たちの忍耐が必要である。
14:13 また私は、天からの声がこう言うのを聞いた。「書き記せ、『今から後、主にあって死ぬ死者は幸いである』と。」御霊も言われる。「しかり。その人たちは、その労苦から解き放たれて安らぐことができる。彼らの行いが、彼らとともについて行くからである。」
14:14 また私は見た。すると見よ。白い雲が起こり、その雲の上に人の子のような方が座っておられた。その頭には金の冠、手には鋭い鎌があった。
14:15 すると、別の御使いが神殿から出て来て、雲の上に座っておられる方に大声で叫んだ。「あなたの鎌を送って、刈り取ってください。刈り入れの時が来ましたから。地の穀物は実っています。」
14:16 雲の上に座っておられる方が地上に鎌を投げると、地は刈り取られた。
14:17 それから、もう一人の御使いが天の神殿から出て来たが、彼もまた、鋭い鎌を持っていた。
14:18 すると、火をつかさどる権威を持つ別の御使いが祭壇から出て来て、鋭い鎌を持つ御使いに大声で呼びかけた。「あなたの鋭い鎌を送って、地のぶどうの房を刈り集めよ。ぶどうはすでに熟している。」
14:19 御使いは地上に鎌を投げて、地のぶどうを刈り集め、神の憤りの大きな踏み場に投げ入れた。
14:20 都の外にあるその踏み場でぶどうが踏まれた。すると、血がその踏み場から流れ出て、馬のくつわの高さに届くほどになり、千六百スタディオンに広がった。
 2024年12月12日(木)リビングライフQT

いよいよ、切迫した終わりの時の様子が展開します。
*シオンの山→これはエルサレムを指した場所ではありますが、神が人類の救いの原点として定め、ここで贖罪の十字架の業を顕されたので(永遠の救いと清めの原点)として、この名称が表されたのです。
*144,000,ー この数は、終末の世にも、神のめぐみの購いに与り、後、その身(魂)を汚さなかった主の僕(教会)を指している‼️
彼らだけしか歌えない、神を称える賛美(今まで教会で生まれた数限りない賛美歌)でも、バッハ・ベートーベン始め、代々のクリスチャン音楽家でも表現できなかった、購われた主の僕だけが、初めて魂を注ぎだして歌える、賛美を(素晴らしい・私の心は振るえながら・・書いています)捧げる‼️どんな光景でしょう・・・・
この時のために、今を忍耐し、あがないの主に、命を懸けて従い抜きましょう。
7節以降・・・3人の御使いが・・・
①第一の御使いは・・
最後の時に、未だ福音を聴いたことがないと言う人々が残されないように、御使い自ら、福音を語るのです。
『神を恐れよ。神に栄光を帰せよ。神の裁きの時が来たからだ。天と地と海と水の源を創造した方を礼拝せよ。』
なんと言う、神の憐れみでしょう。御自身が創造された《人》叛き続けてきた《人》主なる神はなお、慈しんで道を開かれたのです‼️
②(バビロン)それは、かつて神の都エルサレムと、選びの民イスラエルの民とを殺戮し、永遠のみやこと呼ばれた、神の選びのシオンを、蹂躙し焼き付くした異邦の民の都《バビロン》を、罪を重ねてきた人類の罪の拠点(サタンの王国)を指している。即ち、ここに、サタンの神への全ての反抗が、全て滅ぼされた‼️と言う宣言です‼️ハレルヤ‼️
③9~11節→神の福音に背き続けた、全ての人々への、永遠の苦しみ(第二の死)が、語られた。
・・・ですから、今改めて、信仰生活は主に全てを信頼して、従い続ける恵みの日々の、何と大切かが、改めて、見せられますねアーメン‼️
今日も主と共に、平安の中に、福音の証し者として、歩み続けましょう
 ヨハネ黙示録  13章11節~18節

13:11 また私は、別の獣が地から上って来るのを見た。それは、子羊の角に似た二本の角を持ち、竜が語るように語っていた。
13:12 この獣は、最初の獣が持っていたすべての権威を、その獣の前で働かせた。また、地と地に住む者たちに、致命的な傷が治った最初の獣を拝ませた。
13:13 また、大きなしるしを行い、人々の前で火を天から地に降らせることさえした。
13:14 また、この獣は、あの獣の前で行うことが許されたしるしによって、地に住む者たちを惑わし、剣の傷を受けながらも生き返ったあの獣の像を造るように、地に住む者たちに命じた。
13:15 それから、その獣の像に息を吹き込んで、獣の像がものを言うことさえできるようにし、また、その像を拝まない者たちをみな殺すようにした。
13:16 また獣は、すべての者に、すなわち、小さい者にも大きい者にも、富んでいる者にも貧しい者にも、自由人にも奴隷にも、その右の手あるいは額に刻印を受けさせた。
13:17 また、その刻印を持っている者以外は、だれも物を売り買いできないようにした。刻印とは、あの獣の名、またはその名が表す数字である。
13:18 ここに、知恵が必要である。思慮ある者はその獣の数字を数えなさい。それは人間を表す数字であるから。その数字は六百六十六である。
 2024年12月11日(水)リビングライフQT

今朝の箇所、世界の歴史の中で繰返し、起きては滅びた、栄枯盛衰の覇権的な体制を見聞きして来た様が描かれています。
すなわち
古くは、ローマの皇帝の神格化と絶対権、フランスのルイ王朝、ナポレオンの台頭、国境を越えた資本主義経済による、神の恵みと慈しみを越えた、人の傲慢、それによる社会の歪み(貧富の格差拡大)
この歪みからの反動として、起きた共産主義思想と、その実現のための、更なる支配の歪み・・
教会の疲弊と、堕落、
2度に亘る世界戦争、そして遂に核爆弾の使用による、人間の良心の破壊と更なる憎しみの増幅・・・
その様な中に囲まれながら、キリストの群れ・教会は、福音に生き、殉じて来ました。その様な中で終末を迎えた教会は、更にこの様なサタン帝国復活のドラマ中で、主は教会を護り生かされるのです。
一気に様々なことを、歴史の隙間から覗いてきましたが、恐れるに足りません。万軍の主が教会(あなた)を護られます‼️
 ハレルヤ
《666》は人間万能と言う、無神論の旗印です。神は最後にこの旗を、焼き尽くされます。ハレルヤ‼️
怖れるなわたしはあなたと共にいる。
わたしはあなたの神である‼️(イザヤ書41:10) この約束をしっかり握って、主のご来臨を待ち望み、福音に生きましょうアーメン‼️

明日(12日)のテキスト
ヨハネ黙示録 14:1~13 
 ヨハネ黙示録  13章1節~10節

13:1 また私は、海から一頭の獣が上って来るのを見た。これには十本の角と七つの頭があった。その角には十の王冠があり、その頭には神を冒?する様々な名があった。
13:2 私が見たその獣は豹に似ていて、足は熊の足のよう、口は獅子の口のようであった。竜はこの獣に、自分の力と自分の王座と大きな権威を与えた。
13:3 その頭のうちの一つは打たれて死んだと思われたが、その致命的な傷は治った。全地は驚いてその獣に従い、
13:4 竜を拝んだ。竜が獣に権威を与えたからである。また人々は獣も拝んで言った。「だれがこの獣に比べられるだろうか。だれがこれと戦うことができるだろうか。」
13:5 この獣には、大言壮語して冒?のことばを語る口が与えられ、四十二か月の間、活動する権威が与えられた。
13:6 獣は神を冒?するために口を開いて、神の御名と神の幕屋、また天に住む者たちを冒?した。
13:7 獣は、聖徒たちに戦いを挑んで打ち勝つことが許された。また、あらゆる部族、民族、言語、国民を支配する権威が与えられた。
13:8 地に住む者たちで、世界の基が据えられたときから、屠られた子羊のいのちの書にその名が書き記されていない者はみな、この獣を拝むようになる。
13:9 耳のある者は聞きなさい。
13:10 捕らわれの身になるべき者は捕らわれ、剣で殺されるべき者は剣で殺される。ここに、聖徒たちの忍耐と信仰が必要である。
 2024年12月10日(火)リビングライフQT

黙示録の内容の混迷は、いよいよこれからです。
この二千年の時代を闘い続けてきた教会(女の生んだ子供)は、この黙示録の様々な異象(異常な事態・幻・状況)を通して、心騒がせられ、動揺し、間違った教えに翻弄されて、試練に揺さぶられてきました。
神が時を定めて、確かな裁きを展開されない限り、この世は、混乱と破壊に損なわれることはないのです。サタンは、あたかも、自分のなかに、全ての力が委ねられているかの様な現象を見せることによって、世界を自分に、引き寄せようと、働き始めるのです。
力があり、魅力的であり、真に迫る現象や出来事は、多くの人々に感動と同調ををもたらし、教会と主の弟子たちに、不安と焦燥(アセリ)を、もたらそうとします。愛する兄弟姉妹たちよ‼️
恐れるに足りません‼️
主なる神は、御子の死によって、私たちに、全き愛を示してくださったのです。
このお方に信頼していれば、どのような災害や変動や、試練が来ようと、揺り動かされることはないですよ。
主にのみ、目と耳と魂を注ぎ出しましょう‼️
終末は恐ろしい時ではありません。
永遠の創造主が、全てを完成される栄光の時の始まりなのです。
終末の混乱に直面する教会も、恐れるな❗
私があなたの神である‼️と言われるお方にのみ目を注ぎましょう‼️
 ヨハネ黙示録  12章7節~18節

12:7 さて、天に戦いが起こって、ミカエルとその御使いたちは竜と戦った。竜とその使いたちも戦ったが、
12:8 勝つことができず、天にはもはや彼らのいる場所がなくなった。
12:9 こうして、その大きな竜、すなわち、古い蛇、悪魔とかサタンとか呼ばれる者、全世界を惑わす者が地に投げ落とされた。また、彼の使いたちも彼とともに投げ落とされた。
12:10 私は、大きな声が天でこう言うのを聞いた。「今や、私たちの神の救いと力と王国と、神のキリストの権威が現れた。私たちの兄弟たちの告発者、昼も夜も私たちの神の御前で訴える者が、投げ落とされたからである。
12:11 兄弟たちは、子羊の血と、自分たちの証しのことばのゆえに竜に打ち勝った。彼らは死に至るまでも自分のいのちを惜しまなかった。
12:12 それゆえ、天とそこに住む者たちよ、喜べ。しかし、地と海はわざわいだ。悪魔が自分の時が短いことを知って激しく憤り、おまえたちのところへ下ったからだ。」
12:13 竜は、自分が地へ投げ落とされたのを知ると、男の子を産んだ女を追いかけた。
12:14 しかし、女には大きな鷲の翼が二つ与えられた。荒野にある自分の場所に飛んで行って、そこで一時と二時と半時の間、蛇の前から逃れて養われるためであった。
12:15 すると蛇はその口から、女のうしろへ水を川のように吐き出し、彼女を大水で押し流そうとした。
12:16 しかし、地は女を助け、その口を開けて、竜が口から吐き出した川を飲み干した。
12:17 すると竜は女に対して激しく怒り、女の子孫の残りの者、すなわち、神の戒めを守り、イエスの証しを堅く保っている者たちと戦おうとして出て行った。
12:18 そして、竜は海辺の砂の上に立った。
 2024年12月9日(月)リビングライフQT

神の御座に仕えていた、御使いだったサタン。神から大きな権威を委ねられていた中で、神の指示にではなく、自らの意思で神に叛いて、神の権威を踏み越えたことで、神の御座から追い落とされたのがサタンです。
それ以来、神の創造に対して妨げを続け、先ず、エバへの誘惑により、アダムも巻き込みながら、神の創造の秩序に、妨害を続けて、その人間(神が創造され愛して止まない)を、歴史の中で告発し続けてきたのです。
それは、神の御業を嘲笑しようとする意図のもとに・・・
しかし、神はこの人類をこよなく愛し、預言者を通し、信仰の指導者(アブラハム・ヨセフ・モーセ・ヨショア・・・等々)を通して、迷い出た民を導き、その都度その罪を赦し、サタンが掻き回す歴史を、あのクリスマスへと導かれて、御子イエス・キリストの御降誕から、宣教の御生涯、御受難、そして十字架の死による罪の購い、そして遂に、復活により、サタンの最後に鉄槌を下されたのです。
それ以来、サタンは天空の所在を追われ、地に落とされて、人の営み(殊に、教会の働き)に介入しながら、命脈を保ち、終末に至ったのです。最早サタンは自らの時の終りの近いことを知り、最後のあがきのような戦いを、教会に聖徒に向けて、振り下ろし始めたのです。
それがこれから展開する、予知的記述な黙示録の記録なのです。
*竜→それはサタンの象徴的姿
*男の子を生んだ女→それは、神の御子イエス様を初めとする“教会”・又イスラエルの民

この様な終末の様相の構図を記憶に留めながら、改めて、テキストを読み直してみて下さい。
今や、サタンの、人を告発する訴えは、神の御心には、届かないのです。何故なら、イエス様の十字架の購いの死が、成就しているからです。最後の手段はサタン自らの手で、教会を取り潰そうと計るのです
しかし、
勝利は主のもの。
あなたは主の永遠のみ手の中に、護られていますから‼️
怖れるに足りません。
    ハレルヤ‼️
 ヨハネ黙示録  12章1節~6節

12:1 また、大きなしるしが天に現れた。一人の女が太陽をまとい、月を足の下にし、頭に十二の星の冠をかぶっていた。
12:2 女は身ごもっていて、子を産む痛みと苦しみのために、叫び声をあげていた。
12:3 また、別のしるしが天に現れた。見よ、炎のように赤い大きな竜。それは、七つの頭と十本の角を持ち、その頭に七つの王冠をかぶっていた。
12:4 その尾は天の星の三分の一を引き寄せて、それらを地に投げ落とした。また竜は、子を産もうとしている女の前に立ち、産んだら、その子を食べてしまおうとしていた。
12:5 女は男の子を産んだ。この子は、鉄の杖をもってすべての国々の民を牧することになっていた。その子は神のみもとに、その御座に引き上げられた。
12:6 女は荒野に逃れた。そこには、千二百六十日の間、人々が彼女を養うようにと、神によって備えられた場所があった。
 2024年12月8日(日)リビングライフQT

冒頭に顕れた“女”とは⁉️
頭に12の星の冠を被っていた→これは、イスラエルの12部族を意味しています(同時に霊のイスラエル=教会)。
この“女”が子を産む‼️それを恐れ、そうはさせまいと、妨げようてして、彼女の出産を妨害する様(様子)が、この様に表されている。サタンにとっては、存在を掛けた時なのです。
その苦しみのために、苦痛に耐えがたく、悲鳴をあげる、民と教会・・・即ちこの“女”とは、終末の教会ではないでしょうか。私達教会は、サタンが奪い去ろうとする、神によって創造された(この世に送り出された)人々を、何とか、命の御国の民へと、奪還する戦い(宣教)を、サタンは阻止しようと、戦いを挑んできます。
この教会を守り支えられる御子は、天に帰り、教会は更なる試練の中で戦いを続けます。しかし、神はこの教会を安全な荒野に導かれ護られた。
まだまだ、教会の試練の時は続きますが、確実な主の守りで支えられる。
もう間も無く、勝利の時が開かれようとしているのです‼️
祈り抜き、信じ抜き、待ち望む。その先には光の幕が用意されているのですから‼️   ハレルヤ‼️
 ヨハネ黙示録  11章15節~節

11:15 第七の御使いがラッパを吹いた。すると大きな声が天に起こって、こう言った。「この世の王国は、私たちの主と、そのキリストのものとなった。主は世々限りなく支配される。」
11:16 すると、神の御前で自分たちの座に着いていた二十四人の長老たちが、ひれ伏し、神を礼拝して言った。
11:17 「私たちはあなたに感謝します。今おられ、昔おられた全能者、神である主よ。あなたは偉大な力を働かせて、王となられました。
11:18 諸国の民は怒りました。しかし、あなたの御怒りが来ました。死者がさばかれる時、あなたのしもべである預言者たちと聖徒たち、御名を恐れる者たち、小さい者にも大きい者にも報いが与えられる時、地を滅ぼす者たちが滅ぼされる時です。」
11:19 それから、天にある神の神殿が開かれ、神の契約の箱が神殿の中に見えた。すると稲妻がひらめき、雷鳴がとどろき、地震が起こり、大粒の雹が降った。
 2024年12月7日(土)リビングライフQT

神の国の完成、
《初めに、神が天と地を創造した。》聖書の冒頭の宣言です。何億年・何百億年前でしょうか、いや天文学的に言うなら、それの何億倍でしょうか❓❓❓
その天体の一角に、地球を創造され、そこに、自然と生き物とをお造りになられ、その全ての完成された、調和世界に、人間をお造りになられた‼️
この人類創造こそ、神の御目的であり、その営みの歴史が、聖書の世界なのです。
神の創造の御目的に叶って、完成に至るための道筋が、聖書の歴史であり、創造の完成への計画書であり、神のご計画に歩む、一人一人の案内書・道しるべなのです‼️
そして、遂に、神の国が完成されたのです‼️
現在の私達からすれば、それは未だ先の事なのですが、極く間近に迫った未来なのです。主なる神《創造主》は、遂に完成へと全ての歴史を、ここに集約(集め)されるのです。
人々は《死》で全てが終わった‼️と、考えるでしょう。しかし、今朝のテキストでは・・
18節:しかし、あなたの御怒りが来ました。死者が裁かれる時
と記されており、一度この世に神の恵みによって、命を与えられた(創造の恵みに預かった)者は、神のご計画により、完成された時(創造者の御心に叶った時)には、永遠に完成された神の家族とされる‼️報いが約束されているのです。
しかし、神の愛に背き、道に逸れた者(義人はいない一人もいない。と言われるように、全ての人は神に叛き罪の道に逸れた)ために、イエス・キリストの十字架の血による罪の赦しによって、創造された神の子とされるのです。
この救いの御手を拒んだ者が、裁かれるのです
一方、御名を恐れるものたちと聖徒たち、
小さい者にも大きい者にも、報いが与えられる。
天にある神の神殿が開かれ・・・‼️
正に、
報いが与えられた者が、迎えられるための時です。‼️
其の時、雷鳴・地震・大粒の雹・・・この記述は、しばしば神の臨在の顕れとしての現象です。
さぁ時が迫りました。永遠の完成の前に、更なる、地上(神に叛き続けた世界)に顕される、審判の様相が展開します。
これ等をどの様に心に留めるか❓
私達真実に主に従うものは、恐れるものではありません。しかしこの様な事が起こることを心の片隅に留めながら、愛する者への、祈りを熱くする、一助としたいですね
 ヨハネ黙示録  11章1節~14節

11:1 それから、杖のような測り竿が私に与えられて、こう告げられた。「立って、神の神殿と祭壇と、そこで礼拝している人々を測りなさい。
11:2 神殿の外の庭はそのままにしておきなさい。それを測ってはいけない。それは異邦人に与えられているからだ。彼らは聖なる都を四十二か月の間、踏みにじることになる。
11:3 わたしがそれを許すので、わたしの二人の証人は、粗布をまとって千二百六十日間、預言する。」
11:4 彼らは、地を治める主の御前に立っている二本のオリーブの木、また二つの燭台である。
11:5 もしだれかが彼らに害を加えようとするなら、彼らの口から火が出て、敵を焼き尽くす。もしだれかが彼らに害を加えようとするなら、必ずこのように殺される。
11:6 この二人は、預言をしている期間、雨が降らないように天を閉じる権威を持っている。また、水を血に変える権威、さらに、思うままに何度でも、あらゆる災害で地を打つ権威を持っている。
11:7 二人が証言を終えると、底知れぬ所から上って来る獣が、彼らと戦って勝ち、彼らを殺してしまう。
11:8 彼らの死体は大きな都の大通りにさらされる。その都は、霊的な理解ではソドムやエジプトと呼ばれ、そこで彼らの主も十字架にかけられたのである。
11:9 もろもろの民族、部族、言語、国民に属する人々が、三日半の間、彼らの死体を眺めていて、その死体を墓に葬ることを許さない。
11:10 地に住む者たちは、彼らのことで喜び祝って、互いに贈り物を交わす。この二人の預言者たちが、地に住む者たちを苦しめたからである。
11:11 しかし、三日半の後、いのちの息が神から出て二人のうちに入り、彼らは自分たちの足で立った。見ていた者たちは大きな恐怖に襲われた。
11:12 二人は、天から大きな声が「ここに上れ」と言うのを聞いた。そして、彼らは雲に包まれて天に上った。彼らの敵たちはそれを見た。
11:13 そのとき、大きな地震が起こって、都の十分の一が倒れた。この地震のために七千人が死んだ。残った者たちは恐れを抱き、天の神に栄光を帰した。
11:14 第二のわざわいが過ぎ去った。見よ、第三のわざわいがすぐに来る。
 2024年12月6日(金)リビングライフQT

《神殿》として表されるのは・・⁉️
神殿は、紀元70年に、ローマの侵略により、焼き尽くされ、中の宝物、契約の箱も全て、ローマに持ち去られて、それ以来(今日まで)神殿は再建されていない。即ち、ヨハネがパトモスで、これ等の幻を見た時には、最早神殿はなかったのです。また、神殿の役割は、イエス・キリスト様の十字架の死(贖罪)が成就した時、その役割は終えたのです。そこは単なる、歴史的記念の場としてのみ、存在しているので、ここで、《神の聖所と祭壇》と記されるのは、十字架の印を掲げた、新しい聖所‼️即ち《教会》なのです。
今、ヨハネに測るように示されたのは、イエス様の血潮に洗われた聖徒の存在なのです。その中にあなたも含まれているのです。
それ以外の測らない世界は、異邦人(主を信じない民)の、自由奔放な世界として汚され、
42ヶ月(三年半)踏みにじられるままにされます。一方、神はそこへ二人の証人を送り、神の言葉を持って、警告と、神の裁きを宣言し、最後の悔い改めの機会を示すのです‼️
彼らの存在と輝きは、命の木(オリーブ)、また二つの燈台として、命の路を示すのです。
何と、神の慈しみと、愛は深いのでしょう‼️
しかし、地上の人々(残された異邦人)は、遂にこの二人を殺してしまうのです。
この二人は、命を懸けて語り続け、奇跡に奇跡を見せて、警告をするのですが、遂に、二人は殺されました。
6節を見ると、その説明から、二人のうち一人は、*旧約の予言者エリヤを思わせ
*今一人は、出エジプトを導いたモーセを表していることが明らかですね。
二人ともに、その生涯の最後は《死》で締め括られていません。
《エリヤ》は、火の車に乗って天に挙げれ、
《モーセ》は、神の前に出るため、シナイの岩山奥深く登ったまま、消息を絶っています。
この二人が終末の世界に送られて、最後の福音と裁きを語り、殉教するのです。
これは残された人類が自らの責任で、身を滅ぼす、確信犯となることを選択したことを意味するのです。最早福音も神の慈しみも、踏みにじられ、自ら滅びの道へと、落ちたのです。
しかし、この二人は死を経験した中から、神の命の息吹によって、生き返り、御国へと凱旋しました。ハレルヤ‼️
このあと、地上は、大災害(地震)が起こり、多くの人が死に呑み込まれ、最早悔い改めのない、絶望と恐怖の中から、神を見上げるのです。そこには救済の道は断たれたまま
更に災いが続く
この様に、これから起こる世界の破滅を知る私達は、如何にしてこの恐ろしい事態に、愛する者が、失われないようにと、告げることができるでしょうか❓❓❓
この恐ろしい預言・滅亡と破滅(其のまま無くなるのではない、生きたまま永遠の滅びの中に・・・)に向かうことを、伝える事ではありません‼️
もし、その様なアプローチをされたら、きっと、嘲笑われるでしょう。
そして益々、神から遠ざかるでしょう。心してください。決して、裁きを福音の説得の材料にしないで下さい
私たちがなすべき事は、
神様が御子イエス・キリスト様の十字架の購いの死によって、全ての罪から浄めて、神の子として、永遠の御国の民として下さったことを、祈りつつ伝え、更に愛を持って、信じ受け入れる迄、祈り待ち望むことです。主の愛をもって赦し、証しの生活を表し、更に祈り待ち続けましょう。ハレルヤ‼️
 ヨハネ黙示録  10章1節~11節

10:1 また私は、もう一人の強い御使いが、雲に包まれて天から下って来るのを見た。その頭上には虹があり、その顔は太陽のよう、その足は火の柱のようで、
10:2 手には開かれた小さな巻物を持っていた。御使いは右足を海の上、左足を地の上に置いて、
10:3 獅子が吼えるように大声で叫んだ。彼が叫んだとき、七つの雷がそれぞれの声を発した。
10:4 七つの雷が語ったとき、私は書き留めようとした。すると、天からの声がこう言うのを聞いた。「七つの雷が語ったことは封じておけ。それを書き記すな。」
10:5 それから、海の上と地の上に立っているのを私が見たあの御使いは、右手を天に上げ、
10:6 天とその中にあるもの、地とその中にあるもの、海とその中にあるものを造って、世々限りなく生きておられる方にかけて誓った。「もはや時は残されておらず、
10:7 第七の御使いが吹こうとしているラッパの音が響くその日に、神の奥義は、神がご自分のしもべである預言者たちに告げたとおりに実現する。」
10:8 それから、前に天から聞こえた声が、再び私に語りかけた。「行って、海の上と地の上に立っている御使いの手にある、開かれた巻物を受け取りなさい。」
10:9 私はその御使いのところに行き、「私にその小さな巻物を下さい」と言った。すると彼は言った。「それを取って食べてしまいなさい。それはあなたの腹には苦いが、あなたの口には蜜のように甘い。」
10:10 そこで、私はその小さな巻物を御使いの手から受け取って食べた。口には蜜のように甘かったが、それを食べてしまうと、私の腹は苦くなった。
10:11 すると私はこう告げられた。「あなたはもう一度、多くの民族、国民、言語、王たちについて預言しなければならない。」
 2024年12月5日(木)リビングライフQT

先の四人の御使いが、地上に、また、人類に甚大な破壊と裁きとをもたらしましたが、今新たに、もう一人の御使いが遣わされました。それは、全ての造られたもの(足を海と大地に置いた)に更なる徹底した裁き(滅亡)をもたらすために遣わされたのです。
その裁きへの宣言を、大音声で叫ぶのですが、それを書き留めようとするヨハネに、それは禁じられた。
最早悔い改めることもない民には、先の事を知らせる必要はない、所詮今まで何一つ、信じようとしなかった彼らには、知らせる必要はないと言うのです。
何故なら、既に神の審判の奥義は、預言者達によって語られて来たのだから(7節)。
今や、それは実現するのです。
この天使の持った巻物を、取って食べよ‼️
この巻物は、7節に記されたように“予言者達に告げたとおりに実現する‼️”
この事は、主に従い主の側に帰った者達にとっては、永遠の御国への凱旋の約束が、実現するのですから、最高の喜び(口には甘い)なのですが、主に従わなかった者達にとっては、永遠の苦しみと恥と死が永遠に続く、裁きの日の実現ですから、それを思うと(腹に苦い)のです。
ヨハネは、この現実の中で、もう一度、この現実を預言することを課せられたのです。
今、私達はこのように、聖書を通して、ヨハネの経験したことを、改めて読み知るのですから、今の時代に生きる多くの愛する人々に対して、
この事実をいかにして知らせ、彼らを今の許された時間の中で、主に引き寄せるかが、急務ですね。
だからと言って、急に、センセーショナルに、“終りの日が来るぞ〰️”と、叫べば良いでしょうか?
神の愛の福音にすら、耳をかさない民には、そのような方法では、嘲られるばかりです。
御使いが、《書き記すな》と言われた通りです‼️
私達は、これからも、愚直なまでに、愛を持って友のために祈り、折りを得て、真実にイエス様の愛と十字架を、語ることで、友を家族を主のもとに連れてくる事です。
祈り続けましょう‼️
  ヨハネ黙示録  9章1節~21節

9:1 第五の御使いがラッパを吹いた。すると私は、一つの星が天から地に落ちるのを見た。その星には、底知れぬ所に通じる穴の鍵が与えられた。
9:2 それが底知れぬ所に通じる穴を開くと、穴から大きなかまどの煙のような煙が立ち上り、太陽と空はこの穴の煙のために暗くなった。
9:3 その煙の中からいなごが地上に出て来た。それらには、地のサソリが持っているような力が与えられた。
9:4 そして彼らは、地の草やどんな青草、どんな木にも害を加えてはならないが、額に神の印を持たない人たちには加えてよい、と言い渡された。
9:5 その人たちを殺すことは許されなかったが、五か月間苦しめることは許された。彼らの苦痛は、サソリが人を刺したときの苦痛のようだった。
9:6 その期間、人々は死を探し求めるが、決して見出すことはない。死ぬことを切に願うが、死は彼らから逃げて行く。
9:7 いなごたちの姿は、出陣の用意が整った馬に似ていた。頭には金の冠のようなものをかぶり、顔は人間の顔のようであった。
9:8 また、女の髪のような毛があり、歯は獅子の歯のようであった。
9:9 また、鉄の胸当てのような胸当てを着け、その羽の音は、馬に引かれた多くの戦車が戦いに急ぐときの音のようであった。
9:10 彼らはサソリのような尾と針を持っていて、その尾には、五か月間、人々に害を加える力があった。
9:11 いなごたちは、底知れぬ所の使いを王としている。その名はヘブル語でアバドン、ギリシア語でアポリュオンという。
9:12 第一のわざわいは過ぎ去った。見よ、この後、なお二つのわざわいが来る。
9:13 第六の御使いがラッパを吹いた。すると、神の御前にある金の祭壇の四本の角から、一つの声が聞こえた。
9:14 その声は、ラッパを持っている第六の御使いに言った。「大河ユーフラテスのほとりにつながれている、四人の御使いを解き放て。」
9:15 すると、その時、その日、その月、その年のために用意されていた、四人の御使いが解き放たれた。人間の三分の一を殺すためであった。
9:16 騎兵の数は二億で、私はその数を耳にした。
9:17 私が幻の中で見た馬と、それに乗っている者たちの様子はこうであった。彼らは、燃えるような赤と紫と硫黄の色の胸当てを着けており、馬の頭は獅子の頭のようで、口からは火と煙と硫黄が出ていた。
9:18 これら三つの災害、すなわち、彼らの口から出る火と煙と硫黄によって、人間の三分の一が殺された。
9:19 馬の力は口と尾にあって、その尾は蛇に似て頭を持ち、その頭で害を加えるのである。
9:20 これらの災害によって殺されなかった、人間の残りの者たちは、悔い改めて自分たちの手で造った物から離れるということをせず、悪霊どもや、金、銀、銅、石、木で造られた偶像、すなわち見ることも聞くことも歩くこともできないものを、拝み続けた。
9:21 また彼らは、自分たちが行っている殺人、魔術、淫らな行いや盗みを悔い改めなかった。
 2024年12月4日(水)リビングライフQT

《第五・第六のラッパによって現される災い。》
☆『第五のラッパ』
第一から第四のラッパは、地球環境に対する、厳しい災害でしたが、じわじわ迫ってくる終末の危機に関して、これらの災い(災害)は、終末の圧倒するばかりの迫りを、当然人々は予測するはずです。やがて、第五の御使いがラッパを吹き鳴らすと、いよいよ、恐るべき、人類に対する、直接の災いが覆い被さってきたのです。
野の草を食べ尽くす“イナゴ”が、人間に襲いかかり、サソリ()の様に刺して、人を苦しめ、しかも死が遠のいて、死なないまま苦しみ通す。
*《死なない》・・この苦痛は一体なんでしょう。それは、長い主の憐れみの歴史の中で、神は耐え忍んで、民の悔い改めに道を開き、待ち続けておられたのです‼️
今、改めて、この苦しみの中にも、死を遠ざけられて、かつて伝えられてた、福音(御子の十字架の贖罪)に、立ち返る時間と道を、備えられているのです‼️
更に、第六のラッパが吹き鳴らされると、四人の(滅ぼす)御使いが、先のラッパの苦しみで生き延びた人々に、更に激しい災いが・・・この災いは、死を伴う激しい殺戮で、人間の三分の一が殺される。残された人の数が30億人だったら、10億人が死ぬ
人々は前の災いの時代にも、福音に目覚めて、主の名を呼ぶことはできたのですが、
後の時代には最早、福音に生きる者は残されておらず、しかし、聞いた福音に対して、神に叫ぶことは出来るはずです、生き残ってこの災いに巻き込まれた彼らは・・・・
20節~悔い改めて自分達の手で造った物から離れず、
悪党どもや、金、銀、銅、石、木で造られた偶像・・・・を、拝み続けた。
終末に向けて、この様な世界に成っていく中に、どうして愛する方々を・心に掛かる人々を、残せましょう❗
愛する者への祈りと、導きに、更に更に、心とかして参りましょう。
 ヨハネ黙示録  8章1節~13節

8:1 子羊が第七の封印を解いたとき、天に半時間ほどの静けさがあった。
8:2 それから私は、神の御前に立っている七人の御使いたちを見た。彼らに七つのラッパが与えられた。
8:3 また、別の御使いが来て、金の香炉を持って祭壇のそばに立った。すると、たくさんの香が彼に与えられた。すべての聖徒たちの祈りに添えて、御座の前にある金の祭壇の上で献げるためであった。
8:4 香の煙は、聖徒たちの祈りとともに、御使いの手から神の御前に立ち上った。
8:5 それから御使いは、その香炉を取り、それを祭壇の火で満たしてから地に投げつけた。すると、雷鳴と声がとどろき、稲妻がひらめき、地震が起こった。
8:6 また、七つのラッパを持った七人の御使いたちは、ラッパを吹く用意をした。
8:7 第一の御使いがラッパを吹いた。すると、血の混じった雹と火が現れて、地に投げ込まれた。そして地の三分の一が焼かれ、木々の三分の一も焼かれ、すべての青草も焼かれてしまった。
8:8 第二の御使いがラッパを吹いた。すると、火の燃えている大きな山のようなものが、海に投げ込まれた。そして海の三分の一が血になった。
8:9 また、海の中にいる被造物で、いのちのあるものの三分の一が死に、船の三分の一が壊された。
8:10 第三の御使いがラッパを吹いた。すると、天から、たいまつのように燃えている大きな星が落ちて来て、川の三分の一とその水源の上に落ちた。
8:11 この星の名は「苦よもぎ」と呼ばれ、水の三分の一は苦よもぎのようになった。水が苦くなったので、その水のために多くの人が死んだ。
8:12 第四の御使いがラッパを吹いた。すると太陽の三分の一と、月の三分の一、また星の三分の一が打たれたので、それらの三分の一は暗くなり、昼の三分の一は光を失い、夜も同じようになった。
8:13 また私は見た。そして、一羽の鷲が中天を飛びながら、大声でこう言うのを聞いた。「わざわいだ、わざわいだ、わざわいが来る。地上に住む者たちに。三人の御使いが吹こうとしている残りのラッパの音によって。」
 2024年12月3日(火)リビングライフQT

これからの箇所は、被造物への、終末に神の捌きが始まり、その中で罪と悪への徹底した破壊が始まるのです。象徴的な事態の展開が広がるのです。

解説・霊的理解への、導きが、非常に難しい箇所です。
私は、これら象徴的な事体に対して、解釈を施しません。ただその事実のみを受け止めながら、必要な意味付けにのみ、コメントして参ります。
一つ一つの事象を、理解しょうとはせずに、やがて興り得る徴として、心に留めておきましょう。
*(3節)御使いが金の香炉を持って、神のみ座の前に立った‼️
その香炉から立ち上る煙は、《聖徒達の祈り》です。《聖徒達》と言うと、私達は、神の前に立つ最も清い選ばれた聖徒だ・・・と、思ってしまいますが、では、《聖徒達》って誰なんでしょう。どなたの祈りなのでしょう
それは✨貴方の祈りなのです。この金の香炉には、捧げられた宣教の祈り・終末に失われないようにと、魂の救いのための祈り、真理を知らずして迫害する人々への執り成し・・等々、愛に満ちた涙の執り成し、迫害の厳しい鞭を受けながらの、苦悩の祈り等々・・・その祈りは、神のみ座の前に立ち昇り(その祈りは神に届いているのです‼️)
これらの執り成しの祈りを燃やして来た香炉に祭壇の火を盛って(この火は裁きを表している)
地に投げ落とした。

聖徒の祈りに、心を変えなかった者達は、この香炉と共に、地に投げ落とされ、神の激しい怒りと裁きの序奏が、始まるのです。
ここで、聖徒の祈りが、いかに大切に受け入れられて、神の御座にまで届くかを、こうして知ることが出来るのです。愛する者のために・家族のために・大切な人の救い(永遠の命)のために祈ったことは、こうして神の御座にまで届けられているのです。諦めないでください‼️
*ラッパに始まる宣告
☆第一のラッパ・・・
自然界の植物の三分の一が焼かれた
☆第二のラッパ・・・海と海の中の生命の三分の一が壊された。
☆第三のラッパ・・・
地上の水源となる、水資源が毒に汚染され、多くの人が死んだ。
☆第四のラッパ・・・
天体の三分の一が、光を失い昼も夜も恐ろしい闇に覆われる。
☆更に、大きな声が、天空に響く‼️
『わざわいだ❗わざわいだ❗・・・・』
更に残りの御使いが、裁きを知らせるラッパを吹きならそうとされるのです‼️

聖書は、黙示録を通して、終りの時が来る
と、宣言し続けて来たのです。
今、私達は更に先を学びつつ、時の近い事を覚えて、主の業に励みましょう‼️
  ヨハネ黙示録  7章9節~17節

7:9 その後、私は見た。すると見よ。すべての国民、部族、民族、言語から、だれも数えきれないほどの大勢の群衆が御座の前と子羊の前に立ち、白い衣を身にまとい、手になつめ椰子の枝を持っていた。
7:10 彼らは大声で叫んだ。「救いは、御座に着いておられる私たちの神と、子羊にある。」
7:11 御使いたちはみな、御座と長老たちと四つの生き物の周りに立っていたが、御座の前にひれ伏し、神を礼拝して言った。
7:12 「アーメン。賛美と栄光と知恵と感謝と誉れと力と勢いが、私たちの神に世々限りなくあるように。アーメン。」
7:13 すると、長老の一人が私に話しかけて、「この白い衣を身にまとった人たちはだれですか。どこから来たのですか」と言った。
7:14 そこで私が「私の主よ、あなたこそご存じです」と言うと、長老は私に言った。「この人たちは大きな患難を経てきた者たちで、その衣を洗い、子羊の血で白くしたのです。
7:15 それゆえ、彼らは神の御座の前にあって、昼も夜もその神殿で神に仕えている。御座に着いておられる方も、彼らの上に幕屋を張られる。
7:16 彼らは、もはや飢えることも渇くこともなく、太陽もどんな炎熱も、彼らを襲うことはない。
7:17 御座の中央におられる子羊が彼らを牧し、いのちの水の泉に導かれる。また、神は彼らの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださる。」
 2024年12月2日(月)リビングライフQT

大いなる神のみ座の回りの様子が、更に明らかにされます。
白い衣を身にまとった群衆(聖徒)が・・・
『救いは、御座に着いておられる私たちの神と、子羊にある。』
この群衆は、数では表せない、何十万、何百万、否、そんな数の表現では表せない、天文学的数になりましょう‼️
ここは、天上界なのですから‼️
それに、この群衆は、御子イエスキリスト様がこの世に顕れた時から、終わりの日までに、その信仰のゆえに、迫害され、殺され、棄てられてきた聖徒たちなのですから‼️
地上の広場や、原野でさえも、収めきれないほどの、大群衆です。私はその様に想像しました。ヨハネの時代は未だ、百年経たない時代ですが、今や、その後にニ千年経過し、更に時は刻まれるのですから、その光景は、想像に余るものでしょう。
しかし、私たちが黙示録を通してこの様子を想像するとき、黙示録は、私たちの魂(霊)の目を、時間・空間の制約を越えて、開かれてくると信じながら、読み進んでいます。
私たちの経験は、心も知識も、制約されたもので狭められます。しかし、主の霊に触れて頂く時は、それらを遥かに超え、又、次元の制約さえも超えて、無窮(むきゅう)の拡がりをもって、聖書の記述を、そのまま心に理解させて下さいます‼️
恐れずに、魂の想像力を拡げて、ヨハネと共に、天の姿をしっかりと見つめましょう。
白い衣をまとった、群衆(聖徒達)は、その白い衣はただ白い衣として与えられた装束ではないのです。
それは、かつては汚れた者だったのが、御子イエスの流された血潮によって、洗われて白くされた衣なのです。
何と言う尊い装束なのでしょう。
二つとない《宝》です。彼らは信仰の故に迫害され、打たれ、殺され、飢え渇き命まで奪われたのです。
しかし、今や、子羊なる神の御子に招かれ、牧されて、涙をぬぐわれて、安らいでいるのです。
遂にその時《永遠》
の幕が切って落とされたのです‼️
  ヨハネ黙示録  7章1節~8節

7:1 その後、私は四人の御使いを見た。彼らは地の四隅に立ち、地の四方の風をしっかりと押さえて、地にも海にもどんな木にも吹きつけないようにしていた。
7:2 また私は、もう一人の御使いが、日の昇る方から、生ける神の印を持って上って来るのを見た。彼は、地にも海にも害を加えることを許された四人の御使いたちに、大声で叫んだ。
7:3 「私たちが神のしもべたちの額に印を押してしまうまで、地にも海にも木にも害を加えてはいけない。」
7:4 私は、印を押された者たちの数を耳にした。それは十四万四千人で、イスラエルの子らのあらゆる部族の者が印を押されていた。
7:5 ユダ族から一万二千人が印を押され、ルベン族から一万二千人、ガド族から一万二千人、
7:6 アシェル族から一万二千人、ナフタリ族から一万二千人、マナセ族から一万二千人、
7:7 シメオン族から一万二千人、レビ族から一万二千人、イッサカル族から一万二千人、
7:8 ゼブルン族から一万二千人、ヨセフ族から一万二千人、ベニヤミン族から一万二千人が印を押されていた。
 2024年12月1日(日)リビングライフQT

今日のテキストには、様々な御使い(天使)が登場しますが、“エンジェル”とも“天の使い”とも言われる存在は、どの様な者なのでしょう⁉️
この事について、説明を始めると、少し長くなるので、今回は避けますが、要するに、神の御業がなされるための、働きの助けをする(神の意図のままに)存在で、創造主なる神によって、創られた存在なのです。
1節ー2節では、これから地上に顕そうとされる、終末の《天変地異=全ての生けるものに降り注ぐ審判》の災いが始まる前に、地上に残る、多くの国民の中の、主に忠実であった、救われた人々と、主なる神の御心に叶わなかった人々とを、選別するための時、災いが、噴出するのを留め、自然界の怒りを抑える為に御使い達が用いられているのです。
一触即発という状況の中で、選び分けられる者が・・・・
  144,000人
    とあります。
この事から“終末論”という聖書解釈から、『あなたは144,000人の中に含まれますか⁉️と言う、真しやかな問いかけと、残され、選ばれるためには・・と、
様々な教えが、語られるのです。
しかし、恐れることはありますん。主の十字架の贖罪の恵みに与っている、確信に生きるなら、何も恐れることはないのです‼️
*イスラエルの12部族の名が挙げられていま
すが、この事については、イスラエルとは、かつて異邦人として区別されていた我々(異邦人)が、今や!《霊的イスラエル》と呼ばれ、イエス様の御血を受けた者は、神の選びの民として、受け入れられたのです。
その様な経緯から、ここでは、選びの民が、神の前に完全な満ちた数で、象徴的に、列挙されているのです
聖書の世界では《12》と言う数は、《完全》を意味し・・1,000もまたそうです。ですから
12×12×1,000=144,000
と言う完全数として表され、神のご計画で漏れるものはない‼️と言う私たちへのアピールを意味したものなのです。
実際にこの数だけしか、選ばれないのでしょうか? ノー❗
この数は、象徴的な数字なのです。
あなたが、今救いの確信に立って居られるなら‼️その確信を、揺るがせないように、護りつつ主の日を待ちましょう。恐れることはありません‼️
又、もし心《魂》に、不安や、傷(罪の意識)がある(気がついた)のなら、直ちに、十字架のもとに帰り、悔い改めて、主の御血に洗われて、新しくされましょう‼️
神の予断のない捌き(識別)の前に、身を置きつつ、栄光の赦しと、平安を護りましょう‼️