
力丸嗣夫師 リビングライフ LINE
(新改訳聖書2017)
北九州シオン教会
| ヨシュア記 11章1節~15節 11:1 ハツォルの王ヤビンはこのことを聞いて、マドンの王ヨバブ、シムロンの王、アクシャフの王、 11:2 また、北方の山地、キネレテの南のアラバ、シェフェラ、西方のドルの高地の王たち、 11:3 すなわち、東西のカナン人、アモリ人、ヒッタイト人、ペリジ人、山地のエブス人、ヘルモンのふもと、ミツパの地のヒビ人に人を遣わした。 11:4 彼らはその全陣営とともに出て来た。海辺の砂のように大勢の兵で、馬や戦車も非常に多かった。 11:5 これらの王たちはみな集まり、進んで行き、イスラエルと戦うためにメロムの水のほとりでともに陣を敷いた。 11:6 【主】はヨシュアに告げられた。「彼らを恐れてはならない。明日の今ごろ、わたしは彼らをことごとく、イスラエルの前で刺し殺された者とするからだ。あなたは彼らの馬の足の筋を切り、彼らの戦車を火で焼け。」 11:7 ヨシュアはすべての戦う民とともに、メロムの水のほとりにいる彼らを急襲した。 11:8 【主】は彼らをイスラエルの手に渡された。イスラエルは彼らを討ち、大シドンおよびミスレフォト・マイムまで、東の方ではミツパの谷まで彼らを追い、一人も残さず討った。 11:9 ヨシュアは【主】が告げられたとおりに彼らにした。彼らの馬の足の筋を切り、彼らの戦車を火で焼いた。 11:10 ヨシュアはそのとき引き返して、ハツォルを攻め取った。その王は剣で討った。ハツォルは当時、これらすべての王国の盟主だったからである。 11:11 ヨシュアたちはそこにいたすべてのものを剣の刃で討ち、聖絶した。息のある者は一人も残らなかった。彼はハツォルを火で焼いた。 11:12 ヨシュアは、これらの王たちのすべての町を攻め取り、そのすべての王たちを剣の刃で討ち、聖絶した。【主】のしもべモーセが命じたとおりであった。 11:13 イスラエルは、丘の上に立っている町々はどれも焼かなかった。ただし、ヨシュアは例外としてハツォルだけは焼いた。 11:14 これらの町々のすべての分捕り物と家畜を、イスラエルの子らは戦利品として自分たちのものとした。人間だけはみな剣の刃で討ち、根絶やしにした。息のある者は一人も残さなかった。 11:15 【主】がそのしもべモーセに命じられたとおりに、モーセはヨシュアに命じ、ヨシュアはそのとおりに行った。【主】がモーセに命じられたすべてのことばを、彼は一言も省かなかった。 |
2025年12月1日(月)リビングライフQT その後のイスラエルは、ギルガルから北へと進軍し、ガリラヤ湖、更に北のメロムの泉(ガリラヤ湖の六分の一ほどの湖) ☆ガリラヤ湖の大きさは、関門海峡ほどの広さです。 ☆死海は、有明海より少し広いほどの大きさです。 今日のイスラエルの闘いの行動範囲は、宿営地のギルガルから、北へ約120km北のハツォル・・・そこから更に北へ80kmの古代からの港湾都市 シドン ・・・・イスラエルの神が伴に居られなければ、果たして?この様な広範囲な、進撃は出来なかったでしょう。この地方は、アッシリア・バビロン・ペルシャ・・・等の古代統一国家が現れる前から、地域の小都市国家として、エリコと同様、この地域に割拠していた、人々でした。 平原の拡がる地での彼等の闘いは、鉄の武器と、戦車(車軸から長く飛び出した先に、強力な回転刃のある)を自由に操る、強力な軍隊でした。 その彼等を次々と撃滅して、勝利したのです。 勝利の記録の度に・・・ 《主のしもべモーセが命じた通りであった》とのコメントが・・・ 9節・・・12節・・・15節と、繰り返し、勝利の秘訣のコメントとして記録されています。 イスラエルは、これ等の闘いで、戦車も、武器も、最も大切な馬さえも、残さなかった。これはおどろくべき行為なのです。 如何に彼等が、神の御力のみを信じて闘い、結果として、軍備力に富もうとはしなかったのです。彼等の強さ、勝利の力は、優れた軍備ではなく、ただ神の御力と、導きだ‼️と、信じて止まなかったのです。 私達の力は、豊かさではなく、神への信頼と信仰なのです。私達の信仰の日々の記録も・・・・ 主が常に伴に居てくださったから・・・‼️ と、書き記したいですね。ハレルヤ‼️ |
| ヨシュア記 11章16節~23節 11:16 ヨシュアはこの全地、すなわち、山地、ネゲブの全地域、ゴシェンの全土、シェフェラ、アラバ、イスラエルの山地とそのシェフェラを奪い取った。 11:17 彼は、セイルへ上って行くハラク山から、ヘルモン山のふもとの、レバノンの谷にあるバアル・ガドまでを攻め取った。その王たちをことごとく捕らえ、彼らを討って殺した。 11:18 長い間にわたってヨシュアはこれらすべての王たちと戦った。 11:19 ギブオンの住民であるヒビ人以外に、イスラエルの子らと和を講じた町は一つもなかった。イスラエルの子らは戦って、すべてを奪い取った。 11:20 彼らの心を頑なにし、イスラエルに立ち向かって戦わせたのは、【主】から出たことであった。それは、彼らを容赦なく聖絶するため、【主】がモーセに命じられたとおりに彼らを根絶やしにするためであった。 11:21 そのときヨシュアは行って、アナク人を山地、ヘブロン、デビル、アナブ、ユダのすべての山地、イスラエルのすべての山地から断った。その町々とともにヨシュアは彼らを聖絶した。 11:22 こうしてアナク人は、イスラエルの子らの地には残らなかった。ただガザ、ガテ、アシュドデに残るのみとなった。 11:23 ヨシュアはすべて【主】がモーセに告げられたとおりに、その地をことごとく奪い取った。ヨシュアはこの地を、イスラエルの部族への割り当てにしたがって、相続地としてイスラエルに与えた。そして、その地に戦争はやんだ。 |
2025年12月2日(火)リビングライフQT 改めて今日の征服したリストを見ると、その広範囲さが解ります。地図で示めせませんが、ガリラヤ湖の北20kmにある、メロム湖の更に北方20kmにある、先住民の強大な拠点要塞の、ケデシュを撃滅したけれども、更に強力な先住民(強力な偶像信仰の民)から、イスラエルを護るために、この様な北方の地域まで、解放したのです。 なぜ❓❓❓先住の民を《聖絶》しなければならなかったのでしょう。 それはただ一つの理由です。神が作られた人類《人》が、創造主なる唯一の神(ヤッハウェ➡ヤーウェ)以外の・・・・人(間)が、想像したり、造(創)り出したり、自然・脅威現象・不思議な事象・物体(岩・大木・天体・高山・偉容な生物➡白蛇・白馬・・・etc.)又、偉大だった過去の偉人・先祖・現存している超優れた人・・・・・これ等を神として恐れ(畏れ)、神として敬い礼拝し、お祭りする・・・・・ 創造主のお心の痛みはいかばかりでしょう。 神は御自身の命(永遠)の息を吹き入れて、人は(あなたは)生かされているのです。 その《人》が、何を拝み、何に頼り、何を敬い、何に想いを告げているのでしょう 神は、当時の古代人類世界に、アブラハムを選び、彼をして、唯一真の創造者なる神を信じ敬い、この御方にのみ祈り問い掛け、命と力と、光とを求めるように・・・ と‼️選ばれたのです。かつてのアブラハムの世界が、今や極端な偶像の世界となったこの地域を、再び《創造主なる神》のみを知り、礼拝する世界として再生し、ここから、霊の再創造を御計画になられるのです。 何れにしても、創造主を神としない人(人類)は 、最後に《聖絶》 される審判が待っているのです。 旧約聖書は、《聖絶》の世界観です。しかし、その中から、慈しみに富む神は、愛と赦しを持って、人類(あなた・私・・・)を救うために、イエス・キリスト神の御子を、十字架の上で壮絶な《聖絶》の苦しみと断絶を負わせられて、この主イエス・キリスト=神の御子の身代わりの苦しみを信じ、主イエス様を神と信じる者に、滅びることのない、永遠の命を約束されたのです。 今、私達が《聖絶》として学んでいる歴史の根底に、神の永遠の愛と、救いのメッセージが、すり込まれているのです。 聖絶された地域は、正に、家族、親族、友人、知人の住む地への、救いと再生への神の御計画なのです。先ず第一に、あなたの中から、創造主(イエス・キリスト様)を第一として、信じ信頼し、この御方の導きを仰ぎつつ、神の国を拡げるために、友のため、家族のため、愛する人々のために、祈る日々としましょう。 ハレルヤ‼️ |
| ヨシュア記 12章1節~24節 12:1 ヨルダンの川向こう、日の昇る方で、アルノン川からヘルモン山までの全東アラバにおいて、イスラエルの子らが討ち、占領した地の王たちは次のとおりである。 12:2 ヘシュボンに住んでいた、アモリ人の王シホン。彼はアルノンの渓谷の縁にあるアロエルから、その渓谷の中、およびギルアデの半分、そしてアンモン人の国境ヤボク川まで、 12:3 またアラバ、すなわち、キネレテ湖の東まで、またアラバの海すなわち塩の海の東まで、ベテ・ハ・エシモテへの道まで、そして南はピスガの傾斜地のふもとまでを支配していた。 12:4 アシュタロテとエデレイに住む、レファイムの生き残りの一人である、バシャンの王オグの領土。 12:5 彼はヘルモン山、サルカ、ゲシュル人とマアカ人との国境に至るバシャンの全土、ギルアデの半分、ヘシュボンの王シホンの国境までを支配していた。 12:6 【主】のしもべモーセとイスラエルの子らは、彼らを討った。【主】のしもべモーセはルベン人とガド人と、マナセの半部族に、その地を所有地として与えた。 12:7 ヨルダン川のその反対側、西の方で、レバノンの谷のバアル・ガドから、セイルへ上るハラク山までで、ヨシュアとイスラエルの人々が討ったその地の王たちは、次のとおりである。ヨシュアはイスラエルの部族に、彼らへの割り当てにしたがって、この地を所有地として与えた。 12:8 この王たちは山地、シェフェラ、アラバ、傾斜地、荒野、ネゲブに住んでいて、ヒッタイト人、アモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人であった。 12:9 エリコの王、一人。ベテルの隣のアイの王、一人。 12:10 エルサレムの王、一人。ヘブロンの王、一人。 12:11 ヤルムテの王、一人。ラキシュの王、一人。 12:12 エグロンの王、一人。ゲゼルの王、一人。 12:13 デビルの王、一人。ゲデルの王、一人。 12:14 ホルマの王、一人。アラドの王、一人。 12:15 リブナの王、一人。アドラムの王、一人。 12:16 マケダの王、一人。ベテルの王、一人。 12:17 タプアハの王、一人。ヘフェルの王、一人。 12:18 アフェクの王、一人。シャロンの王、一人。 12:19 マドンの王、一人。ハツォルの王、一人。 12:20 シムロン・メロンの王、一人。アクシャフの王、一人。 12:21 タアナクの王、一人。メギドの王、一人。 12:22 ケデシュの王、一人。カルメルのヨクネアムの王、一人。 12:23 ドルの高地の、ドルの王、一人。ギルガルのゴイムの王、一人。 12:24 ティルツァの王、一人。全部で三十一人の王である。 |
2025年12月3日(水)リビングライフQT 今日のテキストは、モーセの後継者ヨシュアと、その民による、ヨルダン渡河に始まる、約束の地、カナン全域(南はネゲブ砂漠から北はヘルモン山麓のダン・・・南北300km・・東西120km)に至る征服の記録です。これは単に、イスラエルの領土奪取の、記録なのではなく、創造主である神の、人類創造の過程にある、救いの御計画の、非常に大切な、歴史の一ページなのです。その過程に或る戦い(戦争)は、どんなに美化しても、その苦しみ悼み凄惨さは、美化できるものではありません。 しかし、この一連の戦いは、人間(神の愛と慈しみで創られた)が、極端なまでに、創られた御方なる神に、叛き、《神》ならぬ神を゙神゙として崇め、自己欲求成就の道具としたことで、創造主なる神は、これ等偶像に生きる民を一掃し、この地を新たに、創造主なる神のみを信じる、聖なる地として、再生への御計画として進められたのです。 この、神の御計画の始まりは、更に千年先の、人類の罪からの救済(救い=人間創造の完成への道筋)の御計画へと、繫がれる歴史の始まりとなったのです。 ここに今朝展開された、イスラエルの勝利の記録としての、征服した地域と、先住民部族の、神に敵対した王の名前の列挙は、私達一人一人の救いに到る、歴史と重ねて、改めて今在る救いの人生と、永遠の命の完成を望み観る、感謝の記録と重ねたいですね。 ハレルヤ‼️ |
| ヨシュア記 13章1節~14節 13:1 ヨシュアは年を重ねて老人になっていた。【主】は彼に告げられた。「あなたは年を重ね、老人になった。しかし、占領すべき地は非常にたくさん残っている。 13:2 残っている地は次のとおりである。ペリシテ人の全地域、ゲシュル人の全土。 13:3 エジプトの東のシホルから、北は、カナン人のものと見なされているエクロンの国境まで、すなわち、ペリシテ人の五人の領主が支配する、ガザ人、アシュドデ人、アシュケロン人、ガテ人、エクロン人の地と、南のアビム人の地。 13:4 カナン人の全土とシドン人のメアラ、アモリ人の国境のアフェクまでの地。 13:5 ゲバル人の地と、ヘルモン山のふもとのバアル・ガドからレボ・ハマテまでの、レバノンの日の昇る方の全域。 13:6 レバノンからミスレフォテ・マイムまでの山地の全住民、すなわちすべてのシドン人。わたしは彼らをイスラエルの子らの前から追い払う。わたしがあなたに命じたとおり、あなたはその地をイスラエルに相続地としてくじで分けよ。 13:7 今、この地を九部族とマナセの半部族に相続地として割り当てよ。」 13:8 ルベン人とガド人はマナセの残りの半部族と並んで、ヨルダンの川向こうである東側で、モーセが自分たちに与えた相続地を受け取っていた。【主】のしもべモーセが彼らに与えたとおりである。 13:9 アルノンの渓谷の縁にあるアロエルから、その渓谷にある町、またディボンまでのメデバの全台地、 13:10 ヘシュボンで王であったアモリ人の王シホンの、アンモン人との国境までのすべての町、 13:11 ギルアデ、ゲシュル人とマアカ人の領土、ヘルモン山全域、サルカまでのバシャン全域、 13:12 アシュタロテとエデレイで王であった、バシャンのオグの王国全域。オグはレファイムの生き残りであった。モーセは彼らを討ち、追い払った。 13:13 しかし、イスラエルの子らは、ゲシュル人とマアカ人を追い払わなかったので、ゲシュルとマアカはイスラエルのただ中に住んだ。今日もそうである。 13:14 モーセは相続地をレビ部族だけには与えなかった。主が約束されたとおり、イスラエルの神、【主】への食物のささげ物こそが彼らへのゆずりの分である。 |
2025年12月4日(木)リビングライフQT 昨日は大まかに、拠点拠点の、諸部族諸王(王と言うより族長的支配者)を破り、町々を征服しましたが、未だ未だ周辺には、力で支配し、地域で偶像の力と影響力で支配する、民族的支配力を持つ民が、平定されずに、割拠し続けていたのです。 昨日広範囲の、地理的領域を示しましたが、それを一回り大きく包む、パレスティナと呼ばれる、約束の地は、更にこれから激しい闘いを展開しながら、勝ち取っていく過程と、12部族に分配する記録が 、更に続くのです。(降誕祭の記事を黙想する・・・23日~25日を除き・・・) 数こそ多いイスラエルですが、数百年に亘って生活し、町を国を城壁を築いてきた、強い偶像信仰(サタン的)の民と 対峙しての闘いは、イスラエルの民に、真の神への信頼と勝利への期待と信仰を培う、大切な時となったのです。その様な中で興った初期の闘いであった、アカンの不服従、祈りを欠いたアイとの闘いでの敗北・・・ こうして、イスラエルは、血を流しながら、悔い改めを重ねながら《真の神=創造主なる神》への、信頼と服従と信仰を培われたのです。 ア~メン‼️ |
| ヨシュア記 13章15節~33節 13:15 モーセは、ルベン部族の諸氏族に相続地を与えた。 13:16 彼らの地域は、アルノンの渓谷の縁にあるアロエルから、その渓谷にある町、またメデバの全台地、 13:17 ヘシュボンと、台地にあるすべての町、ディボン、バモテ・バアル、ベテ・バアル・メオン、 13:18 ヤハツ、ケデモテ、メファアテ、 13:19 キルヤタイム、シブマ、谷間の丘にあるツェレテ・ハ・シャハル、 13:20 ベテ・ペオル、ピスガの傾斜地、ベテ・ハ・エシモテ、 13:21 台地のすべての町、ヘシュボンで王であったアモリ人の王シホンの全王国。モーセはシホンと、その地に住む、シホンの首長であったミディアンの君主たち、すなわち、エウィ、レケム、ツル、フル、レバを討った。 13:22 これらの刺し殺された者に加えて、ベオルの子、占い師バラムをイスラエルの子らは剣で殺した。 13:23 ルベン族の地域は、ヨルダン川とその地域である。これがルベン族の諸氏族の相続地で、その町々とそれらの村々である。 13:24 モーセは、ガド部族、すなわちガド族の諸氏族に相続地を与えた。 13:25 彼らの地域はヤゼル、ギルアデのすべての町、アンモン人の地の半分で、ラバに面するアロエルまで、 13:26 ヘシュボンからラマテ・ハ・ミツパとベトニムまで、マハナイムからデビルの国境まで。 13:27 谷間ではベテ・ハ・ラム、ベテ・ニムラ、スコテ、ツァフォン。ヘシュボンの王シホンの王国の残りの地、すなわち、ヨルダン川とその地域では、ヨルダンの川向こう、東の方、キネレテ湖の端まで。 13:28 これがガド族の諸氏族の相続地で、その町々と村々である。 13:29 モーセは、マナセの半部族に相続地を与えた。それはマナセの半部族の諸氏族に属する。 13:30 彼らの地域はマハナイムからバシャン全域、バシャンの王オグの全王国、バシャンのハボテ・ヤイル全域にある六十の町、 13:31 ギルアデの半分、バシャンのオグの王国の町アシュタロテとエデレイ。これらは、マナセの子マキルの子孫、すなわち、マキル族の半分の諸氏族に属する。 13:32 これらは、ヨルダンの川向こう、エリコの東側にあるモアブの草原で、モーセが割り当てた相続地である。 13:33 レビ部族にはモーセは相続地を与えなかった。主が彼らに約束されたとおり、イスラエルの神、【主】が彼らへのゆずりである。 |
2025年12月5日(金)リビングライフQT 各部族への領地の配分は、どれ程難しかったことでしょう。 ※領地の広さ ※その中の町の数 ※耕作地の広さ ※滅ぼした民の残した物資 ※部族の人口・・・ これ等のバランスは、それぞれの部族が、これから負って立つ、地域再建の要となるのですから。民の中から不平や不満が出ない方が不思議なのですが、この事でヨシュア記には、全くトラブルや不満は出て来なかった…と記されています。 なぜ❓ この事に関して、リビングライフ誌には、次のようなエッセイが添えてありますので、お持ちの方は、39ペ~ジをご一読下さい。お持ちでない方のため、ここに転載させてただきます。 《黙想エッセイ》 ヨシュアは、イスラエルの民の各部族の相続地を任意に分け与えませんでした。神様の御前で『くじを引いて』分け与えました。各部族に分け与えられた「相続地」について、一度考えてみましょう。 聖書における「相続地」は、父祖から受け継がれた「遺産」の意味があります。お金や財産程度の意味ではなく、一人の人と共同体の精神的、物質的な土台を包括しています。その様な意味から、聖書における「相続地」は、荒野で神様がイスラエルのために降らせて下さった「マナ」の様なものです。種を撒いて収穫することの出来ない荒野において、マナは天から雨のように降ってくる恵みの糧でした。イスラエルの民は、その糧を食べながら、神の民として生きる訓練を受けました。彼等はその日に自分達が「食べる分だけ」集めなければなりませんでした。マナを通して経済的に平等な共同体を実現しなければならなかったのです。 神の民にとっての相続地は、出エジプト共同体の理想を実現するめぐみの手段でした。神様が与えてくださる「マナ」と「相続地」には、食べる分だけ食べ、持つ分だけ持ち、味わう分だけ味わい、神様が与えられたものに感謝しながら生きなさいと言う意味が込められています。 ・・・・エッセイの転載はここまで・・・・・ 彼等は、ヨシュアの導きに従って、粛々とそれを受け、新しい歴史を紡ぎ始めたのです。 神から出たものは、何一つ矛盾はない・・・‼️これこそ、イスラエル存続の底力となっていくのです。 私達の信仰生活は・・・ 神に信頼し、今在るそのままに歩み出す‼️そこに紅海は退き・・・ヨルダン川は堰留まり・・・・エリコの城壁は崩壊したのです。 あなたの行く末を主は今日も見守ってくださっています。 ア~メン‼️ |
| ヨシュア記 14章1節~15節 14:1 イスラエルの子らがカナンの地でゆずりとして受け継いだのは、次のとおりである。祭司エルアザルと、ヌンの子ヨシュアと、イスラエルの子らの部族の一族のかしらたちは、その地を彼らに 14:2 相続地としてくじで割り当てた。 【主】がモーセを通して、九部族と半部族について命じられたとおりである。 14:3 二部族と半部族には、ヨルダンの川向こうにモーセがすでに相続地を与え、レビ人には彼らの間に相続地を与えていなかった。 14:4 ヨセフの子孫はマナセとエフライムの二部族になっていたからである。また、レビ族には、住む町と所有する家畜の放牧地以外には、何の割り当て地も与えなかった。 14:5 イスラエルの子らは【主】がモーセに命じられたとおりに行い、その地を相続地として割り当てた。 14:6 ユダ族の人々がギルガルのヨシュアのところにやって来た。その一人ケナズ人エフンネの子カレブがヨシュアに言った。「【主】がカデシュ・バルネアで、私とあなたについて神の人モーセに話されたことを、あなたはよくご存じのはずです。 14:7 【主】のしもべモーセがこの地を偵察させるために、私をカデシュ・バルネアから遣わしたとき、私は四十歳でした。私は自分の心にあるとおりを彼に報告しました。 14:8 私とともに上って行った私の兄弟たちは民の心をくじきました。しかし私は、私の神、【主】に従い通しました。 14:9 その日、モーセは誓いました。『あなたの足が踏む地は必ず、永久に、あなたとあなたの子孫の相続地となる。あなたが私の神、【主】に従い通したからである。』 14:10 ご覧ください。イスラエルが荒野を歩んでいたときに、【主】がこのことばをモーセに語って以来四十五年、【主】は語られたとおりに私を生かしてくださいました。ご覧ください。今日、私は八十五歳です。 14:11 モーセが私を遣わした日と同様に、今も私は壮健です。私の今の力はあの時の力と変わらず、戦争にも日常の出入りにも耐えうるものです。 14:12 今、【主】があの日に語られたこの山地を、私に与えてください。そこにアナク人がいて城壁のある大きな町々があることは、あの日あなたも聞いていることです。しかし【主】が私とともにいてくだされば、【主】が約束されたように、私は彼らを追い払うことができます。」 14:13 ヨシュアはエフンネの子カレブを祝福し、彼にヘブロンを相続地として与えた。 14:14 このようにして、ヘブロンはケナズ人エフンネの子カレブの相続地となった。今日もそうである。彼がイスラエルの神、【主】に従い通したからである。 14:15 ヘブロンの名は、かつてはキルヤテ・アルバであった。これは、アルバがアナク人の中の最も偉大な人物であったことによる。こうして、その地に戦争はやんだ。 |
2025年12月6日(土)リビングライフQT ヨシュアによる、イスラエルの民の支配地の確定と、その全地域を分配する、重大な働きが始まります。 昨今、国土の占有が元で、哀しくも血なまぐさい闘いが、長く続いていますが、これからの通読箇所は、正に、かつてエジプトで奴隷だった民(イスラエル)が45年に亘る流浪の旅(民族移動)の果て、全く新しい土地(敢えて言えば500年前の、アブラハム時代の居住地)を、分割(配分)するのです。競争や争いや主張や抗議が噴出しても不思議ではない、イスラエル民族の、最も危機迫る事態なのです。 ところが、結論から言うと、素晴らしく平穏裏に、全部族がこの地に定住して、千年以上の繁栄をみるのです。 その様な、民の心意気の一端を物語るのが、今日のテキストです。 テキスト上の解説・・・ ①レビ族は~神の宮(この時代には未だ神殿はないので、神の箱を中心に、全部族の礼拝・祭・儀式全てを、司るため、所領は与えられなかった。他の全ての民が、レビ族の食料生活の一切を献げて保障された) ②ヨセフの部族は、450年前のイスラエル一族の救済(エジプト移住)の功績から、ヨセフの二人の息子(マナセ・エフライム)の二人に権利が与えられた。 さて、かつて、モーセによって、カナンの地を偵察に送られた中の一人エフンネの子《カレプ》が、ヨシュア(彼もまた、カレプと同じ調査隊の一人であった) に、願い出て、なお最強の先住民が支配し、険しい山岳地を、配分してください‼️と、申し出た物語です。 かつて、カデシュバルネアから送り出された、12人の調査隊(スパイ)の内10人が、『カナンの地に入るのは、余りにも無謀だ』と 報告して、民に不安と不信仰を植え付け、神の怒りをかって、それから40年という、さ迷いの歴史を産んだのです。その時、ヨシュアと カレプだけが、『これは神の闘いだ。神が導かれる。そこには、素晴らしい世界が用意されている‼️』と、報告したのです。 そのカレブが、今新たに、『最も困難な地を私に・・・』と申し出たのです。 85才になりましたが、私の力も気力も信仰も、衰えていない‼️…と 私達主のしもべ(クリスチャン)の、あるべき姿ですね。 私も今、85才❗ 来月には86才‼️ 思わず『アーメン‼️』と魂の中で叫びました。 外なる肉体は衰えても、魂は益々はつらつと、主の前に叫び告白し、讃美しましょう。 ハレルヤ‼️ |
| ヨシュア記 15章1節~12節 15:1 ユダ部族の諸氏族がくじで割り当てられた地は、エドムの国境に至り、その南端は、南の方のツィンの荒野であった。 15:2 南の境界線は、塩の海の端、南に面する入江から 15:3 アクラビムの坂の南に出てツィンを過ぎ、カデシュ・バルネアの南を上ってヘツロンを過ぎ、アダルへ上ってカルカへ回り、 15:4 アツモンを過ぎてエジプト川に出る。境界線の終わりは海である。これがあなたがたの南の境界線となる。 15:5 東の境界線は塩の海で、ヨルダン川の河口までとなる。北側の境界線は、ヨルダン川の河口、海の入江から始まる。 15:6 その境界線はベテ・ホグラを上り、ベテ・ハ・アラバの北を過ぎる。それから境界線はルベンの子ボハンの石を上る。 15:7 さらに境界線はアコルの谷間からデビルに上り、谷の南のアドミムの坂の反対側にあるギルガルに向かって北上する。それから境界線はエン・シェメシュの水を過ぎ、その終わりはエン・ロゲルであった。 15:8 さらに境界線はベン・ヒノムの谷を上ってエブス、すなわちエルサレムの南の傾斜地に至る。それから境界線は、ヒノムの谷を見下ろす西の方の山の頂、レファイムの谷間の北の端を上る。 15:9 さらに境界線は、この山の頂からメ・ネフトアハの泉の方に折れ、エフロン山の町々に出る。それから境界線はバアラ、すなわちキルヤテ・エアリムの方に折れる。 15:10 さらに境界線はバアラから西へ回ってセイル山に至り、エアリム山の傾斜地、すなわちケサロンの北側を過ぎ、ベテ・シェメシュに下り、ティムナを過ぎる。 15:11 そして境界線はエクロンの北の傾斜地に出る。それから境界線はシカロンの方に折れ、バアラ山を過ぎ、ヤブネエルに出る。境界線の終わりは海である。 15:12 西の境界線は大海とその沿岸である。これがユダ族の諸氏族の周囲の境界線である。 |
2025年12月7日(日)リビングライフQT 今朝のテキストは、イスラエルの民(アブラハム→イサク)の子供達の、12人の子孫が、イスラエルの民の12支族(部族)と呼ばれます。ただ、ヨセフは、最も父ヤコブから愛されたので、他の10人の兄たちから疎まれて、ある時、エジプトに奴隷として売られた それが切っ掛けとなって、長く続いた干ばつ飢饉を逃れて、ヤコブ一族はエジプトに逃れた。ところが、エジプトに奴隷として売られたヨセフは、神の慈しみに護られ数奇な運命に導かれ、エジプトのパロ(王)の、最も厚い信頼を受ける大臣となっていた。父ヤコブと兄達はそれと知らず、移住審査の面接時に、再会を果たし、それから約400年、ヤコブの家族は豊かなナイルデルタ地帯のゴセンの地に定着して、一大民族に増えたその数100万を超える民となり、イスラエルの人口増加に危機を感じたエジプト王(パロ)は、イスラエルの民を奴隷として圧迫。 民は苦悩の中から、神の人モーゼの指導で出エジプトを果たす。 彼等は45年の歳月を経て、約束の地カナン(パレスチナ)を征服したのです。 今や、この地を神の約束の地として、父祖アブラハムからの歴史を紡ぐための、各部族への、カナンの地の分割を始めたのです。 最初に、長男の部族のユダ族への分割の記録です。この分割は必ずしも、長男から始まる年功序列にはよらず、神の支持(くじ引き)、更に、部族毎に征服した地域も加味したり、神の主権的摂理によって、分割されていったのです。 ユダはその中で、広さでは最も広大な地域を得ましたが、多くは南の荒野を含み、エジプトとの国境を含む、防衛の要ともなったのです。 これから展開する、分割の記事は、隠れた神のご意志が形に表された、線引きで、イスラエルの民は、このヨシュアの采配を、神のご意志として受け容れ、新しい歴史へと進んでいくのです。 私達主の弟子と成った者も又、自らの思いを遂げることを優先せず、神の御心を見上げて、開かれる日々を、感謝と信仰を持って、歩みたいですね。 主よ、あなたが私に賜る地を確かに示してください。 アーメン‼️ |
| ヨシュア記 15章13節~19節 15:13 ヨシュアは自分への【主】の命により、エフンネの子カレブに、ユダ族の中でキルヤテ・アルバ、すなわちヘブロンを割り当て地として与えた。アルバはアナクの父である。 15:14 カレブはそこからアナクの三人の息子、シェシャイ、アヒマン、タルマイを追い払った。これらはアナクの子である。 15:15 そして彼は、そこからデビルの住民のところに攻め上った。デビルの名は、かつてはキルヤテ・セフェルであった。 15:16 そのときカレブは言った。「キルヤテ・セフェルを討って、これを攻め取る者に、私の娘アクサを妻として与えよう。」 15:17 カレブの同族ケナズの子オテニエルがそれを攻め取ったので、カレブは娘アクサを彼に妻として与えた。 15:18 嫁ぐとき、彼女は夫に、自分の父に畑を求めるようにしきりに促した。彼女がろばから降りると、カレブは「あなたは何が欲しいのか」と彼女に言った。 15:19 アクサは言った。「私にお祝いを下さい。ネゲブの地を私に下さるのですから、湧き水を下さい。」そこでカレブは上の泉と下の泉を彼女に与えた。 |
2025年12月8日(月)リビングライフQT 知恵ある者の求め❗かつて、モーセの時代に、長い荒野の旅で、民が約束の地に近付いた時、モーセは各部族から一人づつ勇士を選んで、カナンの地の状況を探りに行かせました。その時のメンバーの一人が、《カレブ》でした。昨日も学びましたが、彼は山岳地のヘブロン(キリアテ・アルバ)を攻め取り、更に周辺の町々を志願して攻略したのです。 この勇猛果敢な働きの陰に、カレブの信仰と心意気とを受け継ぐ゙オテニエル゙と言う部下がいたのです。その武勲の故に、カレブの娘を妻に与えたのです。 この妻が又、賢明で荒野の所領ネゲブに、広大な畑を開拓するために、湧き出る泉を二カ所求めたのです。この夫妻は、将来を見据えて、新しい世界を夢見ていたのです。 賢明な妻は、主からの贈り物です (箴言19:14) 今、目に見える時代・状況・立場など・・・マイナス要因の多い、日々の中で、私達は何を望み見ているでしょう。 主は何を見せてくださるでしょう❓ 主の御心を仰いで、正しい、豊かな、希望に満ちた願いを主に求めましょう。 主を仰ぎ見て 力を得よ 主は我が力 我が盾 主を仰ぎ見て 光を得よ 主が全てを 成し遂げられる 私に迫るどんな山も 超える力 与えて下さい 私が恐れず ただ主を信じ 進むことが 出来るように |
| ヨシュア記 15章20節~63節 15:20 ユダ部族の諸氏族の相続地は次のとおりである。 15:21 エドムの国境の方、ネゲブにあるユダ部族の最南端の町々はカブツェエル、エデル、ヤグル、 15:22 キナ、ディモナ、アデアダ、 15:23 ケデシュ、ハツォル、イテナン、 15:24 ジフ、テレム、ベアロテ、 15:25 ハツォル・ハダタ、ケリヨテ・ヘツロン、すなわちハツォル、 15:26 アマム、シェマ、モラダ、 15:27 ハツァル・ガダ、ヘシュモン、ベテ・ペレテ、 15:28 ハツァル・シュアル、ベエル・シェバ、ビズヨテヤ、 15:29 バアラ、イイム、エツェム、 15:30 エルトラデ、ケシル、ホルマ、 15:31 ツィクラグ、マデマナ、サンサナ、 15:32 レバオテ、シルヒム、アイン、リンモンである。合計二十九の町とそれらの村々。 15:33 シェフェラではエシュタオル、ツォルア、アシュナ、 15:34 ザノアハ、エン・ガニム、タプアハ、エナム、 15:35 ヤルムテ、アドラム、ソコ、アゼカ、 15:36 シャアライム、アディタイム、ゲデラ、ゲデロタイムである。十四の町とその村々。 15:37 ツェナン、ハダシャ、ミグダル・ガド、 15:38 ディルアン、ミツパ、ヨクテエル、 15:39 ラキシュ、ボツカテ、エグロン、 15:40 カボン、ラフマス、キテリシュ、 15:41 ゲデロテ、ベテ・ダゴン、ナアマ、マケダ。十六の町とその村々。 15:42 リブナ、エテル、アシャン、 15:43 エフタ、アシュナ、ネツィブ、 15:44 ケイラ、アクジブ、マレシャ。九つの町とその村々。 15:45 エクロンと、それに属する町々と、その村々。 15:46 エクロンから海まで、アシュドデに隣接したすべての町と、その村々。 15:47 アシュドデと、それに属する町々と、その村々。ガザと、それに属する町々と、その村々。エジプト川に至るまで、大海とその沿岸。 15:48 山地ではシャミル、ヤティル、ソコ、 15:49 ダンナ、キルヤテ・サナ、すなわちデビル、 15:50 アナブ、エシュテモア、アニム、 15:51 ゴシェン、ホロン、ギロ。十一の町とその村々。 15:52 アラブ、ドマ、エシュアン、 15:53 ヤニム、ベテ・タプアハ、アフェカ、 15:54 フムタ、キルヤテ・アルバ、すなわちヘブロン、ツィオル。九つの町とその村々。 15:55 マオン、カルメル、ジフ、ユタ、 15:56 イズレエル、ヨクデアム、ザノアハ、 15:57 カイン、ギブア、ティムナ。十の町とその村々。 15:58 ハルフル、ベテ・ツル、ゲドル、 15:59 マアラテ、ベテ・アノテ、エルテコン。六つの町とその村々。 15:60 キルヤテ・バアル、すなわちキルヤテ・エアリムと、ラバ。二つの町とその村々。 15:61 荒野ではベテ・ハ・アラバ、ミディン、セカカ、 15:62 ニブシャン、塩の町、エン・ゲディ。六つの町とその村々。 15:63 エルサレムの住民エブス人を、ユダ族は追い払うことができなかった。エブス人はユダ族とともにエルサレムに住んだ。今日もそうである。 |
2025年12月9日(火)リビングライフQT ユダ族は、12部族中最も広大な地域を、配分されました。 その町の数は全部で112であった。小規模な城壁のある町もあったですょしうが、多くは、集落、地域の集産地だったでしょう。一大農産地でした。これ等の地域は、北へ行くに従って、山岳地となり、そのピークが、エルサレムであった。、エルサレムの標高は凡そ800mです。カナンの地で最も高い場所なので、砦(外敵を見張る要衝)であった。ここには、先住民の《エブス人》が住み着き、イスラエルの民は彼等を追い払う事をせずに、融和共存したのです。この時代からタビデがこの地を完全制圧するまで、約500年間、共存は続きました。 しかし、ダビデの完全制圧後も、エブス人は、イスラエルの民と共存し、イスラエルの神に帰順して、主に仕えました。 創造主なる神は、神に敵対したり、偶像と共存したり、純粋な信仰に濁りをもたらす者には、徹底した裁き主ですが、悔い改めて、全ての不純と不信仰とを捨て去る者には、愛と慈しみを持って、包まれるお方なのです。 旧約の時代は、異邦の民は、割礼を受けることで、イスラエルに同化したのです。 今の時代の私達は、イエス・キリストの十字架の贖いを信じて、バプテスマを受けることによって、神の民とされるのです。 ア~メン‼️ 私達は、いま正に、神の民なのです‼️ |
| ヨシュア記 16章節1~10節 16:1 ヨセフ族にくじで当たった地の境界線は、エリコのあたりのヨルダン川からエリコの泉の東側へ、そして荒野の方へ向かい、エリコから上って山地のベテルに至り、 16:2 ベテルからルズに出てアルキ人の領土アタロテを過ぎ、 16:3 西の方、ヤフレテ人の領土に下り、下ベテ・ホロンの地境、さらにゲゼルに至る。その終わりは海である。 16:4 ヨセフ族、マナセとエフライムは自分たちの相続地を受け継いだ。 16:5 エフライム族の諸氏族の地域は、次のとおりである。彼らの相続地の領域は東の方、アテロテ・アダルから上ベテ・ホロンに至る。 16:6 そして境界線は西に向かい、さらに北方のミクメタテに出る。そこから境界線は東に回ってタアナテ・シロに至り、そこを過ぎてヤノアハの東に進み、 16:7 ヤノアハからアタロテとナアラに下り、エリコに達し、ヨルダン川に出る。 16:8 また境界線はタプアハから西へ、カナ川に向かう。その終わりは海である。これがエフライム部族の諸氏族の相続地である。 16:9 そして、マナセ族の相続地の中に、エフライム族のために取り分けられた町々、そのすべての町とそれらの村々がある。 16:10 ただし、彼らは、ゲゼルに住むカナン人を追い払わなかった。カナン人はエフライムのただ中に住んだ。今日もそうである。カナン人は強制労働に服すことになった。 |
2025年12月10日(水)リビングライフQT ヨセフ族への分配。ヨセフは、ヤコブの12人の兄妹の、11番目の子です。当時は、一夫多妻の時代で、ヤコブには一人の正妻(リベカ)がいましたが、彼女にはなかなか子が産まれなかったので、ヤコブの家に仕える、仕え女を通して次々子宝に恵まれました。男の子が10人になるまで、正妻のラケルには子が産まれず、遂に、11人めの男の子が正妻ラケルから産まれ、その名前が[ヨセフ]と命名されたのです。 このヨセフを父ヤコブは溺愛し、余りの溺愛が高じて、兄達の中に、[ヨセフ]が居なければ家庭は円満になる・・・と考え、10人の兄達の思いから、彼等が羊の群れを追って遠方にいた時、父からの使いでヨセフが一人で、兄達の所に遣わされました。兄達は彼を捕らえて、丁度通りかかったエジプトの隊商に、ヨセフを、奴隷として売ったのです。父には、野の獣に食べられたと、羊の血を塗ったヨセフの着物を、父に見せて、諦めさせた。 一方、ヨセフは数奇な運命に巡り合わせて、エジプトで奴隷の生活を転々としながら、ある時、エジプトのパロ(王)が夢を見て、その解き明かしを求めていた時、夢を解き明かす者がいる‼️と言う噂を聞いて、呼び出されたのが、獄中に幽閉されていた、『ヨセフ』だったのです。王の夢を解き明かし、そこに秘められていた、エジプトへの神の摂理の、内容に、パロは、行政の一切を、ヨセフに委ねる‼️と宣言して、ヨセフは、エジプトの最高位についたのです。 その頃中近東に世界的飢饉の拡がりがあり、パレスチナのヤコブの家族は、食料買い付けにエジプトに入国。 その事からヨセフとの再開を果たして、ヤコブ一家、大集団がエジプトに移住、その後約400年の年月の経過の中で、大集団となった異民族のヘブライ人(ヤコブの子孫)への、奴隷化と、圧迫で・・・モーセによる出エジプトとなるのです。 かつての、ヤコブがヨセフと再会したとき、死の間際に、遺言と予言的祝福の祈りの中で、将来、ヨセフの子孫が神からの最大の祝福を受けるように‼️と祈ったあの祈りが、今この様な分割あの時に、ヨセフの二人の息子の子孫(マナセ・エフライム)の二部族への、割譲となるのです。 人生は単に時間が流れる中で、生じる出来事ではなく、私達・家族親族・国・民族の時代の流れの中で、神の御計画の命が流れているのです。今あなたが踏み歩む日々が、神の御計画をどの様に示唆するか、私達には主権はないですが、私達の主なる神への真実な信仰と、従順が積み重なり、家系の歴史を、親族の歴史を、地域の歴史に、思いも掛けない祝福と神の御手に成る、栄光へと繫がるか計り知れません。 今日の主への真実な信仰と歩みが、歴史を編み込め一つの縦糸、横糸と成るとは、何と素晴らしい一時一時なんでしょう。 悩みも、歓びも、祈りも、感謝も、歴史の一コマとなって、繫いで参りましょう。 ハレルヤ‼️ 今一つ、今日のテキストの汚点は、10節に印されている・・・折角祝されたヨセフ族への分割の中で、彼等は(カナン人)を追い払わず、彼等を強制労働を負う民として、共存させることで、生活を豊かにしようと図ったことです。 この事が後に、イスラエルの生活の中に、偶像が忍び込んでくる、大きな陰となるのです。 |
| ヨシュア記 17章1節~13節 17:1 マナセ部族の地は次のとおりにくじで割り当てられた。マナセはヨセフの長子であった。マナセの長子で、ギルアデの父であるマキルは戦士であったので、ギルアデとバシャンが彼のものとなった。 17:2 残りのマナセ族の諸氏族、すなわち、アビエゼル族、ヘレク族、アスリエル族、シェケム族、ヘフェル族、シェミダ族にも割り当てられた。これはヨセフの子マナセの、男の子孫の諸氏族である。 17:3 マナセの子マキルの子ギルアデの子ヘフェルの子ツェロフハデには、息子がなく娘だけであった。娘たちの名はマフラ、ノア、ホグラ、ミルカ、ティルツァであった。 17:4 彼女たちは、祭司エルアザルとヌンの子ヨシュアと族長たちの前に進み出て言った。「【主】は、私たちにも自分たちの親類の間に相続地を与えるよう、モーセに命じられました。」ヨシュアは【主】の命により、彼女たちにも、彼女たちの父の兄弟たちの間に相続地を与えた。 17:5 マナセには、ヨルダンの川向こうのギルアデとバシャンの地のほかに、十の割り当て地があてがわれた。 17:6 マナセの女の子孫が、男の子孫の間に相続地を受け継いだからである。ギルアデの地はマナセのほかの子孫のものとなった。 17:7 マナセの境界線はアシェルからシェケムに面したミクメタテである。その境界線は南へ、エン・タプアハの住民のところに行く。 17:8 タプアハの地はマナセに属していたが、マナセの境界のタプアハはエフライム族に属していた。 17:9 そして境界線はカナ川を下る。川の南側にある町々は、マナセの町々の間にはあるが、エフライムに属している。マナセの地域は川の北側にある。その終わりは海である。 17:10 その南はエフライムのもの、北はマナセのものである。また海がその境界である。マナセは北でアシェルに達し、東でイッサカルに達する。 17:11 イッサカルとアシェルの中にある、ベテ・シェアンとそれに属する村々、イブレアムとそれに属する村々、ドルの住民とそれに属する村々、エン・ドルの住民とそれに属する村々、タアナクの住民とそれに属する村々、メギドの住民とそれに属する村々はマナセに属している。その三番目は高地である。 17:12 しかしマナセ族は、これらの町々を占領することができなかった。カナン人はこの地に継続して住んだ。 17:13 イスラエル人が強くなったときにはカナン人を苦役につかせたが、彼らを追い払うことはなかった。 |
2025年12月11日(木)リビングライフQT ✴出エジプトの原点となった、ヨセフの部族の、二部族に分割された、エフライムとマナセへの領地の割譲の記事。 神の御計画と支配(配慮)は、数百年という経過の中でも(昨日学びました様に)また、激動する、民俗歴史の変遷の中でも、複雑な歴史の闇に紛れることなく、神の一貫した御計画として、歴史の中に表わされるのです。 400年と言う時代の隔たりは、我々日本の歴史で言えば、現在を遡ってみると、安土桃山時代ですね。 丁度、ザビエルが鹿児島に来た時代・種子島にオランダ人が鉄砲を伝えた時代・大分の沖合にポルトガル人が漂着した時代です。(勿論この喩えは、この時代にイスラエルのこの物語が展開した・・・と言うのではなく、この聖書の物語は、遡ること3000年前です) この様な時代に、神の民への取り扱いは、男女の差別なく、古代社会で取り残されがちな、人々をそのままに為さらず、イスラエルの全ての民、家族、部族が、欠けることなく、神の祝福と恵みに与ることが、イスラエルの歴史なのです。 即ち、イスラエル民族の歴史は、神の人類への関わりのサンプルとしての、意味合いとメッセージと なって語られているのです。 その様な神の愛に満ちた導きの元で、マナセ族がそうであったように、エフライム族も又、カナン人を懐柔して、追放せずに、奴隷として神の民の中に、共存させたのです。イエス様の時代にもなお、マナセ族の中のペリシテ人、エフライム族の中のカナン人は、イスラエル社会の様々な問題の温床となっていました。 現在私達は、主の僕(クリスチャン)として、日常生活で妥協せずに、主への信仰の道を守り抜いてきたでしょうか?? 私達はこれからを、主に従って、礼拝・献身・証しの日々を、神の御言葉(聖書)の教えと導きの中に、しっかりと踏み歩んで参りましょう‼️ |
| ヨシュア記 17章14節~18節 17:14 ヨセフ族はヨシュアに告げた。「あなたはなぜ、私にただ一つのくじによる相続地、ただ一つの割り当て地しか分けてくださらないのですか。これほど数の多い民になるまで、【主】が私を祝福してくださったのに。」 17:15 ヨシュアは彼らに言った。「あなたが数の多い民であるのなら、森に上って行きなさい。そこでペリジ人やレファイム人の地を切り開くがよい。エフライムの山地はあなたには狭すぎるのだから。」 17:16 ヨセフ族は言った。「山地は私たちに十分ではありません。しかし、平地に住んでいるカナン人はみな、ベテ・シェアンとそれに属する村々にいる者も、イズレエルの平野にいる者も、鉄の戦車を持っています。」 17:17 ヨシュアはヨセフの家、すなわち、エフライムとマナセに言った。「あなたは数の多い民で大きな力がある。あなたには、くじによる割り当て地が一つだけではいけない。 17:18 山地もあなたのものとしなければならない。それが森だとしても切り開いて、その隅々まであなたのものとしなさい。カナン人が鉄の戦車を持っていても、強くても、あなたは彼らを追い払わなければならない。」 |
2025年12月12日(金)リビングライフQT ☆ヨセフ族の傲慢~ 彼等の部族は、マナセとエフライムの二人の子孫に継承されるのです。既に昨日と一昨日に、その所領は明らかにされましたが、彼等は不満を漏らしたのです。それは、最終的に分割された中では、その地域は広大ではありましたが、山岳地が多く、農業牧畜には、充分に開発されていない地域でした。しかも、山岳地には、カナン人が住んでいて、彼等は鉄の武器を持っていたのです。(因みにイスラエルの武器の多くは、青銅器の武器でした)とは言え、此までの45年に亘る、イスラエルの民の全行程で、主なる神がイスラエルの民を、どれ程護られ、支えられ、闘いにも圧倒的勝利を取らせたかを、体験してきたはずです。 ☆鉄の戦車を持つ軍団 ☆牧畜・耕作地が少ない ☆体格の優れた、カナン人 ・アナク人の支配下にある・・・ 等の理屈を並べて、尻込みと不平を鳴らしたヨセフ族(マナセ・エフライム)の抗議 ヨシュアは、彼等に・・・切り開いて、自ら支配地を拡げなさい。と励まし諌めたのです。 前にも述べたような、先祖ヨセフの功績を傘に着て、特権を行使しようとする彼等の姿は、余りにも、イスラエルの一体感を欠く行為ですね。 イスラエルの神が既に、彼等に与えると約束されている、カナンの地ですから、信仰に立って進むのが、彼らの信仰であるはずです。 この様な弱腰の中から、カナン人を懐柔した姿が浮き彫りになりますね。カナン人を懐柔したのは、決して、彼等を天地創造の唯一の神に帰順させ、[割礼]を受けさせて、神の民に受けいれたのではないのです。 妥協の産物となり、ソロモンの後の、南北分断国家になったとき、マナセ・エフライムの支配地は、サマリヤ(北イスラエル王国))となって、偶像のはびこる、異教的地域となり、そこから更に北にある、ガリラヤ地方の人々は、エルサレム詣でに行くとき、サマリヤを 迂回して、ヨルダン渓谷に沿って南下していたのです。 その様な中から 、イエス様もサマリヤを通過されずに、ガリラヤとの行き来をされといたのです。 この様な歴史的背景の中から、ヨハネ福音書4章の、サマリヤの女の救いのためにサマリヤを敢えて通られた主の愛により、1500年に亘る、信仰の孤立から、この地方が開放され、サマリヤのリバイバルとなったのです。その間のサマリヤ地方の神の民の妥協と、苦悩は1500年も続いたのです。 真っ直ぐに主なる神(今の私達にとっては救い主イエス・キリスト様)への信仰と、服従(聖書に従う日々)に は、マナセ・エフライムの道を採らないように、真っ直ぐに主イエス様を見上げて、勝利の日々を積み重ねましょう。ハレルヤ‼️ |
| ヨシュア記 18章1節~10節 18:1 イスラエルの子らの全会衆はシロに集まり、そこに会見の天幕を建てた。この地は彼らに服していたが、 18:2 イスラエルの子らの中に、相続地を割り当てられていない七部族が残っていた。 18:3 ヨシュアはイスラエルの子らに言った。「あなたがたの父祖の神、【主】があなたがたに与えられた地を占領しに行くのを、あなたがたはいつまで延ばしているのか。 18:4 部族ごとに三人の者を出しなさい。私は彼らを送り出そう。彼らが立ち上がってその地を行き巡り、自分たちの相続地にしたがってその地について書き記し、私のところに戻って来るためである。 18:5 彼ら自身でそれを七つの割り当て地に分割しなさい。ユダは南にある自分の地域にとどまり、ヨセフの家は北にある自分の地域にとどまる。 18:6 あなたがたはその地の七つの割り当て地を書き記し、私のところに持って来なさい。私はここで、私たちの神、【主】の前で、あなたがたのためにくじを引こう。 18:7 しかし、レビ人はあなたがたの間に割り当て地を持たない。【主】の祭司として仕えることが彼らへのゆずりだからである。ガドとルベンと、マナセの半部族は、ヨルダンの川向こう、東の方で自分たちの相続地を受けている。【主】のしもべモーセが彼らに与えたものである。」 18:8 その人たちは立って出て行った。その際ヨシュアは、その地について書き記すために出て行く者たちに命じた。「さあ、あなたがたはその地を行き巡り、その地について書き記し、私のところに帰って来なさい。ここシロで、【主】の前で、私はあなたがたのためにくじを引こう。」 18:9 その人たちは行って、その地を巡り、それぞれの町を七つの割り当て地に分けて書物に書き記し、シロの宿営にいるヨシュアのもとに来た。 18:10 ヨシュアはシロで、すなわち【主】の前で、彼らのためにくじを引いた。ヨシュアはそこで、彼らへの割り当てにしたがって、その地をイスラエルの子らに分割した。 |
2025年12月13日(土)リビングライフQT [シロ] そこは、未だエルサレムがエブス人の住む要塞の地として、征服される前だったので、イスラエルの魂(心)の拠り所となる、神の箱(契約の石の板=モ~セが神から頂いた、十戒を記した石板)は、エフライムに分割された『シロ』と言う町に置かれ、この町がヨシュアの司令基地となっていたのです。ここで政治(マツリゴト)が行われ、浄めの儀式が行われ、ここから兵が遣わされたのです。民は・・・・・ ☆カナンの地に入った・・・と言うことと ☆一部の部族に、既に土地や町の分割が成された・・・ 45年に亘る、過酷な移動の旅路が、緑に囲まれた、カナンの地に入ったことで、安堵の思いが魂を浸していたのかも知れません。 カナン人・ペリシテ人等を、征服する勢いに、疲れ始めていたのです。 ヨシュアは、再び残され地域を徹底して調査するように代表を遣わしました。 それは偵察ではなく、残された地域を熟知するための、調査だったのです。 ヨシュアはこの調査の報告の資料を参考にして、適材適所に、分配したのではないのです。 10節~ヨシュアはシロで、即ち主の前で《彼等のためにくじを引いた》のです。 《くじ》は、最も思惑が入らず、平等な結果に導かれる、最善の方法です。聖書の世界では、古代から、この方法が用いられています。 終戦直後の物資の少ない時代に、私の経験でも、30人のクラスに15足のズック(靴) 20冊のノ~トetc.が、無償で配布されたことがしばしばでした。そんな時に、必ずくじ引きで、分けられました。 当った友は大喜び、外れた友は、良かったね、良かったね・・・と、羨ましそうにノートを触ったり、靴を眺めたり・・・でも争いや、泣く子がいたりはなく、みんなしあわせでした。 私は余り当たった試しはなかったのですが、なんだか幸せが感じられました。 イスラエルの民は、神の前で、厳粛な面持ちで、くじで決まる瞬間は、どうだったでしょうね。 最も平等な方法で決められたとき、彼等は改めて、残された使命の重さを、実感したことでしょう。 即ち、神の導きへと、心を修正したのではないでしょうか。 私達のこれから残された人生の旅路に、疲れ、座り込まないように。主はあなたの道を更に導いて下さるのです。進む道に何時も主の選びと、ご同行があります。何故なら、主が、あなたのために開かれた道ですから‼️ |
| ヨシュア記 18章11節~28節 18:11 ベニヤミン部族の諸氏族のくじが引かれた。くじで当たった彼らの地域はユダ族とヨセフ族の間にあった。 18:12 北側の境界線はヨルダン川から始まる。その境界線はエリコの北の傾斜地に上り、西の方へ山地を上る。その終わりはベテ・アベンの荒野である。 18:13 さらに境界線はそこからルズに向かい、ルズの南の傾斜地を過ぎる。ルズはベテルである。それから境界線は、下ベテ・ホロンの南にある山の近くのアテロテ・アダルを下る。 18:14 さらに境界線は折れ、西側を、ベテ・ホロンの南向かいの山から南へ回る。その終わりはユダ族の町キルヤテ・バアル、すなわちキルヤテ・エアリムである。これが西側である。 18:15 南側はキルヤテ・エアリムの外れを起点とする。その境界線は西に出て、メ・ネフトアハの泉に出る。 18:16 さらに境界線は、レファイムの谷間にあるベン・ヒノムの谷を北から見下ろす山の外れへ下り、ヒノムの谷をエブスの南の傾斜地に下り、エン・ロゲルを下り、 18:17 北の方に折れ、エン・シェメシュに出て、アドミムの坂の反対側にあるゲリロテに出て、ルベンの子ボハンの石に下り、 18:18 アラバに面する傾斜地を北へ進み、アラバに下る。 18:19 そして境界線はベテ・ホグラの傾斜地を北へ進む。境界線の終わりは塩の海の北の入江、ヨルダン川の南端である。これが南の境界である。 18:20 ヨルダン川が東側の境界線である。これがベニヤミン族の諸氏族の相続地であり、その周囲の境界線である。 18:21 ベニヤミン部族の諸氏族の町々はエリコ、ベテ・ホグラ、エメク・ケツィツ、 18:22 ベテ・ハ・アラバ、ツェマライム、ベテル、 18:23 アビム、パラ、オフラ、 18:24 ケファル・ハ・アンモニ、オフニ、ゲバ。十二の町とその村々。 18:25 ギブオン、ラマ、ベエロテ、 18:26 ミツパ、ケフィラ、モツァ、 18:27 レケム、イルペエル、タルアラ、 18:28 ツェラ、エレフ、エブスすなわちエルサレム、ギブア、キルヤテ。十四の町とその村々。これがベニヤミン族の諸氏族の相続地である。 |
2025年12月14日(日)リビングライフQT ベニヤミン族で・・・・・・ この部族は、ヤコブの最も愛した正妻ラケルの 二人の子-ヨセフと最後に産まれた末っ子-で、かつて、ヨセフが兄達の悪い策略で、獣に食われて死んだ・・・と、知らされた父ヤコブは、後に産まれたベニヤミンを、ことのほか愛して大事にしていた。) この部族は人口が少なかったので、配分された地域は広くはなかったが、カナンの地で最も重要な地を占めていました。 カナンの地突入の最初征服した町、エリコ、続くアイ・・・北の端には、後にダビデによりエブス人を征服して勝ち取った、イスラエルの永遠の都[エルサレム]が在り、そこに至る道筋を付けた、大切な役割を果たしたのです。ベニヤミン族から、最初の王《サウル王》が輩出したのです。このサウル王時代に、少年ダビデが、ペリシテ人との闘いに難渋していた中から、巨人の勇士ゴリアテと対決して、此を倒し、サウル王に取り立てられ、ダビデの多くの武勲によって、王国の基礎が築かれたのです。 このダビデこそ、ユダ(ヤコブの 長子)の獅子と言われ、イスラエルの初代の王として、国を統一し、その末に、救い主イエス・キリスト様が御降誕されたのです。 ベニヤミン(族)は、エルサレム確率の要としての、立場と、後の護りの地として、その存在は大切な立場となったのです。 主なる神は、クジによって、後の基礎を、盤石の地として、確立されたのです。 私たちの人生の経過の中で、自らの目指したところとは違うことが起きても、主なる神にしっかりと繋がり・従い・ある時には、委ねて主の時を待つとき、神の国は、あなたの人生に・家庭に・職場に ・学校にその領域を広げられるのです。怖れず疑わず迷わず、主なる神の信頼と服従によって歩んで参りましょう。‼️ |
| ヨシュア記 19章1節~23節 19:1 二番目のくじはシメオン、すなわち、シメオン部族の諸氏族に当たった。彼らの相続地はユダ族の相続地の中にあった。 19:2 彼らの相続地はベエル・シェバ、シェバ、モラダ、 19:3 ハツァル・シュアル、バラ、エツェム、 19:4 エルトラデ、ベトル、ホルマ、 19:5 ツィクラグ、ベテ・マルカボテ、ハツァル・スサ、 19:6 ベテ・レバオテ、シャルヘン。十三の町とその村々。 19:7 アイン、リンモン、エテル、アシャン。四つの町とその村々。 19:8 これらの町々の周りにあって、バアラテ・ベエル、ラマテ・ネゲブにまで及ぶすべての村。これがシメオン部族の諸氏族の相続地である。 19:9 シメオン族の相続地はユダ族の割り当て地から取られた。ユダ族の割り当て地が彼らには広すぎたので、彼らの相続地の中にシメオン族は相続地を受けたのである。 19:10 三番目のくじはゼブルン族の諸氏族のために引かれた。彼らの相続地の領域はサリデに及んでいた。 19:11 境界線は西へ上って行き、マルアラに至り、ダベシェテに達し、またヨクネアムの向かいの川に達した。 19:12 サリデから反対方向へ、東、すなわち日の昇る方へ向かうと、キスロテ・タボルの地境に至り、ダベラテに出てヤフィアに上る。 19:13 そこから東、すなわち日の出る方へ進んで、ガテ・ヘフェルとエテ・カツィンを過ぎ、リンモンに出てネアの方に折れる。 19:14 北の境界線はそこでハナトンに回る。その終わりはエフタフ・エルの谷である。 19:15 カタテ、ナハラル、シムロン、イデアラ、ベツレヘム。十二の町とその村々。 19:16 これがゼブルン族の諸氏族の相続地であり、その町々とそれらの村々である。 19:17 四番目のくじはイッサカル、すなわち、イッサカル族の諸氏族に当たった。 19:18 彼らの地域はイズレエル、ケスロテ、シュネム、 19:19 ハファライム、シオン、アナハラテ、 19:20 ラビテ、キシュヨン、エベツ、 19:21 レメテ、エン・ガニム、エン・ハダ、ベテ・パツェツである。 19:22 その境界線はタボルに達し、シャハツィマとベテ・シェメシュに向かう。境界線の終わりはヨルダン川である。十六の町とその村々。 19:23 これがイッサカル部族の諸氏族の相続地であり、その町々とそれらの村々である。 |
2025年12月15日(月)リビングライフQT シメオン族の相続地は、既にユダ族が相続地として定められていた、死海の西に聳える高地から、地中海に拡がる広大な地域で、豊かな水のある川か流れ、海への出口まではないが、内陸の肥沃な地域をそのまま、割譲しているのです。 土地の境界は、しばしば対立抗争の火だねとなりやすいのですが、ユダも、割譲を受けたシメオンも、平穏事にこの決定を受け、これから数百年、争いのない平和な営みが、積み重ねられたのです。 更に、ゼブルン族・イッサカル族への割譲は、先にヨシュアによって線引きされ、広大なシャロン平原を確保しながらも、一方ヨルダン渓谷の切り立つ、ユダの荒野(主イエス様が40日の試練を受けられた)地域を含む、後のサマリヤ地方(北イスラエル王国の領土)を含むエフライム族・マナセ族の北部、ガリラヤ地方の湖畔の原野から、地中海に抜ける丘陵地帯を含む、イズレエル平原・・・・この地域は、後に、イエス・キリスト様の福音宣教の、福音発祥の地ともなるのです。 カナの婚宴・ガリラヤ湖の大漁・百人隊長の僕の癒し・少女の復活・・・ この様な様々な出来事が千数百年後に、次々と展開したこれ等の相続地域‼️ 未だ未だ、分割の記事は続くのですが、此れ等の記録の中には、《全く》不平・不満・抗議・落胆・離脱・・・・と言うような記録を見ることはないのです。 12部族全体で百数十万の人口になる民です。 平均的に分けても、一部族10万の人口です。 現代の地方の一つの市に相当する人口です。 家も無く、耕作地もなく、木を伐採する道具もなく、農機具もない民です。 つくづく、あの過ぎた40年~45年に亘る、荒野に生きぬいた彼等の経験は、この時のためだったと言えないでしょうか。 その様なことを思いながら、私達の信仰生活・社会生活の積み重ねの日々は、同じように生きて働いてきただろうか・・・・??? 日頃の信仰と祷りと主の御言葉に生きる、積み重ねが、あなたを強くし、平安を保ち、希望と勤勉と愛と赦しに富む、歴史(営み)を、産むのではないでしょうか。ハレルヤ‼️ |
| ヨシュア記 19章24節~51節 19:24 五番目のくじはアシェル部族の諸氏族に当たった。 19:25 彼らの地域はヘルカテ、ハリ、ベテン、アクシャフ、 19:26 アラメレク、アムアデ、ミシュアルである。西に向かってカルメルとシホル・リブナテに達し、 19:27 日の昇る方、すなわちベテ・ダゴンに戻り、ゼブルンに、さらに北の方でエフタフ・エルの谷に達し、ベテ・ハ・エメク、ネイエルを経て左の方、カブルに出て、 19:28 エブロン、レホブ、ハモン、カナを経て大シドンに至る。 19:29 その境界線はラマの方に戻り、城壁のある町ツロに至る。それから境界線はホサの方に戻る。その終わりは海である。マハレブ、アクジブ、 19:30 ウマ、アフェク、レホブ。二十二の町とその村々。 19:31 これがアシェル部族の諸氏族の相続地であり、その町々とそれらの村々である。 19:32 六番目のくじはナフタリ族に、すなわち、ナフタリ族の諸氏族に当たった。 19:33 彼らの地域は、ヘレフと、ツァアナニムの樫の木から、アダミ・ハ・ネケブ、ヤブネエルを経てラクムに至る。その終わりはヨルダン川である。 19:34 その境界線は西の方、すなわちアズノテ・タボルに戻り、そこからフコクに出て、南でゼブルンに達し、西でアシェルに達し、日の昇る方のヨルダン川でユダに達する。 19:35 城壁のある町はツィディム、ツェル、ハマテ、ラカテ、キネレテ、 19:36 アダマ、ラマ、ハツォル、 19:37 ケデシュ、エデレイ、エン・ハツォル、 19:38 イルオン、ミグダル・エル、ホレム、ベテ・アナト、ベテ・シェメシュ。十九の町とその村々。 19:39 これがナフタリ部族の諸氏族の相続地であり、その町々とそれらの村々である。 19:40 七番目のくじはダン部族の諸氏族に当たった。 19:41 彼らの相続地の領域はツォルア、エシュタオル、イル・シェメシュ、 19:42 シャアラビン、アヤロン、イテラ、 19:43 エロン、ティムナ、エクロン、 19:44 エルテケ、ギベトン、バアラテ、 19:45 エフデ、ベネ・ベラク、ガテ・リンモン、 19:46 メ・ハ・ヤルコン、ラコン、およびヤッファに面する地域である。 19:47 ダン族の地域は彼らから失われたので、ダン族は上って行き、レシェムと戦った。彼らはそこを取り、剣の刃で討つと、これを占領してそこに住み、自分たちの先祖ダンの名にちなんでレシェムをダンと呼んだ。 19:48 これがダン部族の諸氏族の相続地であり、その町々とそれらの村々である。 19:49 地を地域ごとに相続地として割り当て終えたとき、イスラエルの子らは、自分たちの間に一つの相続地をヌンの子ヨシュアに与えた。 19:50 【主】の命により、ヨシュアが求めた町、すなわち、エフライムの山地にあるティムナテ・セラフを彼に与えた。彼は町を建てて、そこに住んだ。 19:51 これらは祭司エルアザル、ヌンの子ヨシュア、そしてイスラエルの諸部族の一族のかしらたちが、シロにおいて会見の天幕の入り口、すなわち【主】の前で、くじによって割り当てた相続地である。彼らは地の割り当てを終えた。 |
2025年12月16日(火)リビングライフQT 今日も又、相続地の記録で、町の名前や、領域の地域名が、次々展開しますが、古代のパレスティナの地図でもなければ、到底状況理解は困難ですね。 私自身も、詳しい聖書地図で参照しながらでも、聖書本文の記述で、地図に出ていないものも多々ありました。 このコメントを書くのが、遅きに失しましたが御赦し下さい。 さて、今日の長いテキストの殆どが地名となっていますが、地図と向き合うことが出来る方は、見付けてみてください。 しかし、今日の話題には、二つの大切な、黙想の課題となる記述があります。 ①ダン部族の件です。 ダン族は、エフライム・ユダ・ベニヤミンの三部族に囲まれた地域を相続しましたが、彼等はその地のカナン人を征服することが出来ず(と言うことは、この地域は平原で、住みやすく、余り積極的にカナン人への闘いを進めなかったため、間もなく、彼等はその相続地を失ったのです。 後になって、彼等は、遙か220kmも北方のヘルモン山の裾に拡がる地方に、軍を送って、最後に相続地を確保したのです。 私達の信仰生活において、日毎の忠実な主との交わり・祈り・御言葉に聴く・主なる神への礼拝を護る ・・・こうした忠実な信仰生活の積み重ねが疎かにされるなら、私達の信仰生活の、豊かなめぐみは、勝ち取れずに、様々な闘いと誘惑に捕らわれて、勝利の日々が失われていくのです。 今一つの物語は、 ② 49節~51節に記録された、最後の相続地の記録‼️ 何と、それは・・・モーセの後を受け継いで、これまでの過酷な、カナン征服の闘いを導いてきた指導者《ヨシュア》への相続地の分割記録です。 全ての部族は、神からの 約束された地を得たにもかかわらず、指導者ヨシュアの領地は、未だ得られてなかったのです。 ヨシュアはこの時相当な高齢となっていましたが、最後まで民の新しい歴史の起点となる、領土の分配に総力を挙げ、新しい歴史の基盤構築に、全存在をかけて主なる神と対座して指導してきたのです。 これこそ、本当の指導者の姿ですね。 彼はモーセを観てきました。主なる神とモーセの一体の姿を、そのままヨシュアは、歩み続けたのです。 何と言う指導者でしょう。 深い感動を持って、今日のメッセ~ジを閉じましょう。 |
| ヨシュア記 20章1節~9節 20:1 【主】はヨシュアに告げられた。 20:2 「イスラエルの子らに告げよ。『わたしがモーセを通してあなたがたに告げておいた、逃れの町を定めよ。 20:3 意図せずに誤って人を打ち殺してしまった殺人者が、そこに逃げ込むためである。血の復讐をする者から逃れる場所とせよ。 20:4 人がこれらの町の一つに逃げ込む場合、その人はその町の門の入り口に立ち、その町の長老たちに聞こえるようにその事情を述べよ。彼らは自分たちの町に彼を受け入れ、彼に場所を与える。そして彼は彼らとともに住む。 20:5 たとえ血の復讐をする者が彼を追って来ても、その手に殺人者を渡してはならない。彼は隣人を意図せずに打ち殺してしまったのであって、前からその人を憎んでいたわけではないからである。 20:6 その人は会衆の前に立ってさばきを受けるまで、あるいはその時の大祭司が死ぬまでその町に住む。その後で、殺人者は自分の町、自分の家、自分が逃げ出した町に帰って行くことができる。』」 20:7 彼らはナフタリの山地のガリラヤのケデシュ、エフライムの山地のシェケム、ユダの山地のキルヤテ・アルバ、すなわちヘブロンを聖別した。 20:8 ヨルダンの川向こう、エリコの東の方ではルベン部族から台地の荒野のベツェルを、ガド部族からギルアデのラモテを、マナセ部族からバシャンのゴランをこれに当てた。 20:9 これらはすべてのイスラエルの子ら、および彼らの間に寄留している者のために設けられた町である。すべて、誤って人を打ち殺してしまった者がそこに逃げ込むためであり、会衆の前に立たないうちに、血の復讐をする者の手によって死ぬことがないようにするためである。 |
2025年12月17日(水)リビングライフQT 全ての部族への居住地の割り当てが成された後、《主が》ヨシュアに告げられた規定は、 《逃れの町》の定めでした。 古代人類社会の中で、非常に厳しい定めは、人が人を殺(あや)める事への、後戻りのない厳しい[定め]でした。 それは、古代バビロニア帝国を築いた「ハンミラビ王」が定めた[ハムラビ法典](BC.1800年頃)と言う、今日に至る法治制度の原点ともなった、法律の条項の中で・・・・ 眼には目を・・・歯には歯を・・・と言うフレーズ(文言)で知られる、加害者に対する、被害者の報復の規定でした。 今でも、この言葉は、様々な形で語られますね。 報復の行為は、法の元で正当な行為として、罪に問われなかったのです。 ところが、《死》を伴う報復は、二度と取り返せない禍根となるので、 神がモーセを通して民に与えられた、規定の中で、引き返しの出来ない・[報復]には、相手に反省と償いの機会を与え、被害者の親族には、《赦しと寛容》によって、時間を掛けて解決に至る道筋を、拓く規定としたのです。 この様な規定を土台として、《贖い》と言う概念=考え方・・が、生まれ、それを身をもって、全人類の全ての罪に対する《贖い》として、神の御子イエス・キリストが、御自身の命を身代わりとして、イエス様の十字架の死を私のため‼️として信じる者を、あらゆる罪から解放されたのです。 今や、ゴルゴタの丘=十字架の立てられた場所が、《逃れの町》となって、新たな人生が始まるのです。 又、この規定の中には、・・・6節~大祭司の死ぬまで、その町に留まる事で、報復を免れるとされといますが・・・大祭司が死ぬと、全てから赦されて、罪に問われない‼️ これこそ・・・・・・ 大祭司と言われたイエス・キリスト様の十字架の死によって、全ての罪から解きはなたれる‼️と言う、新約聖書の《福音》そのものを、余表(指し示す)しているのです。 ハレルヤ‼️ 最後に今一つ、この規定の中に、顕されているのは、この規定の対象者は、イスラエルの民のみではなく、寄留の異邦人も又包括されている❗と言う、福音です。信じる者(創造主なる神を・イエスキリストを)は、全て永遠のみ腕に抱かれて、永遠の命に甦る‼️と、聖書は、この時代(BC.3500年)から、語り告げられてきたのです。何故ならこれは創造主なる神の、永遠の御計画ですから。アーメン‼️ |
| ヨシュア記 21章1節~7節 21:1 レビ人の一族のかしらたちは、祭司エルアザル、ヌンの子ヨシュア、そしてイスラエルの人々の部族の、一族のかしらたちのところに近寄って来て、 21:2 カナンの地のシロで彼らに告げた。「【主】は、住む町と家畜の放牧地を私たちに与えるよう、モーセを通して命じられました。」 21:3 イスラエルの子らは【主】の命により、自分たちの相続地から次の町々とその放牧地をレビ人に与えた。 21:4 ケハテ人諸氏族のためにくじが引かれた。ユダ部族、シメオン部族、ベニヤミン部族から、くじによって十三の町がレビ人の祭司アロンの子らのものになった。 21:5 エフライム部族の諸氏族、ダン部族、マナセの半部族から、くじによって十の町が、残りのケハテ族のものになった。 21:6 イッサカル部族の諸氏族、アシェル部族、ナフタリ部族、バシャンのマナセの半部族から、くじによって十三の町がゲルション族のものになった。 21:7 ルベン部族、ガド部族、ゼブルン部族から、十二の町がメラリ人の諸氏族のものになった。 |
2025年12月18日(木)リビングライフQT 12部族は、 アブラハム→イサク→ヤコブ・・・ このヤコブに生まれた12人の男子が、やがてイスラエルの12部族の民となりました。 その中で、長いエジプト在住中の(約400年) BC1700年半ば~出エジプトBC1300年半ばの約400年の間に・・・即ち、エジプト中王朝から→新王朝の時代に、数百人の、ヤコブの大家族が、120万を超える大民族に増えていたのです。 さて、出エジプトを果たした、モーセと兄のアロンは、レビ族の末裔で、出エジプトに際して、神は・・・ ☆モーセを 指導者として ☆アロンを 祭司として 用いられ、この時以来《レビ》の、部族を祭司の部族として定め、シナイ山で与えられた十戒を刻んだ石板を始め、神に仕える(燔祭と礼拝と祈りの時に用いる器具全てを、運び管理し護る役割を果たしていたのです。その為、カナンの地に入っても、闘いには参加せず、士気を奮い立たせるための、目視できる徴として、戦場の高いところに指導者ヨシュアと共に立ったのです。 因みにヨシュアは、ヨセフ族の二つの別れの、エフライム部族の末裔です。 全ての部族への領地の配分が定まった時、レビ族は、他の全ての部族の長達に訴えて、祭司の部族の身を置く (彼等も又日常的に、農地と牧畜のための牧草地が必要でした) 領地を必要としたのです。 昨日逃れの町の制度が指定されましたが、それ以外にも、彼等の生活の営みのために必要な所領を求めたのです。それはある一つのまとまった地域ではなく、 ヨシュアと、族長達は自分達の所有する地域の中から、それぞれ、町を指定して、その町とその周りの牧草地を、差し出したのです。 こうして、彼等は、自らの所領の中で、祭司による、真の神の導きと、祭事の執行と民のもめ事への裁きを司る働きを進めたのです、こうして独立した新しい、神政国家の原型が生まれたのです。 このイスラエルの神政国家は、間もなくダビデにより、王国となりこの制度は引き継がれ、更にソロモン後の南北分裂国家となった後も、 紀元70年のローマ帝国による、エルサレムの徹底した破壊に至るまでの、1500年に亘って、このパレスチナからアジア・ヨーロッパ・アフリカへと、彼等は、創造主なる神の信仰(一神教)を、確立する使命を果たしたのです。 世界に類を見ない、神の御計画の民の土台がこの様にして、生まれたのです。 |
| ヨシュア記 21章8節~26節 21:8 イスラエルの子らは、【主】がモーセを通して命じられたとおりに、次の町々とその放牧地をくじによってレビ人に与えた。 21:9 ユダ部族、シメオン部族からは次に名を挙げる町を与えた。 21:10 これらは、レビ族に属するケハテ人諸氏族の一つ、アロンの子らのものになった。最初のくじが彼らに当たったからである。 21:11 彼らにはユダの山地にあるキルヤテ・アルバ、すなわちヘブロンとその周囲の放牧地を与えた。アルバはアナクの父である。 21:12 しかし、この町の畑と村々はエフンネの子カレブに、その所有地として与えた。 21:13 祭司アロンの子らに与えられたのは、殺人者の逃れの町ヘブロンとその放牧地、リブナとその放牧地、 21:14 ヤティルとその放牧地、エシュテモアとその放牧地、 21:15 ホロンとその放牧地、デビルとその放牧地、 21:16 アインとその放牧地、ユタとその放牧地、ベテ・シェメシュとその放牧地。これら二部族から与えられた九つの町である。 21:17 またベニヤミン部族の中からのギブオンとその放牧地、ゲバとその放牧地、 21:18 アナトテとその放牧地、アルモンとその放牧地の四つの町である。 21:19 アロンの子らである祭司たちの町は、全部で十三の町とその放牧地である。 21:20 レビ人であるケハテ人諸氏族に属する、ケハテ人の残りには、エフライム部族から、くじによって次の町々が与えられた。 21:21 彼らに与えられたのは、エフライムの山地にある殺人者の逃れの町シェケムとその放牧地、ゲゼルとその放牧地、 21:22 キブツァイムとその放牧地、ベテ・ホロンとその放牧地の四つの町。 21:23 またダン部族からエルテケとその放牧地、ギベトンとその放牧地、 21:24 アヤロンとその放牧地、ガテ・リンモンとその放牧地の四つの町。 21:25 またマナセの半部族からタアナクとその放牧地、ガテ・リンモンとその放牧地の二つの町。 21:26 残りのケハテ族の諸氏族には、全部で十の町とその放牧地が与えられた。 |
2025年12月19日(金)リビングライフQT 更にレビ族(祭司の部族)への所領の配分が成された記録の追加です。 昨日からの記録と今日の分を合わせると、67の町になります。町と言っても、集落のような町も多かったでしょう。 明日の記録には、更に25の町が追加されますから、併せて、レビ族の落ち着く町は、全イスラエル(カナン全域に)92の町に分散したのです。 これは正に、部族の勢力範囲ではなく、この部族に与えられた、神からの使命、即ち、イスラエルの民の信じる神と民の間の、あらゆる信仰行事や、 儀式や、慶弔時の祭事の執行・争いの仲介・等々、広大なカナンの地全域の政(マツリゴト)を、行うことが出来る体制となったのです。 それはあたかも、今日の教会が、様々な形で地域(日本)全体に、散らばって存在しているような姿にも似ていますね。こうして、イスラエルが世界の全民族(人類)に、真の神=創造主なる神の御存在と、その聖さ、義しさ、慈しみ、栄光‼️・・・を、顕すための゙福音゙の源として、イスラエルを立てられたのです。 彼等を通して顕された福音(愛と赦しと義)を、やがて神の御子イエス・キリストが、具体的に世に顕されたのです。それが新約聖書に示された、永遠の救いの福音なのです。 今の教会(私達クリスチャン)は、この《福音》を担うように、あらゆる時代に、そして、今の世に・・・・ |
| ヨシュア記 21章27節~45節 21:27 レビ人の諸氏族の一つゲルション族に与えられたのは、マナセの半部族から、殺人者の逃れの町バシャンのゴランとその放牧地、ベエシュテラとその放牧地の二つの町。 21:28 またイッサカル部族からキシュヨンとその放牧地、ダベラテとその放牧地、 21:29 ヤルムテとその放牧地、エン・ガニムとその放牧地の四つの町。 21:30 またアシェル部族からミシュアルとその放牧地、アブドンとその放牧地、 21:31 ヘルカテとその放牧地、レホブとその放牧地の四つの町。 21:32 またナフタリ部族から、殺人者の逃れの町であるガリラヤのケデシュとその放牧地、ハモテ・ドルとその放牧地、カルタンとその放牧地の三つの町。 21:33 ゲルション人の諸氏族の町は、全部で十三の町とその放牧地である。 21:34 レビ人の残りのメラリ人諸氏族に与えられたのは、ゼブルン部族から、ヨクネアムとその放牧地、カルタとその放牧地、 21:35 またディムナとその放牧地、ナハラルとその放牧地の四つの町。 21:36 またルベン部族からベツェルとその放牧地、ヤハツとその放牧地、 21:37 ケデモテとその放牧地、メファアテとその放牧地の四つの町。 21:38 ガド部族から殺人者の逃れの町、ギルアデのラモテとその放牧地、マハナイムとその放牧地、 21:39 ヘシュボンとその放牧地、ヤゼルとその放牧地、これら四つの町すべて。 21:40 これらの町はすべて、レビ人の諸氏族の残りの、メラリ族の諸氏族のものであり、くじによって与えられた十二の町である。 21:41 イスラエルの子らの所有地の中で、レビ人の町は全部で四十八の町とその放牧地である。 21:42 これらの町はそれぞれその周囲に放牧地があった。これらの町はすべてそうであった。 21:43 【主】は、イスラエルの父祖たちに与えると誓った地をすべて、イスラエルに与えられた。彼らはそれを占領し、そこに住んだ。 21:44 【主】は、彼らの父祖たちに誓ったように、周囲の者から守って彼らに安息を与えられた。すべての敵の中にも、一人として彼らの前に立ちはだかる者はいなかった。【主】はすべての敵を彼らの手に渡された。 21:45 【主】がイスラエルの家に告げられた良いことは、一つもたがわず、すべて実現した。 |
2025年12月20日(土)リビングライフQT レビ族への相続地は、この様にして、各部族から進んで申し出て、レビ人の町となったのは、48の町でした。昨日書いた数字は二重に重なったり、牧草地だけの提供だったりも在り、最終的には(41節)に集計されたように、48の町となりました。 これだけの広大な地域を各部族が、惜しげもなく提供したのには、多くの闘いを経て、その闘いの中で、レビ族の存在(ある意味で戦勝祈祷に撤して、精神的な背後の力となっていた事への祈りの力)を実感したからでしょう。 正に、イスラエルは、それぞれ独立した、12の部族に分かれており、独立した指揮系統(政治形態)をもっていたのですが、彼等の一糸乱れない関係性と、ただ御一方の神を信じる信仰の一致が、その底力と成っていたのです。 今の私達の教会・・・カソリック・プロトスタント・聖公会(アングリカン・コミュニオン=英国国教会)・・・更に諸教派・・・世界人口の30%強で、諸宗教の中で最多です。しかし悲しいことに、教会同士の争いから国と国の戦争があったり、教派同志の軋轢で醜い争いが歴史の中で展開してきました。☆カトリックとユダヤ教は繫がりました。 ☆カトリックとプロテスタントは一致しました。 しかしその中で、未だに教派間の争い・不一致・分裂のニュースは後を絶ちません。 今新たにイスラエルの太古の姿に、学びたいですね。攻めて、今の私達の間にでも・・ 神は、彼等イスラエルの民の、一致の歩みに対して・・・・ 43節~44節 : 主は、イスラエルの父祖達に誓った地はすべて、イスラエルに与えられた。 45節 : 主がイスラエルの家に告げられた良いことは、一つもたがわず、すべて実現した。 何と言う結びの言葉に顕されたように、主の証の教会として、御互いの中から一つに結ばれて参りましょう。 信仰の一致の《実》ですね。 終末の時代にある我々は、学ばねばなりませんね。 アーメン‼️ |
| ヨシュア記 22章1節~9節 22:1 そのとき、ヨシュアはルベン人、ガド人、およびマナセの半部族を呼び寄せて、 22:2 彼らに言った。「あなたがたは、【主】のしもべモーセがあなたがたに命じたことをことごとく守り、私があなたがたに命じたすべてのことについても、私の声に聞き従った。 22:3 今日まで、この長い間あなたがたの兄弟たちを捨てず、あなたがたの神、【主】の命令に対する務めを果たしてきた。 22:4 今あなたがたの神、【主】は、約束したとおりに、あなたがたの兄弟たちに安息を与えられた。今、【主】のしもべモーセがヨルダンの川向こうであなたがたに与えた、自分たちの所有地、自分たちの天幕に引き返しなさい。 22:5 ただ、【主】のしもべモーセがあなたがたに命じた命令と律法をよく守り行い、あなたがたの神、【主】を愛し、そのすべての道に歩み、その命令を守り、主にすがり、心を尽くし、いのちを尽くして主に仕えなさい。」 22:6 ヨシュアが彼らを祝福し、送り出したので、彼らは自分たちの天幕に行った。 22:7 マナセの半部族にはモーセがバシャンに所有地を与えたが、残りの半部族には、ヨシュアがヨルダン川の反対側、すなわち西の方に、彼らの兄弟たちと並んで所有地を与えた。ヨシュアは彼らを天幕に送り出すとき、彼らを祝福して、 22:8 こう言った。「あなたがたは多くの財、つまり、非常に多くの家畜と銀、金、青銅、鉄、たくさんの衣服を持って天幕に帰りなさい。敵からの分捕り物はあなたがたの兄弟たちと分け合いなさい。」 22:9 ルベン族、ガド族、マナセの半部族は、カナンの地にあるシロでイスラエルの子らと別れ、モーセを通して示された【主】の命により、彼らが得た自分の所有地、すなわちギルアデの地へ帰って行った。 |
2025年12月21日(日)リビングライフQT イスラエル(アブラハム⇒イサク⇒ヤコブの名前)の12人の子供の子孫は、遂に出エジプト以来45年~50年掛けて、モーセ⇒ヨシュアの指導のもと、神の約束の地、カナン(パレスチナ)全域を征服し尽くし、平和と安定が全イスラエルを覆ったのです。 指導者ヨシュアは、この時までに、モーセがネボ山で、召される前に、既に三部族(ルベン・ガト・マナセ)が、ヨルダン川東岸を広範囲に闘い取って、指導者モーセから、それらの領地を確定していていたのです。しかし、彼等は他の民9支族が未だ、所領を得ていない中、彼等の民もまた、同じように、兵士達はヨルダンを渡って、五年以上に亘る、闘いの働きに貢献し続けたのです。彼等の献身と、一体化は、イスラエルをイスラエルとして、神の前に証しする。大きな力となったでしょう。この強力な動向が、他の部族の兵士達に、一体感と一致の底力となったことでしょう。 ヨショアは、この約束の地の奪還が完了したときに、彼等(ルベン・ガド・マナセ)を一堂に集め、溢れる感謝と、信仰の一致を更に篤くする訓示と、闘いで勝ち取った戦利品とを持たして別れ、ヨルダンの東へと、送り出したのです。 こうして、イスラエルは新しい歴史へと、前進したのです。 私は、この所を読みながら、下関で80年前に、戦争の空襲で家を焼かれ、父母と家族7人で、すべて焼かれて持つ荷物もなく、山陰・北陸・東北・そして終戦。再び、南下して、焼け野原となった下関に・・・住むところなく、門司に流れ着いてやっと住み着いた、戦災バラックは、台風で壊れ、三階建ての料亭跡の部屋を間仕切りしてその一角に・・・そこで父母が、伝道を再開、そんな中から献身して伝道者に。卒業と同時に四国西部最果ての、幡多郡中村(今の四万十市)に。三年後に故郷の門司の、北九州シオン教会に父の後を引き継ぎ、小倉・下関・海老津に新しく教会を開拓し、神学校卒業後の54年後に、教会の牧会から退任して7年。 神学校卒業の次の年に、家内(福永勝子)と結婚。殆ど緻密な計画や相談もしないまま、連れ回したような日々に、彼女の心の日々は、イスラエルの民に似た思いが重なるのではないかと、深く思い、彼女の信仰と神への忠誠には、心熱くなります。 華やかな働きの陰に、ルベン・ガド・マナセ・・の様に、伴に歩んだ家族、信徒の方々の信仰の一致と共労があったことを、深く心に刻み、深い感謝をしながら文を閉じます。 |
| ヨシュア記 22章10節~20節 22:10 ルベン族、ガド族、マナセの半部族はカナンの地のヨルダン川の流域まで来たとき、そこ、ヨルダン川のそばに一つの祭壇を築いた。それは遠くから見えるほど大きな祭壇であった。 22:11 イスラエルの子らは、「ルベン族、ガド族、マナセの半部族がカナンの地の国境、ヨルダン川のイスラエルの子らの側の流域に、祭壇を築いた」と聞いた。 22:12 イスラエルの子らがそれを聞いたとき、イスラエルの全会衆は彼らと戦おうとシロに集まった。 22:13 イスラエルの子らは、ギルアデの地のルベン族、ガド族、マナセの半部族のところに祭司エルアザルの子ピネハスを送った。 22:14 彼に同行したのは、イスラエルの全部族の中から一族につき族長一人ずつ、計十人の族長であった。彼らはみな、イスラエルの分団の中で一族のかしらであった。 22:15 彼らはギルアデの地のルベン族、ガド族、およびマナセの半部族のところに行き、彼らに告げた。 22:16 「【主】の全会衆はこう言っている。『これは何事か。あなたがたが今日、【主】に従うことをやめてイスラエルの神の信頼を裏切るとは。あなたがたは自分のために祭壇を築いて、今日、【主】に反逆したのだ。 22:17 ペオルでの不義は、私たちにとって小さなことだっただろうか。私たちは今日まで、あの不義から身をきよめていないではないか。そのために神の罰が【主】の会衆の上に下ったのだ。 22:18 あなたがたは今日、【主】に従うことをやめようとしている。あなたがたは今日、【主】に反逆しようとしている。明日、イスラエルの全会衆に向かって主は怒られるだろう。 22:19 ただし、あなたがたの所有地が汚れているのなら、【主】の幕屋が建つ【主】の所有地に渡って来て、私たちの間に所有地を得なさい。私たちの神、【主】の祭壇のほかに自分たちのために祭壇を築いて、【主】に反逆してはならない。私たちに反逆してはならない。 22:20 ゼラフの子アカンが、聖絶の物のことで主の信頼を裏切り、イスラエルの全会衆の上に御怒りが下ったではないか。彼の不義によって死んだ者は彼一人ではなかった。』」。 |
2025年12月22日(月)リビングライフQT サァ とんでもない問題が勃発しました。 ルベン・ガド・マナセの三部族が、ヨルダンを渡ろうとして、有ることを思い立ち、実行しました。それは、ヨルダン川を渡る前の、イスラエル側の川岸に、遙か遠くから見て取れるほどの、大きく高い《祭壇》を築いたのです。と言うのは、ヨルダンの西側(イスラエル側)には、神の箱(イスラエルの永遠の神の臨在の象徴)と幕屋・犠牲を捧げる祭壇とが在ったが・・・)ヨルダンを渡った先には、その神聖な礼拝所がない 聖所・生け贄を献げる祭壇は、勝手に造れない定めでした。 彼等はそのイスラエルのアイデンティティーを、失いたくないために、この祭壇を遙か遠方から見えるように、巨大とも言える祭壇を築いたのです。 離れていく三部族が、その様な内なる危機意識からこれを築いた・・・と言う熱い想いをつゆ知らず、 イスラエルは、これを12支族からの離反、イスラエルの神への反逆と、考えたのです。 正に一触即発の様相となったのです。何と言う恐ろしい危機でしょう。善意が爆弾となる、人間社会の矛盾ですね。 今日のテキストは、事件勃発の端緒だけを提示したまま、テキストが途切れて・・・・・・・・ 《クリスマス物語へと移行します・・・》 ご安心ください。その結果は、麗しい和解と平安に解決しますので。 歴史は神の御栄光へと、導かれて参ります。 真実と愛と配慮を持って、主の御心を求めて参りましょう。 |
| イザヤ書 9章1節~7節 9:1 しかし、苦しみのあったところに闇がなくなる。先にはゼブルンの地とナフタリの地は辱めを受けたが、後には海沿いの道、ヨルダンの川向こう、異邦の民のガリラヤは栄誉を受ける。 9:2 闇の中を歩んでいた民は大きな光を見る。死の陰の地に住んでいた者たちの上に光が輝く。 9:3 あなたはその国民を増やし、その喜びを増し加えられる。彼らは、刈り入れ時に喜ぶように、分捕り物を分けるときに楽しむように、あなたの御前で喜ぶ。 9:4 あなたが、彼が負うくびきと肩の杖、彼を追い立てる者のむちを、ミディアンの日になされたように打ち砕かれるからだ。 9:5 まことに、戦場で履いたすべての履き物、血にまみれた衣服は焼かれて、火の餌食となる。 9:6 ひとりのみどりごが私たちのために生まれる。ひとりの男の子が私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。 9:7 その主権は増し加わり、その平和は限りなく、ダビデの王座に就いて、その王国を治め、さばきと正義によってこれを堅く立て、これを支える。今よりとこしえまで。万軍の【主】の熱心がこれを成し遂げる。 |
2025年12月23日(火)リビングライフQT 今日から三日間、(過去・現在・未来に亘る)全世界・全人類の救い主、イエス・キリスト様の御降誕に関わる聖書記事を、黙想のテキストとして、挿入されています。 先ず、今日のテキスト箇所は、旧約聖書のイザヤ書の予言の中に、突如顕されたメシヤ(救い主)の降誕が語られています。 イスラエルのダビデ王国は、ソロモンの歿後王国は北イスラエル王国(首都サマリヤ)と、南ユダ王国(首都エルサレム)に分裂し、特に北イスラエル王国は、常に偶像信仰(カナンの民の偶像の導入)により、国は危機に瀕していました。遂に、BC.722年には、大国アッシリヤによって王都サマリヤは陥落し、その危機は更に南ユダ王国にまで迫っていました。 イザヤは、この様な状況の下で、6代に亘る北イスラエルの諸王と国民に警告と、立ち返りを語りつつ、南ユダ王国エルサレムの住民にも、強く呼びかけたのです。 1節の語り掛けは、既にアッスリヤによって、蹂躙され、見る陰もなく神の恵みから遠ざけられていたガリラヤ地方に栄光が・・・ これは正に、イエスキリスト様のご来臨により、ガリラヤ地方が、七百年後に、イエス様の福音の働きの中心となる、福音書の記事と重なりますね。 イザヤの没後140年後、南のユダ王国もバビロン帝国によって崩壊し、エルサレム神殿も灰に帰したのです。 しかし、イザヤに臨んだ、神からの御言葉は、2節にあるように、『闇の中を歩んでいた民は大きな光を見る。 死の陰に住んでいた者たちの上に光が輝く。』・・・・ この言葉を序奏にして、6節からのダビデの末として顕れる、御子イエス・キリスト様の御降誕の、輝かしい宣言が鳴り響くのです。 ⇒顕れる(お生まれになられる《メシヤ》)御方の呼称・・・‼️ ☆不思議な助言者 ☆力ある神 ☆永遠の父 ☆平和の君 ⇒更に、この御方が人類に為さる御使命が・・・ 7節を再録させていただきます。 『その主権は増し加わり その平和は限りなく ダビデの王座に就いてその王国を治め、 裁きと正義によってこれを堅く立て、これを支える。 ☆万軍の主の熱心がこれを成し遂げる。 ハレルヤ‼️ 明日の御降誕祭(クリスマス)を前にして、この力強い、既に成就した、メシヤの時代の予言に、今新たに心開いて参りましょう。 黙想として、 6節7節が、過去の成就した予言としてではなく、今日新たに私の内に顕されている、神の業の成就として、重ねましょう。そして、家族に、友に、周りの方々に・・・・ 明日(24日)のテキスト |
| ルカ福音書 2章8節~20節 2:8 さて、その地方で、羊飼いたちが野宿をしながら、羊の群れの夜番をしていた。 2:9 すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。 2:10 御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。見なさい。私は、この民全体に与えられる、大きな喜びを告げ知らせます。 2:11 今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。 2:12 あなたがたは、布にくるまって飼葉桶に寝ているみどりごを見つけます。それが、あなたがたのためのしるしです。」 2:13 すると突然、その御使いと一緒におびただしい数の天の軍勢が現れて、神を賛美した。 2:14 「いと高き所で、栄光が神にあるように。地の上で、平和がみこころにかなう人々にあるように。」 2:15 御使いたちが彼らから離れて天に帰ったとき、羊飼いたちは話し合った。「さあ、ベツレヘムまで行って、主が私たちに知らせてくださったこの出来事を見届けて来よう。」 2:16 そして急いで行って、マリアとヨセフと、飼葉桶に寝ているみどりごを捜し当てた。 2:17 それを目にして羊飼いたちは、この幼子について自分たちに告げられたことを知らせた。 2:18 聞いた人たちはみな、羊飼いたちが話したことに驚いた。 2:19 しかしマリアは、これらのことをすべて心に納めて、思いを巡らしていた。 2:20 羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて御使いの話のとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。 |
2025年12月24日(水)リビングライフQT ☆『そのころ、全世界の住民登録をせよという勅令が、皇帝アウグストから出た。』・・・で始まる、神の御子イエス・キリスト様が、この世に顕れた(お生まれになられた)時の様子が、語られた光景は、まるで、自分が観たかのようなリアルな情景となって、脳裏に瞬く間に拡がるのです。第二次世界大戦が終戦(敗戦)となって、久し振りに怖れることもなく、クリスマスを祝えるようになった、その時を思い出します。5歳の時です。軍から解放された、門司港のキリスト教青年会館で開かれた、門司キリスト教会のクリスマス礼拝でした。 その時に読まれた聖書の箇所が、この箇所だったのです。その時の記憶なのか、後にその様に記憶にすり込まれたのか・・? クリスマスには必ず読まれる、クリスマスの情景ですね。 今日のテキストの前の1節~7節は、古代ローマの初代皇帝が、帝国の安定を見計らって、当時の世界に拡がった、帝国の実勢を知ろうと、人口調査を命じたことが、記されています。現在とは違い、民は自分の先祖の地に行って、住民登録をしなければなりませんでした。 メシヤの降誕‼️それは様々な要因が重なり、 ベツレヘムに生まれる‼️と、旧約聖書のミカ書5章2節に・・・・ 『ベツレヘム・エフラタよ。・・・あなたのうちから、わたしのために、イスラエルの支配者が生まれる。・・・・』 何と、預言者ミカは、BC.700年代に活躍した方です。(イエス様がお生まれになる前700年) クリスマスのあの日、何千年・何万年の人類の歴史の流れの中の《あの一点、即ちクリスマス》が、予言の通り成就するのは、奇跡の中の奇跡です‼️ ①マリヤへの受胎告知(マリヤ・ヨセフ・・共にナザレの住民です) ②この時期にローマ皇帝アウグストが、気まぐれな人口調査を命じた。(当時の住民登録は、先祖の地で登録することでした) マリヤもヨセフも、ダビデ王の末裔でしたので、ナザレからベツレヘムに移動せねばならなかった。 身重で臨月になっていたマリヤは、ヨセフに護られながら、ユダの険しい山地を越えて、160~180kmの道程を 移動しなければならなかった。 偶然の出来事が、クリスマスの日となったのではないのです。 これ以上の予言の歴史的出来事の合致がありましょうか。 この様な、驚愕の出来事なのに、この人類史上最大の出来事が知らされたのは、当時最も、身分の低い、人口にも数えられない貧しい羊飼いに、天使から知らされたのです。 『今日ダビデの町に救い主がお生まれになる‼️・・・・』そればかりか、満天を覆い尽くすような御使い達の大合唱を、彼等は見聞きしたのです。一体、人類世界の歴史の中で、この様な経験をした人がいるでしょうか。 この様な姿こそ、神が、誰一人救いに漏れることのない、゙救い ゙の知らせを委ねられた、神の御計画なのです。彼等は直ちに行動しました。家畜小屋で会った光景に、感動した彼等は《聖なる感動に満たされ》直ちに町中に・・・・その姿は、人々を感動せずにはおかず、町中こぞって、メシヤを礼拝に来て、瞬く間に周りの村々町々に、拡がったのです。 今もなお、世界中の教会が、霊的にも貧しい私達によって、この知らせは、歴史の彼方へと、届けられ続けるのです。 ハレルヤ‼️ 私達も又貧しい羊飼いなのです。 ハレルヤ‼️ 明日(25日)のテキスト |
| ルカ福音書2章25節~35節 2:25 そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい、敬虔な人で、イスラエルが慰められるのを待ち望んでいた。また、聖霊が彼の上におられた。 2:26 そして、主のキリストを見るまでは決して死を見ることはないと、聖霊によって告げられていた。 2:27 シメオンが御霊に導かれて宮に入ると、律法の慣習を守るために、両親が幼子イエスを連れて入って来た。 2:28 シメオンは幼子を腕に抱き、神をほめたたえて言った。 2:29 「主よ。今こそあなたは、おことばどおり、しもべを安らかに去らせてくださいます。 2:30 私の目があなたの御救いを見たからです。 2:31 あなたが万民の前に備えられた救いを。 2:32 異邦人を照らす啓示の光、御民イスラエルの栄光を。」 2:33 父と母は、幼子について語られる様々なことに驚いた。 2:34 シメオンは両親を祝福し、母マリアに言った。「ご覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人が倒れたり立ち上がったりするために定められ、また、人々の反対にあうしるしとして定められています。 2:35 あなた自身の心さえも、剣が刺し貫くことになります。それは多くの人の心のうちの思いが、あらわになるためです。」 |
2025年12月25日(木)リビングライフQT 8日目に《イエス》と、聖霊によって示されていたように、名付けられた。その名の持つ意味は、《神は❗救い‼️》と言う意味があります。 それから・・・ユダヤ教の仕来りにより、40日後に、マリヤとヨセフとイエス様は、エルサレムの神殿に、幼子を主なる神に捧げる゙潔め゙儀式のために、上りました。 この時の出来事です。 沢山の人々が、詣でに来ていた中に交じって、聖家族もその中にいました。神殿の内陣に入ってきたときに、同じように祈りに来ていた、《シメオン》が、聖家族を見付けて、駆け寄りイエス様を抱いて、(恐らく)大きな声で、神をほめたたえつつ‼️語った(叫んだ)のです。 聖書本文をもう一度お読みください。ー声を出してー⇒29節~32節 ☆イザヤの予言よりも ☆ミカの予言よりも・・・ 更に踏み込んだ、今抱いている赤子が、《メシヤ》として、その大能の御業を成し遂げられる‼️ ☆異邦人を照らす啓示の光 ☆御民イスラエルの栄光 更に、母マリヤに語った言葉は、更に踏み込んだ、赤子に臨む御苦難(罪の贖い-十字架の-御受難)を、予告したのです。 マリヤはこの言葉を心に留めた‼️・・・マリヤのこれからの生涯の、啓示であり、後に直面する、十字架の中に、初めて理解し、マリヤも又最初の救いを知る者とされたのでしょう。 イエス様の御降誕は、正に、わたしの罪のため、貴方の罪のために、総ての人の罪の身代わりとなるために、この世に顕れられたのです。 クリスマスは、最大の苦難の始まりであり、 クリスマスは、最大の赦しと救いの、始まりとなったのです。 ハレルヤ❗ アーメン‼️ 信じるあなたは、赦されて、永遠の命に入ることが出来るのです。 |
| ヨシュア記 22章21節~34節 22:21 ルベン族、ガド族、マナセの半部族はイスラエルの分団のかしらたちに答えて言った。 22:22 「神の神、【主】よ、神の神、【主】はご存じです。イスラエルもこれを知りますように。もしこれが、【主】に対する反逆や不信の罪をもってなされたのなら、今日、私たちをお救いにならないでください。 22:23 私たちが祭壇を築いたことが、【主】に従うのをやめることであるなら、あるいは、その上で全焼のささげ物や穀物のささげ物を献げるため、あるいはその上で交わりのいけにえを献げるためであるなら、【主】ご自身が私たちを責めてくださいますように。 22:24 しかし、私たちがこのことをしたのは次のことを恐れたからです。後になって、あなたがたの子らが、私たちの子らに次のように言うかもしれません。『あなたがたとイスラエルの神、【主】との間に何の関係があるのか。 22:25 【主】はヨルダン川を、私たちと、あなたがたルベン族、ガド族との間の境界とされた。あなたがたは【主】のうちに取り分がない。』こうして、あなたがたの子らが私たちの子らに、【主】を恐れることをやめさせるかもしれません。 22:26 私たちは考えました。さあ、私たちは自分たちのために祭壇を築こう、と。全焼のささげ物のためではなく、いけにえのためでもありません。 22:27 それは、私たちとあなたがたとの間、私たちの後の世代との間の証拠となり、私たちが全焼のささげ物といけにえと交わりのいけにえを献げて、主の前で【主】への奉仕をするためです。こうすれば、後になって、あなたがたの子らが私たちの子らに『あなたがたは【主】のうちに取り分がない』と言うことはないでしょう。 22:28 私たちは考えました。後になって、もし私たち、また私たちの子孫がそう言われたとしても、私たちはこう言うことができる。『私たちの父祖が造った【主】の祭壇の型を見よ。これは全焼のささげ物のためでもなく、いけにえのためでもなく、私たちとあなたがたとの間の証拠なのだ』と。 22:29 私たちが、主の幕屋の前にある私たちの神、【主】の祭壇のほかに、全焼のささげ物や穀物のささげ物や、いけにえを献げる祭壇を築いて、今日、【主】に反逆して【主】に従うことをやめるなど、絶対にあり得ないことです。」 22:30 祭司ピネハス、会衆の上に立つ族長たち、彼とともにいたイスラエルの分団のかしらたちはルベン族、ガド族、マナセ族が語ったことばを聞いて、それに満足した。 22:31 エルアザルの子、祭司ピネハスはルベン族、ガド族、マナセ族に言った。「今日、私たちは、【主】が私たちの中におられることを知った。あなたがたが【主】の信頼を裏切らなかったからである。あなたがたは今、イスラエルの子らを【主】の手から救い出した。」 22:32 エルアザルの子、祭司ピネハスと族長たちは、ルベン族およびガド族と別れ、ギルアデの地からカナンの地のイスラエルの子らのところに帰り、このことを報告した。 22:33 イスラエルの子らはこれに満足した。彼らは神をほめたたえた。そしてもはや、ルベン族とガド族が住んでいる地を滅ぼすために戦をしよう、とは言わなかった。 22:34 ルベン族とガド族はその祭壇に「これは私たちの間での、【主】が神であることの証しだ」と言って名をつけた |
2025年12月26日(金)リビングライフQT 一触即発 カナンの地に入って、長い闘いの日々を、全く民が一つとなって、あらゆる困難な局面を打破して、その証として、ルベン・ガド・マナセの半部族は既に居住地を確保しながらも、イスラエルの全部族一つとなっての、征服の大業ゆえに、この長年月戦いを共にし、 遂に、カナンの地、全てを征服し尽くしたのです。 10部族にとっては、マナセ(半分の民はヨルダンの東に領地を得ていた)の半分と、ルベン・ガドの民への、深い感謝と結ばれた絆の深さを味わいながら、言い尽くせない感謝と、深い思いを抱いたことでしょう。 一方、マナセの半部族と、ガド・ルベンの人々は、たとえ゙規模は小さくとも、雨季には辺り一面、洪水となって、海となる川を境に、民が分断するのですから歴史を大切にするイスラエルの民にとって、将来この分断が、民の離反となっては・・・と危惧した三部族は、物言わぬ証拠として、記念碑を建てたのです。それが、生け贄を献げる祭壇の形を模した、遙か彼方からでも見える、記念碑だったのです。かつて、民が初めてヨルダン川を渡ったとき、指導者ヨシュアは、川底から石を拾って、塚を築くことを命じました。当時まだあったはずですし、或いはその塚の近くに立てたのかも・・・ 三部族と九部族とは、指導者同士話し合いをしました。何と❗川の東に去って行く三部族の説明が、何とも深い感動をもたらす告白だったので、今新たに、彼等の結束は強くされ、ルベン族とガド族は『これは私たちの間での、主が神であることの証しだ‼️』と、宣言したのです。 何と麗しい、一致でしょう。人の心は、すれ違うと・・・一触即発となり戦争が勃発しますね。一方、どんなに険悪な状態でも、心と心が繫がるとき、繫がりようのない対立の中から、麗しい泉が湧き出すような、平和と融和が生まれるのです。 それが、ルベンとガドが宣言した『私たちの間で、主が神である・・・』と宣言した。信仰の告白なのです。 私と、人との間に常に、神に立って頂きましょう‼️ |
| ヨシュア記 23章1節~10節 23:1 【主】が、周囲のすべての敵からイスラエルを守って安息を与えられてから、多くの日がたち、ヨシュアは年を重ねて老人になっていた。 23:2 ヨシュアは全イスラエル、その長老たち、かしらたち、さばき人たち、つかさたちを呼び寄せて彼らに言った。「私は年を重ねて老人になった。 23:3 あなたがたは、自分たちの神、【主】が自分たちのために、これらすべての国々に行ったことをすべて見てきた。あなたがたのために戦ったのは、あなたがたの神、【主】である。 23:4 見よ。私はヨルダン川から日の入る方の大海まで、これらの残っている国々と、すでに私が絶ち滅ぼしたすべての国々を、相続地としてあなたがたの部族にくじで分けた。 23:5 あなたがたの神、【主】ご自身が、彼らをあなたがたの前から追い払い、あなたがたの目の前から追い出される。あなたがたの神、【主】があなたがたに告げたように彼らの地を占領しなさい。 23:6 また、モーセの律法の書に記されていることを、ことごとく断固として守り行いなさい。そこから右にも左にも外れず、 23:7 これらの国々、あなたがたの中に残っている、これらの異邦の民と交わらないようにするためである。彼らの神々の名を口にしてはならない。それらによって誓ってはならない。それらに仕えてはならない。それらを拝んではならない。 23:8 ただ今日までしてきたように、あなたがたの神、【主】にすがりなさい。 23:9 【主】は、大きくて強い異邦の民をあなたがたの前から追い払われた。だから今日まで、あなたがたの前に立ちはだかることのできる者は、一人としていなかった。 23:10 あなたがたは一人で千人を追うことができる。あなたがたの神、【主】ご自身が、あなたがたに約束したとおり、あなたがたのために戦われるからである。 |
2025年12月27日(土)リビングライフQT ヨシュアのイスラエルの民への最後のメッセージ ① 全イスラエルの指導者達へ・・・・ この時点で、カナンの地の大勢(タイセイ)は、イスラエルに服していましたが、中には隙をうかがい、勢力を挽回して、カナンの地を自分達の手に取り返すために、自分達の勢力圏を死守して、対峙する地域が未だ未だ相当残っていたのです。今まで勝利してきたからと・・・ 、心緩めては成りません。彼等は武力でなくても、偶像の影響力(文化・習慣・生活圏にある雰囲気-偶像の祭壇・・・等-)との闘いが浸透することを、示唆しています。(7節) ヨシュアは、敢然として、この様に激励しています。 8節~ただ今日までしてきたように、あなた方の神、主にすがりなさい。 この、ヨシュアの言葉は、今の私たちクリスチャンへの、メッセージでもあります。 『今日までして来たように・・・‼️』 毎日毎時の、心と魂の置き所です。(霊的ルーティーン・・・ですね) ヨシュアは、今一度、主なる神が、どの様にイスラエルの民に、大きな事を為さったかを、 9節~10節に改めて語られたのです。 今朝のヨシュアのメッセージは、私たちクリスチャン・主の教会への、完成に向かっての激励の、また、力強い勝利の確認へのメッセージですね。私たちは朝毎に、このメッセージを思い起こし、絶えず霊の闘いに立ち上がって進みましょう。 その為にも、朝のデボーション(新たな献身と礼拝)は、勝利への一里塚となります。アーメン‼️ |
| ヨシュア記 23章11節~16節 23:11 だからあなたがたは自分自身に十分に気をつけて、あなたがたの神、【主】を愛しなさい。 23:12 しかし、もしも、あなたがたが再び堕落して、これらの異邦の民の生き残っている者、すなわち、あなたがたの中に残っているこれらの者たちと親しく交わり、彼らと姻戚関係に入り、あなたがたが彼らの中に入って行き、彼らもあなたがたの中に入って来ることがあれば、 23:13 あなたがたは、このことをしっかりと知らなければならない。あなたがたの神、【主】は、もはやこれらの異邦の民をあなたがたの前から追い払われない。彼らはあなたがたにとって、罠となり、落とし穴となり、あなたがたの脇腹にむちとなり、あなたがたの目にとげとなる。そして、あなたがたは自分たちの神、【主】がお与えになったこの良い地から滅び失せる。 23:14 見よ。今日、私は地のすべての人が行く道を行こうとしている。あなたがたは心を尽くし、いのちを尽くして、知りなさい。あなたがたの神、【主】があなたがたについて約束されたすべての良いことは、一つもたがわなかったことを。それらはみな、あなたがたのために実現し、一つもたがわなかった。 23:15 あなたがたの神、【主】があなたがたに約束されたすべての良いことが、あなたがたに実現したように、【主】はまた、すべての悪いことをあなたがたにもたらし、ついには、あなたがたの神、【主】がお与えになったこの良い地からあなたがたを根絶やしにされる。 23:16 主があなたがたに命じられた、あなたがたの神、【主】の契約を破り、行ってほかの神々に仕え、それらを拝むなら、【主】の怒りはあなたがたに対して燃え上がり、あなたがたは、主がお与えになったこの良い地から速やかに滅び失せる。」 |
2025年12月28日(日)リビングライフQT だからあなたがたは自分自身に十分に気を付けて、あなたがたの神、主を愛しなさい。 ※主を愛する‼️・・・ ①《主》⇒《創造主》=今の私達には《救い主イエス・キリスト》 ② 主なる神の中に入る(包まれる) ③ 主なる神・イエス様の贖いの十字架の血で罪赦されたと信じこの御方に従う。 ④ 信じたこの御方を、証しする。 今朝のテキストの11節は、この四つの恵みに生きる事を、示唆しています。 ・・・・主を愛しなさい・・・・ 見よ、今日、私は地のすべての人が行く道を行こうとしている。・・・ いよいよ、ヨシュアはその生涯の終局を迎えようとしているのです。 今朝のテキストはすべて、昨日からのものも含めて、御自分がその使命を終えて、神のもとに帰るに際して、自らの人生の過ごし方の想いへの振り返りではなく、ヨシュア自身の人生(生涯=指導者モーゼと共に、エジプトを出てモーゼを御国に送り、更に引き続いてヨルダンを渡河して、カナン全域を闘い取った)・・・ こうして、時の流れを通して、ヨシュアの生涯を見てみると、この時点で、ほぼその使命の終わり、締めくくりを迎えたように、見えますね。 しかし、今日のテキストは、決してその様には、響いてこないのです。 むしろ、この時点から又新しい歴史が始まろうとする、ヨシュアの心意気が感じられるのです。 そうです‼️神が賜る歴史は、完結することはないのです。 時間の流れの中で展開する、神の御計画に、様々な人が神に召されて用いられ、委ねられてその働きを担うのです。 あなたの、私のクリスチャン人生も又、ヨシュアが担ったように、与えられた主からの御計画に沿った、固有の使命なのです。そして、その働きに完了はなく、誰かが受け継ぐのです。 私は毎朝6:00から7:00位まで、五分歩いて教会の礼拝堂で祈りの時を持ちます。2019年に、シオン教会を退任してからは、 ☆あ~‼️この地に15才で来てから・・・年経ったなぁ❗ ☆シオン教会の牧師になってこの地で・・・年牧会してきたなぁ❗ ☆様々な思い出や、働きの実を思い出しては懐かしんでいました。 しかし、ふと今日のテキストを黙想しているとき・・・・ 『わたしの働きはこれからも、わたしが定めた時まで、続くのだ‼️』・・・と、声がしたように感じて、椅子から下りて跪いて、悔い改めました。 何と言う思い上がり すると、その場が新鮮な新しい光が降り注ぐ、永遠の道を見た思いがしました。 少し健康を害してはいましたが、振り返りではなく、前に開かれた揚々たる神の御計画の道筋が見えた想いでした。神が選ばれた教会に、委ねられた働きがこの地に、更に展開するのを期待したのです。 ヨシュアは、それ故に、イスラエルの民に、引き続き展開する神の御計画とその働きを、担うために、主なる神への絶対的信仰と、この世との妥協の無い、イスラエル(神の民)としてのアイデンティティーを、守り抜くことを、語り継げたのです。 私たちはどの様な働きが出来るか・・・❓ ではなく、自らを神の《聖さ》の中に留まり、主の御手に握られることのみを求め続けたいですね。 ア~メン‼️ |
| ヨシュア記 24章1節~13節 24:1 ヨシュアはイスラエルの全部族をシェケムに集め、イスラエルの長老たち、かしらたち、さばき人たち、つかさたちを呼び寄せた。彼らが神の前に立ったとき、 24:2 ヨシュアは民全体に言った。「イスラエルの神、【主】はこう告げられる。『あなたがたの父祖たち、アブラハムの父でありナホルの父であるテラは昔、ユーフラテス川の向こうに住み、ほかの神々に仕えていた。 24:3 わたしはあなたがたの父祖アブラハムを、あの大河の向こうから連れて来てカナンの全土を歩かせ、子孫を増し、イサクを与えた。 24:4 そして、わたしはイサクにヤコブとエサウを与え、エサウにはセイルの山地を与えてそれを所有させた。一方、ヤコブと彼の子たちはエジプトに下った。 24:5 わたしはモーセとアロンを遣わし、エジプトに災害を下した。わたしがそのただ中で行ったとおりである。その後、わたしはあなたがたを導き出した。 24:6 わたしはあなたがたの父祖たちをエジプトから導き出した。あなたがたが海まで来たとき、エジプト人は、戦車と騎兵であなたがたの父祖たちを葦の海まで追いつめた。 24:7 彼らは【主】に叫び求め、主はあなたがたとエジプト人の間に暗闇を置き、海に彼らを襲わせ、彼らをおおわせた。あなたがたの目は、わたしがエジプトで行ったことを見た。そして、あなたがたは長い間、荒野に住んだ。 24:8 わたしは、ヨルダンの川向こうに住んでいたアモリ人の地に、あなたがたを導き入れた。彼らはあなたがたと戦ったが、わたしは彼らをあなたがたの手に渡し、あなたがたは彼らの地を占領した。わたしはあなたがたの前から彼らを一掃した。 24:9 モアブの王、ツィポルの子バラクは立ってイスラエルと戦い、あなたがたを呪うために、人を遣わしてベオルの子バラムを呼び寄せた。 24:10 しかし、わたしはバラムに耳を傾けようとしなかった。彼はかえって、あなたがたを祝福し、こうして、わたしはあなたがたをバラクの手から救い出した。 24:11 あなたがたはヨルダン川を渡り、エリコに来た。エリコの住民やアモリ人、ペリジ人、カナン人、ヒッタイト人、ギルガシ人、ヒビ人、エブス人はあなたがたと戦った。しかし、わたしは彼らをあなたがたの手に渡し、 24:12 あなたがたの前にスズメバチを送ったので、スズメバチがアモリ人の二人の王をあなたがたの前から追い払った。あなたがたの剣にもよらず、あなたがたの弓にもよらなかった。 24:13 わたしは、あなたが労したのではない地と、あなたがたが建てたのではない町々をあなたがたに与えた。あなたがたはそこに住み、自分で植えたのではない、ぶどう畑とオリーブ畑から食べている。』 |
2025年12月29日(月)リビングライフQT 終わりの日の近くなったのを知った指導者ヨシュアは、全イスラエルをシェケム(死海とガリラヤ湖の中間にある平原・・・そこには、神の箱-十戒を刻んだ石板を収めた神の臨在を象徴する箱-)を安置し、そこで最も神聖な燔祭の儀式を行っていた・・・・この平原に集め、最後に訓示した記録です。 訓示とは言っても、数々の教えや規則を語ったのではなく、アブラハムの召命(偶像に満ちた民の中から、導き出して、天地創造のただお一人の神であられる、御自身自らを示して )信じ従うように導かれ、イサク⇒ヤコブ⇒と代を重ねて神御自身の御思いのままに育み導かれ、更に、エジプトの400年の歴史を通して、神御自身の御力と栄光を顕され、出エジプトから40年の荒野の歴史を、今日に至った歴史・主なる神の御業を、思い起こさせたのです。正しい歴史の流れは、その土台となる源を明確に(シッカリと)見つめるなら、そこから始まる歴史は、更に光の中に導かれるのです。その歴史は、イスラエルの民の賢明さ‼️なのではなく、彼等が創造主なる神に信頼して従った・・・からなのです。神は、これから開かれる歴史も又、同じ様に《神に従う‼️》と言う、徹底した従順さに歩むなら、豊かな祝福に与る(13節・・・)と、語られたのです。更にヨシュアの言葉は明日に続きます。 少しここで、晩年のヨシュア(110才です)が、すべての民に語って聴かせる声があったでしょうか??? 民の数は百万を超えていました。その様な大群衆に対して、可能でしょうか。 イスラエルには、古代ギリシャの全体民主主義に優る武器がありました。神の言葉(預言)を、全ての民がもれなく平等に聞く(届ける)ため、当時《文書》という手段はなかったのです。 しかし、一人の人の言葉で届けられる範囲(人数)で、小集団を組み、そこにメッセンジャ~からの言葉をそのまま、口伝によって届ける・・・多数の口伝(預言者)が、こうして、時間は掛かりますが、確実に隅々までも神の言葉が伝えられたのです。 これはイエス様の時代の、大群衆が、イエス様の教えをダイレクトに聴いた‼️と言う、姿に通じるのです。ハレルヤ‼️ ヨシュアの今日の最後の言葉を聴いて下さい。 ヨシュア記24章13節 |
| ヨシュア記 24章14節~24節 24:14 今、あなたがたは【主】を恐れ、誠実と真実をもって主に仕え、あなたがたの先祖たちが、あの大河の向こうやエジプトで仕えた神々を取り除き、【主】に仕えなさい。 24:15 【主】に仕えることが不満なら、あの大河の向こうにいた、あなたがたの先祖が仕えた神々でも、今あなたがたが住んでいる地のアモリ人の神々でも、あなたがたが仕えようと思うものを、今日選ぶがよい。ただし、私と私の家は【主】に仕える。」 24:16 民は答えた。「私たちが【主】を捨てて、ほかの神々に仕えるなど、絶対にあり得ないことです。 24:17 私たちの神、【主】は、私たちと私たちの先祖たちをエジプトの地、奴隷の家から導き上られた方、そして、私たちの目の前であの数々の大きなしるしを行い、私たちが進んだすべての道で、また私たちが通ったあらゆる民の中で、私たちを守ってくださった方だからです。 24:18 【主】はあらゆる民を、この地に住んでいたアモリ人を私たちの前から追い払われました。私たちもまた、【主】に仕えます。このお方が私たちの神だからです。」 24:19 ヨシュアは民に言った。「あなたがたは【主】に仕えることはできない。主は聖なる神、ねたみの神であり、あなたがたの背きや罪を赦さないからである。 24:20 あなたがたが【主】を捨てて異国の神々に仕えるなら、あなたがたを幸せにした後でも、主は翻って、あなたがたにわざわいを下し、あなたがたを滅ぼし尽くす。」 24:21 民はヨシュアに言った。「いいえ。私たちは【主】に仕えます。」 24:22 ヨシュアは民に言った。「【主】を選んで主に仕えることの証人はあなたがた自身です。」彼らは「私たちが証人です」と言った。 24:23 「今、あなたがたの中にある異国の神々を取り除き、イスラエルの神、【主】に心を傾けなさい。」 |
2025年12月30日(火)リビングライフQT 新しき地に 踏みいだす 心に備え 有りや見よ ヨシュアのごとく 我も言わん 我が家と我は 主に仕えん 15節《私と私の家は主に仕える。》 ・・・がこの聖歌の歌詞の出処です。 ヨシュアの、イスラエルの民への、最後のメッセージは、なお続きます。 ヨシュアは、御自分にとっての、最期の時が迫っていることを実感しながら、神から与えられ、モーセから継承した使命を、全ての民に更に伝えるのです。 アブラハム⇒イサク⇒ヤコブ⇒12人の息子達⇒モーセ⇒ヨシュア⇒⇒再びイスラエルの12の部族へ・・・・・ 各部族の民の一人一人が、ヨシュアにより語られた、イスラエルの民に与えられた神からの大使命を、つぶさに聞き、45年以上前に、シナイ山の麓で与えられた、神からの民への使命を、今新たに、心に刻んだのです。 ヨシュアは敢えて、民が此れからの歩み(歴史)の中で、神に離反し、世俗の神信仰に逸れる事への警告を、ストレートに語ったのです。 人の心の弱さ・・・心の中にしっかりと焼き付けていても、日常の生活・人との関係・選び取らねばならない選択・・等々、心弱くなるとき、迷いながらも妥協方向へと、舵取りしてしまう弱さが、道を過つ転機ともなり得ます。 今年は、第二次世界大戦(日本では大東亜戦争)終戦から80年となりました。 あの大戦で、日本のキリスト教会は、プロテスタントもカソリックも、大多数の教会が、国の方針に迎合・協力し、軍に戦闘機を寄進し、礼拝では、始まる前に皇居遙拝(天皇を神として崇めるための礼拝)を、慣例化しました。ホーリネス系の一部の教団・教会はこれに反対し妥協しなかったために、幹部の指導者達、教会の役員達は検挙され、拷問死(殉教)は10名を超え、検挙拘留者は50.名を超えました。 私の父も検挙され、教会を閉鎖されました。 昭和22年にGHQによって解放されるまで、信仰を貫いた勇士は、ただ主を崇めて、非国民の罵声を浴びても、信仰を貫いたのです。 八幡ナザレン教会の牧師も、ある時突然警察から召喚され、連日の拷問のような取り調べで、遂に瀕死の状態で、家族が引き取り、血みどろの牧師をリヤカーで教会に運び、間もなく亡くなられた。 私の神学校の一年先輩の方がお嬢さんで、悲しぃ話をしながら祈ったのを、忘れられません。 私達の信仰は、人間として尊厳有る生き方するために、宗教をするのではありません。 私達はただ神に創られ、神に生かされて、神の創造計画に参与して神と共に生きるのです。 イスラエルは、その計画のために選ばれ、全ての民に先立って導かれ、、今私達がそこに導かれたのです。 今日、新たに『私と私の家は主に仕えます‼️』と、力強く告白し、新しい年に向けて、心整えましょう。 |
| ヨシュア記 24章節~33節 24:24 民はヨシュアに言った。「私たちの神、【主】に仕え、主の御声に聞き従います。」 24:25 ヨシュアはその日、民と契約を結び、シェケムで彼らのために掟と定めを置いた。 24:26 ヨシュアはこれらのことばを神のみおしえの書に記し、大きな石を取り、【主】の聖所にある樫の木の下に立てた。 24:27 ヨシュアは民全体に言った。「見よ、この石は私たちに対して証しとなる。この石は、【主】が私たちに語られたすべてのことばを聞いたからである。あなたがたが自分の神を否むことがないように、これはあなたがたに対して証しとなる。」 24:28 ヨシュアは民をそれぞれ自分の相続地に送り出した。 24:29 これらのことの後、【主】のしもべ、ヌンの子ヨシュアは百十歳で死んだ。 24:30 人々は彼をガアシュ山の北、エフライムの山地にある、彼の相続地の領域にあるティムナテ・セラフに葬った。 24:31 ヨシュアがいた間、また、【主】がイスラエルのために行われたすべてのわざを経験して、ヨシュアより長生きした長老たちがいた間、イスラエルは【主】に仕えた。 24:32 イスラエルの子らがエジプトから携え上ったヨセフの遺骸は、シェケムの地、すなわち、ヤコブが百ケシタでシェケムの父ハモルの子たちから買い取った野の一画に葬った。そこはヨセフ族の相続地となっていた。 24:33 アロンの子エルアザルは死んだ。彼は、自分の子ピネハスに与えられた、エフライムの山地にあるギブアに葬られた。 |
2025年12月31日(水)リビングライフQT 古代イスラエルの記録には、しばしば、石の塚、或いは、《大きな石》が、ある出来事の記念として、築かれ(積み上げられ)たり、した記録が良く見受けられます。先日もコメントしましたが、民がヨルダン川を渡ったとき、川底から石を拾い上げて、神がかく成し給うた・・・と言う記念として、塚を築いた事を書きましたね。 石は動かない、摩耗しない。永久に記念として残る・・・のです。 ヨシュアと民の間で確認し合った神への信仰の確認は、未来永劫に、個々に記念として、残されたのです。 後の子孫がこれを見て、『これは何か❓』と、問われたら、彼等に先祖の歴史を語り聴かせ、その時に交わした約束(契約)を、新たに思い起こさせて、神との契約を再更新する機会とするためなのです。 さて、私達はこの一年、毎日欠かさず、このラインメッセージを、聖書を通して、学び続けてきました。あなたにとっての石塚は、今手に取っている、スマホかも知れません。手繰り寄せれば、学んできた数々の御言葉、心刺された御言葉、深く感銘した語り掛け、思わず祈らされた課題・・・ この様にして、この一年歩み続けてきましたね。 共に歩めた光栄に感謝一杯です。 後半は、まるで私達がイスラエルの民と伴に歩んでいるかのように、約束の地に向かって進み、正に、今私達が歩む日々が、イスラエルの歩みと重なって、自分のことのように感じながら進んで来ました。 明日(新しい年)からは、新約聖書の、ヨハネの手紙・・第一・二・三に入ります。又新たに、御国への旅路を、御一緒しましょう。 この一年ご愛読、深く感謝いたします。新しい年に永遠の神の愛と御子イエス・キリストの恵み、聖霊の豊かな御交わりを祈りつつ・・・ |